12-B 黒い急流
異界の景色は、絶えず変化した。
足下はわずかな時間のうちに、風もないのに波打つ草原になったり、かん木があちこちに生える荒れ地になったり、砂丘のようになったりした。
右手の地平線から、ちょっきり顔を出していた山脈が、突如として背後に出現したかと思うと、今度は影郎たちよりも左に移動して、やがて見えなくなった。
一瞬だけ行く手が、断崖や孤島や雪原になって、ヒヤリとしたこともある。
目に見えている地形すべてが、蜃気楼であるかのような気分だ。
しばらく歩くと、河原らしきじゃり道に、さしかかった。
ほどなくして、右手に河が見えた。かと思ううちに、それはどんどん、4人に迫ってきた。
気づいたころには、影郎らは大河のほとりを、これと平行に歩いていた。
川の流れは、彼らが歩くのと、同じ方向だ。
幅は、影郎が背伸びをして、やっと対岸が見えるほど。
広い割に、流れが速い。
大きな岩にぶつかって、二手に分かれた水の合流点が、激しく渦を巻いている。絶えず、あぶくが立ち上っている箇所もある。
川面が、墨汁のように黒い。その下にどんな生き物が潜んでいるのか、推測するよすがもない。
「黒い河だ。ライナちゃんが言ってた通りだわ」
晴日は、心持ち水際から離れて歩いている。
万が一にも、落ちることがないように、との考えによるようだ。
「じゃあここ、トゥオネラ? 冥府じゃん」
早月も、晴日と同様にする。
「もしぶじに帰ってこれたら、ライナちゃんに土産話ができるわね」
「もしじゃなくて、ぜったい帰るの! っていうか、ライナがこれ聞いたら、卒倒しそう」
「ねえ、嶺ちゃん。もしかして私たち、この川を渡ることになるのかな?」
晴日が、今度は嶺に尋ねた。
「ううん。もう少ししたら、川はあっちへそれていくわ」嶺は対岸に目をやる。「ところでこれ、要するに三途の川よね?」
「あの世に川が流れているっていうモチーフ自体は、割と世界中に、普遍的に存在するの。だからこれも、三途の川だと呼べば、そうなのかもしれないわね」
「まあ、もしこの向こうにらんちゃんがいるんだったら、わたしがみんなを1人ずつ担いで、空から渡るまでだけど。たとえこれが、三途の川でもね」
「あ、あそこ! 白鳥がいる」
早月が、河の中の1点を指さした。
いま自分たちのいる位置よりも、若干下流だ。
見ると、1羽の白鳥が、川に浮かんでいた。自ら発光し、幽霊のように暗闇に浮かび上がっている。
鳴き声が、歌のように聞こえる。
「一応、この世界にも住人はいるのね。ちょっと、安心したわ」
「そうね。もしも、ここに閉じこめられるようなことがあっても、意外と住めるようなとこだったりして」
晴日と嶺が話す。
「ところで、ここまででどれくらい、らんちゃんに近づいたことになるの?」
「もう、半分は歩いたわ。急ぎましょう」
嶺は前方の、遥か彼方を指さした。




