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鬼:後編①

 

 助手の宇梶が動画の撮られた場所を特定し、生二狼がそこに向かった。

 半日ほど車を飛ばして番地通りの場所に着いたがそこにはマンションが建ち並び、駐車場など見当たら無かった。

 動画では青空駐車場になっていた。今年の春に新発売されたスポーツカーも映っていた。なのにここにはマンションが建ち、駐車場など無い。動画が撮られた後に駐車場を潰し、マンションが建てられたとしても目の前の建物はそんなに新しいものとは思えない。動画が撮られたという三年前でも合わない気がする。十年近くはたっていそうだった。


 生二狼はその場に立ち、漂う気配を感じた。強い念は感じ取れないが、僅かながら邪な念は感じる。その念は動画を視た時に感じたのと同じ邪悪なもの。動画に映し出された場所はここに違いないと確信した。しかし、強い念を感じない。動画を見た時のように渦巻く程の強く邪悪な念が感じ取れずにいた。

 情報が足りないと生二狼は思った。宇梶が調べた限り、三年前この場所では何の事件も事故も起きていなかった。

 邪悪な念は比較的新しく発生したものに思えるが、怯える小さな念は古く弱い。同じ年代に発生した念ではないと思えた。


「宇梶君、もう少し時期を遡ってもらえませんか。……あと範囲も広げてみて下さい」

 【非世の中処】があるビルで留守番をしている宇梶に電話で伝える。邪悪な念と怯える小さな念。それ以外にも、微かに、ほんの微かにだが弱く小さな念もさ迷っている。何かを待っているかのように。



∝∝∝∝∝∝∝


 ルミは夜の町を走っていた。手には朋ちゃんに返すリコーダーが握りしめられている。息が切れ、苦しくて足が止まりそうになるがそれでも走った。

 横断歩道に朋ちゃんの姿は無く、コケコッ子のとこかと思い学校まで走った。真っ暗な校内を朋ちゃんの名を呼びながら探したが、朋ちゃんはここにも居なかった。


「朋ちゃんどこ行ったんだろう……」

 不意に寂しさが込み上げてくる。辺りを見回すと真っ暗で人気もない。恐怖がルミを包み込む。連続少女殺人事件の犯人が暗闇で息を潜めじっと自分に狙いを定めている気がする。朋ちゃんを探しに走り出したいが、足がすくみ最初の一歩が出ない。


「怖い……朋ちゃん……どこ……?」


 どこかで犬が遠吠えをした。体がビクンとなる。夕方、近所の小型犬に驚かされた事が思い出された。記憶が逆回転していく。ルミが避けた車が戻ってきて横を通り過ぎる。車の音を聞いて振り向く。薄暗い横断歩道に立つ人影が見える。


 頭の中で、朋ちゃんに近づいていくオジサンの映像が流れた。

「朋ちゃん!」

 ルミは手に持つリコーダーを見て思う。

 朋ちゃんも今、不安な気持ちでリコーダーを探しているかも知れない。月曜日にリコーダーのテストがあり練習しなくちゃいけないから、ビクビク震えながら草むらとかを探しているかも知れない。


 早く返してあげなくちゃ

 ルミは勇気を振り絞り、夜の町をまた走り出した。


 朋ちゃんの自宅近くにいるかも知れない。もしかしたらもう帰ってるかも知れない。そう思い、ルミは横断歩道を過ぎ、まっすぐ朋ちゃん家の方へ走った。


 走りすぎで足が痛くて転びそうだった。でもあの角を曲がって、もうちょっと行けば朋ちゃん家に着く。周りを探し、「朋ちゃん!」と呼びながら走り続けた。返事は無いがあの角を曲がればいるような気がする。

 ルミは「お願い! 朋ちゃん!」と言いながら角を曲がった。

 

 暗い道に人影が見えた。

 朋ちゃんでないのがすぐ分かる。大人の人だ。男の人っぽい。

 嫌な気がして速度を落とす。朋ちゃんの名を呼んで探したいが、呼んではいけない気がする。ルミは速度を歩くほどにまで落として、前の人影を見ていた。

 見覚えがある気がする。誰だろう、と思い歩みを止めた。

「あっ!」

 ルミの心臓が恐怖に鷲掴みにされる。

 同時に前の人影が振り向く。

 今度は夜目にもハッキリ分かった。旗振りをしているオジサン。髪がボサボサで歯が汚れている、旗振りのオジサンだ。


 オジサンはルミに気付くと、体の向きを変えゆっくりと近付いてきた。

 ルミは唾を一つ飲み込むと、踵を変え走り出した。声も出ない。自分が無惨に殺される場面が目に見えた。振り返る勇気も無く、ただ走った。捕まったら駄目。殺される!


 一生懸命走った。なのに後ろからはオジサンの追いかけてくる靴音がズンズンと近付いてきてた。




∝∝∝∝∝∝ 


「生二狼の兄貴、分かったっす! 十年前その辺りで六人の少女が殺されてるっす! 連続少女殺人事件があった現場っす!」


 連続少女殺人事件の事は耳にはしていた。けれどあまり詳しい事を生二狼は知らない。

 生二狼が町に出て来たのは最近の事である。それまでは寺の中で過ごし、一歩も外に出た事が無かった。親の顔も生まれた場所も知らずに、今までずっと寺の中で育ってきた。それも暗く狭い部屋に閉じ込められ、初めて外に出て日の光を大量に肌に感じたのが数年前である。それまで一つの明かりも無い暗闇の部屋の中で、顔も見えぬ和尚の唱えるお経の声だけを聞いて生きてきた。部屋から出された後も寺に居る僧侶達の会話だけが情報の全てであった。

 それでもこの事件の事は知っている。それだけ大きな事件であった。



「六人の少女が犠牲に……犯人は捕まったのですか?」

「犯人は捕まって死刑判決が出てるっす。えっと……三年前に死刑執行されてるっすね。動画が撮られた時期と同じっす!」

「そうですか……」


 生二狼は電話をしながら目の前のマンションを見上げていた。六つの小さく弱い念が空中を漂い、哀しそうに怯えて誰かを待っているように見える。


「ありがとうございます。……宇梶君、ご面倒ですがもう少しその事件の事を調べて貰えますか」

「わかったっす。でも兄貴、オイラがいなくて大丈夫っすか?」

「ええ、ありがとうございます。大丈夫だと思いますがもしもの時は宇梶君、助けて下さいね」

「困った時はいつでも、この助手の宇梶が助けてあげるっすよ! まかすであるっす!」

 電話の向こうで宇梶が胸を叩く。


 生二狼は電話を切った。古い型のスマートフォンである。そのまま画面が暗くなるまで指を押し続け、本体の電源も切った。あまり余計な電波は傍受したくない。念を感じ取れなくなる。

 スマートフォンから伸びる紐を頭に通し、首からぶら下げると、マンションの壁で揺れていた六つの小さな念が、犠牲になった六人の幼い少女の顔に変わり始めた。恐怖と苦痛と絶望に歪んでいる。

 その下にも邪悪な念が蠢き現れた。まだハッキリと姿は見えていないが、おぞましい邪悪な念が渦巻いている。

 それが何かを探している。獲物を探すように何かを探し蠢く。

 その奥に、車の陰で怯えて隠れる小さな念が見えた。何かから逃げているように警戒して隠れている。空中に漂う六人とは違う小さな念が、車の陰で怯えている。

 犠牲者の六人とは違うもう一つの念。動画を視た時に感じた小さな念。


 生二狼の腹にアザが現れ浮き出てきた。


 車の陰に隠れる小さな念が突然走り出すように動いた。それを追うように邪悪な念も動く。

 生二狼もその後を追う。首から下がった電源の切れたスマートフォンが胸のとこで揺れる。



∝∝リコーダーと共に∝∝


 ルミはとにかく走った。後ろを振り返る事無く走り続けた。どこを走っているのかも分からない。アスファルトを蹴り続け、現れた角を曲がり、慌てすぎて壁にぶつかり転倒し、膝が擦りむけ血が出ても後ろを振り返らず走り続けた。それでも追いかけてくる靴音が迫って来る気がする。

 いくつ目か分からない角を曲がる。少し先にまた四つ角が見えた。もう方向が分からず、どっちに曲がればいいのかも見当がつかない。とにかく逃げるしかない。走るしかない。そうしなければ殺されてしまう。

 あの角に着いたら安全な方に走ればいい。助かるまで走ればいい。

 そう思っても足が重く上手く走れない。ルミは足がもつれ大きく転んでしまった。握りしめてたリコーダーが手から離れてカランコロンと道の先へ転がる。


「痛っい――」

 すでに血に滲んでいた膝が、更にズリッと剥けた感覚があった。思わず傷口を押さえた手にヌルリとした血の感触が伝わる。意識が遠くなりそうだった。しかし、うずくまってる暇は無い。すぐに後ろを振り向き、確かめる。暗がりで遠くまで見えないが、追ってくる人影は見当たらず、何の影も無かった。


「痛っああ――」

 相当酷い怪我になっていそうだったので確かめたかったけど、ルミには見る勇気が出て来なかった。目をつぶり三度だけ深呼吸して痛みと気持ちを和らげる。


 目を開き、リコーダーを探すと四つ角のとこまで転がっていた。もう一度後ろを振り向き、追って来てる人がいないか確認する。人影は見えない。よし!


 安全な場所まで逃げなくちゃ…………痛っ!


 立ち上がろうとしたが、膝が痛くて立ち上がれない。

 不安で後ろを振り返る。誰もいない。大丈夫。

 ルミはもう一度目を閉じ、「ふ―、ふー」と膝に息を吹きかけた。頭でおまじないも唱える。

 よし! 大丈夫!

 ルミは立ち上がり、四つ角でリコーダーを拾うと、どちらへ行こうかと四つ角の先を全て見た。

 右手の道の先が明るくなっている。あちらに行けばなんとかなりそうだ。

 助かった、と思った。

 そうしたら安心して涙が出てきた。服の袖で涙を拭いた。けれど、拭いても拭いても涙は止まらない。こんなに服の袖で涙を拭いていたら、ママに怒られそうだと思ったがそれでもやっぱり涙は止まらない。


 涙を拭きつつ、足を引きずり歩き出した。あの明るい場所まで行けば大丈夫。

 ルミはもう一度、道の先を確認した。明るい場所は何だか暖かそうにも思えた。早くあそこまで。そう思った時だった。

 道の先に二つの人影が見えた。明るい場所なのでハッキリ見える。一人はお巡りさん。制服を着ている。もう一人は……旗振りのオジサンだった。



 ルミは頭が真っ白となって後退り、訳も分からずその場から逃げ出した。



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