第18話 ラウルとセリカ
「薬草採取に香辛料採取、ゴブリン討伐に、ホーンベアの討伐、か……」
オレはハンターギルドのクエストボードの前で腕組みして、それらの依頼内容を眺めていた。
薬草や香辛料の採取は基本的にはF級やE級の仕事だ。別にD級のハンターが受けてはいけないというルールは無いが、いろいろと面倒な割には報酬はそれほどよろしくない。
ゴブリンはサハギンと同じくE級モンスターだ。したがってE級以上のハンターならば受けられる。普通は指定された数のゴブリンを狩ってくるというものなんだが、今回はちょっと違うみたいだ。少々大規模にゴブリン討伐を行うらしく、そのメンバーを募集しているらしい。その日程はもう少し先のようだ。
そしてホーンベアの討伐だが、こいつはオレたちでは受けられない。ホーンベアはC級のモンスターだからだ。頭に二本の角を生やし、オレの倍以上の大きさがありながら身軽で素早く、しかもパワーもある。狂暴熊とも呼ばれるかなり危ない存在だ。
新しく張り出されているクエストはそれくらいのようだ。
もちろんそれ以外にもあるにはあるのだが……
オレは以前から張られているクエストの方にちらっと視線を向けてみた。
人探しにペット探し、他の都市への荷物運びに、何故か店の手伝いなんていうのまである。……それって、ハンターの仕事なんだろうか?
オレはその中でも一番上の目立つところに張られているクエストを見上げた。
まだ張られているんだな、コレ。
それは《神水》探しのクエストだ。
張り出されて、もう二年は経つんじゃないだろうか。
当初は、成功報酬として金貨百枚だった。
それでもかなりの大金と言えるのだが、なにせモノは《神水》だ。
どんな怪我だろうが病気だろうが、たちどころに治してしまうと言われる幻の水だ。そう簡単に見つかるものじゃない。
このクエストはオレが知る限り、およそ一年ごとに金貨百枚が上乗せされていき、今では三百枚となっている。金貨三百枚ともなれば、王都じゃ無理かもしれないが、ここアスターナならばちょっとした豪邸が建てられるくらいの金額だ。
もちろん、それでもまだ発見されていないから、いまだに張り続けられているのだろうが。
オレは軽くため息を付きながら、再び新しいクエストの方へ視線を戻した。
残念ながら、今日はめぼしいクエストはなさそうだ。
オレはそう結論付けることにした。
たまにこういう日もある。
王都のような場所ならともかく、地方都市では仕方がないことだ。
幸いにも先日のスノウボア討伐の報酬がある。
昨日のワカサギ釣りのための道具やらで少し出費はあったが、今日一日開店休業状態でもすぐに困るというわけじゃない。
明日は何か良いクエストが出て来ることを祈ろう。
そう思って踵を返したところで、見知った顔に出会った。
昨日も行動を共にした金髪碧眼の男が片手を上げながら声を掛けてきた。
「よう、タクマ!」
「ラウルか。昨日は大丈夫だったか?」
「えっ! き、昨日って何が?」
ラウルが一瞬たじろぐように足を止め、そして何故かオレから視線を外した。
ん? 何だ? 何か様子が変じゃないか?
ラウルの行動に違和感を感じながらも、とりあえずオレは尋ね直してみた。
「昨日、セリカをおぶって帰ったことだよ。ちゃんと家まで送り届けたんだよな? 大丈夫だったか?」
「あ、ああ。そのことか。もちろんだ。何も問題なかったよ」
ラウルの声が少しうわずっている気がする。
それに、目もなんかそわそわと周囲を巡っているようだ。
……やっぱりなんかおかしい。
というか、怪しい。
何でこんな挙動不審になっているんだ?
問題無かったとは言っているが、本当か?
もしかして、昨日何かあったんじゃないか?
まさか……
思わず半眼となった視線をラウルに向けてしまう。
おぶっている時に変なところを触るとか、セリカによからぬことして怒らせたんじゃないだろうな?
そんな疑問が一瞬頭を過った。
だが、すぐにオレはそれを自分で否定した。
……いや、さすがにそれはないか。
昨日のラウルの様子が頭の中に浮かんでくる。
ラウルはセリカの危機に必死だった。
あんな必死なラウルを見たのは初めてだったかもしれない。
それくらい強くセリカの心配をしていたんだ。
おぶって帰ると言ったのだって、セリカを本当に心配してのことだろう。
だから、いくらなんでもおぶっているのをいいことに、例えばお尻を触るとか、そんなことはしないと思う。……たぶん。
でも、じゃあこのラウルの態度は一体何だろう?
そうオレが考えていると、ラウルがオレに視線を戻しつつ口を開いてきた。
「と、ところで、エリスは? 今日は一緒じゃないのか?」
「エリスなら二階にいるよ」
「そ、そうか」
んん?
今、あからさまに話題を変えようとしなかったか?
これは、やはり何かあったと見るべきだよな?
お尻を触るとかいうのは違うとしても、例えばだが、何か不用意な発言をしてセリカを怒らせてしまったということはあり得るかもしれない。むしろ、普段の二人の様子からすると、それは大いにあり得る気がしてくる。
だとしたら……
オレは二階にいるハズのエリスに思いを馳せ、天井を見上げた。
残念だったな、エリス。
どうやら賭けは、オレの勝ちみたいだぞ?
この二人がくっつくなんて、しかも一週間なんて、やっぱ無理があるんだよ。
もしこのままオレの勝ちなら、オレはエリスに何か一つ要求できることになる。
そういう約束だった。
でも、エリスにはいつも世話になっているしな。
賭けに勝ったからって、いくらそういう約束だからって、それで無理難題を要求するのはちょっとな。
そりゃあ、正直言えば、ぜひお願いしてみたいことはある。
例えば、尻尾……とか?
あれを思う存分堪能してみたい……なんてな。
ま、でも、エリスはいつも嫌がるからな。
だから、そうだな。
軽く一杯奢ってもらうか。
それくらいが妥当かな。
そんなことを考えていたところへラウルが再び口を開いた。
相変わらずそわそわした様子で。
「あ、あのさ、タクマ」
「ん? なんだ?」
だがラウルはそれ以上言葉を続けなかった。
何か言いたそうではあるが、言うのをためらっているようにオレには見えた。
この様子だと、セリカに謝るための相談ってところかな?
まったく、何をしちゃったんだか。
とりあえず、二階に上がって、エリスも交えてゆっくり話を聞くか。
そう考えて、今度はオレのほうからラウルに声を掛けた。
「今から二階に行くところだが、ラウルはどうする?」
「ああ、俺も行くよ」
ラウルが頷いた。
やはりラウルも相談したいと思っている、ということだろうか?
そしてオレとラウルは二階へと続く階段を上がり始めた。
◇
もうすぐ太陽が最も高い位置に差し掛かろうかという時間。
さすがにこの時間ならば、酒場は結構空いているようだ。
この酒場は、だいたいこれくらいの時間から店が開く。
外が明るい時間から酒を飲むやつもいるが、それ以外にも、ここで昼食を取るやつもいるし、カフェ代わりに来るやつもいる。ちなみに、ヤマト茶とみたらし団子のセットというのが、最近の若い女性ハンターに人気のメニューなんだそうだ。
ざっと見渡し、奥の窓際に座っているエリスの姿を見付けた。
そして、その正面にはセリカの姿もあった。
「あ、セリカもいるな」
「えっ!?」
オレの後ろからラウルが小さく、驚きの声を上げた。
それを聞いて、やはり、とオレは確信した。
もう決まりだろう。
少なくともラウルとセリカの間に何かあったのは。
何をしたのか、もしくは何を言ったのかは知らないが、セリカに怒られてバツが悪いってところだろう。ゆっくり話を聞くつもりだったが、これならむしろ、ここでセリカにちゃんと謝ったほうが話は早いかもしれない。
こういうのは、時間が経てば経つほど話がこじれるかもしれないからな。
そのためには……
オレは一歩ラウルに近寄り、そして左腕をラウルの肩に回した。
「な、何だ?」
「まあ、いいから行こうぜ」
もしかしたらラウルは、気まずさから踵を返してしまうかもしれない。
だから、そうはさせないようにしなくちゃいけない。
ちゃんとラウルをあの場に連れて行かなくちゃいけない。
そう思って、オレはラウルと肩を組んだ状態でエリス達に向かって足を踏み出した。
「お、おい!」
「いいからいいから」
「なんだよ、気持ち悪いな。俺にはそっちの趣味はないぞ?」
当たり前だ。
オレにだって無いっての!
ちょっと躊躇しつつあるラウルを伴い、ある程度女性たちの傍に寄ってからオレは声を掛けた。
「お待たせエリス。セリカも。元気そうだが、もう大丈夫か?」
「あ、タクマ。あれ? ラウルも」
「ああ。下で会ったんでな」
「そうなんだ。それで? なんかいいクエストあった?」
「いや、あまりいいのは無かったかな」
「そっか。残念」
エリスと会話しつつセリカを見ると、なんか彼女はこっちを見て固まってる。
いや、オレを見てじゃないな。
ラウルを見て固まってるんだ。
それに気付いたエリスが、首を傾げながらセリカを覗き込むようにして口を開いた。
「どうしたの、セリカ?」
「えっ!? う、ううん。なんでも、ないよ……」
何でもないと言う感じには、ちょっと見えないな。
もちろん具合が悪いとか、そういうのではなさそうだが。
でも、あきらかにラウルの姿を見て動揺しているみたいだ。
「そう? なんか顔が赤いよ? 熱でもある?」
「い、いや。大丈夫だから。なんでも、ないって」
額に向かって伸びてくるエリスの手から逃れるように、セリカは身を引いた。
その顔は確かにちょっと赤くなったように見える。
そして、俯き加減でちらちらとラウルを見上げ始めた。
ラウルはセリカの横に立ったまま彼女を見下ろしている。
逃げる様子はなさそうなので、オレはラウルの肩を掴んでいた手を離した。
「よ、よう。セリカ」
「う、うん」
ラウルの挨拶に、視線を外し、さらに顔を赤らめているセリカ。
あれ……?
何かおかしくないか?
セリカは、別に怒っているわけではなさそうだ。
そうじゃなく、恥ずかしがっているというか、照れているような……?
ラウルがセリカに、何かおいたをしたんじゃなかったのか?
そんな二人を見て、エリスが両目を大きく見開き、さらに両手を口元に当てた。
何故かとても嬉しそうに。
「ねぇ、二人とも。もしかして、昨日、何かあった?」
言葉を短く区切りながら、ストレートに二人に聞くエリス。
口元は見えないが、顔がほころんでいるのが分かる。
それに対し、一瞬目を合わせるラウルとセリカ。
そして二人は同時に視線を逸らした。
とても恥ずかしそうにして。
その様子を見て、オレは更に違和感が増してしまった。
だって、ラウルが何かセリカによからぬことをしたのなら、セリカはきっとこんな態度を取らないと思う。
そうだよ。
その場合、セリカはラウルの顔を見た瞬間、引っぱたくなりするハズだ。
それをしないで、二人で恥ずかしそうにするって……
あれ?
これって、もしかして……?
オレの横にいるエリスの顔が、なんかにやにやしだした。
そしてちらっとオレのほうを見た。
その目が「ね! 私の言った通りでしょ」と言っているように見えた。
おいおい。
まさかだよね?
だって、昨日の今日だぞ?
そりゃあ確かに、ラウルの女性に対する手の早さは一流の域に達しているのかもしれないが、でも相手はあの真面目なセリカだぞ?
いつもラウルに向かって何かと小言を言っているセリカだぞ?
ありえない……よね? ね?
ラウルが立ったままオレとエリスに向かって口を開きかけた。
「あのさ。実は俺たち……」
「ちょっ! ラウル、何言い出すつもり? や、やめてよね!」
ラウルのセリフを慌てて止めようとするセリカ。
一瞬ラウルの腕を掴んだが、すぐに慌てて手を離し、服を引っ張り直す姿が、なんか微笑ましくも思えてきた。
「いや、だってこういうのはちゃんと……」
「何がちゃんとよ。こ、こんなところで……」
そして二人は何か押し問答を始めてしまった。
ラウルはオレたちに何か説明しようとしているようだが、それをセリカがやめるよう反対している、という状況であることは何となく分かる。
だけど、その「何か」というのがはっきりしない。
……いや、でも、まあ、な。
ここまで来れば、なんとなく察しはつく気もする。
とても信じられないが、やはりオレとエリスの賭けはエリスの勝ち、そういうことなんじゃないか?
だって、エリスはもうにやにやして二人のやり取りを黙って見ているし、セリカの顔はもう真っ赤で、まるで耳までゆで上がっているかのようだ。
っていうか、セリカの目の動きが怪しすぎる。
全然一つのところに定まらず、オレたちや周りをきょろきょろしている。
これ、軽くパニック起こしてないか?
あのセリカが……?
よく分からないが、二人を止めたほうがいいんだろうか?
そう思った時、ラウルがため息混じりに呟いた。
「お前なぁ……」
「お前だなんて呼ばないで!」
ラウルの「お前」呼びに強く反発するセリカ。
そして俯きながら、ついにとんでもない爆弾を投下してくれた。
「い、一度シたくらいで私をオトせたなんて思わないでよね!」
………………はい?
なんだって?
セリカさん?
あなた今、なんておっしゃいました?
「ううう……。何言ってんだろう、私。あー、もうヤダ。恥ずかしい!」
思わず口にしてしまった自分のセリフに恥ずかしくなったのか、セリカがテーブルにうっぷすようにして顔を隠してしまった。
……えっと?
オレはてっきり、どちらからともなく付き合うという話の流れになったとか、もしくは何かいい雰囲気になってキスしてしまったとか、そういう比較的穏やかなものを予想していたんですけど?
その「シた」っていうのは、キスのことじゃ……やっぱ無いんだよね?
そんなレベルの話じゃ、無いんだよね?
全く。
お前たち……さ。
なんつーか、オレの予想の斜め上をぶっ飛び過ぎだろう!
ふいにセリカがガバッと起きだし、ラウルに向かって更に口を開いた。
「もう、ラウルのバカァ!」
「はぁあ? なんで俺が。お前が勝手に自爆したんだろうが!」
「お前って言うな!」
「なんだよ。昨日はあんなに可愛かったのに……」
「うるさい! 昨日の私はどうかしてたのよ。こんな軽薄男が格好良く見えたなんて、ありえない。一生の不覚よ!」
「お前、そこまで言うことないだろう。俺は……」
「お前、言うな!」
二人の言い争いが続く。
声も大きいので周囲の視線がこちらに向いてくるのを感じる。
だけど、そんなことより……
オレとエリスの視線が交差する。
いろいろと聞き出してみたいことが無いわけじゃないんだが、このまま二人をここにいさせるのは危険な気がしてきた。たぶんセリカは恥ずかしさのあまりパニクっている。
そういえばセリカが男と付き合ったなんて話は聞いたことが無い。もしかしたらラウルが初めてなのかもしれない。
それはともかく、せっかくうまくいきかけている二人の仲が、このままではパニクったセリカのせいでいきなり崩壊となるやもしれん。ここは、少し冷却期間が必要じゃないか?
オレはそう考えてエリスに目配せした。
エリスもオレと同じことを考えたのか、真面目な顔で即座に頷いて返す。
よし!
オレはちょっと熱くなりかけていたラウルの肩を叩いた。
「ラウル。ちょっと落ち着け」
「俺は落ち着いているって!」
「そうだな。でも、今日のところは……な?」
オレはそう言って、出口に向かって顎をしゃくった。
ラウルはオレの意図を察しつつも、少しためらっているようだ。
セリカが「ふんっ!」とそっぽを向くと、ラウルが再び何か言いそうになったので、オレは「まあまあ」と言いながら二人の間に割って入った。
ラウルをなだめつつ後ろを向かせ、入ってきたとき同様にラウルの肩を組み、出口へと向かった。
二人で出口に向かう途中でアニーとすれ違った。
「騒ぐだけ騒いで、注文もしないで帰るとか、ひどい客ね」
アニーがそう言いつつため息をついていた。
だが、別に怒っているというわけじゃないみたいだ。
「悪いな。また今度な」
オレはそう言って、ラウルと一緒に店を出た。
ドアが締まる直前、一瞬だけエリスのほうに振り返ってみた。
エリスはセリカの頭を撫でてあげているみたいだ。
それが見えたところで、ドアが閉まった。




