第14話 最後の救助者
エリスの剣が一閃し、レイク・サハギンの持つ三又の矛ごと相手を斬り伏せる。
返す剣に太陽の光が反射し、飛び掛かってきたレイク・リザードに向けて、鮮やかな白銀の軌跡が舞う。
だがそれで終わりなんかじゃない。
エリスがいくら倒しても、いくら斬り伏せても、次々と新手がやってくる。
ざっと見回すが、他に人影は無い。
エリスの後ろにいるのが、逃げ遅れた最後の一組だ。
年老いた男性とまだ十歳くらいの幼げな少女、それに黒髪ロングと金髪ショートのメイドが二人。
メイドを連れているなんて、どこかの金持ちか?
それに、あの老人、どこかで見たことがあるような……?
いや、そんなことを考えるのは後だ!
「エリス!」
オレは駆け寄りながら幼馴染の獣耳娘に声を掛けた。
エリスが剣でレイク・サハギンを斬り上げながらオレの声に応える。
「タクマ! この人たちを御願い!」
「分かった」
エリスの後ろ、逃げ遅れた人たちの元に回り込む。
近くに行ってようやく分かった。
何故彼等がまだここにいるのか、何故まだ逃げないでいるのか。
老人が倒れていて、その横で少女が泣いている。
そして老人の左太ももには三又の矛が深々と突き刺さっていた。
「これは……」
思わず声が漏れる。
トライデントの先端には釣り針のような「かえし」がある。
これだけ深く突き刺さってしまうと簡単には抜けない。
「君……は?」
老人がひどく衰弱したような顔で見上げて来る。
気力だけで何とか意識を保っているような感じだ。
「たまたま居合わせたハンターです。それより、立てますか?」
無理だろうと分かっていながらも尋ねてしまった。
若いうちならともかく、老いた身にはさぞ辛いだろう。
ましてやこれだけ衰弱していて、この足で逃げるなんて、どう考えても無理だ。
予想通り老人は首を横に振った。
「君。この子だけでも、頼めないか? 礼は後日必ず……」
「おじいさま、おじいさま!」
「ローゼ。お前だけでも、早く逃げるん……だ」
「イヤッ! イヤです! おじいさまも一緒じゃなきゃ……」
ローゼと呼ばれた女の子は必死に老人の服を掴んでいる。
けっして離れるものかという意思表示なんだろう。
それを強引に引き離し、この老人を置いていってしまっては、オレは絶対この女の子に恨まれるだろうな。
それに第一、この老人がいるだけで、エリスはここを最後まで死守しようとするだろう。
だから、この老人にもちゃんと逃げてもらわないと、こっちも困るんだ。
オレは片手を上げて、収納庫から太いロープを取り出した。
「ロープ? 今どこから……」
老人が目を大きく開いて驚いているが、それは無視させて貰う。
今は一々説明している余裕は無い。
オレは傍にいるメイド二人に向けて口を開いた。
「誰か、回復魔法は使えないか?」
回復魔法は、怪我がつきもののハンターの中ではもちろん習得しているヤツは多い。だがハンターでなくても有用な魔法なので、一般的にも習得しているヤツは結構いる。ただし、人によってその効果にはかなり差はあるが。
オレはもちろん使えない。
エリスはもちろん使える。その効果もかなり高い。
エリスに回復魔法をしてもらうのが一番良いのは分かっている。
だが、彼女は今戦闘中だ。
こちらにモンスターどもが来ないように踏ん張ってくれている。
最悪、オレと入れ替わってエリスに回復魔法をしてもらうか?
そうも思ったが、それは杞憂だったみたいだ。
「私が使えます」
黒髪ロングのほうのメイドが小さく手を上げた。
「ですが、これが刺さったままでは……」
続けて発せられた言葉にオレは頷き、簡単な説明をした。
「分かってる。今から止血して、オレがこいつを抜く。その後すかさず回復魔法をしてくれ」
オレの言葉に、老人が一瞬にして血の気の引いたような青い顔をする。
恐らく、かえしのあるトライデントを無理矢理引き抜かれたときの、その激痛を想像したのだろう。
気持ちは分かる。
しかし、ゆっくりと説明なんかしている余裕は無い。
「ダ、ダメよ!」
抗議の声は老人からではなく、別のところから上がった。
「そんなことしたら、おじいさまが可哀想よ。今でさえ凄く痛いのよ。これ以上痛くするなんて、そんなの絶対ダメェ!」
少女が拳を握りながら力いっぱい全身で否定してくる。
さらに、その泣きはらした顔で、キッとオレを睨みあげて来た。
……やっぱり、オレはこの子に恨まれる運命なのかもな。
頭の隅でそんなことを思いながら、オレはもう一人の、金髪ショートのメイドに向かって声を掛けた。
「悪いが、この子を押さえておいてくれ。邪魔しない様に」
「なっ!?」
オレのあまりの言い草に、少女は二の句が継げないようで拳をわなわなと震わせている。
この子は、きっと優しい子なのだろう。
大好きなおじいさんが痛がるようなことはさせまいとしているんだ。
だけど、ここは我慢してもらうしかない。
金髪ショートのメイドも分かっているのだろう。
頷いて少女の両腕をつかんだ。
「お、お嬢様。失礼いたします。どうか今しばらくの御辛抱を……」
「イヤッ! ダメよ! 離して! 離してぇー!」
少女が髪を振り乱しながら暴れ始めるが、それでもなんとかその場から引き離してもらった。
オレは老人のほうに向き直り、再確認した。
「よろしいですね?」
「……わ、分かった」
オレは老人の太ももの、トライデントが刺さっている箇所の少し上を、ロープを使ってきつく縛った。
「では、抜きます」
「あ、ああ。ひと思いにやってくれ」
老人がきつく目を閉じ、歯を食いしばる。
これから起こるであろう痛みに耐えるため、必死に我慢しようとしている。
だがオレは、そっちは心配していない。
その痛みは無いハズだ。
オレが心配しているのは別のことだ。
トライデントを抜いた後、血が噴き出さないかだ。
オレの止血がうまくいっているか、だ。
当たり前だが、人は血を流し過ぎると死んでしまう。
血を失った後でいくら回復魔法をしても意味が無いんだ。
オレは老人の脚に突き刺さっているトライデントを握った。
頼む。
うまく止血しててくれよ……
次の瞬間、トライデントがその姿を消した。
そう。収納魔法だ。
オレは突き刺さっていたトライデントを収納庫に放り込んだんだ。
どうだ……?
よし! 血は吹き出さない。
うまく止血できてる。これなら……
「えっ? 消えた……?」
黒髪ロングのメイドが、何が起こったのか分からないといった様子で呟いた。
――驚くのは後でゆっくりやってくれ!
オレはある意味理不尽なことを思いながら、彼女に向かって声を掛けた。
「回復魔法を!」
オレの声に反応して自分のすべきことを思い出したのか、黒髪ロングのメイドがあわてて詠唱し、両手を老人の太ももにかざした。
「癒しの光よ、ここに! 《ヒール》」
メイドの手が穏やかな光を放ち、それが老人の太ももを包み込む。
その光の中で、傷がゆっくりと塞がっていくのが見える。
「え? 痛みが全然……? あの槍は? これは一体……?」
目を閉じていた老人はトライデントが消えるところを見てなかったから、今の今まで自分の太ももに突き刺さっていたモノが何処に行ってしまったのか不思議なのだろう。
傷が完全に塞がったのを見て、オレは太ももを縛っていたロープをほどいた。
老人の顔に赤みが戻っている。
あれほど衰弱していたのに、ここまで回復するとは。
この黒髪メイド、エリスほどじゃないにしても、結構いい回復魔法を持っているようだ。
「痛みは? どうです? 立てますか?」
「あ、ああ……」
オレの問いに応えて、老人は困惑した表情をしながらもその場に立ち上ってみせた。
「……全然痛くない。さっきまでの、あの痛みが嘘みたいだ」
「良かった。なら……」
「おじいさま!」
そこへ少女が金髪メイドを振りほどき、飛び込んで老人に抱きついた。
おじいさんの元気になった姿を見て嬉しいのだろう。
何度も何度も「おじいさま! おじいさま!」と呼んで、ぎゅっとしがみついている。
それは感動的な光景かもしれないが、今はそんなことも言ってられない。
「動けるようであれば、すぐに避難を」
「あ、ああ、分かった。助かった。ありがとう。このお礼は必ず……」
その時だった。
ラウルの大きな叫び声が周囲に響いた。
「セリカァーー!」
――なんだ? どうした? まさか!?
すぐさま視線を向けると、ぐったりしたセリカが二匹のレイク・サハギンに捕まり、氷の裂け目から湖の中に引きずり込まれていく姿が見えた。
――なっ!
オレは反射的に収納庫からスリングショットと弾と取り出し、すばやく打ち込んだ。
――当たれぇ!
だが弾はむなしくも外れ、セリカも二匹のレイク・サハギンも、湖の中へと消えていった。




