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3.発見


「……見つけた」


 ルナはアスファルトの真ん中で頭を抱えて地面に背を丸めて突っ伏している人間を見て、呟いた。

 ここ数週間、街を歩いていて分かったことがある。


 元から屍病の患者が中期になると凶暴性が消え、日常で行っていた行動を反復する。そのため、思ったよりも都市カルトンの現在は落ち着いている。時折、また凶暴な患者がうろついているが、注意して進んでいれば危険なことはあまりない。むしろ、いまだにこの都市に残っている健常者の方が危険だったりする。


 ルナは注意しながら、しゃがみこんでいる患者の後ろに回り込み、ゆっくりと体に触れた。


「……動かない。死後硬直が始まったようだな」


 実際、まだ患者は死んでいない。限りなく、生とはかけ離れているが。


「このまま経過観察をしていたら、駐在軍人の手記に書かれていた花を見ることができる」


 ルナは、ポケットから地図を取り出すと、反対のポケットから先の丸い鉛筆を取り出して、現在位置に簡単な花のマークを書き込んだ。


 彼女は二カ月前、研究所の報告書の中で見つけた駐在軍人の手記に書いてあった外の様子に注目していた。その手記には「今まで窓をずっと開け閉めしていた患者がある時、突然その場にゆっくりとしゃがみこんだまま動かなくなった。数日後、その背中がぱっくりと割れて、蕾のようなものが顔を出した。万が一のため、その患者は焼却した」と書かれていた。


 研究所でも危険を考慮され、研究されなかった末期の症状をルナは「開花」と呼んでいた。研究所にいた最後の最後まで、花の研究は許されなかったが、この壊滅した都市でルナのことを咎める人間はいない。


「道の真ん中にあるから、もしかしたら健常者に焼かれる可能性もあるが……、開花準備に入った患者を動かすのも気が引けるな……。問題なく咲いてくれることを祈るのみだな」


 ルナはため息を吐いて、来た道を引き返した。


 研究所にいた頃に花の研究を始めていたら、こんなことを心配せずともきちんと管理しながら研究が可能だったのに、と毒づいても仕方がない。


「何か食料や日用品が残っていればいいのだが……」


 ルナは研究所から出て初めて通るこの道にある店や、中に入れそうな民家を覗いた。やはりと言っていいほど見ただけでは食料などは見つからない。しかし、食料の全てを混乱時に持ち出せる者が多いわけではない。床の収納や棚の奥には缶詰や乾パンがあったりした。さすがに電気は停まっているため、冷蔵庫の中は全滅だろうとわざわざ開けることもしなかった。


 足りなくなってきていた黒いゴミ袋を見つけ、ルナは鞄にゴミ袋と缶詰と乾パンを詰めた。


「……肉が食べたいな」


 見つかった缶詰はどれも魚のラベルが貼ってあった。ルナは鞄を背負い直すと家路についた。


 滞在している建物の下までくるとルナは窓から垂らしてあるはしごに手をかけた。患者は知能が著しく低下しているため、普段からしていた行動でない限りははしごを上るような真似はしない。たとえ、上ったとしても、エトヴィンのいる部屋には何重にも鍵をかけた上に背の低い棚でふさいでいる。わざわざどかして扉を開けようとする患者はいないだろう。それにわざわざここを探索するような人間が周囲にいないことも確認している。


 ルナは警戒しながらもはしごを上り、誰もいない室内を見て安堵の息を吐いた。はしごを引き上げて、シャッターを閉める。収穫した物をそれぞれしまっていき、エトヴィンのいる部屋の扉の前から棚をどかして、扉の鍵を解く。


「ただいま、エトヴィン。今日は収穫があったんだ。末期の患者を見つけた。これで花の採取もできそうだよ」


 コートをハンガーにかけて、ダイニングの椅子に引っ掛けたルナは手袋をつけたまま、エトヴィンの部屋へと入りながら話した。調子がいいのか、身体を起こして、ベッドの縁に座っている彼の右足首には手錠のようなものがついていた。手錠よりもその鎖は長く、その先は重たいベッドの足へと繋がれていた。


「……」


「そういえば、魚の缶詰を見つけてね。そろそろ肉料理が恋しくなってきたところだ。君にいくら怒られても食事に興味は湧かなかったが、こんな時になって初めて肉を食べたいと思ったよ」


 ルナが「そういえば」と思い出してダイニングに駆けていって、鞄の中から薄汚れた本を持ってきた。それをエトヴィンの膝の上に置く。


「エトヴィン、君、この推理小説のシリーズ、好きだったろう?放棄された店で見つけたんだ。暇潰しに読んでくれ」


 ルナはそう言うとエトヴィンの傍から離れて、部屋を出て行った。エトヴィンのいる部屋の隣の部屋には、研究所からできるだけ持ち出した実験器具と、ルナが元から趣味で自宅であるこの建物に置いていた器具が詰め込まれている。ごちゃごちゃとした日の差し込まない部屋で、ルナは毎日研究を続けている。


「早く、薬を作って、エトヴィンを治すんだ」


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