第136話 閑話:紡がれる歴史と、愚者たちの記録
第136話 閑話:紡がれる歴史と、愚者たちの記録
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点であり、『絆紋公国』の中心地であるこの場所は、今日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ巨大な精霊樹は、深淵の虚無や怨念を完全に浄化した極上の光をたっぷりと吸収し、一つの大森林と見紛うほどの神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
彼らの後に続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライたちが一斉に集まってくる。
極北の遠征や各地の迷宮で家族となった魔物たち。そして、貧民街の地下から救い出した浄化の粘体キヨメ、水脈探しの鼠サチ、害虫喰いの蝙蝠バット、守護の護衛犬ワフたちも、すっかり拠点に馴染み、わらわらと俺の周囲に集まり、心地よさそうに喉を鳴らしている。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め、尻尾を振って応えた。庭の奥では、漆黒の竜ノヴァや紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグといった大型組も、朝の日差しを浴びて気持ちよさそうに背伸びをしている。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスと元宮廷料理人のセシルが、賑やかな声を上げた。
ダイニングルームの巨大なテーブルには、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのバターロール』に、農学者セリーヌが育てた新鮮な野菜をふんだんに使った『ゴロゴロ野菜のポトフ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『極上オーク肉のハーブロースト』が並べられている。
「ガハハ! 今日も飯が美味いねぇ! さて、今日は歴史学者のシリルが、あちこち嗅ぎ回って情報収集をする日だったね。護衛はアタシらに任せな!」
女戦士のアイラが、オーク肉を豪快に頬張りながら大笑いする。
「ええ。後世に遺す『絆紋公国物語』の編纂のため、彼には正確な記録をまとめていただかなくてはなりませんわ。もちろん、私たち教官陣の華麗なる活躍もたっぷりとね」
少女魔導士のルウも、優雅にポトフを飲みながら微笑んだ。
「真の歴史とは、勝者の驕りではなく、事実の積み重ね。シリル殿の実直さならば、間違いのない歴史が紡がれることでしょう」
剣聖シルヴィアが静かに紅茶のカップを置いた。
紡がれる歴史と、協力者たちの証言
朝食後、領主の館に設けられた『歴史編纂室』。
そこには、王都から招かれた実直なる歴史学者シリルが、山積みの羊皮紙と格闘していた。彼の周囲では、記録の妖精メモがインクを補充し、記憶の水晶亀カメオが過去の映像を壁に投影し、伝承の白鳩クルックが世界中の隠密部隊から送られてくる暗号文を仕分けている。
「おお……素晴らしい。アシュタル辺境国の発展の記録は、まさに奇跡の連続です」
シリルが分厚い眼鏡を押し上げながら、感嘆の声を漏らした。
この日、編纂室にはアシュタル辺境国を代表して、アルベルト国王と騎士団長レオン、そしてウィリアム老伯爵が顔を揃えていた。彼らは『絆紋公国物語』の序盤における、最大の協力者である。
「シリル殿。レイン殿が初めてこの辺境に姿を現した時のことは、今でも鮮明に覚えているよ」
アルベルト国王が、懐かしそうに目を細めて語り始めた。
「当時のアシュタルは、魔王軍の脅威と頻発するスタンピードに怯え、滅亡の危機に瀕していた。だが、レイン殿がフェル殿やピコ殿たちと共に現れ、その『絆紋』の力で魔物たちと心を通わせる姿を見た時……我々は直感したのだ。武力でねじ伏せるのではなく、調和によって世界を救う真の光がここにある、と」
「左様でございます」
レオン騎士団長が深く頷く。
「我々アシュタル騎士団も、最初は魔物に対する恐怖や偏見がありました。しかし、レイン公王様が身を挺して我々を守り、魔物たちと家族のように接する姿を見て、価値観が根底から覆されたのです。今や、我々辺境国は絆紋公国と完全に一体となり、世界連邦の中核として機能しております」
「ふむふむ……『恐怖と偏見を打ち砕いた調和の光』、と。辺境国が最初の同盟国となった経緯は、後世の国家間のあり方を示す重要なモデルケースですね」
シリルが猛烈な勢いで羽ペンを走らせる。
「そして、現在は世界中の良心的な為政者たちが、公国の傘下に入っています。南方のボルグ王、フローラ女伯爵、セドリック海将……彼らのような協力者が集まったことで、盤石な統治体制が築かれているわけですね」
愚者たちの記録と、ざまぁの結末
協力者たちへのヒアリングが終わると、今度は特級密偵のシオンと、新人獣人のミャオが、分厚い黒革のファイルを持って編纂室に姿を現した。
「シリル殿。光の歴史を記すなら、同時に『闇の末路』も正確に書き残していただかなければなりません。それが、後世の愚か者への最大の抑止力となります」
シオンが冷たい微笑を浮かべながら、ファイルをテーブルに置いた。
「これは、我々隠密部隊が情報収集し、レイン様たちが直接『ざまぁ(制裁)』を下した、悪政貴族や悪徳商人、そして魔王軍の残党に寝返った者たちの『現在の状況』をまとめたリストです」
シリルが恐る恐るファイルを開くと、そこにはかつて栄華を極め、民を苦しめていた者たちの惨めな末路が詳細に記されていた。
「……旧バルサス王国の肥え太った国王は、現在、極北の開拓村で魔力小麦の畑を耕す重労働に従事……。毎日『私の財宝が!』と泣き叫んでいるものの、屈強なアース・ベアたちに監視され、逃亡は不可能……」
シリルがリストを読み上げる。
「支援物資を横流ししていた旧ゼノア領の伯爵は、東方の鉱山でツルハシを振るう日々。魔物を違法使役したギロン伯爵も同様……。水資源を独占していたザラク伯爵は、砂漠の井戸掘り労働……」
「ええ。彼らは皆、かつて自分たちが見下し、搾取していた平民たちと同じか、それ以下の過酷な環境で、一生をかけて罪を償わされています」
ミャオが犬耳をピコピコと動かしながら、得意げに胸を張った。
「私たち隠密部隊は、彼らが少しでもサボったり、反乱を企てたりしないよう、ルリちゃんの幻聴魔法や、鳥の魔物たちを使って24時間体制で監視しています。彼らが『もう許してくれ』と泣き言を言うたびに、その音声が自動で我々の拠点に転送される仕組みになっているんですよ」
「ひぃっ……! アシュタルの情報網、恐るべし……!」
シリルが震えながら手帳に記録する。
「権力を笠に着て私腹を肥やし、魔物を兵器として利用しようとした愚者たちの末路……。彼らの栄光は一夜にして崩れ去り、今はただ泥に塗れて生きるのみ。これほど教訓に満ちた生きた歴史はありません。必ずや、『絆紋公国物語』の反面教師の章として、詳細に執筆させていただきます!」
廃墟の図書館と、真実を守り抜いた者
「ところでレイン様。歴史の編纂にあたり、一つだけ問題がありまして……」
シリルが申し訳なそうに顔を上げた。
「先日、レイン様たちが討伐した悪徳貴族の一人である、西方大陸の『ドルド伯爵』の領地についてです。あの男は己の悪事を隠蔽するため、領内の歴史的文献や重要な書物を集めた『大図書館』を、魔物を使って破壊させてしまったという情報があります。あの図書館には、古代の魔法技術や地域の正確な歴史が眠っていたはずなのです。なんとか、燃やされる前に残された資料を回収できないでしょうか?」
「ドルド伯爵か。あの保身のために歴史を塗り潰そうとしたクズだな」
俺が頷くと、アイラが立ち上がった。
「よし、それならアタシらで行ってみようじゃないか! まだ火が燻ってるかもしれない。急いだ方がいいよ!」
「ええ。過去の叡智を灰にするなど、許しがたい蛮行ですわ」
ルウも同意する。
俺たちは、アイラ、ルウ、シルヴィアの主力陣と、フェル、ピコ、ソラ、そして歴史学者のシリルを連れ、空間転移の銀狐ギンの力で西方大陸の『ドルド領・大図書館跡』へと跳躍した。
そこは、無惨にも焼け落ち、瓦礫の山と化した巨大な建物の残骸だった。
しかし、その廃墟の中心、奇跡的に炎を免れた地下書庫の入り口で、一人の若い人間の女性が、ススだらけになりながら必死に本を抱えて倒れていた。
彼女は分厚いローブを纏い、腕には火傷の跡が痛々しく残っている。
「誰か倒れているぞ!」
俺が駆け寄り、右手の甲の『絆紋』の光を灯して彼女に触れると、翠色の浄化の光が火傷を癒やし、彼女はゆっくりと目を覚ました。
「あ……私の、本……! ドルド伯爵の歴史改ざんの証拠は、絶対に渡さない……!」
「落ち着いて。俺はアシュタルのレインだ。ドルド伯爵はすでに捕縛され、鉱山送りにした。君は?」
俺が優しく声をかけると、女性は驚きと安堵で目を見開いた。
「アシュタルの……! 私は『サリア』。この図書館の司書であり、古文書の管理者です。ドルド伯爵が証拠隠滅のために図書館に火を放った時、私はどうしてもこの歴史の記録を守りたくて、地下書庫に立て籠もっていたんです」
サリアが、胸に抱えた焦げた古文書を大切そうに撫でる。
「でも、私が生き残れたのは、私の力じゃありません。この子たちが、燃え盛る炎と崩れる瓦礫から、私と本を守ってくれたんです……」
サリアが振り返った先、地下書庫の暗がりには、炎と煙に巻かれ、ボロボロになった三匹の小さな魔物が倒れていた。
一匹は、埃を食べて生きるが、今は煤を吸いすぎて羽が黒く染まり、飛べなくなっている蛾――『塵食いの蛾』。
一匹は、紙や羊皮紙を好んで食べるが、今は焼け焦げた本を守るために自らの体を盾にして火傷を負ったスライム――『巻物喰いの粘体』。
最後の一匹は、インクを吐き出して文字を書くことができるが、無理に煙を吸い込んで喉を潰し、倒れているカラス――『墨吐きの鴉』。
彼らは明らかに野生の魔物だが、サリアの「本を愛する心」に共鳴し、ドルド伯爵が放った理不尽な暴力から、この知識の宝庫を命懸けで守り抜こうとしたのだ。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
俺はゆっくりとしゃがみ込み、右手の甲の『絆紋』の光を限界まで灯し、彼らの体に手をかざした。
翠色の極限浄化と調和の光が、地下書庫全体を温かく包み込む。
魔物たちの火傷や傷が瞬時に癒え、彼らの体が清らかな輝きを取り戻していく。
塵食いの蛾は、煤が浄化され、星空のように美しい燐粉を放つ『星光の蛾』へと変化した。
巻物喰いの粘体は、黒焦げの跡が消え、美しい活字の魔力が浮かび上がる『叡智の粘体』へと生まれ変わった。
墨吐きの鴉は、傷ついた喉が癒え、知性を感じさせる青黒い美しい羽を持つ『賢者の鴉』として蘇った。
(……あたたかい。痛くない……。お前が、私たちとこの紙の束を助けてくれたのか?)
星光の蛾から、星の瞬きのような穏やかな思念が伝わってくる。
「ああ。俺はレイン。お前たち、見ず知らずの人間と本のために、本当に勇敢だったな。立派だったぞ」
俺が微笑みながら蛾の羽を指先で撫でると、彼女は嬉しそうに俺の指に留まった。叡智の粘体もぽよんと俺の足元にすり寄り、賢者の鴉は誇らしげに俺の肩に降り立った。
「ウォンッ♪」「キュイッ♪」「きゅるるーっ♪」
フェルやピコたちも近寄り、新しい仲間を優しく迎え入れる。
「もしよかったら、俺たちの家族にならないか? うちには、お前たちのように本や記録を愛する人間がいる。お前たちの力があれば、世界中の失われた歴史を元通りに修復できるはずだ」
俺の誘いに、三匹の魔物は嬉しそうに大きく頷いた。
「よし。蛾のお前は『ホシ』だ。スライムは『フミ』。カラスは『クロ』だ。今日からよろしくな、みんな!」
「パタパタッ♪」
「ポヨンッ♪」
「カァァッ♪」
新たなる家族、ホシ、フミ、クロを迎え入れた俺は、サリアに向き直った。
「サリア。君のその知識を守ろうとする強い意志は、これからの世界に絶対に必要なものだ。……どうだろう、アシュタルへ来て、俺たちの仲間にならないか? うちの歴史編纂室で、シリルの助手、いや、絆紋公国の『主席司書』として、世界中の記録の管理と修復を任せたいんだ」
俺の誘いに、サリアは驚愕で目を見開き、そして抱えていた本を胸に押し当てて大粒の涙を流しながら力強く頷いた。
「はい……! 焼け出された私でよければ、この命と知識の全てを、絆紋公国のために捧げます!」
こうして、真実を守り抜いた優秀な司書サリアという逸材が、新たな人間の仲間として陣営に加わったのである。
終わらない夜の宴と、紡がれ続ける物語
その夜。
領主の館の中庭では、サリアの歓迎会と、新しく加わったホシたちの加入を祝う温かな宴が開かれていた。
サリアはさっそく、シリルやエレナたちと共に古文書の修復手順について熱く語り合い、記録の妖精メモや記憶の水晶亀カメオたちともすぐに打ち解けていた。
魔物たちも、星光の蛾ホシが美しい燐粉で夜空を彩り、叡智の粘体フミが子供たちに文字の形を真似て見せ、賢者の鴉クロがフェルやソラたちと一緒に中庭を飛び回っている。
「ガハハ! 焼け跡の中から、こんな優秀な司書と可愛い魔物たちを見つけてくるなんて、アタシらの救済の旅もまだまだ捨てたもんじゃないね!」
アイラがワインを一気飲みして豪快に笑う。
「ええ。悪意によって燃やされかけた真実も、こうして『絆』によって再び紡がれ、後世へと正しく残されていくのですわ」
ルウが優しく微笑み、シルヴィアも深く頷いた。
「ウォンッ!」「キュイッ!」「きゅるるーっ!」
フェル、ピコ、ソラが俺の膝の上に飛び乗り、顔をすり寄せてくる。
彼らの温もりを感じながら、俺は満天の星空と、笑顔に溢れる家族たちを見渡した。
歴史学者シリルと司書サリアの手によって編纂される『絆紋公国物語』。
それは、ただ過去を振り返るだけの死んだ記録ではない。今この瞬間も増え続ける仲間たちと、笑顔に満ちた日常を刻み続ける、生きた歴史そのものだ。
全ての人と魔物が笑って暮らせる世界を築き上げるため、俺たちの果てしなき開拓と救済の旅は、これからも永遠に続いていくのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作もよろしく(*´∀`)ノ
しがらみだらけの人生に疲れたので、記憶を消して無人境へ転生します〜無限魔力の【万能創造】で理想の拠点を作ってたら、最強の魔獣たちが勝手に懐いて最高の家族になりました〜
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