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異世界への渡航の自由は、これを認めない  作者: よしゆき
第12回 よもつちもりびと
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12-E その後の影郎たち

 影郎たちは、初恵の運転する自動車で、帝室庁に戻った。

 途中、消防車のサイレンが、やけにうるさいことに気がついた。シャハルとの戦いで起こした炎が原因だと、悟った。


 5人はシャワーと着替えを済ませたあと、初恵について、典儀課のオフィスに入った。

 中では辰午が待っていた。


「みんな元気で何よりだよ。デルケトーやメスラムタエアのときは、誰かしらが大ケガをしていたから、気が気でなかったんだ」


 辰午は5人を迎え入れる。


「いや、実はそうでもないんだ」


 早月が、辰午の前を通り過ぎざま、言う。


「え? どういうこと?」


 案の定、辰午は仰天した。


 影郎ら5人は代わる代わる、ことの次第を伝えた。

 その間に、部屋にいる7人は各自、事務机の下からいすを出して、着席する。


「そういうことか……。それにしても影郎くん、異界へ渡れるようになるなんて、すごいじゃないか」


「全然すごないわ。戻ってきたら東京湾のド真ん中やったんやで。もし真冬やったら、心臓マヒしとるわ」


 らんが噛みつく。その隣で、晴日もこくこく首を縦に振る。

 2人とも相当、根に持っているらしい。


(東京湾のド真ん中は、ちょっと大げさじゃないか?)


 影郎は弁解したかったが、やめた。火に油を注ぐ結果になるのは、目に見えている。


「でも、〈鬼道〉にそんな魔法なんて、伝わってるの? 〈鬼道〉といえば〈帰神法〉ってイメージがあるんだけど」


 早月が問う。


「そうだね。泉守道者(よもつちもりびと)なんか、近いんじゃないかな」


 辰午はホワイトボードに、よもつちもりびとの、漢字と読みがなを書きこむ。


「なあに、それ? 聞いたことないわ」


 晴日は影郎の顔を見る。


「俺も初めて聞いた」


 影郎もお手上げだった。


「言葉の意味からすれば、『黄泉 (よみ)に通じる道の番人』だね。でも、神典に描かれているのは、それとちょっと違う気がするんだ。黄泉の国を、自在に渡り歩いて、生者と死者の間で、メッセージをとり次ぐ機能を果たしているみたいなんだよね」


 辰午が説明した。


「黄泉の国を、自在に渡り歩く、か……」


 影郎はオウム返しに反復する。何となく、言葉の響きが気に入った。


「どうだい? 影郎くんはこれまで、審神者 (さにわ)の助けを借りずに寄り人の力を行使するのは、難しそうだったよね。この世と異界を行き来するのは、意識的にできそうかな?」


「はい。やろうと思えば、今でもできると思います。ただ、どうせ新しい魔法が使えるんだったら、戦いに役立つ力がよかったな」


「別に、気にせんでええんとちゃう? 平和利用しかできへん魔法なんて、いかにも〈鬼道〉らしいやん」


 らんが口を挟んだ。


「そうかしら? 確かに相手を直接、傷つけることはできないけど、戦いに使えないとは、一概には言えないわよ。相手を異界に閉じこめられるかもしれないし。そこまでいかなくても、引きずり入れることができれば、わたしたち、周りのことを気にしないで戦えるわ」


 嶺が言った。


(宇吹さん、優しい)


 影郎は、こんなことを考える自分が、情けなくてしようがなかった。


「イヤよ、また異界に行くなんて! 帰ろうとして、宇宙空間にでも放り出されたら、たまったものじゃないわ。きちんと狙った所に戻れるようになるまでは、1人で行きなさいよ!」


 嶺のアイディアに、晴日があっさりダメ出しする。


「ところでみんな」辰午が口を開いた。「その戦いのことなんだけどさ。もうこんな仕事、辞めないかい?」


 彼の表情は、至ってまじめだ。


「え? シンゴ、今なんて?」


 らんが聞き返す。

 他の4人も、辰午のほうを食い入るように見つめる。


「典儀課を退官して、式神退治なんて危険な仕事からは、手を引いたほうがいいんじゃないかな?」


「それ……、クビ……、ちゅうこと?」


 らんの声がふるえる。


「いや。僕に、そんな権限はないよ。もしあって懲戒免職したところで、『裁量権の逸脱ないし濫用です』てなるのがオチさ。君たちがよく頑張っていることは、みんなの仕事を知っている人なら、誰もが口を揃えて言うだろうからね。それに、客観的に見ても、君たちは今まで、1度も職務をしくじったことがない。だから、あくまで任意に辞めないか、て言ってるだけさ」


「何で、そんなことゆうん?」


「そりゃもちろん、ケガをしてほしくないからさ。デルケトーとかとの戦いで君たち全員、傷ついたり、最後の武器を失ったり、精神的に参ってしまったり……。新しく嶺くんが入ってくれたけど、それでもらんはまた、死線をさ迷ったんだ。このまま仕事を続けたら、とり返しのつかないことになりそうな気がするよ」


「けどこの仕事、ほかの人には、ようせんねんで。ウチらがせえへんかったら、もっと大変なことになるんとちゃうん?」


 事実、「いにしえの神々」がいなくなったあとも、饕餮 (とうてつ)などの式神は、変わらず襲来する。

 シャハルなどを撃退したからといって、らんたちが用済みになることは、およそ考えられないのだ。


「かもしれないね。それが何か?」


「やったら、ウチらが戦いたぁても、そうやのうても、やらざるを得んのとちゃう?」


「そんなことないよ。本人がイヤなのに、強制的に戦いに従事させるなんて、徴兵制と一緒じゃないか。今の日本では制度上、そんなことはムリだよ。いま君たちがやっている仕事は、イヤだったら拒否していい。これは動かせない鉄則さ」


「そんな甘いこと、ゆうとってええん?」


「むしろ言わなきゃダメなの。だいたい、特定の人間に、命がけの戦いぐらいの負担を強いることが、もしもまかり通るんだったら、それこそ『君たち、何を守るために戦ってきたの?』って話じゃないか。前にみんな、戦国時代に戻るのはイヤだとか、言ってたよね。戦前みたいになるのも、大して変わらないでしょ?」


「ねえ、それだったらさ。私たちが、もっと強くなればいいだけの話じゃないの? おばーちゃんくらい強かったら、シンゴも心配しないでしょ?」


 晴日が食い下がる。


「それですむ問題じゃないと思うけど」


「どうしてよ?」


「実はね、芽実さんがご存命の時点で、君たちの魔法の力は、芽実さんを追い抜いていたんだ。生前ご本人から聞いたことだから、間違いないと思うよ」


「嘘!? そんなはずないわ」


「晴日。芽実さんは何才で仙骨が発現したか、知ってる?」


「1回きいたことがあるわ。確か、25くらいって言ってたと思う」


「そう。正確には、27才のときなんだって。これもご本人がおっしゃってたことだけど、芽実さん、魔法の上達そのものは、君たちと比べて、ずっと遅かったんだ。何でもすぐに吸収できる若いうちに、魔法使いになった君たちがうらやましいって、何度か伺ったよ」


「でも私、8才から中2まで、おばーちゃんといたけど、おばーちゃんが仕事でケガしたことなんか、1度もなかったわ」


「僕も、芽実さんがケガをされたのは、見たことがないよ」


「じゃあやっぱり、私たちなんかよりも、おばーちゃんのほうがすごいんじゃないの?」


「あくまで僕の想像だけど、それは生まれた時代が違うからなんじゃないかな?」


「どういうこと?」


「芽実さんが育ったのは、戦前だよ。当時は、敵を殺さないと自分がやられる、っていうのが当たり前だった。だから、芽実さんは式神に、情け容赦なんかなかった。でも君たちは平和な時代に生まれたから、相手を滅ぼすことを、心のどこかでためらってて、それで実力を、完全には発揮できなかったんじゃないかな?」


「それって、私たちが手を抜いてたってこと?」


「そう悪くとらないでおくれよ。僕は逆に、それでいいと思うんだ。芽実さんだってそうじゃないかな? 仕事だろうと、相手が化け物だろうと、まるで生きているみたいに動くものを、何の迷いもなく焼き払ってしまうような子に、君たちになってほしいと思うだろうか?」


「それは……」


 晴日は言葉に詰まる。


「それにね。芽実さん、本当は君たちがご自分の跡を継いで、SSSの魔道士になることには、否定的だったんだ」


「嘘!? 何で?」


 早月が大きく目を開いた。


「僕と同じだよ。ケガをしてほしくないから」


「どうしてそんなこと、今まで言わないでいたの?」


「生前、ご本人から口止めされたんだ。芽実さんはね、みんなにはあらゆる情報を与えた上で、各自の判断でSSSで働くかどうか、決めてほしかったんだ。でもそのためには、ご自身の希望を伝えることも、不適切だとお考えになった。芽実さんは、ご自分が君たちにどれだけ大きな影響を与えたかを、しっかり理解しておられたからね。もしも芽実さんが、君たちにどうしてほしいかを告げたら、みんなはそれだけを基準にして、選択をしかねないだろ?」


「じゃあ、シンゴが今になって、そのことを話したのは?」


「僕の独断さ。芽実さんは、『全ての選択肢と十分な判断材料を吟味して、君たちが選びとった答えなら、自分たちが止める理由はない』ってお考えだったんだ。僕も長い間、それに納得してたんだけね。でも、今年に入って、君たちが苦戦しているのを見ていると、そうも言ってられないなって思えてきたんだ」


「それでボクら、SSSを辞めたらあと、どうすればいいの?」


「君たちまだ高校生だよ? 選択肢なんか、いくらでもあるじゃないか。民間で除霊を行うもよし。オカルト雑貨の販売店を経営するもよし。デリバリーサービスなんかも、いいじゃないか」


「何だよう、最後のデリバリーサービスって」


「いや、それはただの出任せだけど……。それか、もしどこかほかの役所で働きたいとなったら、典儀課の仕事で、今まで関わってきた人たちが、何かしら協力してくれると思うよ。諸葛(しょかつ)さんとか、萩原さんとかね。僕だって、できる限りのことは、するつもりだし」


「それってコネ就職じゃん!」


「いやいや、そんなことないさ。諸葛さんも萩原さんも、君たちの作法だとか事務処理能力だとかを、高く評価しておられたよ。それは君たちが、自力で機会をつかみとって示したことだ。何もお金を紙に包んで、渡したワケじゃない」


「シンゴ」らんが口を開いた。「ウチ、どうするか、決めたで」


「もう少し時間をかけて考えても、いいんだよ? やっぱり、退官するかい?」


「いや。ウチは続けさせてもらうわ」


 らんの言葉に、辰午は多少、驚いたようすだ。


「そりゃまた、どうしてだい? SSSに限って、公務員の旨味みたいなのも、大して享受できてないでしょ?」


「あんたが今ゆうた通りや。ウチ、戦国時代もヤやけど、戦前はもっと、勘弁してほしいねん。アレかって結局、官邸とか警視庁とか襲撃されて、政治家が萎縮したんが発端で、統制すすんでったんやろ?」


「そうだよ」


「今やったら、自衛隊はそんなことせえへんやろけど、誰かが腕力にモノ言わせて、邪魔モン黙らすんは、あり得るやろ。人間には警察が対応したらいいけど、もし誰かが式神けしかけてきたら、それ止められるんは、やっぱウチらしかおらん」


「それなら、ボクも残るよ。らんの言う通りだし。どのみち誰か1人つづけるなら、ボクもそうするつもりだったし」


「じ、じゃあ私も!」


 早月、次いで晴日も、らんに同調した。

 間を置かず、影郎と嶺も、これにならった。


 影郎の場合、らんや早月のような大局的な視点から、典儀課に身を置き続けることを選んだわけではない。

 単に、新たに獲得した、異界を渡り歩く力を、もっと開発したかっただけだ。

 また、自分にしかできないことがあるとか、自分の存在が必要とされる場所がある、といった実感を得たかった。それがちゃちな承認願望であることは、分かっている。


「そっか。正直なところ、僕としては不本意なんだけどね……。僕や芽実さんの意向も考慮した上でなお、君たちがそうすると決めたのなら、それを尊重するしかないな」


 穏やかな口ぶりではあるが、やはり辰午はどことなく、残念そうだった。


「ところでみんな。いい知らせよ」初恵が口を開いた。「このところ、太薙くんがときどき、うわ言のようなものを、発しているみたいなの。担当のお医者さん、もしかしたら意識をとり戻す兆候かもしれないって言ってたわ」


「本当ですか!?」


 影郎は顔を輝かせる。


「確かなことは言えないけど、いい傾向だと判断していいんじゃないか、ですって」


「まだ、目ぇ覚めるって決まったワケやない、か……」


 らんは少々、表情を曇らせた。


「そんな暗い顔するなっての」


「いや、大丈夫や。すまんな、いちいち気ぃ使わせて」


 わずかな沈黙を挟み、辰午が再び話しだした。


「この1年はみんなにとって、得るものよりも、失うもののほうが多い時期だったね」


「ボクはそうでもないけど、晴日と影郎にとっては、確かに厄年だったかもね」


 早月が、2人の顔を見回す。


 晴日は無言でうなずいた。

 だが、影郎にとっては、そうでもなかった。


 彼からすれば、成鸞館高校に入ってからの1年間は、損益あい償うものだ。

 ここにいる6人やライナと知り合い、深い関係を築くことができた。それは、彼が今まで送った人生の中では、画期的なできごとだ。

 加えて、魔法という、常人ならばどれだけ努力しても備わらないような力まで、身ついた。


「でも、そんなに悪いことばかり、長くは続かないと思う。僕は君たちの倍ぐらい生きてきたけど、いいことと悪いことは、だいたい交互にやってきたように、記憶しているよ。絶好調なこともあれば、どん底の時期もある。人生って、意外と分からないものだなって、20才を過ぎた辺りから、感じ始めたんだったかな」


 辰午の経験したどん底とやらが、どんなものなのか、影郎はいくぶん興味を持った。


「なんかシンゴ、おじん臭い」


 らんがちゃかす。


「まあ、年食ってるのは事実だからね。――それから、晴日」


「なあに?」


 直ちに返事をしつつも晴日は、自分がなぜ特に指名されたのか、分からないようすだ。


「前に僕、君に『再光教会(さいこうきょうかい)のことは忘れなさい』って言ったよね」


「言ったけど、それがどうかしたの?」


「あれはとり消すね。もちろん、私的に殴りこみに行かれちゃ、困るよ。でも、もしかしたら今後、警察の捜査に携わる機会が、あるかもしれないから。テロを起こす日時や場所を予知するように頼まれたり、さ。今は、機会をうかがうんだ」


「うん、分かった」


「おっと、もう10時じゃないか。みんな、僕の車で家まで送っていくよ」


 辰午は立ち上がった。


「わたしも、何人か送るわ。この中で、家が比較的近いのは?」


 初恵もこれに続く。


「あの、辰午さん」


 影郎が、辰午を呼び止めた。


「何だい?」


「さっき、今の日本では徴兵制は制度上ムリって言ってましたけど、本当ですか?」


 影郎は思いきって訊いてみた。


「あははっ」辰午は笑った。「僕たちは男だから、気になるよね。でも大丈夫。憲法18条が根拠だから、9条が改正されて、徴兵制が明記されでもしない限り、あり得ないよ。何だかよく、徴兵制がどうのこうのって訴えてる人を見かけるけど、杞憂だなあっていつも思う」


「でも、いくら違憲だからって、本当に敷かれたら、普通の人には、抵抗する手段はないんじゃありませんか?」


「平気だよ。もしそんな法律が成立したって、赤紙が来ても無視していればいいだけの話さ。裁判所を通さずに、政府の独断で刑罰を科するのも、制度上ムリだから。招集に従わない人に対して、国としては、起訴することしかできないんだよね。そしたら裁判所は、威信に賭けて徴兵制を違憲無効にして、無罪判決をするだろうよ」


「そうですか」


 影郎は安心した。


 その後、辰午と初恵は手分けして、5人を各自の家に送り届けた。


 かくして、影郎たち5名は今後も、式神との戦いを継続することになった。

 影郎にとって、大きな転換点となった1年は、こうして過ぎ去った。


 春休みはごく平穏に終わり、5人は2年生に進級した。

 仙骨の影響なのかは定かでないが、クラスは全員同じ、D組だ。


 この先、彼や晴日たちがどうなったか、もう少し語るとすれば、彼らはその後も、帝室庁侍衛部典儀課に所属し、式神退治の任をうけ続けた。

 晴日とらんだけでは、苦戦を強いられた鬼女も、早月がいてもなお紙一重の戦いだった黄泉軍(よもついくさ)も、現在の5人体制でならば、驚くほどたやすく撃破できた。


 影郎は、現世と異界を往来する魔法の練習を重ねた。

 さらにそれと並行して、異界の探索もおこなった。式神を迎え撃つ場所として、利用できないかと考えたからだ。

 最終的に彼は、異界をくぐって、現世の任意の場所へ移動する技法を、会得するに至る。だがその過程は、別の機会にお話することにしよう。

『異世界への渡航の自由は、これを認めない』は、この回で完結となります。最後までおつき合いくださり、ありがとうございました。

 この先どんな話を書くかですが、実のところ少しもアイディアが浮かんでおりません。ただ、晴日やらんたちが登場する短編を1、2本書きたいなー、とは思っています。


 この作品は今度こそおしまいですが、感想・評価・レビューは以後も引きつづき、お待ちしております。感想はマイページのメッセージ機能でのみお受けしますので、気軽にお寄せくださいませ。

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