初のギルド依頼。平凡勇者が他の冒険者に馬鹿にされたら、超絶クールな相棒がブチギレて氷漬けにしようとした件
第2話です!
前回、無事に(?)パーティーとしての絆を深めたアルトとルナ。
今回は冒険者ギルドへ向かい、二人で初めてのクエストを受注します。
相変わらずステータスが平均値のアルトを「足手まとい」と馬鹿にする周囲の冒険者たちですが、それを見た相棒のルナの反応は……?
少しずつデレ(?)を見せ始めるルナの過保護っぷりをお楽しみください!
翌朝、俺たちはさっそく宿場町にある冒険者ギルドの支部へと足を運んでいた。
王都のギルドよりは少し小規模だが、それでも朝から多くの冒険者たちがひしめき合い、クエストボードの前で熱気ある話し合いを交わしている。
俺はその光景に、胸を高鳴らせていた。
昨日までは「誰とも組めない」と肩を落としていたのに、今日は隣に頼もしい相棒がいるのだ。
チラリと横を盗み見ると、ルナは腕を組み、周囲の冒険者たちを威圧するように鋭い視線を放っていた。
相変わらず氷のように冷たい『死神』のオーラを纏っている。
しかし、彼女の艶やかな黒髪の横には、昨日俺がプレゼントした青い宝石の髪飾りが、不器用ながらもしっかりと留められていた。
(ふふっ。ちゃんと着けてくれてる)
俺が内心で嬉しくなっていると、視線に気づいたルナがギロリとこちらを睨みつけてきた。
「……何を見ている、愚か者が。さっさと依頼を探すぞ」
「うん、わかってる。ルナさんはどんな依頼がいいかな?」
「フン。お前のような貧弱な男がいる以上、強敵は論外だ。私の足手まといにならないよう、せいぜい薬草採取か、ゴブリンの討伐程度にしておけ。私は別に何でも構わん」
口では「足手まとい」と言いながらも、完全に俺のレベルに合わせて安全なクエストを選ぼうとしてくれている。本当にこの人は優しい。
俺たちがクエストボードの前に立ち、初級向けの依頼書を探していた時のことだった。
「おいおい、嘘だろ? あいつ……王都でどのパーティーからも加入を断られてた、『平均値の凡人勇者』じゃねえか?」
不意に、背後から下品な笑い声が聞こえた。
振り返ると、立派な鎧を着込んだ恰幅の良い剣士と、その取り巻きらしき三人組の冒険者が、こちらを指差してニヤニヤと笑っていた。
胸元に光る認識票を見るに、中堅どころであるCランクのパーティーらしい。
「なんであんなお荷物が、こんな町にまで来てんだ? って……おい、嘘だろ。隣にいるのって、『死神』のダークエルフじゃねえか!」
「げっ、マジだ! 関わったら睨み殺されるって噂の……!」
男たちは一瞬だけ怯んだものの、ルナがただ黙ってこちらを見返しているだけだと分かると、すぐにまた下劣な笑みを浮かべた。
「ははぁ、なるほどな! 誰にも相手にされない余り物同士、底辺パーティーでも組んだってわけか!」
「おいおい、やめとけよ凡人勇者。ただでさえ足手まといのお前が、そんな呪われたダークエルフなんか連れてたら、余計に不幸になるぜ?」
「そうだぜ! おい、そこのダークエルフの姉ちゃん。こんなへっぽこ勇者の世話なんかやめて、俺たち『赤き牙』に入らないか? 俺たちが本物の戦いってやつを教えてやるよ」
リーダー格の剣士が、嫌らしい視線をルナに向けながら一歩近づいてきた。
俺は思わずため息をついた。
確かに俺はステータスが平均値だし、彼らに馬鹿にされるのは慣れている。事実、弱いのだから仕方がない。
けれど、ルナのことを「呪われている」と侮辱されたことだけは、どうしても聞き流せなかった。
「あのさ、俺のことはどう言ってもいいけど……」
俺が一歩前に出て言い返そうとした、その瞬間だった。
ピキッ……。
足元の床板が、不自然な音を立てて凍りつき始めた。
ギルド内の空気が、急激に冷え込んでいく。まるで真冬の吹雪の中に放り出されたかのような、肌を刺す圧倒的な冷気。
「な、なんだ……!? 急に寒く……っ」
男たちが歯の根を合わさず震え始めた時、俺の隣から、地獄の底から響くような絶対零度の声が落ちた。
「……誰に許可を得て、私の獲物を馬鹿にしている。この三流のゴミどもが」
振り返ると、ルナの美しい顔は、一切の感情を削ぎ落とした修羅の形相に変わっていた。
彼女の右手は、腰の剣の柄を静かに握りしめている。
カタカタと、恐怖のあまりに男たちの膝が震え始めた。
「ひっ……! お、俺たちはただ、親切心で……!」
「黙れ。お前たちの口から吐き出される二酸化炭素すら不快だ。この男を足手まといと呼んでいいのは、相棒である私だけだ」
ルナの周囲に、青白い魔力の渦が巻き起こる。
彼女の目は、完全に男たちを『駆除すべき害虫』として捉えていた。
「お前たちのような薄汚い人間が、この男の優しさも、強さも知らずに……よくも偉そうに口を叩けたものだな。その舌ごと、永久凍土の底へ沈めてやる」
「ひぃぃぃっ!! し、死神だぁぁっ!!」
ルナが剣を抜こうとした瞬間、男たちは悲鳴を上げてギルドから転がり出ていった。
周囲の冒険者たちも、巻き添えを食うまいと壁際に張り付いてガタガタと震えている。
マズい。このままではルナがギルドを半壊させてしまう。
「ル、ルナさん! ストップ、ストップ!!」
俺は慌てて、彼女の剣を握る両手の上から、自分の手を重ねて強く握りしめた。
氷のように冷たくなっていた彼女の手に、俺の体温を伝えるように。
「離せ、アルト! あんなゴミども、私が一瞬で氷像に変えて砕いてやる……っ!」
「ダメだってば! ギルドを出禁になっちゃうよ! それに、俺は全然気にしてないから!」
「私が気にしているのだ!!」
ルナの叫びが、静まり返ったギルド内に響き渡る。
ハッとして、ルナは自分の口から出た言葉の意味に気づいたようだった。
重ね合わせた俺の手の温もりと相まって、彼女の修羅のような表情がみるみるうちに崩れ、尖った耳の先から首筋までが一瞬で真っ赤に染まっていく。
「あっ……いや、ち、違う! 今の言葉には深い意味などない! 私が言いたいのは、私の所有物であるお前を馬鹿にされるのは、私のプライドに関わるからであって……っ!」
「わかってる、わかってるから! ほら、魔法しまって!」
俺が必死になだめながら彼女の手を優しく撫でると、ルナは「ひゃぅっ」と変な声を上げて剣から手を離し、魔力を霧散させた。
「……っ、こ、この……馬鹿者がっ! 気安く触るな!」
顔から火が出そうなほど赤面したルナは、俺をドンッと突き飛ばすと、クエストボードから適当な紙を一枚むしり取った。
「ゴ、ゴブリン討伐に行くぞ! さっさと受付を済ませてこい!!」
「あはは、うん。すぐ行ってくるね」
俺は剥がされた依頼書を受け取り、受付嬢の元へ走った。
受付嬢は怯えきっていたが、俺が「ご迷惑をおかけしました」と謝りながら頭を下げると、ホッとしたように手続きをしてくれた。
手続きを終えて振り返ると、ルナはギルドの隅で腕を組み、まだ真っ赤な顔を隠すようにそっぽを向いていた。
その黒髪には、俺のあげた青い髪飾りが、誇らしげに揺れている。
(……俺のために、あんなに怒ってくれたんだな)
普段はあんなに冷たくて、口を開けば「足手まとい」だの「愚か者」だのと言うくせに。
他人が俺を少しでも馬鹿にしようものなら、あんなに本気で怒ってくれる。
やっぱりルナは、誰よりも優しくて、不器用で、最高に可愛い相棒だ。
「お待たせ、ルナさん。行こうか」
「……チッ。遅いぞ。お前が手間取るせいで、出発が遅れたではないか」
ギルドの外に出ると、抜けるような青空が広がっていた。
ツンとそっぽを向きながら歩き出すルナの隣に並び、俺はふと口を開いた。
「ねえ、ルナさん。さっきは俺のために怒ってくれて、ありがとう」
「なっ……! だ、だから違うと言っているだろう! 私はただ、あいつらの顔がムカついたから氷漬けにしようとしただけで……っ!」
「あはは、そういうことにしておくよ」
「だーっ! そのニヤニヤした顔をやめろ! お前なんか、ゴブリンの群れの中に放り込んで囮にしてやるからな!」
プンプンと怒りながら早足になるルナ。
その歩幅に合わせて俺も駆け足になる。
すべてが平均値の凡人勇者と、最恐で最優のツンデレダークエルフ。
俺たちの本当の冒険は、ここから始まる。
***
町から歩くこと一時間。俺たちは依頼書に記されていた、ゴブリンたちの棲処である『岩窟の森』へと到着していた。
鬱蒼と生い茂る木々の奥、ぽっかりと口を開けた薄暗い洞窟から、ツンとした獣の臭いが漂ってくる。
「……いいか、アルト。中には十匹以上のゴブリンがいるはずだ。お前の役割は索敵とヘイト稼ぎ、それだけだ。間違っても自分から攻撃を仕掛けようなどと思うなよ」
「うん、わかってる。ルナさんが戦いやすいように動くね」
「フン。口で言うのは簡単だがな。私の背中から三歩以上離れたら、ゴブリンもろともお前を叩き斬るからそのつもりで――」
ルナが鋭い目を向けて脅しをかけてきた、その言葉の途中のことだった。
ギャアアアッ! という耳障りな奇声と共に、洞窟の入り口付近の茂みから、三匹のゴブリンが飛び出してきた。手には錆びた鉈や棍棒を握りしめている。
「しまっ……不意打ちか!」
ルナが腰の剣に手をかけたが、それよりも早く、俺は一歩前へと踏み出していた。
「こっちだ!」
俺はありったけの声を張り上げながら、持っていたなまくらな聖剣の腹を、その辺に落ちていた手頃な石でガンガンと叩いた。
甲高い金属音が森に響き渡り、ゴブリンたちのヘイト(敵意)が完全に俺一人へと集中する。
「ギギィッ!」
三匹のゴブリンが血走った目で俺に飛びかかってきた。
ステータスが全て平均値の俺に、華麗に回避するような真似はできない。だが、俺には幼い頃から村のガキ大将たちにボコボコにされて培った『異常な打たれ強さ』と、どんなに泥臭くても絶対に倒れない『諦めの悪さ』があった。
「うおおっ!」
一匹目の棍棒を聖剣を盾にして受け止め、衝撃を逃すように後ろへ下がる。二匹目の鉈の斬撃は、あえて浅く肩口の皮当てで受け、致命傷を避ける。
痛みはあるが、耐えられないほどじゃない。俺が三匹の猛攻をギリギリのところで凌ぎ、ゴブリンたちの足が完全に止まったその瞬間――。
「――遅い」
俺の背後から、風のような速度でルナが飛び出した。
銀閃。
ただの一振りだった。ルナの剣が美しい弧を描いた瞬間、三匹のゴブリンの首が全く同時に宙を舞い、ドサリと地面に崩れ落ちた。
「す、すごい……! 完璧なタイミングだったね、ルナさん!」
「……バカかお前は!!」
称賛の声を上げた俺の胸ぐらを、ルナがものすごい勢いで掴み上げてきた。
その顔は怒りで真っ赤になり、綺麗な瞳にはうっすらと涙目のようなものが浮かんでいる。
「なぜわざわざ攻撃を受けた!? 避けるか、私の結界魔法を待てばよかっただろうが! 肩の皮当てが切れているではないか!」
「ご、ごめん。でも、あそこは俺が引きつけた方が、ルナさんが一気に倒しやすいと思って。それに、全然痛くないし、かすり傷だよ?」
「傷の大小など関係ない! 私がお前の血を見るのが嫌なのだ! ……あ、いや、血の臭いで別の魔物が寄ってきたら不快だからだ! 勘違いするな!」
顔を限界まで赤くして早口でまくしたてると、ルナは「チッ」と舌打ちをして、俺の肩口にそっと手を当てた。
淡い光と共に、心地よい温もりが広がり、かすり傷が瞬く間に塞がっていく。
「……治癒魔法、ありがとう」
「……次同じように無茶をしたら、お前の足を氷漬けにして町まで引きずって帰るからな。私の後ろに引っ込んでいろ、愚か者が」
プイッとそっぽを向いたルナだったが、その手は俺の服の袖をギュッと、絶対に離さないと言わんばかりに強く握りしめていた。
(……本当に、心配性で優しいな)
俺は思わず頬が緩むのを抑えきれないまま、彼女に引かれるようにして洞窟の奥へと進んでいった。
その後の討伐は、まさにワンサイドゲームだった。
俺が音を立ててゴブリンの注意を引きつけ、ルナが死角から一撃で仕留める。
「足手まとい」どころか、俺たちは長年連れ添った熟練パーティーのように、息の合った連携で次々とゴブリンを討伐していった。
「これで十五匹目……依頼の数は達成したな。帰るぞ」
ルナが剣についた血をハンカチで拭き取りながら言った、その時だった。
ズンッ……ズンッ……!
洞窟のさらに奥から、地響きのような重い足音が近づいてきた。
現れたのは、通常のゴブリンの三倍はあろうかという巨体を持つ、筋骨隆々の魔物――『ホブゴブリン』だった。
手には大木を丸ごと削り出したような巨大な棍棒を持っている。
「チッ、群れのボスか。情報と違うではないか……ギルドの連中め、仕事が雑すぎる」
ルナが再び剣を構え、氷の魔力を練り上げる。
「グルルルオォォッ!!」
咆哮と共に、ホブゴブリンが凄まじい速度で跳躍した。
狙いは、魔力を集中させていて動きが止まっているルナだ。
「ルナさん!」
俺は弾かれたように飛び出し、ルナの前に立ち塞がった。
「なっ……! アルト、退け!」
「させないっ!!」
俺は聖剣を両手で強く握りしめ、ホブゴブリンの巨大な棍棒のフルスイングを真正面から受け止めた。
ガァァァンッ!!
「ぐはっ……!?」
全身の骨が軋み、両腕の感覚が一瞬で吹き飛んだ。
靴底が洞窟の岩肌を削り、体ごと数メートル後ろに押し込まれる。口の中に鉄の味が広がった。
だが、俺の膝は地面に触れなかった。
「……耐え、たぞ……っ。ルナさん、今だ!」
「――っ、この、大馬鹿者がぁぁっ!!」
俺の背後から、これまで聞いたこともないようなルナの悲痛で、烈火のごとき怒りに満ちた絶叫が響いた。
次の瞬間、ホブゴブリンの足元から巨大な氷柱が幾重にも突き出し、瞬きする間に巨体を串刺しにして、そのすべてを粉々の氷塊へと変えてしまった。
戦いが終わった静寂の中。
俺は全身の痛みに耐えきれず、その場にガクンと膝をついた。
「アルトッ!!」
ルナが剣を放り投げ、なりふり構わず俺にすがりついてきた。
氷のように冷たかったはずの『死神』の顔が、今は恐怖と焦りでぐしゃぐしゃに歪んでいる。
「お前は馬鹿か!? あんな巨体の攻撃をまともに受けて……腕の骨にヒビが入っているではないか! 痛いだろう! なんでこんな無茶ばかりするのだ!」
ルナの両手から、かつてないほど強大な治癒魔法の光が溢れ出し、俺の体を包み込んだ。
ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、ルナは俺の腕に顔をうずめるようにして泣き叫ぶ。
「お前が死んだら……誰が私に、あんな甘いチョコを美味しいと言ってくれるのだ! 誰が私に、あの青い髪飾りを似合うと言ってくれるのだ! 私を一人にするな、この愚か者……っ!」
それは、不器用な彼女が初めて見せた、心からの本音だった。
「呪われている」と迫害され、誰とも触れ合わずに孤独に生きてきた彼女にとって、俺の存在がいつの間にか、そんなにも大きなものになっていたなんて。
「……ごめんね、ルナさん。痛い思いさせて」
俺は治癒魔法で痛みが引いていく方の手で、ルナの艶やかな黒髪をそっと撫でた。
「でも、俺は絶対に死なないよ。ルナさんを一人にするわけないじゃないか」
「……うそつき。お前はいつも危なっかしい……っ」
「本当だよ。それに……俺だって、ルナさんが怪我するのを見る方が、自分が痛いよりもずっと嫌だったから」
俺の言葉に、ルナはハッとして顔を上げた。
涙で濡れた長いまつ毛の奥、大きな瞳が俺を真っ直ぐに見つめ返している。
やがて彼女の顔が、耳の先までボンッと音を立てるように真っ赤に染まった。
「なっ……な、ななな……っ」
「あ、あの、ルナさん?」
「この、たらし! 鈍図星! 天然の女殺し!!」
ルナはポカポカと俺の胸を叩くと、パッと立ち上がり、真っ赤な顔を隠すように両手で覆いながら背中を向けてしまった。
「ち、治癒は終わった! さっさと立て! 帰るぞ!」
「あはは、ごめんごめん。ありがとう、ルナさん」
俺が立ち上がると、ルナはずんずんと洞窟の出口に向かってものすごい早歩きで進んでいく。
けれど、その足取りはどこかふらふらとしていて、耳の後ろが今までにないくらい真っ赤になっているのが、後ろからでもよく分かった。
夕日の中、町へと帰る道すがら。
「……おい」
前を歩いていたルナが、ふと立ち止まって振り返った。
「ん? どうしたの?」
「……その、お前の連携は……まあ、悪くなかった。私の足手まといの座は、これからもお前にくれてやる。……だから、勝手に死ぬことは絶対に許さんからな」
目をそらしながら、ぶっきらぼうにそう言ったルナの顔には、これ以上ないくらい優しくて、照れくさそうな笑顔が浮かんでいた。
俺の相棒は、やっぱり最強で、最高に可愛い。
そう実感した、初めてのクエストだったのだ。
***
町に帰り着く頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
俺たちはそのまま冒険者ギルドへと直行し、討伐の証明部位であるゴブリンの右耳十五個と、ホブゴブリンの巨大な魔石を受付カウンターにゴトリと置いた。
「ひっ……! こ、これは……」
受付嬢が顔を引きつらせて絶句する。ギルド内の冒険者たちも、その巨大な魔石を見てざわめき始めた。
「おい、嘘だろ……あの魔石のサイズ、ホブゴブリン級だぞ」
「あの凡人勇者と『死神』のパーティーが狩ってきたのか!?」
朝、俺たちを馬鹿にしていた『赤き牙』の連中はいなかったが、周囲の見る目は明らかに変わっていた。
畏怖と、驚愕。ステータスが全て平均値の俺が、中級魔物の討伐から無傷(ルナの治癒魔法のおかげだけど)で帰還したのだから無理もない。
「ル、ルナ様が一撃で……?」
「違う」
受付嬢の震える声に、ルナは腕を組んだまま冷たく言い放った。
「この馬鹿が……いや、私の相棒が、命懸けで囮になって隙を作ったから倒せたのだ。私の魔法など、そのお膳立てに乗ったに過ぎん」
「えっ……!?」
俺は驚いてルナを見た。
彼女は俺の手柄にする必要なんて全くないのに、ギルド中に聞こえるような凛とした声で、はっきりとそう宣言してくれたのだ。
「な、なるほど……アルト様も素晴らしい連携を……っ。討伐報酬の金貨五枚になります!」
「ふん。行くぞ、アルト。こんな汗臭い場所には一秒たりとも長居したくない」
ルナは金貨を受け取ると、さっさと踵を返してギルドを出て行く。
俺は慌てて「ありがとうございました!」と受付嬢に頭を下げてから、足早に彼女の後を追った。
その後、宿屋に到着し、一部屋ずつ取ろうとしたのだが――。
「ダメだ。今日は同室にする」
「えっ!? 同室!?」
「なんだその反応は! 私がお前なんぞに欲情するとでも思っているのか、この痴れ者が!」
顔を真っ赤にして俺の脛を軽く蹴飛ばしながら、ルナは言い訳のように早口でまくしたてた。
「お前は今日、ホブゴブリンの打撃を受けたのだ! 治癒魔法で骨は完璧に繋いだが、夜中に熱を出すかもしれん! だから……私が監視してやるのだ。足手まといに死なれては困るからな!」
そうして、なぜかツインルームに二人で泊まることになった。
そして夕食の際も、ルナの過保護っぷりは留まるところを知らなかった。
「……ほら、口を開けろ。愚か者が」
「ル、ルナさん!? 自分で食べられるよ! 腕、もう全然痛くないし!」
「黙れ! 今日は腕を使うなと言っているだろう! あー、と言え、あー、と!」
宿の食堂の片隅。
顔を真っ赤にした『死神』ダークエルフが、スプーンに乗せたシチューを俺の口元に運んでくる。
周囲の客たちが「おい、あの死神が、男にアーンしてるぞ……」「幻覚か?」とドン引き(あるいは羨望)の目を向けているのがわかって、俺まで恥ずかしくなってくる。
「あ、あーん……」
「……どうだ。熱くないか」
「う、うん。美味しいよ」
俺がシチューを飲み込むと、ルナは「ふん」とそっぽを向きながらも、尖った耳をピコピコと揺らして嬉しそうにしている。
朝は俺のためにギルドでキレて、ダンジョンでは俺のために泣いて、夜は俺のためにご飯を食べさせてくれる。
「……ルナさんって、本当はお母さんみたいだね」
「なっ……!? だ、誰が母親だ! 私はまだ百二十歳(エルフ基準ではピチピチの十八歳)だぞ!」
「あはは、ごめんごめん。でも、すごく嬉しい。ありがとう」
俺が心から笑いかけると、ルナはスプーンを持ったまま硬直して、ボンッと音が出そうなほど顔を真っ赤にした。
「……っ、バカ! 鈍図星! さっさと食え! 次はニンジンだ!!」
「わっ、ニンジンは少し冷まして……あむっ」
最恐で最優、そして信じられないくらい世話焼きなツンデレダークエルフ。
ステータス平均値の俺の冒険は、この先もずっと、彼女の不器用な優しさに振り回されっぱなしになりそうだ。
(第2話 完)
第2話をお読みいただき、本当にありがとうございます!
ルナさん、すっかりアルトの過保護な保護者(本人は認めていませんが)みたいになってきましたね。
「私の獲物を馬鹿にしていいのは私だけだ!」という謎の理屈でアルトを庇う不器用な彼女を、今後も温かく見守っていただけると嬉しいです。
「ルナの不器用な優しさが可愛い!」「アルト頑張れ!」など、少しでも面白いと思っていただけましたら、
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