国王と次官の深い苦悩(2)
国王がこうして自ら動く時は、場に大きな変化をもたらす、何らかの始まりだと決まっていたからだ。
当然、エドガーもそれが分かっている。
まず、リオンは片手をあげ、そこに集まった者たちの全体を見回しながら、時間をかけて日頃の働きを丁寧にねぎらった。
やや場が和んだと思われたころに、リオンは自分が伝えたい話を聞いてくれないかと、初めて本題を切り出した。
それを合図にエドガーに目配せをすると、再び起立させた。
そしてここまではずっと提示していなかった、限りなく全員の配分が平等になるようなここ数ヶ月に渡って幾度となくひそかに検討を重ね、練り上げてきた条件が書かれた文書をエドガーに読み上げさせた。
それはリオンとエドガーにとっては、半強制的に今日ここに集まった者たちを従わせるための最終手段に等しいもの。
目の前に集った領主らには一言も口を挟ませず、エドガーは粛々と時間をかけて説明をし続ける。
それを聞かされているうちに、次第に出席者たちの間に漂う空気が一変する。
そして同時に、領主たちは理解する。
この場で互いにいがみあって無駄に騒ぎ立て続けるよりも、国王とその最側近である次官とが提示したこの条件をのむ方が遥かに有益であるということに。
――こういう切り札は、最後の最後に出すものだからな。お前らいいか、よく聞け。これはお前たちのために、やりたくもないこのエドガーとこの俺が、今年も配分可能な予算の限界ぎりぎりまで知恵を絞って金を集めてやった結果だ。こちらの努力はよくわかっただろう? これ以上はもう絶対に譲歩できないんだ。これで納得しろ。
リオンは目線だけで集まった者らをけん制するように見回しながら思った。
エドガーが説明を終えたので、リオンは再び口を開き、
「以上が皆の気持ちはよく理解したうえで、私と次官で考えた案だ。今回も話もよく聞かせてもらったから、いつも苦労をかけていることは心苦しく思っているし、簡単に受け入れるのが難しいのもわかっている。……だが、このまま話し合いがつかなければ全員に配分もできない以上は、どこかである程度の妥協も必要だ。今回はこの条件で話をまとめたいがどうだろうか?」
リオンが最後にそう言って締めくくると、もう反対意見を口にする者は誰もいなくなっていた。
かくして集会は今年も予定時間を大幅に過ぎたものの、無事終了した。
それなりに満足できる成果を得た領主たちは、留守にしていた間にたまった仕事を片付けるべく、皆慌ただしくそれぞれが治める地へ出立していった。
「疲れたなー、去年よりも今年はさらに輪をかけて最悪でしたね。あんな集まりにあなたもよく付き合いますね。全部無視しとけばいいのにー」
会議終了後、領主たちの見送りを終えて戻ってきたエドガーは、リオンと執務室でふたりきりになるなり忌々しげにそう言った。
「そういうわけにはいかない。お前だけに任せたら、さらに揉め事を大きくするだろ? 何かのきっかけで、乱闘や暴動にでもなったら、誰かは処罰せざる得なくなって、それこそ終わりなんだぞ」
「反対にききたいんですけど、それの何が悪いんですか? 肝心なのは奴らを権力を行使してでも抑えつけて、与えた役なりに従順に働くように仕向けることで、それさえ出来れば後はどうでもいいじゃないですか。まつろわぬ者がいるなら、ひとり残らず牢にでもぶちこんでやればいい。多少の批判は何をやったってどこかしらからは出るものなんですから、それを黙らせるのが王宮の権威というものじゃないですか?」
エドガーはそう言うなり、上着を乱暴にソファに向かって脱ぎ捨てた。
そしてそうしながら、まだ激しい感情が収まらないのを隠そうともせずに、
「求められている答えが肯定しかないような、あの悪趣味極まりない会議に毎回必ず誠実な姿勢で付き合うあなたは立派だと思いますよ。同伴役といえ、それすら王宮勤めの中でも僕以外にやりたいやつなんか他にいやしないでしょうけど」
「……」
「次回からは別のやつにやらせて、あなたが外れるか、いっそ会議自体をなくす手もあると思いますけどね。一方的な通達だけに変えてしまえば、そうすれば少なくともこちら側が被らなければならないものだけはなくなるわけですから」
エドガーの言葉を黙って聞いていたリオンは口を開き、
「俺の代である限りは続ける。それを今後も絶対に変えるつもりはない」
「随分、意外な答えですね。あなたも気が進まなかったんじゃないですか? あの集まりが」
「嫌いに決まってるだろ。言わせるなよ。面倒なやつらを残らず全員追放して、首をすげかえてやりたいくらいには、二度と見たくもないと思ってるのはお前と何も変わらないぞ」
「じゃあ何故ですか? あえてあなたがあの仕事にこだわる必要がありますか?」
「理由か? 理由ならあるぞ」
「……」
「俺は昔、割と自由に行動させてもらえたから、素性を隠して色々な土地を見て回った。それぞれの土地には領主がいて、そいつらの日々の地道な努力のおかげで、この国が成り立っているのは事実なんだ。最悪に自己中心的で、全体がどうであるかを欠片も考えられない嫌な連中だが、その働きに見合う、正当なものを出来るだけは与えてやりたいし、予算繰りが厳しいことになったとしても、やつらの顔がつぶれない程度にはたててやりたい」
「……」
「誰の中にも自分こそがこの国を支えているという矜持と自負があり、それが彼らが働く原動力にもなっている。俺とお前だってそうだろ? 立場は違えど、誰もが思いは同じなんだ。だからこそ領主たちも、この俺の前でもあの強気な姿勢を貫いていられる。辺境地域暮らしが長くて偏屈になっている末端にもそこまで考えてやれて、耳を傾けて理解を示せるのは、この王宮で俺しかいない。だからこそ俺がやる」
「あなたのその強く、立派なおこころざしはただただ尊敬に値しますが、やはり僕は真似したくないはないな」
そこまで言うとエドガーはリオンの方を振り返りざまに、
「人間が出来ていない不良次官である僕は気が収まらないので、今夜は僕に付き合ってくれませんか?」
リオンは少し間を置いた後で、
「わかった。朝までは付き合いたくないが、少しだけなら」
すかさずエドガーはその返事を待ってました、とばかりに満面の笑みで、部屋に置かれたチェストの鍵のかかった引き出しをあけた。




