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第19話 想いの形

 階段を下り、ギルドを出てから数歩足を進めたところで、オレは振り返った。

 後ろからとぼとぼといった感じでラウルが付いてくる。


 その姿は、なんというか、フラれた男の哀愁が漂っている気がする。


 実際にはちょっとケンカっぽくなってはいたが、まだフラれたというわけではないと思うんだが……たぶんな。


 それにしても、二人がいきなりそういう関係になっていたということも非常に驚きだが、更にまさかラウルのこんな姿を見る日が来ようとは、夢にも思わなかったよ。


 今のラウルからは、いつもの陽気さが完全に抜け落ちちゃっている。

 おかげでかける言葉がなかなか見付からない。


 元気出せ? 気にするな? こんな日もあるさ?


 うーん。どれも違う気がする。


 通りを行き交う人たちの邪魔にならない様に端に寄りつつ、オレは右手で頭の後ろを掻きながら、とりあえず声を掛けてみた。


「ラウル……」


 名前を呼んだオレに向かってラウルがゆっくりと顔を上げた。


 うっ、わぁ……


 その顔には悲壮感がたっぷりと詰まっているようにオレには見えた。


 たぶん、気のせいじゃないと思う。

 だって、オレたちの脇を通り過ぎていく人達の何人かがラウルを見て「なにがあったんだ?」というような顔をしていたから。


 やっぱ一番マズいのは、ラウルがやけっぱちになっちゃうことだろうな。

 そうならないよう、オレは言葉を慎重に選びながら口を開いた。


「分かってるとは思うが、セリカは気が動転して、完全にパニックを起こしてたと思う。だから、決してあれは彼女の本心じゃなかったハズだ」

「……そう、思うか?」


 ぽつりと呟くような声でラウルがオレに問いかける。


 その答えは、実際のところはセリカ本人じゃなければ分からない。


 だけど、オレはそんなことは言わない。

 言っても意味はないし、誰にも得は無いし、幸せにもならない。


 ここで言うべきは、そんな夢も希望も無いセリフじゃないんだ。


 オレは視線をラウルに真っ直ぐ向けながら頷く。


「ああ。むしろセリカはあんなに動揺しちゃうくらい恥ずかしくて照れていたってことだろう? それはつまり、お前を好意的に意識しているからじゃないか? もし仮に、あのセリフが彼女の本心なんだとしたら、あれほど動揺なんかしなかったハズだ。もっとドライになっていると思う」


 それは単なるオレ個人の推測に過ぎないかもしれない。

 でもオレはそう信じている。

 そして、そう信じることこそが、この事態を好転させてくれると信じている。


 だから、とオレは言葉を続けた。


「お前も、変な短気を起こすなよ?」


 二人がくっつくということは、オレはエリスとの賭けに負けることになる。

 だからといって、せっかくくっついた二人に別れて欲しいなんて思ってない。

 できることなら、うまくいって欲しいと本心から思っているんだ。


 二人がうまくいくならば、オレが賭けに負けるなんてそんなこと、ほんのささいなことに過ぎないんだから。


 ラウルは一度視線を足元に落としたが、少しして顔を上げ、セリカたちがいるであろう、ギルドの二階のほうを見上げた。


「ああ。そうだな。大丈夫。分かってる」


 ラウルは静かに、そう一言だけ答えた。


 ◇


 ギルドを出てから三十分くらいは歩いただろうか。

 オレたちは特にあても無く、人通りの少ない道を並んで歩いていた。


 その間、ラウルが少しずつ途中何度も間を置きながら話してくれた。

 ラウルがセリカを好きになった馴れ初めってやつを。




 ラウルがハンターになった時、ハンターギルド主催の新人ハンター向けオリエンテーションで初めてセリカと出会ったんだそうだ。


 この話自体は前にも聞いたことがある。以前セリカも言っていたな。「この頃から既にラウルは女の子達に囲まれていた」って。だけど聞いていたのはそれくらいか。詳しく聞いたのは今回が初めてだと思う。


 ラウルより一足早くハンターとなっていたセリカは、このオリエンテーションに新人ハンターとしてではなく、ギルドの手伝いとして参加していたそうだ。なので、女の子達と仲良くおしゃべりに夢中だったラウルに注意する側だったらしい。


 その頃のラウルにとって当時のセリカは、ちょっと近寄りたくない生真面目で口うるさい優等生タイプ、だったそうだ。


 その後しばらくは特に接点の無かった二人だが、E級に上がった頃、偶然にも二人は同じゴブリン討伐遠征のクエストに参加し、さらに同じパーティに割り振られた。男女二人ずつ計四人のパーティだったそうだが、ラウルとセリカは色々と意見がかみ合わず、かなり激しい言い合いにもなったそうだ。


 ラウル曰く「あんなに頭の固い、頑固な女は初めてだった」だそうだ。

 なんとなくその様子が目に浮かぶようだよ。


 だが実際ゴブリンとの戦闘になったとき、セリカの堅実性と視野の広さにかなり助けられたんだそうだ。目を見張るほど強いというわけじゃない。だけど自分の担当分をきっちり確実こなしつつ、他の人が危なければすかさずサポートにも回り、ラウルが助けられたと感じたのも一度や二度じゃなかったそうだ。


 実際その時の討伐には、魔法を使うゴブリンメイジや大型種であるホブゴブリンなども出てくるという予想外の状況が発生し、他のパーティでは被害者も続出したが、ラウルとセリカのパーティは四人とも無事に生還することができた。これは間違いなくセリカのおかげだとラウルは考えているそうだ。


 それから、セリカを見る目が変わったとラウルは言う。

 気付けばセリカを目で追っているということも多くなった。

 時にはセリカのクエストに、自分でも無理があると思いつつ適当な理由を付け、半ば強引に交ざったりもした。

 そしていつしか、自分はセリカが好きなんだと自覚したんだそうだ。




「自分でもびっくりだぜ。今までの自分の好みタイプと正反対の女を好きになっているなんてさ」


 ラウルがおどけるようにそんなことを言う。


 時間が経って少し落ち着いたのか、それとも会話のおかげで気が紛れたのか、今のラウルにはさっきまでの悲壮感のようなものは感じられなくなっていた。


「そうか」

「タクマにも無いか? そういうの?」


 軽く相槌を打ったところへ思わぬ問いかけを喰らってしまった。


 正反対の……っていうか、そもそもオレの好みタイプ


 そんなこと、考えたことも無かったな。


 エリスが現れてから、オレとエリスはずっと一緒にいて、そしていつの間にかエリスを好きになっていた。だから、自分の好みタイプだからエリスを好きになったというわけじゃない、と思う。


 改めて自分の好みタイプを思い浮かべてみようとするが、どうもうまくイメージできない。


 女性の、自分が好きだと思える部分とか性格とかだろう?

 例えば……


 ふわっふわな白銀の髪とか。

 愛くるしい二重の大きな黒い目とか。

 ハツラツとした明るい笑顔とか。

 無邪気に見えて、でもオレを見透かすような視線とか。

 剣を握ったときの凛とした立ち振る舞いとか。

 敵を前にし、魔法を詠唱する凛々しい声とか。

 二人きりの時にオレを呼ぶ、どこかくすぐったいような甘い声とか。

 可愛らしく動く獣耳とか。

 白く長いネコのような尻尾……とか?


 ……まんまエリスじゃん。


 そう。どうしてもエリスが思い浮かんでしまう。

 姿形はもちろんのこと、性格や言葉遣いなんかも、全部エリスだ。


 それってつまり、オレの好みタイプは、エリスそのもの?


 ――って、言えるか! そんなことっ!


「……さあな」

「何だよ。人に話させておいて、自分はだんまりなんてズルいぞ?」


 んなこと言われても、言えないものは言えん!

 オレはラウルから視線を外し、そっぽを向いた。


「ったく、このやろう。んじゃ、それはいいからさ、代わりに、ちょっと聞いてもいいか?」

「……何?」

「お前の、魔法について、さ」


 その言葉にオレの足がピタッと止まった。


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