12-C らんとの再会
異界に足を踏み入れてから、いかほどの時間が経ったか、皆目見当もつかない。
ただ、どれだけ控えめに見積もっても、軽く半日は、歩いたはずだ。
いま彼らは、四方を高い山に囲まれた、盆地のような所にいる。
「いたわ。らんちゃん!」
嶺が前方に、大声で手を振った。
影郎は、ずっと先を見やった。
人らしきものが見える。それがらんなのかどうかは、彼にはまだ分からない。
4人は走った。
距離が縮まるにつれ、行く手にいる人物がはっきり見えてきた。
黄色の着物、黒い短髪、大きな瞳。紛れもなく、らんだ。シャハルの作った穴に吸いこまれる直前と、全く変わらぬ姿で立っている。
ただし、目は泣きはらしたように、真っ赤だ。ほおには、涙が伝った跡がある。
「らんちゃん!」
晴日が真っ先に、らんに飛びついた。
早月と嶺も、手が届くところまで近づくや、らんの手なり袖なりを、がしりとつかんだ。
影郎も、らんのすぐそばに立った。が、晴日たちに揉みくちゃにされる彼女に、触れることは叶わなかった。
「なん、であんたら……、ここ、におるん?」
らんは、しゃくり上げながら問う。かわいそうに、相当長い間、泣いていたらしい。
「追いかけてきたの」
晴日は、らんの胸に顔をうずめたまま、話した。
「ど、どう……、やって?」
「影郎が、異界に行く魔法を使えるようになったの」
「影郎が?」
らんは影郎を一瞥し、直ちに目を伏せる。
「悪かったな。俺なんかで」
影郎は言った。
らんが自分のことを避けているのは、以前から知っている。
だが正直なところ、ここまで煙たがられていようとは、思いもしなかった。1人で異界に囚われたところを、助けにくることまで、拒絶されるなど。
「そうやない。いや、逆や。あんたこそ、何でウチなんかを――?」
「ウチなんかっておい。俺がお前を見殺しにする理由が、どこにある?」
「だって、ウチのせいで権藤くん、大けがしてもうたんに。あんた、あのことで怒ってるんと、ちゃうの?」
「はあっ!?」
寝耳に水だった。
「だから言ったのに」
早月がぼそりと呟く。若干、あきれ顔だ。
「お前、そのことで俺がお前のこと、恨んでるとでも思ってたのか?」
「違うん?」
「なワケねえだろ。本当のこと言うと俺、デルケトーのとき、お前がぶじで、心底ホッとしたんだ。本当はあの後すぐ、伝えとかなきゃいけなかったのに……。お前が今の今まで、ずっとそのこと引きずってたなんて、思いもよらなかったぞ」
「ホンマ?」
らんが顔を上げる。
デルケトーとの戦い以来、数週間ぶりに、2人の目が合った。
「本当だ。権藤がああなったのは、そりゃ悲しいよ。でもだからこそ、お前まで失いたくない。メスラムタエアのときだって、俺、生きた心地がしなかったんだからな」
「でも、ウチ――」
「だいたい、お前がいなくなったら、晴日たちがどうなるか、分かるだろ?」
「そうよ!」
晴日と嶺がらんの目を、食い入るように見つめる。
らんの衣服を握る2人の手に、力がこもるのが、影郎にも分かった。
「仮に、俺がお前を恨んでたとしても、それを晴らすために、こいつらまで悲しませるようなマネ、俺がすると思うか? むしろそっちのほうが、腹立ってくるぞ」
「やけど――」
「はい、ストップ。とりあえず、さ。まずはここを出よ? 続きはその後ってことで」
らんがまだ何か言おうとしたのを、早月が制した。
「そうだな」
影郎は、誰もいない方向を向いて、短剣をふり上げる。
現世からここに来たときと同様に、空間を切り分けて、2つの世界をつなぐ穴を、穿つためだ。
「らんちゃん、帰るわよ」
嶺がらんに、語りかける。
彼女と晴日は、まだらんの手を、それぞれ握っている。
「そやな。みんなとやったら、ウチどこへでも行けるわ」
らんは狩衣の肩に、自身の目をこすりつけた。
影郎は得物を構えて、行きたい場所と日時を、思い浮かべた。
3月16日夜、江東区の南端にある、空き地の中央だ。
影郎はダガーをふり下ろし、常夜の国の大気を、切り開く。
刃のとおった跡が、直線となって残る。今度は、空間の切れ目は黒ではなく、白だ。
影郎はこれに手をかけ、外開きの扉のように、引いた。
その向こうからは、光があふれ出す。
5人は一斉に、その中へおどりこんだ。




