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聖堂の娘たち(2)

「ねえ、セーラから見て、ロザリンドってどんなふうに見える?」


 改めてきかれたので、セーラはちょっと考えてから、


「ロザリンドは良い人だと思うよ。初対面の時から、身分にとらわれずにわたしの顔と名前をちゃんと覚えようとして声を掛けてくれたから。それにロザリンドは祈り係と雑用係を対等に見てくれてると思う。他の祈り係の人たちと違って、雑用係を貶めることに同調するようなことは何も言わなかったから」


 カティアはセーラが話す言葉にじっと耳を傾けている。


「あの時のことがあったから、今のアスランの話を聞いても、やっぱりそうだったんだな、って思った。だからロザリンドがアスランのことを気にしていたのも、祈り係とか雑用係だからとかじゃなく、聖堂全体のことを考えているからだったんじゃないかな。特にアスランのことは上辺だけのきれい事じゃやれないことだと思うから」


 セーラはロバのアスランの寝床からかき集めてきたばかりの、汚れた藁の山を抱えて片付け作業を続けている。

 その傍らで手伝いをしながらもカティアは、なんとなくまだ納得できないような表情のまま、


「セーラはよく見てるよね。実際、全部そうだと思うよ……」


 と呟くように言った。


「セーラは当時のことを知らないから話すけど、ロザリンドって最初にここに入ったばかりのころから、祈り係の中でも特別扱いされてたんだ。それを見てて、ああ、この子はわたしとは全然違って、このまま順調に良い道に進んでいくんだろうな、ってことが分かったから、あんまり関わり合いにはなりたくなくて」


「……」


「ここの聖堂の仕事って、『祈りのともしび』みたいに目立つ仕事は、殆どが祈り係の担当で、だからその分認められやすいんだ。勿論、礼拝には色々な階級の人がくるから、こっちには分からない大変さなんかも当然たくさんあると思うし、祈り係も簡単な仕事じゃないのは分かってるつもり。でも……」


 でも、の、ところだけを、カティアはやや強めに印象付けるような声で言って、


「祈り係の役にいて、しかも取り巻きまでいるんだから、皆がやりたがらないような、得なんてなんにもないアスランの世話まで、こっそりわざわざしなくてもいいのに……。ロザリンドのことは苦手だけど、それとは関係なくわたしはわたしで頑張るしかないんだから、気にしないようにしたいのに、なんか時々むしょうに、さっきみたいに絡んでやりたくなるんだよね」


 ――そっか、カティアは要はロザリンドのことを誰より認めてても、でも自分では素直にそれを受け入れられなくて、つい嫉妬してしまう、とても複雑な心理なのね……。だから、あんまり自覚してない感じで、ロザリンドの名前が話の中でよく出てたんだ。


 セーラはカティアが話すのを聞きながら、内心そう思っていた。

 そしてふと思ったことを正直にありのまま、


「でもそうやって何かと気になるっていうことは、カティアは本当は好きなんだよ、ロザリンドのこと」


「!?」


「わたしはそう思うけどな。好きだから余計気になる、みたいな。だからさっきも、本当はふたりは裏ではとても仲がいいのかと……」


「えっ、ちょっと待って!! 急にいきなり何を言い出すの!? それ絶対なんか間違ってるって!! てか、セーラ、わたしの今の話、本当に聞いてた?」


 カティアは焦りながら、同時にものすごく嫌そうな顔をした。

 しかも後ずさり気味に、かなり引いている様子を見せているところから、さっきの『性格が悪い』のくだりの話以上に、それを言われるのだけはとにかく嫌でたまらないらしかった。


「え、だってそれって、そういうことにならない?」


「絶対にならないよ!! とにかくっ、セーラにそう思われるのだけは困るから、今度からはさっきみたいなのはロザリンドにはもうしないよ。セーラはただ励ましてくれるだけじゃなくて、言いにくいことでも、わたしのためだと思う時には、ちゃんと直接言ってくれるから、それを生かさなきゃね」


 カティアが自己完結して自省するようにそう言うのを聞いてセーラは、


「カティアのことを皆がすぐ好きになるの、理由が分かる気がするよ」


「えっ、わたしのどこが……?」


「この前の雨漏りの時もそうだったけど、いつもどんな時にも自分の気持ちから逃げないで、一生懸命考えてるのが伝わってくるから。本人はすごく悩んでるのに、それを見てる側はほほえましくなるのって、カティア以外の他の人ではなかなかいないと思うの」


「えー、なにそれー……」






 ロバの世話が終わったので、ふたりは次の作業に移った。

 厩舎のわきにはレンガで周りを囲って、セーラとカティアが土地をならして作った野菜畑と花壇があり、そこでふたりは手分けして、少し前に種まきを終えて芽吹いたばかりの苗や、花にせっせと水をやりをした。


「なんでなのかなぁ……?」


 葉を開いた植物をしげしげと眺めながら、カティアが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの、カティア?」

「んー、少し前から思ってたんだよね。ここに植えた野菜や花って、なんか妙に成長するのが早くないかな、って思ってて」

「そう? わたしには普通に見えるけど」

「気のせいなのかなぁ……。でもなんかどうもそうでもないような……」


 その後も、カティアは緑の葉を一枚一枚手に取りながら、草花の成長の仕方がどうしても気になる様子で、同じような意味合いのことを独り言のようにしきりに繰り返していた。


 ふたりが作業の手を進めながら、あれこれとそんな会話を交わしていると、今度は女官長のマグノリアが近くを通りがかった。


「カティアとセーラ、ごきげんよう。ふたりはロバだけでなく植物の世話にも熱心なのですね、生き物に愛情をかけるのは大変良いことですね」


「マグノリア様、後でこのロバに手綱をつけて、少し敷地の外を散歩させたいのですが許可していただけますか?」


 セーラがたずねると、マグノリアは頷き、


「勿論いいわ。そうしてあげてちょうだい。自由に歩けて、その方がロバも喜ぶでしょうから。ただ、街の方たちのご迷惑にならないようにだけは気をつけるのですよ」


「はーい、わかりましたー!」


 すかさずカティアが手を挙げて応えた。


「あの、マグノリア様、少し聞いて頂きたいことと、それと一緒にお見せしたいものがあるのですが……」


 セーラが控えめに言った。


「あなたの意見なら是非聞かせて頂くわ、何かしら、セーラ? あなたの目で見て、この聖堂の中でまだ改善できそうなことがあるのなら、自信を持って教えてほしいわ」


 これまでの働きを踏まえ、マグノリアは強い期待を込めた眼差しでセーラを見た。

 セーラは機会があるまではと、大事にしまっておいた、その『見せたかったもの』を取りに聖堂の建物の中に一旦戻った。

 そして雑用係の倉庫の隅に丸めて保管しておいたその大きな紙を、マグノリアの前で少し緊張混じりになりながらも広げて見せた。


「これなのですが……いかがでしょうか?」

今回の最後の部分で、セーラがマグノリアに見せたものが何だったかが明かされるのは、もう少し先になります。

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