後編
後編で終わりました。
15分も時間を費やしてゾンビを引っ張っていくうちに俺は一体全体何をやっているんだ、こんな無駄なことはとっととやめてゲームを強制終了しておけばよかったと後悔が襲ってきたが街まで辿り着いた時にはやる気が復活していた。こづいたり、列整理をしたりしているうちに個体数は30体まで増えていて、まだまだラグさは感じないものの、既に30体ならひょっとしたらうまくいくのではないかと思わせるに十分だった。
ちなみにNPCは当然ながらこの砂漠の街にも無数に存在しているが、基本的にはモンスターに攻撃する機能は持たされておらずきゃーひゃーなどといって自分たちの家に引っ込んでいく。モンスターも民家の方への侵入パスは与えられておらず、こちらからターゲットを外したり、強制ワープにかけられても民家に侵入することはないようだ。NPCにモンスターをなすりつけることで殺せるのかどうか試してみたいところだったが、NPCの反応速度が早くなかなか難しい。
「NPCは死なないようになっているぞ」とクーラスに行動を見透かされたかのように言われる。ふん、そんなことわかっとるわい。
そんなことを考え、喋りながらも常に小走り状態程度は維持していないと追いつかれるか、囲いこまれるので忙しいには忙しい。街自体はそこまで広くないから、小走り状態で一周するのに10分程度といったところだが、後ろから同じく小走り、殴り、こちらに支援をかけ、時たまワープさせるクーラスがいるから単純なマラソンというわけにはいかない。一旦建物の内部に避難してしまえば、ターゲットの外れたゾンビ達は散らばっていくのだろうが、また集めてくるのも大変だこうしてみると、こっちの仕事はそう対して多くない。何しろまだ始めたばかりなのでスキルも大したものは持ってないし、仕方がないのかも知れないが。だんだん罪悪感もつのってくる。
「なあ、こっちでもなんかできることって無いのか。ずいぶんそっちは忙しいそうだが」
自身に速度上昇のスキルを唱えてからクーラスが言う。
「そうだな、じゃあたまにでいいからそのゾンビを殺してしまってもいいぞ。20〜30体も殺せば、挑発と範囲攻撃のスキルがあげられるようになるだろう。威力はないが、この場合威力は必要ないわけだし。そしたら増やすのを手伝ってくれ。」
「なるほどね、了解」
こまめにクーラスがワープさせてくれているからか、後ろに引き連れているゾンビは常に20体程度というところだが、同フィールド上にランダムに飛ばすだけというワープの性質上進行方向にゾンビが現れることも少なくない。あんまり殺しすぎても本末転倒だから、この目の前にやってきたやつだけでも殺すことにしようか。街をぐるぐると回りながら延々と目の前にやってくるゾンビをガシガシ斬殺していく。動きは遅く、身体は崩壊寸前のゾンビ共だから、倒すのに手間どることはない。
このゾンビ、所詮ダンジョンの第一層に出てくるモンスターなので、非常に弱く設定されている。動きは遅く、攻撃力は低く、多少なぶっただけで身体がぼろぼろと崩壊していってしまう。おかげでクーラスが最初に考えていた、彼のスキルを使っての範囲攻撃による分裂方法は使えなかったようだ。試しに一度やってみたところ、分裂する間もなく殺してしまったのだ。まあだからこそこちらが一刻も早く範囲攻撃を習得しなければいけないところだが──。
25体を倒したところでファンファーレが鳴り響き天使が舞い降りてレベルアップを告げた。これでレベル6だ。クエストで上げた分はなんとなく基礎HPの追加などの基礎的な部分に使ってしまっていたのでスキルをとるのはこれが初めてだが、まあスキル制はだいたいどのゲームでも同じなので違和感はない。教えられていた通りのスキルを1と、挑発のスキルを取得する。
「おめでとう。早速使ってみたらどうだ」とクーラス。
言われるまでもない、と素手のまま覚えたてのスキルを追いかけてくるゾンビへ向けて発動させる。攻撃した相手を起点にして周囲を爆発させるような範囲攻撃で、そこまで範囲が広いわけでもないし、レベル1のスキルなのでダメージもほとんどないが、とにかくゾンビ共は密集しているので7体だか8体一気に増殖している。十回繰り返せば70〜80体、百回繰り返せば700〜800体だ。
「ようやく希望が見えてきたなー」
「よし、じゃあ牽引役を交代しよう。君が攻撃役。こっちはワープ兼支援兼牽引だ。」とクーラス。
100メートルほどクーラスがゾンビ共を牽引すると、こちらが範囲攻撃を3回ほど当てられる。スキルを使うのに必要な気力はもらった回復ポーションをガブ飲みで対処。とにかく攻撃して、分裂させ、ワープさせ、攻撃して、分裂させ、ワープさせ、引っ張る。最初はなかなかうまくいかなかった作業も10分も続けるうちに流れ作業じみた正確さと的確さを兼ね揃えるようになっており、あまりにリズミカルにゾンビを分裂させ続けているので、ゾンビが分裂するときのずしゃあというような特殊な効果音がまるで音楽のように聞こえてくるほどだ。
作業も効率的になり、リズミカルにゾンビを分裂させ20分程も経った頃である。
「ラグいな……」とクーラスがいう。このラグいな……も、ラ、グイ、ナ……のような、もはや途切れ途切れの音声にしか聞こえない。ずしゃあという分裂音も遅れてきて、それどころか分裂エフェクトは表示されるもののラグすぎて動作が一回一回止まるようになってしまった。サーバが落ちる前にこちらのスペックが耐え切れなくなって落ちてしまっては困るので、すべての表現を最低レベルにまで落としてしまったので、もはやクーラスにも砂漠の街にも風情といったものは微塵も感じられない。
「俺たちが先に死ぬか、このサーバが先に死ぬか……」といいながらもスキルを放つ。ずしゃあという音と共にゾンビが出現する。増えた分ももはや行く場がほぼなくなりかけており、目の前にも先にもゾンビしかいない。もはやNPCの影などどこにもなく、それどころか殴られずに済むような道すら存在しない。
5メートル歩くだけでどがががががぐしゃあというようなダメージ表現の音と共にグラフィカルな赤いダメージ表現が飛び交ってラグと相まって惨劇という他ない。
「いかんいかん、このままじゃ歩くこともできない。いったん街の外にでるぞ。そことここのサーバは同じだからな。とりあえず北方面出口へ向かおう。」とクーラス。
だからなんでそんな内部情報を知っているんだと思ったがこうまでラグくては確かにどうしようもない。ラグいだけならまだしも街にゾンビが溢れかえっておりそこらじゅうから攻撃を受けているのでポーションをがぶ飲みしながら移動し、スキルを放っているような有り様だ。げ、というかそもそも、もうポーションがない。
「もうポーションがない、一旦店の中に離脱しよう。それにこのままじゃとても北まで辿り着けそうにない」
「ヤー」
今二人がいるのは南端で、東の方へ歩けばすぐにポーションなど取り揃えている雑貨屋がある。いったんそこでポーションの補充や、増えきったゾンビのターゲットを一旦外すなど状況を整えることにした。
比喩表現だが息も絶え絶えになりながら雑貨屋にかけこむとようやくほっと一息つくことができる。描画処理にこちらがわのマシンスペックを使わなくて済むようになっただけで随分と軽くなったが、それでもやはりサーバ自体に負荷がかかっているのか一秒ごとに同期のズレを感じる。まあ、ダメでもともとだったとはいえ、ここまでが限度かなという気はする。とても落ちそうなラグさではないからだ。
「どうする?」と聞いてみる。こちらとしてはもうここでやめてしまってもいいぐらいだった。ゾンビを引き連れて歩くのはなかなか楽しかったし、ゾンビの群れの中でポーションをがぶ飲みしながら分裂させ続けるのも楽しかった。やはりプレイヤと一緒に行動してくれるNPCはいくらその知能ややりとりがはたからみていて人間と大差ないレベルにまでなったとはいっても基本的に常識を外れた行動をとらないように設定されているから、こうはいかないものだ。
「うーんそうだな。ちょっとこのまま続けても、サーバが落とせるかどうかはあまり現実的ではないね」
「やっぱり? もうちょっと分裂させるのが効率的だったら可能性はあったかもしれないけれど、さすがに今の7〜8体ずつを分裂させる方法だと限界があるような気がする。最初想定していた1000体も、今ではたぶん超えていると思うし」
もちろん一体一体数えていたわけではないから今何体のゾンビたちがこのフィールドに存在しているのかはわからない。それでも道を歩けばゾンビに当たる状態で、この街の広さを考えると1000体はゆうに超えていると思う。
「一応、起死回生の奇策というか、ひょっとしたらというところはあるけど、これは言ったところでどうなるもんでもないからもし起こった時のお楽しみにしておこうかな」とクーラスが気になることを言い、続ける「まあ、最後に突撃してしまいましょうか。とりあえず出来るだけはやって、ダメだったらダメで、もう強制終了させてしまうということで」
こちらの結論と同じだ。ヤーと同意して、それじゃあ一、二、三で出ようといってその通りにマップを移動して外に移動する。
その時外に出た時の驚きはもはや言葉には言い表せぬ。我々が雑貨屋に入った時の人口密度を東京駅だとするならば、そこから外に出た時は東京ドームを満杯にしたアイドルのライブ会場さながらだった。ゾンビが敷き詰められているなんていうレベルじゃない、ゾンビがフィールドに溢れかえり、場所が存在しないレベルに分裂して座標上に居場所がなくなって二体が一体のように重なり合っているレベルだ。もはや現実ではありえない人口密度(ゾンビ口密度かもしれない)であり、当然ながらそいつらが全員こちらに向けて攻撃をしかけてくるのでどががががががががががががががががががががががという攻撃モーションとダメージ表現で赤が乱舞されあっという間にHPが減少していきポーションを必死に連打してなんとかHPの減少と張り合っている有り様でこんなことを考えながらもポーションを連打して回復表現がぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽと出てきてダメージ表現のどががががががががががががががががががががががと決死に張り合っている。ラグさは極限にまで達しており時間は引き伸ばされまるでこの世ではないようだがゾンビの海にいる時点で確かにこの世とは思えないしだいたいこの世ではなかった。
これは一体何なのだと思う間もなくポーションがあっという間になくなり、あらかじめ設定していたこの砂漠の町のリスボーン地点に戻ってくる。いったいあれはなんだったのだ。勝手にゾンビどもが攻撃しあって増えたとでも言うのか。そんなスキルがあったのだろうか? それが奇策なんだろうか? と思ってリスボーン地点の安全な宿屋の中で呆然としていたら次から次へと屈強な肉体と装備をしたプレイヤー達がそこに現れてくる。現れてはくるのだがそのまま一瞬でまた外に出向いて行く。なんだかわからないが、どうやら彼らだか彼女らだかは、人間が操るプレイヤーであるらしい。
とそんなことを考えながら呆然としていたらクーラスもこのリスボーン地点に戻ってきた。いやいやあはははというような笑いがこらえきれないといった感じでこっちを向く。そうか、なんだかはよくわからないが、とにかくこれはこのクーラスが仕掛けたことに違いないと思う。
「意外と他プレイヤー達に顔がきくのか?」
「いやそういうわけじゃない。まあさりげなく、今何をやっているのかを流しておいただけだよ。普段みんなそんなメッセージなんかには目もくれずに、自分好みのNPCと遊んでいるもんだけど、怒りが溜まっていたのかそれともそこそこ面白そうだと思ったのか、集まって協力しにきてくれたみたいだね。」と白々しくいう。
他にいくらでもやり込みに値するゲームがあって、どんなにクソゲーでもそこに愛着を見出してプレイを続ける人間というのはいるものだ。デザインが好きなのかキャラクタが好きなのか、あるいは自分がそこに関わっていたりするのかもしれない。そういう人たちはいくらでもいて、普段は関係を持たずにこうやって少しでも楽しそうなことがあると集まってくるものなのかもしれない。明らかに我々よりも装備もレベルも、範囲攻撃なども充実している戦士達、何百人といった単位ではない、だが数人といった単位でもないキャラクター達が、ポーションをがぶ飲みしながら一度の攻撃で100体200体以上のゾンビを分裂させ喜んでいる。
平和だった砂漠の街は一気に屈強な戦士達と街全体を覆い尽くすような全体魔法攻撃が荒れ狂う地獄と化し、もしこれが運営側だったら頭を抱えて当日逃亡しかねない有り様だ。もはや外に出られるような有り様ではないので、外の状況は一切把握できないのだが、全体魔法攻撃が決まったと思えるような衝撃のあと明確にラグさが上昇するので、間接的に外のありえなさが伝わってくる。1000体で多少ラグい、しかし落ちそうもないといったような状態だったのに、この重さではもう100000体を超えていてもおかしくはない。こんな大事になるとは思わなかった、正直やってしまったなと思うところはあれど、死に戻ってあっという間に高価なポーションを連打し嬉々として戦場に戻っていく人たちを見ていると、まあこの人達がこんなに楽しそうだったら、別にいいかと思うのであった。自分が運営しているタイトルでもないのだし。
「俺も今から飛び込んでいくけど、どうする」とクーラスが聞いてきた。
「いや……もういいよ。十分満足したし、それにこのレベルじゃ地獄を1秒でも耐えられそうにない」
いつサーバが落ちてもおかしくないようなラグさの中だ。余計な会話を交わしているような余裕もない。こうして話している間に、何人ものキャラクタが死に戻りを繰り返して笑いながら戦場に駆け戻っていく。世の中には無駄なことに自分の金と時間を費やす暇人がいくらでもいるものだ。
もういつ落ちてもおかしくない強烈なラグの中、我々がもう一度会うことはひょっとしたらないかもしれないが、そんなことはオンラインゲームをやっていれば日常茶飯事のことで、とくに二人ともそこで何かをいうこともなかった。戦場にかけていくクーラスは多少羨ましかった。まあ、ほんの30秒後に即座に市に戻ってきたので笑った。笑い、ラグさが頂点を迎えようとした時、再度全体魔法攻撃が発動したような轟音が響き渡り、そこでずしゃああああというような異常な増殖音がして、一歩動くのに30秒以上かかるような異常なラグの中──動くのが無理なだけで思考は明確に働いている──今度こそプッツンと、サーバは強制終了された。
フッと笑い、眼の周囲を覆うようにして装着していたフルダイブ型インタフェースを取り外す。あれだけ盛り上がり、周りをゾンビに押しつぶされていたとしても、終わるときはあっという間で、あっけないものだ。あそこに参加していた人たちは怒りからの参加だったのか、はたまた単に面白そうなことをやっているかたいってみようというノリだったのか、今となってはわからない。だが狂ったように戦場で魔法やスキルを乱舞してポーションをがぶ飲みしながらゾンビを増やしていたあいつらもたぶん同じようなあっけなさを感じているのではないだろうか。めったに他人とプレイしなくなってしまったオンラインゲーム界隈において、今日の出来事は久しぶりに他人との共闘が成立した稀な事例として、ごくごく一部で語られることになるのかもしれない。
プロデュースする側として勉強になったことがあるとすれば、NPCに頼らないオンラインゲーム設計というのも面白いかなと思うようになった。人工知能がここまで発達した現代において、人間が人間としてやらなければいけないことはいずれ恋愛だけしかないのではないかという。それはまあ、最後に残る砦の一つなのだろうが、他にも「本当に悪いこと」は人間同士でしかできないのではないかと今回のゲームでは思うようになった。もちろんシステムでは、多少の悪巧みを人間と一緒にやるように、AIに仕込んでやることもできる。だがシステム全体をおとすような、何かを転覆、人に危害を与えてしまうような悪巧みは、人工知能には仕組むことが出来ないだろう。それはいくらなんでも危険すぎる。ロボットの暴走などは映画の世界の話で、現実には起こりえない話だが、それは厳重なロジック制御があってこその話だ。それは言い換えれば、人間は悪いことをするためには人間と組まなければいけないのかもしれない。
悪いことをする、人間による人間の為のオンラインゲーム。うん、企画の思いつきとしてはいいんじゃないか……実現できるかどうかは、置いておく必要があるが。まあ、企画なんていつだってそんなもんだろう。
後日、メールボックスに先日のクソゲーオンラインゲーム運営からメールが届いていた。いわく先日は大規模なサーバ障害を起こしてしまって申し訳ありませんでした。また常日頃ユーザの皆様にはご不便をおかけしております。つきましては今回は弊社運営するゲーム全般で使える課金チケットを配布させていただきます。とテンプレートそのまんまの文章に添えられてチケットの番号が書かれている。最近はこの手の障害に伴うお詫びの配布を求めて、障害を祈るプレイヤーも多いから、単に餌で釣るようなやり方はどうかと思うところもある。
なんてことのないテンプレートメールだったと思うが、文末に妙に馴れ馴れしい文言がくっついていた。
「PS.あなたは実行犯側だから、本来ならばこちらに募金して欲しいぐらいですけどね。」
ふうん。ヤツはやっぱり運営側の人間だったのか。なぜ運営側の人間があんな無茶なことをやっていたのか、さっぱり理解できないが、あんな無茶苦茶ができる人間なら一緒に仕事がしたいものだ。
なんかネットゲームに閉じ込められる話がいいらしいので書いてみようと思いました。でもフルダイブ型のMMOでログアウトできないなんてそんなアホみたいなことになるわけねーだろうがと思い書きました。
あとクソゲーに閉じ込められたらつらいだろうなと思ってクソゲーにしようと思いましたがぜんぜん活かせてないですね。まあ練習にはなりました。
次は現代物で人数を増やしてコントロールできるか試してみたいと思います。




