第92話 新たなる世界の理と、愚者たちの狼狽
第92話 新たなる世界の理と、愚者たちの狼狽
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点は、今日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、そして奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、深淵の邪神を浄化した光をたっぷりと吸収し、もはや一つの森と見紛うほどの巨大な神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』と、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
それに続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスであるルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラも一斉に集まってくる。
さらに、魔王城の動力炉から救い出した魔導技師クロムの周囲を飛んでいた幻影の蝶『ファル』も、美しいステンドグラスのような羽を輝かせながら、俺の鼻先にふわりと留まった。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細めて尻尾を振った。フェルは艶やかな銀色の毛並みを俺の手にすり寄せ、ピコは長い耳をパタパタさせながら俺の膝に飛び乗る。
ふと、庭の隅にある花壇の陰から、モコモコとした真っ白な綿毛のような球体が転がり出てきた。よく見れば、それは雲のようにふんわりとした羊毛に覆われ、小さなツノを生やした魔物――『雲羊』の子供だった。精霊樹の放つ清らかな魔力に引き寄せられ、夜の間に森から迷い込んできたらしい。
「メェェ……?」
雲羊の子供は、俺と魔物たちを前にして少し怯えたように身を縮めた。
「おっと、迷子か? 怖がらなくていいぞ」
俺は右手の甲の『絆紋』の光を灯し、ゆっくりと手を差し伸べた。翠色の温かな波紋が雲羊の体を包み込むと、警戒が解けたのか、フワフワと宙に浮き上がりながら俺の胸へと飛び込んできた。
「メェッ♪」
「よしよし、今日からお前の名前は『モフ』だ。よろしくな、モフ」
新しい家族を迎え入れ、俺の周囲はさらに賑やかで温かい空間となった。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスが元気な声を上げた。
ダイニングルームには、元宮廷料理人のセシルが腕を振るった極上の朝食が並べられている。今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのハーブソーセージロール』に、農学者セリーヌが育てた新鮮なカボチャを使った『濃厚パンプキンスープ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『彩り野菜のキッシュ』だ。
新しく仲間になった魔導技師のクロムも、すっかり拠点に馴染み、セシルたちの手伝いをしながら美味しそうに食事を楽しんでいた。
「レイン様、おはようございます。動力炉の解析と、拠点の防衛システムの連携、順調に進んでいますよ」
「ありがとう、クロム。でも無理はしないでくれよ」
「ガハハ! 今日も飯が美味い! いよいよ今日だな、レイン。世界中に向けて、デカい花火を打ち上げる日は!」
女戦士のアイラが、ソーセージロールを豪快に頬張りながら大笑いする。
「ええ。各国の腐敗した貴族どもが、どんな顔をするか見ものだわ」
少女魔導士のルウも、うっとりとした表情でスープを口に運びながら物騒なことを言う。
今日この日、アシュタルは世界に向けて歴史的な発表を行う。
先日行われた首脳会議で決定した、『アシュタル辺境国』と『絆紋公国』の建国。そして、今後の世界に対する方針の宣言だ。
世界への宣言と、新たなる理
アシュタル領主の館、その最も高いバルコニーに、拡声の魔道具が設置されていた。
広場にはアシュタルの領民たちや訓練生たちが集い、その声は世界各地のギルド支部に設置された通信魔道具を通じて、同時中継される手筈となっている。
アルベルト辺境伯――いや、今日から『アシュタル辺境国・初代国王』となるアルベルトが、荘厳な衣装を身に纏ってマイクの前に立った。その後ろには、俺と、首席文官のエレナ、総代官ウィリアムが控えている。
『世界各地の、平和を望む全ての者たちに告ぐ。我はアシュタル辺境国、初代国王アルベルトである』
アルベルトの重厚な声が、魔道具を通じて世界中へと響き渡る。
『我々は数日前、異空間より帰還した魔王ゼアノス、及び四天王を完全に討伐したことを、ここに宣言する』
その言葉が放たれた瞬間、世界各地のギルドや街角で、割れんばかりの歓声が上がった。長きにわたる恐怖の時代が、完全に終わりを告げたのだ。
しかし、アルベルトの次の言葉が、浮かれる世界に冷や水を浴びせた。
『だが、喜ぶのはまだ早い。魔王が遺した莫大な瘴気は、世界各地で自然発生する「変異ダンジョン」を生み出し続けている。これらは放置すればスタンピードを引き起こし、国を滅ぼす時限爆弾である。さらに、魔王という共通の敵を失ったことで、不法な領土拡大を目論む愚かな国家や貴族が現れ始めていることも、我々は把握している』
アルベルトは一呼吸置き、鋭い眼光で虚空を見据えた。
『これより、我々アシュタル辺境国、そして対等なる同盟国である「絆紋公国」は、世界の平和を乱す一切の行為を容認しない。我々は、厳しい訓練を乗り越えた無敵の「魔境鎮圧部隊」を世界各地に派遣する用意がある。だが、その支援を受けられるのは、他国への侵略を行わず、民を第一に考える「良心的な国家」のみである!』
エレナがすかさず、隣の通信魔道具から詳細な通達を読み上げる。
『現在、不法な領土侵略を行っている国家・貴族に対し、直ちに兵を退くことを勧告します。従わぬ場合、または支援条件を満たさぬ場合、変異ダンジョンの脅威に対し、我々は一切の軍事支援を行いません。己の撒いた種は、己で刈り取ることになります』
それは、実質的な『武力による世界平和の強制』であった。
圧倒的な武力を持つアシュタルと絆紋公国が、世界の警察として機能する。魔王軍という脅威が残っている状況下で、彼らの支援を受けられないということは、即ち「国家の滅亡」を意味していた。
愚者たちの狼狽と、即応部隊の蹂躙
アシュタルからの宣言が世界中を駆け巡った直後。
ルミナス王国の崩壊に乗じて、隣接する小国の豊かな穀倉地帯を不法に占拠していた『ガルドス侯爵』の陣営では、大混乱が起きていた。
「な、なんだと!? アシュタルが独立国家となり、我々への支援を打ち切るというのか!?」
豪華な天幕の中で、肥え太ったガルドス侯爵がワイングラスを床に叩きつけた。
「侯爵閣下! た、大変です! 占拠した領地の後方、廃坑の奥から突如として変異ダンジョンが発生し、オークやトロールの大群が溢れ出しました! ス、スタンピードです!!」
伝令の兵士が、血相を変えて飛び込んでくる。
「ば、馬鹿な! よりによってこんな時に! ええい、前線の兵を戻して迎撃しろ!」
「駄目です! 魔王軍の残党も混ざっており、我が軍の戦力では到底抑えきれません! このままでは、我々の本国まで魔物の大群に飲み込まれてしまいます!」
「ヒィィッ! な、ならば早くアシュタルに救援の使者を送れ! 金ならいくらでも払うと!」
ガルドス侯爵がパニックに陥っていると、天幕の外から、地鳴りのような馬の蹄の音と、整然とした行軍の音が響いてきた。
「こ、今度は何だ!?」
侯爵が外へ飛び出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。
彼らの陣地と、魔物のスタンピードが押し寄せる廃坑との間に、白銀の鎧を纏った数百の精鋭部隊が、一糸乱れぬ陣形を展開していたのだ。
その先頭に立つのは、アシュタル辺境伯軍の『魔境鎮圧部隊』の隊長を任された、槍使いの若き騎士クロードであった。
彼の両脇には、重騎士ガレス、魔法盾使いアリス、狙撃手ザック、支援術師ミリー、双剣使いエララ、魔法剣士ディルク、鞭剣士クロエ、格闘家バルガス、盾槍兵セオドア、即効罠師リアムといった、俺たちが血反吐を吐かせて鍛え上げた『原石たち』が、闘気に満ちた顔で並び立っている。
「アシュタル辺境国・第一魔境鎮圧部隊、ただいま到着した!」
クロードが長槍を天に掲げ、高らかに宣言する。
「お、おお! アシュタルの軍か! よくぞ来てくれた! さあ、早くあの魔物どもを討伐しろ!」
ガルドス侯爵が下品な笑みを浮かべて命令を下そうとするが、クロードは冷ややかな視線で彼を一瞥した。
「勘違いするな、ガルドス侯爵。我々がここに来たのは、不当な侵略を受けているこの小国の民を救うためだ。貴様らのような火事泥棒を助けるためではない」
「な、なんだと……!? 貴様、一介の兵士の分際で、この私に向かって――」
「全軍、陣形構築! 我らの背後にいる民を守り抜け! 侯爵軍は放置しろ!!」
クロードの号令と共に、部隊は完璧な防衛ラインを構築した。
ガレスとセオドアが絶対の盾となり、アリスとミリーが鉄壁の魔法陣を展開する。迫り来るスタンピードの波は、彼らの防衛線を前に、まるで波消しブロックにぶつかる波のように砕け散っていった。
「行きます!『マルチ・アイス・シールド・極』!!」
「『魔刃斬』!!」
「『起爆!!』」
ディルクの魔力の刃がオークの群れをなぎ払い、リアムの罠がトロールの足を吹き飛ばし、エララとクロエが遊撃として魔物の急所を的確に切り裂いていく。ザックの放つ矢は、空を覆う変異ウルフたちを次々と撃ち落とした。
圧倒的。
それはまさに、一方的な蹂躙劇だった。
数ヶ月間、限界を超える特訓を積み、幾度もの死線を越えてきた彼らにとって、この程度のスタンピードなど、もはや「実戦形式の演習」に過ぎなかったのだ。
「ひぃぃっ……! バケモノだ、あいつらバケモノだ!!」
ガルドス侯爵と彼の私兵たちは、アシュタル軍の圧倒的な戦闘力を目の当たりにし、恐怖で腰を抜かした。
もしアシュタル軍が、魔物ではなく自分たちに牙を剥いていれば、一瞬で全滅していたことは火を見るよりも明らかだった。
戦闘開始からわずか数十分。
スタンピードは完全に鎮圧され、ダンジョンコアはクロードたちの手によって破壊された。
息一つ乱していないクロードは、槍の血を振り払いながら、震えるガルドス侯爵を見下ろした。
「ガルドス侯爵。アシュタル国王、並びに絆紋公王からの通達だ。直ちに不法占拠した領地を返還し、自国へ退去しろ。さもなくば、次は我々の槍が貴様らの喉元へ向かうことになる」
「ヒィィッ!! わ、わかった! すぐに撤退する!!」
ガルドス侯爵は泣き叫びながら、這うようにして逃げ帰っていった。
この日、世界各地で同じような光景が繰り広げられた。
不法な領土拡大を行っていた国々や貴族たちは、アシュタルの即応部隊による「魔物への圧倒的蹂躙」を見せつけられ、自分たちが如何に無力であるかを骨の髄まで叩き込まれたのだ。
武力による平和の強制。それは、世界に強烈な秩序をもたらし、愚者たちの野望を完全に打ち砕いたのだった。
閑話:常闇の極北と、深淵の培養槽
世界がアシュタルと絆紋公国の圧倒的な力に平伏し、新たな平和の理を受け入れ始めていたその頃。
大陸の最北端、太陽の光すら届かない常闇の地。
かつて魔王城がそびえ立ち、今や人々の記憶から完全に忘れ去られたその空白の地の地下深くでは、世界を食い破るための『絶望』が、静かに、しかし確実に形を成しつつあった。
魔王城が次元断層によってえぐり取られた際、地脈に滞留した莫大な瘴気の残滓。
それらが自然発生させた変異ダンジョンは、討伐されることも、スタンピードとして魔力を放出することもなく、ただひたすらに地下へと深く、深く階層を掘り進めていた。
第百層を優に超え、ついに星の核にすら届かんとする深淵の底。
そこは、ドロドロに溶け合った瘴気と、共食いによって圧縮された無数の魔物たちの血肉が渦巻く、巨大な『培養槽』となっていた。
『ゴボッ……ゴボボボボッ……』
瘴気の沼の底で、脈打つ音が響く。
それはもはや、一つの生命の鼓動だった。
魔王ゼアノスが異空間で手に入れようとしていた『虚無』の力。それすらも凌駕する、純粋な『破壊と吸収』の権化。
誰にも観測されず、極限の環境で魔力の共食いを繰り返した結果生み出された、名もなき『究極の突然変異体』。
沼の表面が波立ち、漆黒の泥の中から、巨大な『腕』のようなものが一本、ゆっくりと持ち上がった。
それは、光を吸い込むような絶対的な黒。
『…………飢ェ……』
音にならない思念が、地下空間を震わせる。
この世界にある全ての魔力を、生命を、光を食らい尽くすための怪物。
それが地上へと這い出る日は、刻一刻と近づいていた。
だが、今のレインたちがその不気味な胎動を知る由もない。
彼らは今日も、アシュタルの温かい食卓を囲み、家族となった魔物たちと笑い合い、世界を平和に導いた喜びを分かち合っているのだった。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:Sランク冒険者(特級クラン『絆紋亭』マスター / 絆紋公国・初代公王)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 導きの光 / 豊穣の主 / 浄水の守り手 / 迷いを導く者 / 真理を導く者 / 絆の真髄を知る者 / 竜を解放する者 / 独立同盟の盟友 / 熱砂を歩む者 / 深淵を浄化せし者 / 変異を鎮める者 / 導きの軍師 / 狂王を滅せし者
Lv:89(※公王としての国政安定と、配下の討伐成果による還元経験値獲得)
HP:920 / 920
MP:720 / 720
【固有スキル】
・絆紋:対象と心を通わせる。万物を調和させ、極限の浄化と最適化を行う絶対的な力。
【クラン『絆紋亭』メンバー(一部抜粋)】
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・空色小竜:絆レベル5
・漆黒の竜:絆レベル5
・砂塵の魔蠍:絆レベル5
・水豹:絆レベル5
・幻宝石獣:絆レベル5
・白銀の幼熊:絆レベル5
・銀狐:絆レベル5
・鋼棘の鎧獣:絆レベル5
・疾風の隼:絆レベル5
・影猫:絆レベル5
・水妖の獺:絆レベル5
・風精のリス(ルル):絆レベル5(※絆深化)
・土精の土竜:絆レベル5(※絆深化)
・星翼の梟:絆レベル5(※絆深化)
・幻影の蝶:絆レベル4(※絆深化)
・雲羊:新規合流 / 絆レベル3
・アイラ(女戦士・Sランク)
・ルウ(魔導士・Sランク)
・シルヴィア(剣聖・Sランク)
・シオン(密偵・Sランク)
・エレナ(首席文官)
・クロム(魔導技師)
・ウィリアム老伯爵(開拓村総代官)
・レオン(アシュタル辺境国・騎士団長 / クラン協力者)
(※その他拠点防衛および生産メンバー多数、クロードら『魔境鎮圧部隊』精鋭多数)
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~
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