抑えてきた思いを、今夜(2)
――セーラは時折躊躇いながらも、これまでのことをカティアとロザリンドに打ち明けた。
妖精が届けた家具が、元々はリオンの部屋にあったものだったこと。
この聖堂の寮の部屋にひとりで住むようになってから起きた数々の不思議な出来事のこと。
そして、セーラ自身に起きた過去の悲惨な事件のことを知りながらも、結婚を望んでいる意志を伝えられたことを。
カティアとロザリンドのふたりは終始食い入るように話を聞いていた。
「セーラが国王様と、夜のこの聖堂の中で、前から何度も会っていたなんて……」
話を聞き終えてからカティアが言うと続いてロザリンドが、
「求婚する、と、リオン様が確かにそう仰ったんですの……? あのお方が……?」
セーラが虚ろな表情で深く頷くと、ロザリンドはさらに、
「できればリオン様に求婚された時のことをもう少し詳しく教えて下さらないかしら? 例えばその前に何かされるようなことはなかったかしら?」
けれどその問いかけをカティアが割り込んできて遮ろうとした。
「セーラは聖女様になったんだから、それはむしろあって当たり前のことでしょ。だから今、あれこれ詮索するように深く聞かなくてもいいんじゃない?」
「勿論、わたくしだってそう思っていますわ。けれどもうひとつ別の道も残されている以上は確認しておくべきですもの。お相手がリオン様である以上は『しるし』のことは今後のすべてに関わってくる最も大切なことですから。だからですわ」
そう言われて、カティアも納得したらしく、ロザリンドの意見に「そうだね……でもわたしはそっちの道はあまり考えたくないことだから……」と声を落として返した。
「もうひとつの別の道、ってそれはどういう意味なの……? わたしが知らない、何かとても大切なことがあるの?」
ふたりが何を言おうとしているかが掴めずに、不安げにセーラがきいた。
「今、聞かせて下さった話と同じくらいに、これからわたくしがきくことも、とても大切なことですわ。だから答えてほしいんですの。セーラ、あなたはリオン様から、髪に何かをされなかったかしら?」
ロザリンドにきかれ、セーラはそっと自分の髪に指を絡めた。
「この髪に……」
――それ、何かのおまじないみたいなものなの?
聖域に行った時、リオンは唐突とも言えるしぐさでセーラの髪に口付けをした。
あの時は、それを冗談だと笑っていただけ。
けれど、昨夜、真摯な表情で同じようにされた時に、本当は他にもっと何か特別な意味があったのではないかと自分でも気づきかけていた。
「されたわ。でも、二度目だったの。最初の時のことは、この虹の色があらわれるようになる前で……」
セーラが思い出しながらなるべく落ち着いて答えると、直後にロザリンドとカティアは、
「二度目で、最初は虹の色があらわれる前」
「だったの!?」
「だったんですの!?」
語尾以外はふたりの声が完璧にきれいに揃った。
「う……うん、そう、だよ……? 最初の時は全然そんな感じじゃなかったけど……」
前触れなく急に勢いづいて迫ってきたカティアとロザリンドに気圧されるような形になって、セーラは少し引き気味に頷いた。
カティアとロザリンドはお互いに顔を見合わせると、それだけですべてが通じ合ったかのように甘い幸せに酔いしれる時のような顔になった。
「まあ、そうだったんですのね……。わたくし、今のお話を聞いてときめかずにはいられませんわ。リオン様、なんて罪作りなお方なのかしら……」
「余計な気を回して心配したりしなくても、ただ国王様のことを信じているだけでよかったんだね」
カティアとロザリンドは至福に浸る夢見る乙女のような目でそう言い合った。
その様子を間近で見ながらセーラは思いを巡らせた。
――もうひとつの別の道……それはカティアがわたしのためには、はじめから『考えたくない』と思うようなこと。でももし、今わたしが想像したことが本当にその通りなら、あの時からリオンはわたしを……。
「髪への口付けが、ロザリンドが言う、その『しるし』なのね……?」
セーラは確かめるために、再び問いかけた。
ロザリンドは直ぐに頷き、
「そうですわ。リオン様はセーラ、あなたを正妃に迎えたいとお望みです。王位継承者からの髪への口付けは、正妃になる娘だけが受けられる不変の愛を約束する正統なものですもの」
ロザリンドがそう言うのを聞いて、セーラの身体には小刻みな震えがあがってきた。
――やっぱり、そうだったのね……。わたしを正妃にしたいと……。リオンはあの時から、ずっとわたしを……。それなのにわたしは全然気づかなくて……。
セーラは胸が苦しくなった。
「将来、見初められる対象になりやすいとみなされている、わたくしやカティアのような家の娘だけは、子供のころに、王家のしきたりも少し学びますの。だからこのことを知っている者はそう多くはないはずですわ」
そこまで説明してから、ロザリンドは微笑みを浮かべて、
「リオン様のお気持ちはよくわかりましたわ。とてもあの方らしいと言うべきでしょうね。逆によかったですわ、最初はただセーラが好きでされたことだったんでしょうけど、想いのあかしを残してくださっていたことになったんですもの」
ロザリンドの言葉に対してカティアは、
「らしい、って、そうなの? なんだかロザリンドは国王様のことを、前からよーく知ってるみたいだね」
「わたくしが、というよりも、カティアが王宮嫌いだったから知らないだけですわ。あの方の徹底した堅物ぶりは本当に他に比類がないほどで……。即位される以前から、過去には近隣の国々からどれだけこちらに好条件の打診があっても、どんなお相手も受け入れることをずっと拒み続けられていましたもの」
「へー、そこまでなんだ」
「だからそれ自体が、あのお方にしては随分珍しいことですのよ? もし仮にセーラに拒まれても同じことを誰か別のお相手にするのは、もう二度とないんじゃないかしら? わたくしが推薦する前から、リオン様はとっくにセーラに惹かれていたのですわね。流石にわたくしでもそこまでは予想できなかったですけれど」
ロザリンドがセーラの横にきて、その肩に優しく手を置いた。
「セーラもリオン様のことが好きなのですね?」
セーラは小さく頷いた。
少し恥ずかしい気持ちで頬が染まっていく。
「好き……。でも、色々なことが急に起こり過ぎたせいで、まだ戸惑いの気持ちの方が多くて……もう少し時間をかけて落ち着いて考えられたらと思っていたの」
セーラは心の中にあるままの偽りのない気持ちを口にした。
「無理ないですわね。そんなに色々なことが一気に起きてしまえば……けれど、いつかは考えなくてはいけないですけれど、少し気が早くても、わたくしはあなたのことは、これからは聖堂の仲間としてではなく、セーラ様とお呼びするべきかしら?」
「今まで通りでいてほしいわ。カティアにもロザリンドにも。この先がどうなったとしても、わたしはわたしで、これから先もそれだけは何も変わらないもの」
「セーラ、それでもあなたがそう言っても、時にはそれがままならないこともありましてよ? ……いいえ、でもそんな堅苦しいことへの過ぎた配慮は、後で考えればいいことで、今はこの際どうでもいいですわね」
そこまで言ってから、ロザリンドはカティアに手招きをして、自分の隣に立つよう促した。
そしてふたりが並び立つと再び口を開き、
「とにかく大丈夫ですわ。ここにいるわたくしとカティアは、幸運なことにそれぞれが別々の名誉ある公爵家の家柄の娘。あなたがこの先、国王陛下との間のお子を生んで母后となっても、ふたりもどちらも命ある限りに、あなたのそば仕えになれる立場です。そして今後……まあ、あのリオン様に限っては、そういうことはほぼないでしょうけれど、万一新たに側妃を召されたとしても、この先もずっとあなただけの心強い味方であり続けられるはずですわ」
黙って話を聞いているセーラの前で、ロザリンドの優しく諭すような言葉はさらに続いた。
「わたくしの兄のエドガーが親友でもあったリオン様に、生涯仕える道を自らの意志で選んだように……。わたくしも同じ道を辿れるのですから、これは我が一族全体にとっても、とても喜ばしいことですの。これも女神様の運命のお導きゆえなのかもしれませんわね」
「ロザリンド……」
「こういう時こそ、自分が置かれた立場を自覚して迅速に行動しなくてはいけませんの。それこそが貴族の義務であり、貴族とは自らの婚姻の相手探し以上に、本来は王族に連なる方にお仕えするそういう者たちなのですのよ? ご存じなくて?」
ロザリンドは艶のある形の良い唇に笑みを浮かべた。
「そういうわけですから、公爵令嬢カティア・ラビリンスローズ、あなたも今の話がよくわかりましたわね? わたくしひとりだけは弱いけれど、あなたもいてふたりならば、お互いに結束すれば万全で強固な守りになるはずですわ。王妃様のためにこれからは力を尽くすのですよ。お守りする役目をしっかりと自覚して行動するように覚悟なさい」
「勿論だよ! ロザリンドに言われなくても最初からそのつもりだってば!」
「それならば安心ですわね」
ロザリンドは満足げに頷いた。




