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祈りのともしび

 ――セーラが聖堂の雑用係として入ってから二ヶ月近くが経ったころ。


 見習い期間を終えて、本格的に独り立ちして働く時期が訪れ、セーラは責任感が増したことで、益々生き生きと毎日を楽しく過ごせていた。

 祈りに関わる場での仕事は、経験のないセーラにとっては目新しいことばかりだった。


 雑用係の仕事は主に午前中は、たくさんの物が頻繁に届けられるので、それを箱ごとに中身を確認して選別して記録し、中に運び入れる作業にあてられる。


 それが終わると今度は午後からは、聖堂の近隣にある常時医師が常駐していて貧しい病気の人々の治療にあたっている救護院や、孤児院などを巡るあらかじめ決められているコースに沿って、順番に各所を回り、仕分けした物資を届ける仕事が待っていた。


 特に孤児院では、定期的に開催されるバザーの手伝いもあった。


 思っていた以上に、聖堂の通称『雑用係』の仕事は力仕事が多く、礼拝者の対応と聖堂の銀製の聖杯などの細かな小道具の管理や取り扱いを主に担う、『祈り係』に比べてこちらがどうしても不人気になるのはよくわかる気がした。


 しかしセーラにとってはむしろその条件が逆に良く感じられ、裏方を担当する役割ゆえ礼拝者の目を気にせず地道に働くことが出来るので、自分には合っていると感じていた。


 同じ聖堂の働き手として、雑用係と祈り係の制服はどちらも揃いの深い水の底を彷彿とさせる青の同系色のものが支給されていた。

 優美さが印象的な裾が長い祈り係のものと違って、雑用係のための制服は実用性が重視された細身のデザインで、どんな作業への対応時にも動きやすく、セーラ自身はとても気に入っていた。





 ある日、日が落ちてきた夕方、聖堂の表門の方から俄かに美しい笛の音色が聴こえてきた。


「あの音は何?」


 聴き慣れぬ音に作業の手を止めて、セーラは顔を上げた。


「ああ、あれは『祈りのともしび』が始まる合図の笛だよ」


 ちょうど同じ持ち場の担当で、近くにいたカティアが教えてくれた。


「祈りのともしび?」


「祈り係が特別な衣装を着て、街の中にある寺院を回って、聖なる火を配る仕事のことだよ。暦であらかじめ行く日が決まっているの。今日はその日だから……。でもこっちの雑用係には関係ないことだよ。……きれいだけどね」


 僅かに俯き加減になりながらカティアが言った。


 セーラはその様子を見て、カティアの普段とは違う様子にすぐに気がついた。

 けれど、自分が何かひとつでも言うことを、今だけはカティアが望んでいないような気がして黙っていた。


「でもセーラはまだここに来たばかりだから、行事ごとを知っておくために一度は見ておいた方がいいかもね。丁度仕事も殆ど終わったし、今から見に行ってみようか」


「うん」


 セーラはカティアと共に、足早に裏口から建物の外側を回り込んで正面玄関近くまで来た。


 尖塔からは周囲に響き渡る大きな音で鐘が鳴り始め、そこに人影が見えた時、セーラはその場で思わず足を止めた。


「……あれが『祈りのともしび』」


 透ける生地で作られた白いベールを目深に被った、祈り係の娘たちが列を成している。

 身体には金銀に光り輝く装飾を身に着け、蝋燭に火をともした燭台を手にしている。

 それをうやうやしく身体の前で両手で持ちながら、行列が出発していくところだった。


 娘たちがたおやかに誇らしく、声を揃えて聖歌を歌いながら進む。

 先頭を行くのは、あのプラチナブロンドのロザリンドだ。


 普段とは違い、目元に紫を印象的に入れた化粧を施し、唇には赤を引いている。

 後には生花のブーケを手にした娘たちと、長い歴史で培われてきた威厳と荘厳さを引き立てる横笛を奏でる奏者たちが続く。


 聖堂の前には既に見物人が多く集まっていた。

 群衆に見守られるように、神秘的な美しい祈りの列はおごそかに進んでいく。


 ――これが祈り係の仕事……。


 夕闇の中で蝋燭にともされた明かりがおぼろげに浮かび上がっていた。

 カティアとセーラは列の最後尾の娘が通りから完全に姿を消してしまうまで、言葉を交わすことなくただじっとそこで見つめ続けていた。






 祈り係の『祈りのともしび』を始めて目にした翌日以降も、セーラはそれまでと変わらず雑用係の仕事にいそしんだ。

 聖堂には街の一般の住民たちからの寄付金や寄付品も多く集まるので、それも大切に書き記して記録する。


 このガルディアン大聖堂は、創建当時からどんな時代であってもその存在自体が常に歴史そのものであり、その為どんなにささやかな寄付であっても、都度正確に記録していくことが慣例として決まっていた。

 但しそれは表向きの単なる建前で、建造から長い時を経た今は、内情はそれとはかなりかけ離れた、朴訥な管理の仕方があらゆる場所で常態化していた。


 女学院時代の勉強で鍛えた美しい文字と、商業都市ガラリナならではの物品管理の知恵が生かされて綴られる機転のきいたセーラの帳簿に、雑用係の娘たちは皆最初から感心しきりだった。


 寄付品の為の保管倉庫が手狭になり棚が足りなくなってきたら、少し離れた場所にある森から切ってきた木で、セーラの発案で新たに棚をたくさん作った。

 それを機に、これまでは特に決まりもなく個々に任せて放任的に行われてきたやり方を変え、基本になる決まりを定めることを進めたことから、仕事がさらにはかどった。


 そんなふうに慌ただしく毎日を送っているうちに気がつくと、セーラの両手はまめだらけになって、いつも仕事を終えるころには歩き回った足は、もう棒のようになっていた。


 それでもどれだけ疲れた日でも、聖堂で働く者たち全員が帰宅して最後にひとりになると、夜毎、セーラは礼拝堂に行き、そこで女神像に向かって目を閉じて手を合わせていた。


 一日たりとも欠かさないその祈りを、仕事の終わりの日課にしていた。


 ――仕事には慣れてきてよかった。この先もできればここにいたいな、そうなれるためにわたしが必要としてもらえるように、もっともっと頑張らなきゃ……。


 そしてそんな忙しい毎日を過ごしているうちに、セーラは妖精が運んできたあの豪華な家具の出所のことを考えることを、気がつくとすっかり忘れてしまっていた。

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