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異世界への渡航の自由は、これを認めない  作者: よしゆき
第10回 トゥスクル、起つ
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10-A 早月とらんの和解

 らんは2月22日の午後に、意識を回復した。病院に運ばれてから、40時間あまりが経過した時点だ。

 その週のうちに、彼女も太薙と同様、帝室庁に移送された。

 早月、晴日、影郎は、らんが庁舎に到着し病室のベッドに寝かされた直後に、初めて彼女と会うことができた。


「らん、大丈夫!?」


 早月は入室するや否や、容態を尋ねる。


「おお、早月。寂しくて、今にも死にそうなとこやってん」


 らんは寝台の上で上体を起こし、笑顔で手を振る。

 ベッドの枕側半分が、起き上がっている。手元に置かれたリモコンで、操作するらしい。


 彼女の体に、電極や管などは、つながれていない。ただ、左肩に包帯が巻いてあるだけだ。

 骨折した人と、そう変わらない扱いに見える。


 らんのものを含め、部屋に寝台は、4台ある。

 入り口から見て、左右の壁に2台ずつ寄せられている。いずれも、患者の頭が壁のほうを向く格好だ。

 らんのベッドは、入り口から見て左手の奥だ。


 ほかに、寝かされている者はいない。

 太薙は、まだ絶対安静が解けておらず、別室で眠り続けている。


 部屋のすみに、スツールが重ねられている。

 早月ら3人は、それを1脚ずつとり、らんの寝ているベッドの脇に置いて、これに座った。らんから見れば、右側に並ぶことになる。


 病室には大きな窓があり、カーテンが開け放たれている。だが、間近に高層ビルがあるため、景観は最悪だ。

 子熊の縫いぐるみや、脱臭炭が置かれている。おかげで、室内は殺風景に感じない。


 4人は最初に、近況を報告し合った。らんはけがの具合を、早月たちは授業の進度や嶺のようすを話した。

 らんによると、少なくとも向こう1週間は、立って歩くのも禁止だ。また、学校に通えるようになるまで、さらに1週間かかるという。


「ねえ、らん。痛い所、ある?」


 早月が問う。


「ないで。もし腕、回したりしたら、分からへんよ。けど、今みたいに固定しとる限りは、大丈夫や」


 らんは、肩に巻かれた包帯を指さした。


「本当? どこか悪くなったら、いつでも言ってよ」


「ははっ。そのときは遠慮せんと、思いっきり甘えさせてもらうわ」


 らんの態度は、早月に対しても普段と変わらず、至って陽気だ。

 多少なりとも、とげとげしく遇してもらえたほうが、早月にはまだ気が楽だった。


「喉、渇かない? 飲み物、買ってこようか?」


「いや。寒いから、ほとんど飲みたならんねん」


「寒い? じゃあ暖房の温度、上げようか」


 早月はその後も、甲斐甲斐しくらんの面倒を見た。だが、らんと目を合わせることは、故意に避けた。


 実のところ、早月はこの日の朝まで、らんと会うのが怖かった。合わせる顔がないからだ。

 止血があとちょっとでも遅かったら、らんの命に関わる事態になっていた。晴日から、このように聞いている。

 そんな状況に彼女を追いこんでおいて、どの面さげて、らんの前に現れよというのか。


 おかげで早月は、らんの表情が次第に険しくなっていることに、全く気がつかなかった。


「なあ、晴日、影郎。ちょっとの間だけ、席はずしてくれへん? 早月と2人で話したいことがあんねん」


 らんの声は、最前よりも気持ち低めだった。


「そうね。影郎、行くわよ」


 晴日はすぐさま立ち上がる。


「お、おう」


 影郎も、晴日のあとを追って退散した。


「らん?」


 早月は、らんの意図を読みとれない。


 晴日らが外に出て、入り口の扉が閉まった。しばしの間、沈黙が流れる。

 聞こえるのは空調の作動音と、ビルの間を吹く風の音だけだ。


「で、いつまでそうゆうふうにしとる気ぃなん?」


 最初に口を開いたのはらんだ。


「そうゆうふうって……?」


 早月は聞き返す。実のところ、その意味する所は、本人も薄々分かっていた。


「ずっと暗ーい顔して、召使いみたいにウチの世話するの。あんたかって、永久に続けるつもりやないんやろ?」


「それは、まあ……、そうだけど」


 早月の声が、だんだん小さくなっていく。


「大方、ウチがケガしたことで、責任感じとるんやろ?」


「うん……」


 早月はこくりとうなずく。そのまま、顔を上げられない。


「あんたらしいな。……いや、そうでもないか。もし逆の立場やったら、ウチもおんなじようにしたかも」


「らん、ホントにごめんね……。ボク、どうしたら、赦してもらえる?」


「絶対ゆるさん」


 らんからの返答は、早月が予想し得た中で最も聞きたくないものだった。

 早月は、何かとてつもなく重いもので、全身を強打されるような衝撃を感じた。正直、らんからこのようなことを言われたのが、信じられない。


「そう……、だよね……」


 ふるえる声で、これだけ言うのが精せっぱいだった。


「待て、待て! 嘘に決まっとるやん。もう、冗談やって気ぃついてや」


 らんは、若干あわてたようすで、早月に右手を伸ばす。そして早月の肩に、手の平をぽんと置いた。


「恨んでない……?」


 早月は顔を上げる。


「そんな意外そうな顔、せんといてくれる? どっちかっちゅうたら、根に持っとるように思われたことのほうが、怒れてくるわ。――まあ、ウチも同じ穴のムジナか。前に似たようなこと、嶺にやってもうてんから」


「でも、ボク――」


 早月が言いかけたのを、らんが手で制す。


「ウチも聖人君子やないんやから、人を嫌いになることはあるよ。でもそのときかって、『恨み晴らそう』思うてつきまとったりはせえへん。人を恨んだって、自分が不愉快になるだけで、1円も得らせんからな。これ以上害をこうむらんように、できるだけ関わらへんようにするだけ。どっちにしたって、あんたには関係のない話や」


「ホントにそれでいいの?」


「むしろ、そうでないと困る。ウチはただ、あんたとこれからも、今まで通りでおりたいだけや。あんたに変な贖罪意識でも持たれて、上下関係みたいなんができたら、かなわん。どっちかが相手の言いなりっちゅう間柄やと、お互い信用なんか、ようせんやろ。ウチら、序列らあらへんのが当たり前の世の中しか、知らんのやから」


「分かったよ。分かったけど、でも――」


「まあ、何かせんと、どうしても自分の気持ちが収まらへんのやったら、ウチのお願い、聞いてくれる?」


「うん、何でも言って」


「2つ、ゆうてええ?」


 らんは、悪戯っぽく笑った。


「うん」


「1つはな、ウチが学校に行けるようになるまで、放課後ここに来て、授業で(なろ)うたこと教えてほしいねん」


「お安いご用だよ、そんなの」


「ホンマ? けっこう重労働やと思うで?」


「大丈夫!」


 早月としては、らんの気が変わらないうちに、この頼みは自分が引き受けたということで、確定させたかった。

 らんと毎日、顔を合わせる口実になるからだ。


「じゃあ2つ目。こっちのほうが大変やで」


 らんの顔が真剣になる。


「何?」


 早月もそれを、食い入るように見つめる。


「今回のことで、今みたいにしょんぼりするの禁止」


「え?」


 早月は、なぜらんがこのようなことを言ったのか、分からない。


「やから、そんな罪人みたいなメソメソした顔せんといて、ちゅうこと。早月が元気ないとこ見とると、ウチまで辛いんや。何か、ウチが悪いことしたみたいな気分になんねん。あくまでケガしたのこっちねんから、そらないやろ」


「……分かったよ」


 本当は、早月はこの要求を、飲みたくなかった。守り通せる自信がないからだ。


「すまんな。ウチにようせんこと、あんたには頼んで」


「らんにできない? どういうこと?」


 早月は、らんが何のことを言っているのか、見当もつかない。


「デルケトーと戦ったとき、権藤くんがウチの身代わりになって、大ケガしたやろ? あれからウチ、影郎と向き合えへんようになってもうてん」


 らんが目を落とす。


「どうして?」


「あいつがウチのこと、どんな目ぇで見てくるかが怖いんや。恨んでへんくても、愛想尽かしたとか、信用できへんとか、そんなまなざし向けられたら思うと、とてもやないけど顔、向けられへん」


 らんはまだ下を向いたままだ。


「そんなの……。らん、さっき言ったじゃん。根に持ってるように思われたことのほうが、怒れてくるって。それに、これじゃ嶺のときの二の舞だよ。影郎とは、ふつうに接してればいいじゃん」


「分かっとる。頭では分かっとるんやよ。でも、どうしてもあかん。『あいつがウチのことどう考えとるんやろ』思うと、頭、真っ白になって……。前みたいに、気軽に話もようせん」


 いつの間にか、らんは早月がこれまで聞いたことがないくらい、早口になっていた。


「らん、もしかして影郎のこと……」


 早月は、最後まで言わなかった。らんから答えを聞くのが、怖かった。


「あんたにはそんなふうにされたないねん! 自分が影郎に対してやっといて、なに虫のええことゆうとるんやろ、ウチ。でも、あん、あんたとまで……、そ、そんなことになっ……、てしもうたら……、ウ、ウ、ウチ、どうしたら……」


 らんは喋っているうちに感情が高ぶっていき、しまいにはおえつをもらし始めた。その膝に、ぽたぽたと滴が落ちる。

 彼女が泣くところを見るのは、早月さえ初めてだった。


「らん……。分かったよ。分かったから……、もう、やめて……!」


 早月はいつしか、らんに哀願していた。そのほおを涙が伝う。完全にもらい泣きだ。


 影郎に対する罪の意識から、彼と親しくすることができなくなったらん。

 気の置けない仲だった相手と、疎遠になってゆく辛さを切々と訴えられ、早月もその気持ちが、我がことのように感じられた。

 そして、自分は以後、決してらんに対し、よそよそしくふるまいはしないと、心に決めたのだった。


 2人が会話できる程度まで泣き止むのに、10分余りを要した。


「頼むで、早月。今まで通りにおってな」


 らんが念を押す。


「分かったよ。もうさっきまでみたいにはしないから」


「約束やで」


「約束する」


「ホンマに?」


「ホントだよ」


「信じとるで」


「いいよ」


「フォルセティとボーブ・ダルグの名において?」


「あー、もうっ! しつこいよ!」


「そう。それでええ」


「あ……」


 早月は、赤面して笑った。

 らんがいつになく、執拗に何度も確認してくるのは、わざと早月に抗議させるためだったのだ。対等な間柄ならば、そのくらい当たり前だから。


「よかった。いつもの早月に戻っとる」


 らんはほほえんだ。その目はまだうるんでいる。


「もう……。それはそうと、あの状況でよく〈土遁(どとん)〉を思いついたね。確かに、土と同化すれば、火生土と土剋水で、火の魔法からも水の魔法からも、ダメージを最小限に食い止められるよ」


「いや、そういうつもりで〈土遁〉使(つこ)うたんとちゃうねん。逃げることしか考えてへんかったわ」


「あらま」


 早月とらんは、同時に吹き出した。


 その後、2人は晴日と影郎を部屋に入れ、皆で雑談に興じた。

 夕方には辰午と初恵も入室し、6人で話した。

 こんなにのんびりと、打ち解けた雰囲気の中で語らうのは、灯巳が死んで以来のことだ。

 早月はそれとなく、らんと影郎が話すきっかけを作ろうと奮闘した。しかし、うまくはいかなかった。

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