第15話 セリカ救出
※ 2018/3/26 後書きにFA追加。
「貴方達はすぐに避難を!」
老人たちに向かってそれだけ言い、オレはすぐさま駆け出した。
何故セリカが奴らに?
ラウルはどうしたんだ?
「邪魔だ! どきやがれっ!」
苛立ちを含んだラウルの怒声が耳に飛び込んできた。
走りながらそちらに視線を向ける。
ラウルが三匹のレイク・リザードに囲まれているのが見えた。
――くそっ! 分断されてたのか!
一旦足を止め、オレは収納庫から弾を二つ取り出した。
レイク・リザードに向けて二つの弾を続けざまに撃ち込む。
一つはレイク・リザードの頭部に、もう一つは別の個体の右前脚に直撃した。二匹が狼狽えた隙を突き、すかさずラウルが強く踏み込みながら剣を降り下ろす。最後の一匹がラウルに飛びかかるが、ラウルは体を傾けながらも両手に持った剣を力一杯横に振り抜き、斬り捨てた。
邪魔をしていたレイク・リザードを全て倒し、ラウルが駆け出す。
オレもスリングショットを収納庫に収納し、セリカが引きずり込まれた場所に向かって走った。
どうやら周囲のモンスターの数が減ってきているみたいだ。
何匹か湖の中へ消えていくのが視界の端に見えた。
撤退しているのか?
オレの方がラウルより一足早く水辺に着いたが、セリカの姿はもう何処にも見えなかった。
――くそっ!
セリカは引きずり込まれたんだ。
この冷たい水の中に。
どうする?
どうすればいい?
セリカを助けるためには……
「セリカァーー!」
ラウルが止まらずに、叫びながらオレの横を通り過ぎる。
そのまま湖に飛び込もうとする姿を見て、オレは慌ててラウルの右腕を掴んだ。
「やめろ! ダメだラウル!」
「離せぇ! タクマ!」
体ごと腕を大きく振ってオレの手を振りほどこうとするラウル。
――くっ!
いつもは冷静で、何処か飄々としているラウルがこんなに取り乱すなんて……
「ダメだ! 分かってるだろうラウル! オレ達は、水の中ではレイク・サハギンに敵わない。呼吸もできないし、奴らの動きにだってついていけない。しかも凍るような冷たい水じゃ……」
「それが何だ! セリカが連れて行かれたんだぞ。見捨てろっていうのかお前は! 見損なったぞタクマ!」
「違う、そうじゃ……」
「いいからその手を離せぇ! じゃないとお前からぶっ殺すぞ!」
ダメだ。
完全に頭に血が上っている。
水の中をすばやく動けるレイク・サハギンに対し、こちらは水の中では呼吸すらできない。そんなオレ達ではどうあがいたって勝ち目なんかない。
そんなこと、ラウルだってホントは分かっているハズなのに。
ここでラウルを行かせるわけにはいかない。
やられると分かってて、見す見す行かせることは絶対にできない。
オレの制止を振り払おうとするラウルの手を両手で掴み、なんとか陸の方へ引きずり、最後は勢いを付けて投げ飛ばした。
倒れ込んだラウルは、だがすぐさま立ち上ろうとする。
そこへ、後ろから駆け寄ってきたエリスがラウルの足元に剣を突き刺した。
「少し落ち着いて、ラウル」
「これが落ち着いてられるか! エリスまでタクマの味方するのか!」
「私は、いつでもタクマの味方よ」
ラウルを見下ろしながら、きっぱりと言い放つエリス。
それを見上げるラウルは二の句が継げないようだ。
「でも、セリカを見捨てるようなことはしないでしょ、タクマ?」
「当たり前だ!」
オレはエリスの言葉に即答し、周囲を見渡した。
もうモンスターどもの姿は何処にも見えない。
全て湖の中に撤退したみたいだ。
先程の老人たちも、もう避難したようで周りには他に誰もいない。
今ここに残っているのはオレ達三人だけだ。
オレはエリスに視線を向けた。
――他には誰もいないな?
そんな言葉にしないオレの意図を察してくれたらしく、エリスがオレに向かって小さく頷いて返す。
それを確認し、オレは口を開いた。
「ラウル。これから見ることは、他言無用だぞ」
「なにを……」
戸惑いの声を上げるラウルをスルーして、オレはエリスに向き直った。
「エリス。湖の底も含めて周囲に壁を作れるか?」
「壁……? 湖の周囲に?」
「ああ。絶対に奴らを逃がさないように」
「分かった。やってみる」
エリスはちょっと戸惑いつつも頷くと、湖のほうを向きながら片膝を突いた。両手を大地に付け、目を閉じる。そして一度大きく息を吸い、魔法を発動すべく詠唱する。
「氷よ。全てを阻む、凍てつく氷壁となれ! 《アイスウォール》!」
そのとたん、エリスが触れている大地が氷に覆われ、それが湖へと走る。
続いてゴォオオオと大きな地響きが聞こえてきた。
大地が揺れ、その振動が足に伝わって来る。
湖の表面を覆う氷も揺れ、いたるところにひびが入りだす。
そして、湖の周囲に高くそびえるように氷の壁が現れた。
「……す、ごい」
ラウルが目を大きく開きながら、驚きの声で呟いた。
しかしそれはほんの一瞬だけ。
ラウルは立ち上がりながら、「だが」とオレを睨むように言葉を続けた。
「それでどうするっていうんだ! 奴らを逃がさないようにしたとしても、まだセリカは……セリカは……くそっ!」
分かってる。
これで終わりじゃない。
今度はオレの番だ。
オレは湖の方に振り向き、そして両手を冷たい水の中に突っ込んだ。
……とんでもなく冷たい。
こんな冷たい水の中に、今セリカはいるんだ。
だがまだ間に合うハズだ。
絶対に助ける!
「いくぞ!」
「今度は何を……」
ラウルの言葉をスルーして、オレはオレのできる唯一の魔法を発動する。
とたん、目の前の景色が一瞬にしてがらりと変わった気がした。
「――なっ!? 湖が……消えた?」
そんな、ラウルの呟くような声が聞こえた。
そう。今の今まですぐそこあった湖が、その姿を消した。
正確には、湖の水を全て収納庫に収納したんだ。
もちろん表面を覆っていた氷も含めて。
ラウルが口を大きく開けて目をしばたたかせている。
無理も無いかもしれない。
今までそういう話はしたこと無かったが、ラウルはおそらく、オレの収納庫をちょっとした倉庫くらいの大きさだと思っていたのだろう。
少なくとも湖の水を全て収納できるだなんて思ってもみなかったのだろう。
実際のところ、オレだって自分の収納庫に収納できる量の限界がどれくらいかなんて分かっていない。
だけど、なんとなく分かる。
おそらくオレの収納庫にはまだまだ余裕がある。
もう一つ湖があっても、たぶんその水を全て収納できてしまうだろう。
もしかしたら、実用上無限に近いのかもしれない。
「……収納した、のか?」
「ああ。だがそんなことより、今はセリカだ」
オレは立ち上がって湖の方に視線を向けた。
どこだ?
どこにいる?
まだそう遠くへは連れて行かれていないハズだ。
周りはエリスの氷壁で囲まれているので、逃げられもしないハズだ。
オレ達の足元から先はゆるやかな下りの傾斜になっていて、その地面はエリスが作った氷壁で覆われている。
視線を巡らせれば、そこら中で大小さまざまな魚が飛び跳ねている姿が見える。
湖の中に生えていた水草の類は半分氷壁の氷に覆われているようだ。
それを見て少し安心する。
大丈夫。大丈夫だ。
収納したのは水と氷だけだ。
余計なモノは収納していない。
これなら、ラウルに気付かれることは無いハズだ。
「あそこ!」
エリスがそう声を上げた。
オレとラウルはエリスの指差す方に視線を向ける。
――いた!
レイク・サハギンとレイク・リザードだ。
その傍にはぐったりとしたセリカの姿も見える。
「うぉおおおおお!」
ラウルが雄たけびを上げながら駆け出した。
それに続いてオレも駆け出し、傾斜している氷の上に飛び乗った。
勢いのまま体が氷の上を滑り降りる。
横にはエリスも付いてきている。
レイク・サハギン達はきょろきょろしている。
いきなり周囲から水が無くなって混乱しているんだろう。
おそらく、あそこにいる奴らが最後だ。
全部合わせても、もう残り十匹もいないようだ。
――これなら! 速攻でセリカを奪い返す!
ラウルがさらにぐんぐんスピードを上げ、オレ達とどんどん差が開いていく。
そしてそのままの勢いでレイク・サハギンのところへ迫る。
レイク・サハギンもオレ達に気付き、ラウルが近付くのを見てトライデントを構えた。
「セリカを、返せぇえええええ!」
ラウルが叫びながらレイク・サハギンの集団の中に突っ込んだ。
――あのバカ! 一人で先走りやがって!
ラウルに追いつくため、オレもスピードを上げようと氷を蹴るが、うまく走れない。それどころかバランスを崩して転倒しそうになってしまった。
「タクマ、大丈夫?」
「大丈夫だ。エリスも行けるなら、オレに構わず行け! そして早くセリカに回復魔法を!」
「うん!」
オレに手を貸そうとしてくれていたエリスだが、オレの言葉に頷くと、身体を低くして駆け出した。一気に加速していく。落ちていた流木を易々と飛び越え、とても氷の上だとは思えない走りであっという間にラウルに追いつき、セリカの傍に滑り込むように駆け寄った。
「癒しの光よ、ここに! 《ヒール》!」
セリカの横に跪き、手をかざして魔法を詠唱するエリス。
先程の黒髪メイドの回復魔法よりもずっと白く眩い光がセリカの身体を包み込む。
その間もラウルの剣が縦横無尽に暴れまわる。
レイク・サハギンを、レイク・リザードを、次々と斬り伏せる。
敵が一匹、また一匹と倒れていく。
オレが二人に追いついたときには、もう戦いは終わっていた。
ラウルが自分の剣を放り出し、セリカに駆け寄った。
「セリカ! セリカ! セリカァー!」
セリカの身体を包み込んでいた回復魔法の光が、彼女の身体に吸い込まれていくかのようにすっと収まっていく。
両膝を付いたラウルが横たわっているセリカを優しく抱き上げる。
オレも急いで駆け寄り、セリカの手首に触れた。
脈はある。
顔もどんどん赤みを増してくる。
大丈夫……だよな?
間に合ったんだ……よな?
「目を開けてくれ、セリカ!」
ラウルが左腕で彼女の身体を抱き上げ、右手で彼女の右手をぎゅっと強く握りしめる。
その時、セリカのまぶたがぴくっと動いた。
僅かに口元が動く。
「……うっ、う……ん。ラ……ウル?」
セリカがぼんやりとした感じで目を開き、そして自分を抱き抱えているラウルの名を呼んだ。
オレの口から自然と大きな安堵の吐息がもれる。
振り返ると、エリスも目に涙を溜めながら、嬉しそうに頷いた。
よかった。間に合った。
間に合ったんだ。
本当に、本当によかった。




