第129話 深淵の終局と、浄化の封印
第129話 深淵の終局と、浄化の封印
旧魔王城跡の地下最深部。かつて世界を絶望で覆った魔王が座し、そして討たれたその呪われた玉座の間へと通じる大回廊を、俺たちは疾風の如き速度で駆け抜けていた。
先陣を切るのは、黄金の長槍を構えたクロードと、巨大なタワーシールドを掲げる重騎士ガレスだ。その後方に俺とアイラ、ルウ、シルヴィアの教官陣、そして新たに仲間に加わった封印術士であり遺跡探求者のノクトが続く。
俺の足元では、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、空色小竜の『ソラ』が、闘気を漲らせて並走している。背後には、先ほど呪縛から解放され家族となった聖騎士の霊鎧レイ、鎮魔の石獣ガルド、導きの聖犬ルプスも、新たな主である俺を守るように固い陣形を組んでいた。
「急ぎましょう、レイン公王様! この奥から感じる魔力の密度は、もはや自然界に存在していいレベルではありません! 『特異点』の覚醒は、秒読み段階です!」
黒いローブを翻しながら走るノクトが、手にした魔導書のページをめくりながら叫ぶ。
「ああ、分かっている。これ以上、この世界を過去の亡霊に荒らさせはしない!」
俺が長剣の柄を握り直したその時、大回廊の最奥にある巨大な両開きの扉が、内側からの凄まじい圧力によって木っ端微塵に吹き飛んだ。
ズドォォォォォォォンッ!!!
吹き荒れる漆黒の暴風。それは物理的な風ではなく、純粋な怨念と絶望が凝縮された瘴気の奔流だった。
「『マルチ・エレメンタル・シールド・極』!!」
アリスが瞬時に多重結界を展開し、部隊全体を瘴気の嵐から守り抜く。だが、その強固な結界すらも、ミシミシと悲鳴を上げてヒビ割れていく。
土煙と瘴気が晴れた玉座の間。
そこには、魔王軍の残党たちが各地で撒き散らした悪意、無念のうちに討たれた魔物たちの怨嗟、そしてかつての魔王の残滓が一つに集束し、どす黒く脈打つ巨大な肉塊――『絶望の集合体』が実体化しようとしていた。
それは不定形のヘドロのような姿から、徐々に複数の腕と、無数の赤い瞳を持つ異形の怪物へと形を変えていく。
『……光……。忌マワシキ……光ノ者ドモメ……! 我ハ……全テヲ喰ライ……新タナル魔王トシテ……!』
空間そのものを震わせるような、無数の声が混ざり合ったおぞましい思念が直接脳内に響いてくる。極北の『虚無の暴食者』が全てを「無」に帰す存在だったとすれば、こいつは全てを「悪意」で塗り潰そうとする存在だ。
「ガハハ! 寝言は寝て言えってんだ! 新しく生まれ変わったばかりで悪いが、ここで退場してもらうよ!」
アイラが跳躍し、巨大な戦斧を脳天に向かって振り下ろす。
「『極大旋風・星砕き』!!」
「燃え尽きなさい!『超新星爆発』!!」
ルウの放つ太陽の如き業火が、アイラの攻撃と同時に絶望の集合体へと直撃する。
しかし、炎と衝撃が晴れた後、怪物の巨体は瞬時に黒い粘体を蠢かせ、無傷の姿へと再生していた。
『……無駄ダ……。我ハ……世界ノ怨嗟ソノモノ……。物理モ、魔法モ……我ヲ滅ボスベキ力ニハナリ得ヌ……』
「ならば、これでどうですか!『神速・絶空の剣』!!」
シルヴィアが神速の剣閃を放ち、怪物の無数の腕を一瞬にして切り落とすが、それもまた数秒で再生し、逆に切り落とされた腕が黒い瘴気の刃となってシルヴィアへと襲い掛かる。
「ガレス、ルーク! シルヴィア殿を援護しろ!」
「おうっ!」
クロードの指示で、前衛陣が壁となって瘴気の刃を弾き返す。
「ウォォォンッ!!」「キュイッ!!」「きゅるるーっ!!」
フェルの天雷とピコの浄化の蹴りが叩き込まれ、ソラが神聖なブレスで瘴気を中和しようとするが、特異点から湧き出し続ける瘴気の量が圧倒的すぎて、完全に押し切ることができない。
「レイン様! 奴は周囲の空間から無限に負の魔力を吸収しています! このままでは、どれだけ攻撃してもキリがありません!」
ノクトが叫ぶ。
「ノクト! お前の封印術式で、奴の魔力供給を断ち切ることはできるか!?」
「可能です! ですが、これほどの特異点を封じるには、私が直接奴の足元に巨大な魔法陣を描き、数十秒間、一切の妨害を受けずに術式を紡ぐ必要があります!」
「数十秒か。……上等だ。俺たちが絶対に守り抜く!」
俺は右手の甲の『絆紋』の光を限界まで解放し、前線へと飛び出した。
「みんな、ノクトの道を作れ! 俺の光で奴の動きを止める!」
「「「オオォォォォォッ!!!」」」
俺はフェルの背に飛び乗り、神速の雷光となって絶望の集合体の懐へと突撃した。
「喰らえ!『絆紋・極限調和の剣』!!」
翠色の極限浄化の光が、怪物の巨大な胴体を深く切り裂く。
『ギィィィガァァァァァァッ!? コ、ノ光ハァァッ!!』
怪物が苦痛に身をよじり、再生速度が著しく低下した。
「今ですわ! ノクトさん!」
アリスがノクトの周囲に強固な移動結界を展開し、彼を怪物の足元へと導く。
「大地の理よ、古の盟約に従い、此処に悪しき門を閉ざせ……!」
ノクトが魔導書を広げ、杖で床に複雑な幾何学模様を高速で描き始める。
『……サセヌ……! 我ガ怨嗟ヲ……封ジルナドォォォッ!!』
絶望の集合体が危機を察知し、全身から無数の鋭い触手を伸ばしてノクトを串刺しにしようと放った。
「やらせるかァァッ!『極星・剛槍突撃』!!」
「『フォートレス・ガード・極』!!」
クロードの槍とガレスの盾が、触手の雨を真正面から受け止める。
「ルプス、ガルド、レイ! 俺に続け!」
「ワフゥッ!」「グルォォッ!」「ガシャァンッ!」
導きの聖犬ルプスが神聖なオーラで触手を払い、鎮魔の石獣ガルドが石の壁を隆起させて防御し、聖騎士の霊鎧レイが白銀の大剣で迫り来る瘴気を切り裂く。
激絶な攻防が続く中、ノクトの額から大粒の汗が流れ落ちる。
「……封印術式、完成しました! レイン様、貴方の『絆紋』の極限浄化の光を、この魔法陣の中心に叩き込んでください! 私の封印と貴方の浄化を掛け合わせ、この特異点を完全に消滅させます!」
「分かった! みんな、離れろ!」
俺は高く跳躍し、ルミ、コア、ジュジュたち星の精霊の力を長剣に束ねた。
「過去の怨霊ども……俺たちの平和な世界から、永遠に消え去れ!!」
ズバァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
俺が振り下ろした『絆紋』の極限浄化の光が、ノクトが描いた封印の魔法陣の中心に直撃した。
魔法陣が翠色と黄金色の爆発的な光を放ち、絶望の集合体の巨体を下から上へと包み込んでいく。
『……アアァァ……我ガ……世界ニ……絶望、ヲォォ……』
光の奔流の中で、怪物の体はドロドロと崩れ落ち、やがて悲鳴すら上げることもできず、完全に光の粒子となって消滅した。
同時に、旧魔王城跡の地下から湧き出していた無限の瘴気は、ノクトの完璧な封印術式によって完全に遮断され、大地は静寂を取り戻した。
浄化の奇跡と、眠りから覚めし古代の聖女
絶望の特異点が消滅した瞬間、世界を覆っていた鉛色の雲が一気に晴れ渡った。
旧魔王城跡の腐りきっていた大地に、翠色の浄化の波紋が広がっていく。ドロドロの沼地は清らかな泉へと変わり、枯れ果てていた岩肌からは一斉に青々とした新緑が芽吹き、色鮮やかな花々が咲き乱れ始めた。
極北の二百階層が水晶の楽園へと変わったように、世界の中心であったこの死の大地もまた、完全なる浄化の奇跡によって『生命の聖域』へと生まれ変わったのだ。
「や、やった……! 特異点の完全封印、成功です!」
ノクトが杖を杖代わりにして座り込み、安堵の息を吐く。
「ガハハハッ! 終わってみれば、アタシらの敵じゃなかったね!」
アイラが戦斧を天に掲げて雄叫びを上げると、アシュタルの精鋭たちも一斉に歓喜の声を上げた。
「ウォンッ!」「キュイッ!」「きゅるるーっ!」
フェル、ピコ、ソラが俺の胸に飛び込んできて、顔中を舐め回してくる。
「みんな、本当によくやってくれた。これで、本当に世界から魔王の影は消え去った」
俺が三匹を抱きしめながら笑っていると、不意に、完全に浄化された玉座の奥、かつて魔王が座っていた台座の下から、淡い光が漏れ出しているのに気づいた。
「なんだ、あれは?」
警戒を解かずに近づいてみると、そこには、巨大な透き通る水晶の塊が存在していた。
そして驚くべきことに、その水晶の中には、純白のドレスを身に纏い、胸の前で手を組んで祈るような姿勢のまま『石化』して眠り続けている、一人の美しい人間の少女の姿があったのだ。
「これは……『絶対停滞の封印石』!? 信じられません。数百年、いや千年単位の古代魔法です!」
ノクトが驚愕して叫ぶ。
「なぜ、こんな魔王城の地下に人間の少女が……?」
「おそらく、遥か昔の時代に魔王を討伐しようとして敗れ、この石の中に封印された古代の聖女、あるいは巫女の類かと推測されます。特異点が消滅し、浄化の光が満ちたことで、封印が顕現したのでしょう」
「助け出せるか?」
「普通の魔法では不可能です。ですが、レイン様の『絆紋』の極限浄化と調和の力であれば、石化の呪いだけを解きほぐせるかもしれません」
俺は迷わず右手の甲の光を灯し、巨大な水晶の表面に手を当てた。
翠色の温かな光が水晶内部に浸透していく。
ピキッ……パリンッ!
千年の時を超え、水晶が光の粒子となって砕け散り、中に眠っていた少女がゆっくりとその場に崩れ落ちた。
俺は間一髪でその華奢な体を抱き止めた。
「……ん、んん……」
少女が長いまつ毛を震わせ、ゆっくりと目を開ける。その瞳は、澄み切ったエメラルドのような緑色をしていた。
「あなたは……? ここは……魔王の居城……私は、どうなったの……?」
「もう大丈夫だ。魔王はとっくに倒され、この城も、大地も、完全に浄化された。君は長い間、石の中で眠っていたんだ」
俺が優しく語りかけると、少女は周囲の緑豊かな景色を見て、大粒の涙を流した。
「私……古代の結界師、リリィと申します。仲間たちと魔王を封じようとして……失敗し、意識が途絶えていました。……長い時を経て、貴方様が世界を救ってくださったのですね」
「俺一人の力じゃない。ここにいる仲間たち全員の力だ」
俺が微笑むと、リリィは感極まって俺の胸にすがりついた。
こうして、千年の眠りから覚めた古代の結界師『リリィ』という類まれな逸材が、新たな人間の仲間として陣営に加わった。彼女の古代魔法の知識は、ノクトと共に今後の防衛に計り知れない恩恵をもたらすだろう。
聖域の誕生と、穢れなき新たな命
リリィを保護し、周囲の安全を確認していると、新緑に覆われた玉座の間の奥から、清らかな魔力を纏った三匹の美しい魔物が姿を現した。
彼らは、かつての魔王の瘴気が完全に浄化され、この場所が『生命の聖域』へと反転したことで、大地の純粋なマナから自然発生的に生まれた、穢れなき新しい命だった。
一匹は、透き通るような純白の毛並みと、光の粒子を放つ角を持つ美しい鹿――『浄土の白鹿』。
一匹は、頭上に天使の輪のような光を戴き、周囲に安らぎを与えるフクロウ――『光輪の白梟』。
最後の一匹は、清らかな泉の魔力そのものが形を成したような、美しい水精――『聖泉の水精』。
「ピュルルルッ♪」
「ホゥッ♪」
「チャプンッ♪」
三匹は生まれたばかりの無垢な瞳で周囲を見渡し、そして、この場に満ちる最も温かな魔力の源である俺の元へと、真っ直ぐに近寄ってきた。
(……あたたかい光。あなたが、私たちをこの世界に生み出してくれたのですか?)
浄土の白鹿から、朝霧のような清らかで神聖な思念が伝わってくる。
「俺が生み出したわけじゃない。お前たちは、この大地が平和を取り戻した証として、星が自ら生み出した希望の命だ」
俺が微笑みながら白鹿の首筋を撫でると、白鹿は心地よさそうに目を細めた。光輪の白梟もふわりと俺の肩に留まり、聖泉の水精は俺の手のひらで優しく踊った。
「ウォンッ♪」「キュイッ♪」「きゅるるーっ♪」
フェルやピコたちも近寄り、新しく生まれた純粋な命を大歓迎する。
「もしよかったら、俺たちの家族にならないか? ここはもう安全な聖域だけど、俺たちの街にはもっとたくさんの仲間がいるぞ」
俺の誘いに、三匹の魔物は嬉しそうに大きく頷いた。
「よし。白鹿のお前は『シロ』だ。白梟は『リン』。水精は『ウル』だ。今日からよろしくな、みんな!」
「ピュィィッ♪」
「ホロッ♪」
「ポワァッ♪」
新たなる家族、シロ、リン、ウルを迎え入れた俺たちは、完全に浄化され、命の息吹に満ち溢れた旧魔王城跡を背に、空間転移でアシュタルへと帰還した。
深淵の終局。魔王の影は今度こそ完全にこの世界から消え去り、真の意味での永遠の平和が確立された。
千年の時を超えた結界師の少女や、新たに生まれた純粋な魔物たちと共に。
絆紋公王レインと、数え切れないほどの家族たちが紡ぐ調和の未来は、どこまでも明るく、果てしなく広がっていくのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~
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