第139話-2 【閑話】開拓地の陽だまりと、響き渡る無垢なる笑い声
第139話-2 【閑話】開拓地の陽だまりと、響き渡る無垢なる笑い声
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点であり、『絆紋公国』の中心地であるこの場所は、今日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ巨大な精霊樹は、深淵の虚無や旧魔王城の怨念を完全に浄化した極上の光をたっぷりと吸収し、もはや一つの大森林と見紛うほどの神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
彼らの後に続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライたちが一斉に集まってくる。
極北の遠征や各地の迷宮で家族となった魔物たち。次元を司る星天の神狼シリウス、時空の鯨クジラ、星喰いのバク、星の精霊であるルミ、コア、ジュジュ。虚無から生まれ変わった虚空の精霊ゼロ、時空猫のチク、星屑の幼竜アストラ。
さらには、これまでの救済活動で仲間になった無数の魔物たちや、歴史編纂の記録者シリルの相棒となった記録の妖精メモ、記憶の水晶亀カメオ、伝承の白鳩クルック、そして先日の図書館跡地から救い出した星光の蛾ホシ、叡智の粘体フミ、賢者の鴉クロたちも、すっかり拠点に馴染み、わらわらと俺の周囲に集まり、心地よさそうに喉を鳴らしている。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな。フェル、尻尾を振りすぎてシロの顔に当たってるぞ。ピコも飛び跳ねすぎだ」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め、甘えるように顔を擦り寄せてきた。庭の奥では、漆黒の竜ノヴァや紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグといった大型組も、朝の日差しを浴びて気持ちよさそうに背伸びをしている。平和な空気が、この庭には満ち溢れていた。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスと元宮廷料理人のセシルが、賑やかな声を上げた。
ダイニングルームの巨大なテーブルには、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのハチミツがけパンケーキ』に、農学者セリーヌが育てた新鮮な野菜をふんだんに使った『濃厚コーンポタージュ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『極上オーク肉の厚切りベーコン』が並べられている。
「ガハハ! 今日も飯が美味いねぇ! 残党狩りや悪徳貴族の相手もいいけど、たまには平和な空気を腹いっぱい吸い込むのも悪くないね!」
女戦士のアイラが、厚切りベーコンを豪快に頬張りながら大笑いする。
「ええ。アシュタル周辺の開拓地も劇的に発展を遂げ、世界中から集まった様々な種族の方々が、争うことなく肩を寄せ合って暮らしていますわ。今日はその開拓地の視察に行かれるのでしょう?」
少女魔導士のルウも、優雅にポタージュを飲みながら微笑んだ。
「武を振るうばかりが平定ではありません。民が安らかに暮らすその風景こそが、我々が守り抜くべき真の宝です」
剣聖シルヴィアが静かに紅茶のカップを置いた。
陽だまりの開拓地と、種族を越えた笑顔
朝食後、俺たちはアイラ、ルウ、シルヴィアの主力陣と、フェル、ピコ、ソラたち最古参の相棒を連れて、アシュタルの南方に広がる『新緑の開拓特区』へと足を運んだ。
そこは、戦火や魔王軍の脅威で故郷を追われた難民たちや、人間からの迫害から逃れてきた亜人(獣人、エルフ、ドワーフなど)を受け入れるために新設された大規模な居住エリアだ。
建築技師バランや測量士カレンたちの緻密な都市計画と、剛力甲虫ギガや岩砕の巨獣ダグたち大型魔物の協力により、わずかな期間で美しい木造家屋が立ち並び、石畳の道が整備され、清らかな水路が引かれている。
「すごい活気だな……」
開拓地に足を踏み入れた俺は、思わず感嘆の声を漏らした。
通りには、人間の商人とドワーフの職人が笑顔で値段交渉をしている姿や、エルフの農家が育てた新鮮な果物を獣人の母親が買い求めている姿があちこちで見られた。かつては種族間の壁や偏見が蔓延っていたこの世界で、これほどまでに多様な種族が自然に溶け込んでいる光景は、絆紋公国ならではの奇跡だった。
「レイン公王様!」
「あ、レイン様だ! こんにちは!」
俺たちの姿を見つけると、開拓地の住民たちが次々と笑顔で手を振ってくれる。
そして、それ以上に大歓迎を受けたのは、俺の足元を歩くフェルやピコたちだった。
「わあーっ! フェルちゃんだー!」
「ピコちゃん、こっちおいで!」
「ソラちゃん、飛んで飛んで!」
広場に出た途端、人間の子供、犬耳の獣人の子供、尖った耳を持つエルフの子供など、種族の異なる大勢の子供たちが、ワーッと歓声を上げてフェルたちに群がってきた。
「ウォンッ♪」「キュイッ♪」「きゅるるーっ♪」
フェルたちは全く嫌がる素振りを見せず、むしろ嬉しそうに尻尾を振って子供たちの輪の中へ飛び込んでいく。フェルの銀色の毛並みに抱きつく子、ピコの長い耳を優しく撫でる子、ソラの後を追いかけて走り回る子。
さらに、広場の一角では、開拓作業の休憩中だった岩砕の巨獣ダグや鋼角の犀ザインといった巨大な魔物たちが、文字通り「巨大な遊具」と化していた。
「よーし、滑るぞー!」
ダグの傾斜した岩の背中を、子供たちがキャッキャと笑いながら滑り台のようにして滑り降りている。ダグは子供たちが怪我をしないよう、背中の岩の表面を限界まで滑らかにし、着地点には柔らかい土を盛り上げているという器用さを見せていた。
ザインの鋼の角には、子供たちが作った花輪がいくつも掛けられ、ザイン自身もどこか誇らしげに目を細めている。
「ガハハ! どこの世界に、Sランクの魔獣を滑り台にして遊ぶガキどもがいるんだい! 平和ってのは本当に恐ろしいねぇ!」
アイラが腹を抱えて大笑いする。
「ええ。ですが、魔物たちも心底楽しそうですわ。彼らは本来、人間を襲うために生まれてきたわけではありません。こうして無垢な心と触れ合うことで、彼ら自身も深い安らぎを得ているのでしょう」
ルウが、子供たちに混ざって遊ぶ幻影の蝶ファルや星翼の梟ステラたちを見つめながら優しく微笑んだ。
亜人の保育士と、名もなき英雄の献身
子供たちと魔物たちの平和な交流を眺めていると、一人の若い女性が慌てた様子で広場に駆け込んでくるのが見えた。
彼女は質素なエプロン姿で、頭にはふさふさとした犬の耳が生え、背中には大きな尻尾が揺れている犬獣人の女性だった。
「こらー! みんな、魔物さんたちを困らせちゃダメでしょ! ダグさんの背中で飛び跳ねないの! ああっ、コリン、フェルさんの尻尾を引っ張らない!」
彼女が手をパンパンと叩いて注意すると、子供たちは「はーい、ミア先生!」と元気よく返事をしつつも、遊びをやめる気配は全くない。
「あわわ……レイン公王様!? も、申し訳ありません! うちの孤児院の子供たちが、レイン様の大切なご家族に無礼を……!」
ミアと呼ばれた犬獣人の女性は、俺の姿に気づくや否や、慌てて深く頭を下げた。
「気にしないでくれ。フェルたちも子供と遊ぶのが大好きなんだ。君は、この子たちの先生か?」
俺が優しく声をかけると、ミアは恐縮しながら顔を上げた。
「は、はい。私は『ミア』と申します。元々は南方のスラムで孤児たちの世話をしていたんですが、レイン様の公国が亜人や孤児を分け隔てなく受け入れてくださると聞いて、数週間前にこの開拓地へ移住してきました。今は、ここで親を亡くした子供たちの保育と勉強を見ています」
「そうか。一人でこれだけの数の子供をまとめるのは大変だろう。立派な仕事だ」
「と、とんでもないです! アシュタルからの手厚い支援のおかげで、子供たちに毎日温かいご飯を食べさせ、安全な場所で寝かせることができます。それに……魔物さんたちが、こんなにも優しく子供たちの遊び相手になってくれるなんて、夢にも思いませんでした」
ミアが、ダグの背中で笑う子供たちを見て、目頭を熱くして微笑む。
「ミア先生ー! 森の入り口の方から、綺麗な声が聞こえるよ!」
一人のエルフの男の子が、開拓地の境界線である森の方を指差して声を上げた。
「え? 森の方から?」
俺とミアが視線を向けると、確かに、木々の奥深くから微かに、オルゴールのように美しくも、どこか悲しげな旋律が聞こえてきた。
「……ただの鳥の鳴き声じゃない。魔力を含んだ特殊な波長ですわ。ですが、敵意は全く感じられません」
ルウが耳を澄ませる。
「行ってみよう。もしかしたら、誰か助けを求めているのかもしれない」
森の境界線と、優しき隠者たち
俺たちは、アイラたちとフェル、そして心配してついてきたミアと共に、開拓地のすぐ外側に広がる森へと足を踏み入れた。
美しい旋律の出所を探りながら森を少し進むと、開けた木漏れ日の差す場所に、信じられない光景が広がっていた。
そこには、三匹の魔物が、身を寄せ合うようにして倒れていたのだ。
一匹は、雲のように白くふわふわとした毛並みを持つ、三メートルはあろうかという巨大な熊――『綿雲の巨熊』。
一匹は、透き通るような美しい水色の体を持ち、周囲に虹色のシャボン玉を漂わせている小さな精霊――『泡沫の精霊』。
最後の一匹は、五線譜のような美しい模様の羽を持ち、綺麗な声で歌う小鳥――『音符の小鳥』。
美しい旋律を奏でていたのは音符の小鳥だったが、その声はひどく掠れており、綿雲の巨熊のフワフワの体には、何かに切り裂かれたような深い傷跡が刻まれていた。泡沫の精霊も魔力が尽きかけているのか、シャボン玉がパチンと弾けては消えていく。
「この子たち……!」
ミアが息を呑む。
「先日、森の奥で通常ダンジョンの魔物が溢れ出したことがありました。おそらく、その時に縄張りを追われたか、あるいは……」
シルヴィアが周囲の痕跡を鋭い目で観察する。
「見てください。この巨大な熊の背中にある傷……これは、魔物の爪ではありません。罠か、あるいは人間の密猟者の武器によるものです」
「密猟者だと……?」
俺の表情が険しくなる。平和になったとはいえ、まだこの世界には野生の希少な魔物を狩って高値で売り捌こうとする悪党が残っている。
「彼ら、開拓地のすぐ近くまで逃げてきたのね……。もしかして、子供たちの声が聞こえるこの場所が、一番安全だと本能で感じ取ったのかしら」
ルウが痛ましそうに呟く。
綿雲の巨熊は、俺たちが近づいても威嚇するどころか、ただ苦しそうに荒い息を吐きながら、小さな精霊と小鳥を庇うように丸まっていた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
俺はゆっくりとしゃがみ込み、右手の甲の『絆紋』の光を限界まで灯し、巨熊のふわふわの背中に手をかざした。
翠色の極限浄化と調和の光が、三匹の魔物の傷ついた体を優しく包み込む。
巨熊の背中の深い傷が瞬時に塞がり、血で汚れていた白い毛並みが、まるで洗い立ての真綿のように白く美しく蘇っていく。
泡沫の精霊には清らかな魔力が満ち溢れ、再び七色に輝く割れないシャボン玉をポンポンと生み出し始めた。音符の小鳥の掠れていた喉も癒え、森中に響き渡るような、最高に心地よい子守唄を歌い始めた。
(……あたたかい。痛くない……。お前が、私たちを助けてくれたのか?)
綿雲の巨熊から、見た目通りの柔らかくて温かい、陽だまりのような思念が伝わってくる。
「ああ。俺はレイン。お前たち、あんな怪我をしてまで、小さな仲間を庇って逃げてきたんだな。本当に優しい奴だ」
俺が微笑みながら巨熊の毛並みに顔を埋めると、信じられないほどのフワフワ感と温もりに包まれた。巨熊は嬉しそうに「モフゥッ」と鳴き、その大きな前足で俺を優しく抱きしめ返してきた。
泡沫の精霊も俺の周囲をクルクルと飛び回りながらシャボン玉を飛ばし、音符の小鳥は俺の肩に留まってご機嫌に歌っている。
「ウォンッ♪」「キュイッ♪」「きゅるるーっ♪」
フェルやピコたちも近寄り、新しい仲間を優しく迎え入れる。
「もしよかったら、俺たちの家族にならないか? すぐそこの開拓地には、お前たちのように優しくて、一緒に遊んでくれる人間の子供たちがたくさんいるぞ。お前たちのその優しさがあれば、あの子たちも大喜びするはずだ」
俺の誘いに、三匹の魔物は嬉しそうに大きく頷いた。
「よし。巨熊のお前は『モコ』だ。精霊は『シャボ』。小鳥は『メロ』だ。今日からよろしくな、みんな!」
「モフゥッ♪」
「ピョワッ♪」
「ピリリッ♪」
新たなる家族、モコ、シャボ、メロを迎え入れた俺は、ミアに向き直った。
「ミア。この子たちの力は、君の孤児院で絶対に役に立つはずだ。モコの背中は世界一のクッションだし、シャボのシャボン玉は割れないから子供たちの最高のおもちゃになる。メロの歌声があれば、夜泣きする子もすぐに眠りにつく」
ミアは目を見開き、そして大粒の涙を流しながら深く頷いた。
「はいっ……! こんなに優しくて温かい魔物さんたちが一緒にいてくれるなら、子供たちも絶対に寂しい思いなんてしません!」
「ミア。君のその子供たちを愛する心は、この公国の未来を育むために絶対に欠かせないものだ。……どうだろう、アシュタルの『公国直属・教育福祉局』の責任者として、俺たちの正式な仲間になってくれないか? 孤児院の予算も人員も、公国が全面的にバックアップする」
俺の誘いに、ミアは犬耳をピンと立て、感激のあまり言葉を詰まらせた後、力強く頷いた。
「はい……! 私のようなただの保育士でよければ、この命と愛情の全てを、絆紋公国の子供たちのために捧げます!」
こうして、慈愛に満ちた獣人の保育士ミアという教育の要が、新たな人間の仲間として陣営に加わったのである。
星空の下の大宴会と、響き渡る平和の詩
その夜。
開拓地の広場では、モコたちの加入と、ミアの正式な仕官を祝う、開拓民総出の大宴会が開かれていた。
広場の中央では、綿雲の巨熊モコがどっしりと座り込み、そのフワフワの背中には子供たちが何十人もよじ登って、最高の天然ベッドに顔を埋めている。
泡沫の精霊シャボが飛ばす七色のシャボン玉が夜空に舞い上がり、開拓地の明かりを反射して幻想的な風景を作り出している。
そして、音符の小鳥メロが奏でる心地よいメロディに合わせて、人間も、獣人も、エルフも、ドワーフも、種族の垣根を越えて手を取り合い、楽しそうに踊っていた。
「ガハハ! いい夜だねぇ! アタシらの戦いは、この笑顔を守るためにあったんだって、改めて実感できるよ!」
アイラが樽ジョッキでエールを煽りながら大笑いする。
「ええ。子供たちの無垢な笑い声と、魔物たちの優しい息遣い。これ以上の平和の証はありませんわ」
ルウも、モコの背中で眠りについた子供たちを見つめながら、優しく目を細めた。
「ウォンッ!」「キュイッ!」「きゅるるーっ!」
フェル、ピコ、ソラが俺の膝の上に飛び乗り、顔をすり寄せてくる。
彼らの温もりを感じながら、俺は満天の星空と、笑顔に溢れる新しい家族たちを見渡した。
世界を救うための激しい戦いは終わりを告げた。
しかし、命を育み、平和を守り抜くための本当の戦いは、こうして名もなき日常の中で続いていく。
犬獣人の保育士ミアと、優しき魔物たち。
絆紋公国に集う全ての人々と魔物たちが紡ぎ出す、種族を越えた調和の輪は、明日もまた、この星をどこまでも温かく照らし続けるのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作もよろしく(*´∀`)ノ
しがらみだらけの人生に疲れたので、記憶を消して無人境へ転生します〜無限魔力の【万能創造】で理想の拠点を作ってたら、最強の魔獣たちが勝手に懐いて最高の家族になりました〜
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