降り続いた雨の夜から、一夜が明けて(1)
――またそれから、しばらくが過ぎたころ。
「まさかこんなになってるなんて……昨日の夜は滅多にないくらいの特に酷い雨だったもんね。あーあ、こんなになっちゃって、片付けがまた大変だなぁ」
聖堂の裏手にあたる、雑用係の持ち場になっている倉庫で、朝、『それ』を誰よりも一番先に発見したのはセーラだった。
後から少し遅れてその現場にやってきたカティアは、目の前の光景を目にしたとたん、がっくりと肩を落としながら無気力に天を仰いだ。
ふたりの前では、普段雑用係の娘たちが倉庫として使っている建物の屋根の一部が崩れ落ち、雨水がその真下にあたる床に入り込んで、床が一面水浸しの状態になっていた。
保管してあった荷物も多くが被害を受けていたので、早速朝一番から雑用係は全員で手分けして力を合わせて、物を外へと運び出す作業にあたることになった。
日の当たるところへ出して乾燥させて、まだ使えるものがあれば選別するためだった。
「前々から気になってたんだけど、どうして裏側のここだけは建物がこんなにも粗末な木の柱と土壁だけでできているのかなぁ? 正面の方は石造りで、これ以上ないくらいに見栄えして立派なのに……。そのせいで前にも今日と似たようなことが何回かあったから、またかー、って感じで余計に嫌になるし、こんなんじゃ最初からやる気なくすよね」
表の建物とは対照的に、裏門側の雑用係の持ち場の周辺の建材の材質が明らかに劣ることに、カティアが不満を隠そうともせず口をとがらせた。
「多分、この裏門の方だけが必要に応じて増改築を繰り返してきた部分だから、なんだと思う。造り的にこの裏側の辺りは元々想定されていなかったところだと思うから」
建物を見回しながらのセーラの返事に、カティアは益々不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、
「セーラは少し建物を見ただけでも、そんなことまでわかるんだ、すごいね」
「なんとなくわかるだけだよ。だから、本当にさわりだけ」
「本当はね、前に今日みたいなのと同じようなことが起きた時に、うちの親に相談したの。こんなに困ってるんだからなんとかしてくれないの、って? うちにあるお金をほんのちょっと使えば、直すなんて簡単だと思ったから、お願いだからそうしてよって言ったのに……」
「そうなの?」
「そうだよ! なのに、そうしたらうちの親ったら、そのすぐ後でわたしになんて言ったと思う? 酷いんだよ! 『不自由な環境からも学べることは数多くあるだろうから、それに合わせて辛抱して働くように! 困難の中でたくましくなれ!』だって。しかも話はそれで終わり! 『わたしが心配じゃないの?』って言ったら、『そういう問題じゃない』って。信じられる? 親はその時、本当にわたしにそう言ったんだよ? あり得ないよね」
カティアは本気で悔しそうに、ここぞとばかりに、こぶしで力説している。
「カティアって公爵家のお嬢様だって聞いたけど……? とても立派なおうちの人よね?」
普段、ここでは規則で滅多に口にしない実家の話を持ち出してセーラがきくと、カティアはまさにその通り、とばかりに頷いて、
「そうだよ! 信じられないような公爵令嬢でしょ!? 自分でもそう思うもん! でも、うちってそういう貴族らしからぬ教育方針の家なんだよね。一人娘だからこそ、この先の世を生き抜くために、とにかく強くたくましくなれって、いつも何かことあるごとに毎回そればっかり!! そういうのって、どれも全部普通は女の子に言うことじゃないでしょ!? そんな環境に置かれたら、学ぶどころか、こっちはすさんで俗っぽくなるだけだっつーの! お望み通りに鍛えられてたくましくはなったけどさ! あの祈り係のロザリンドなんて、こんな重いものなんて一度も持ったこともないよ、きっと」
不貞腐れた顔でわざとすれた言い方までして、カティアはセーラの方に向き直り、
「ねえ、セーラなら優しいから、こういうわたしの気持ち、絶対、分かってくれるよね!?」
と、本人の中では余程悔しく耐え難い思い出になっているらしく、カティアが半泣き状態で勢いよくすがりついてきたので、セーラはこれ以上刺激しないように背中に手をそえて、「そっか、それは大変だったね。元気出していこうね」とやんわりなだめておいた。
ひとしきり不満を全力で発散できたのがよかったのか、カティアはしばらくするとまた元の何時もの調子に戻り、
「ごめんね、セーラ」
「どうして、また急にカティアが謝るの?」
「だって、知ってるから。マグノリア様に頼まれたから、っていうのもあるんだろうけど、皆が働きやすいように、セーラが人が少ない時を見計らって、この裏側のところを黙って色々直してくれてるのを知ってるから。それなのに頑張ってくれてるセーラの前で、愚痴なんて良くないし。聞いてても気分良くないでしょ?」
「わたしの頑張りなんて、まだまだだよ。今もわたしがカティアに教えてもらうことの方が多いし」
「謙遜しなくてもいいのに。セーラは頭がいいから一回きいただけでなんでも覚えちゃうし、もうわたしが教えることは殆ど無くなってきてるよ。それにセーラはいつも毎日一番早く仕事に来て、一番最後まで残ってるし。仕事の姿勢を見習わなきゃいけないのは、むしろ先輩のわたしの方」
「最後までいるのは、それはわたしがここに住んでるからだと思うけど……。それにここの仕事好きなんだ。だから毎日、最後までいても気にならないの」
「そう思ってくれるのは、わたしも仲間ができたみたいで嬉しいけどさー。でも前から思ってたけど、セーラって無自覚でやってるんだろうけど、いつもどんな時もなんだかとことん無欲だよね……? 自己主張もしないし」
「そうかな?」
「そう思うよ、すごく。もっと積極的になろうよ。押し付けしたいわけじゃないけど、前からそう思ってた」
カティアはもっともらしく、うんうん頷きながら言う。
それに対して、セーラはちょっと戸惑ったように、
「え……。だって、今のわたしって、すごく恵まれてると思うから、これ以上なんて何もいらないよ?」
「恵まれてるかな……? やってるのは祈り係の子たちが汚い、って言って、あんなにも嫌がってる仕事なのに?」




