第107話 深淵の決戦Ⅰ・虚無の暴食者と光の胎動
第107話 深淵の決戦Ⅰ・虚無の暴食者と光の胎動
常闇の極北、その地下深く、第二百階層に位置する巨大なセーフエリア。
外の世界では、空が漆黒に染まり、星すら見えない絶望的な天変地異が起きているというのに、この『絆紋亭・極北出張所』から続く絶対浄化結界の最前線は、不思議なほど静かで、そして神聖な空気に包まれていた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
決戦の朝。巨大な漆黒の扉の前に立つ俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』と、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が飛び込んできた。
それに続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移の銀狐ギンをはじめとする数多くの家族たちも一斉に集まってくる。鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライ。
極北での進軍中に仲間となった氷牙の白虎ビャク、吹雪の妖精ユキ、霜結びの蜘蛛シモ、オーロラの精霊アウラ、氷晶の鹿ルカ、雪豹のマシロ、水晶の亀クリス、幻影の蝙蝠バット、白炎の狐ホムラ、浄水のスライムであるスイ、鏡面の梟ミル、幻晶の穿山甲リン、虹光の蝶プリ、重力エイのフワ、影豹のクロ、磁力甲虫のジキ、そして時空の鯨クジラ、次元の螳螂カマ、星喰いのバクも、俺の周囲を囲むように陣取り、決意に満ちた瞳で漆黒の扉を見据えている。
「みんな、いよいよだ。この扉の奥にいる化け物を倒せば、世界は本当の平和を手に入れる。……俺に、力を貸してくれ」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め、そして今までで最も力強く、大地を震わせるような雄叫びを上げた。
背後では、漆黒の竜ノヴァ、紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグ、砂塵の魔蠍ゼットといった大型の魔物たちも、限界まで闘気を練り上げ、重低音の咆哮を響かせている。
「レイン様、皆さんの準備は完了しましたわ!」
エリスとセシルが、最終確認を終えて後方へと下がる。彼女たちは、錬金術師のアルトや神聖術師のミリーと共に、扉の外から限界突破の支援魔法と結界を送り続ける絶対防衛陣を担う。
「ガハハ! ついにこの時が来たね! アタシの斧が、世界を喰らうバケモノの首を刎ねる瞬間がさ!」
女戦士のアイラが、巨大な戦斧を肩に担いで不敵に笑う。
「ええ。私たちの魔法と剣で、あの薄汚い虚無ごと、全てを消し去ってあげるわ」
少女魔導士のルウが炎の杖を掲げ、周囲の温度が急激に上昇する。
「我が刃、レイン様と世界の調和の為に。……そして、この星の未来の為に振るいましょう」
剣聖シルヴィアが、愛剣を静かに抜き放つ。シオンも影に溶け込みながら、双短剣を逆手に構えた。
そして、アシュタル軍の最高戦力として選ばれた決戦メンバーたち。
騎士団長レオン、槍使いクロード、重騎士ガレス、魔法盾使いアリス、重剣士ルーク。彼らもまた、己の限界を超える覚悟を決めた顔つきで、武器を構えている。
「レイン様、俺たちの全てを懸けて、貴方の光の盾と剣になります!」
クロードの力強い宣言に、俺は深く頷いた。
「よし。……開けるぞ!!」
俺が右手の甲の『絆紋』の光を解放し、巨大な漆黒の扉に手を触れた瞬間。
ギィィィィィンッ……!!
二百階層の封印が解け、重々しい音を立てて扉が両開きに開いていく。
その奥に広がっていたのは、ダンジョンの空間ではなく、星々の瞬きすら飲み込む『完全なる虚無の異空間』だった。
虚無の暴食者との邂逅
俺たちが扉の敷居を跨いだ瞬間、背後の扉が音もなく消失し、俺たちは上下左右の概念すら曖昧な漆黒の空間へと放り出された。
足元には見えない床が存在し、辛うじて立つことはできるが、周囲の空間はドロドロと歪み、呼吸をするだけで魔力が吸い取られていくような強烈な悪寒が走る。
『…………来タカ……。極上ノ……光……』
空間全体から、鼓膜ではなく魂を直接揺さぶるような思念が響いた。
漆黒の闇の中心。そこから、おぞましい巨体が姿を現した。
それは、人型でありながら、全身が光を吸い込む絶対的な漆黒の粘体で覆われ、背中には空間を歪めるほどのおぞましい六枚の黒翼を生やした『究極の突然変異体』――虚無の暴食者。
顔にあたる部分には巨大な一つの口だけが存在し、そこからは魔王の瘴気と虚無が混ざり合った、この世の終わりを象徴するような息が漏れ出している。
「こいつが……魔王軍の残滓と虚無が生み出したバケモノ……!」
ガレスがタワーシールドを構えながら、その凄まじいプレッシャーに冷や汗を流す。
「ひるむな! 俺たちが数ヶ月間積み上げてきた力を信じろ! 先陣を切るぞ!」
クロードが長槍を構え、疾風の如く虚空を蹴って突進した。
「行くぞオォォッ!『極星・剛槍突き』!!」
クロードの放つ彗星のような一撃が、暴食者の胸元へと真っ直ぐに突き刺さる。
だが。
ズチュゥゥゥンッ……!!
槍の切っ先が暴食者の漆黒の体に触れた瞬間、まるで底なし沼に吸い込まれるように、クロードの纏っていた闘気と魔力が根こそぎ奪い取られ、槍の威力は完全にゼロへと減衰してしまった。
「なっ……力が、吸い込まれた!?」
『……弱イ……。足リヌ……』
暴食者がゆっくりと巨大な腕を振り上げる。その動きは緩慢に見えたが、空間そのものが圧縮され、回避不可能な重圧となってクロードに襲い掛かった。
「クロード! 『フォートレス・ガード・極』!!」
ガレスが瞬時に前に躍り出てタワーシールドを掲げるが、暴食者の腕が触れた瞬間、その無敵を誇ったシールドの防御力すらも『虚無』に喰われ、ガレスとクロードは紙屑のように後方へと吹き飛ばされた。
「ガハハ! 物理が駄目なら、全てを叩き割るまでのこと!『旋風大車輪・断頭』!!」
アイラが跳躍し、巨大な戦斧で暴食者の首元を狙う。
「燃え尽きなさい!『インフェルノ・バースト・極』!!」
ルウの極大魔法が、アイラの攻撃と同時に暴食者を包み込む。
しかし、暴食者の六枚の黒翼がバサリと羽ばたくと、空間がねじ曲がり、アイラの戦斧の軌道が歪められ、ルウの放った灼熱の業火は全て暴食者の巨大な口へと吸い込まれていった。
『……美味……。モット……喰ワセロ……』
「嘘でしょ……私の全力の魔法が、ただの『食事』にされた!?」
ルウが信じられないといった表情で杖を下ろす。
「物理も魔法も、全てを自身のエネルギーに変換する能力……シドの分析通りですね」
シルヴィアが冷静に状況を見極めながら、神速の剣閃を放って暴食者の牽制を行うが、それすらも虚空に飲み込まれていく。
「このままでは、攻撃すればするほど相手を強大にさせるだけです!」
アリスが後方で多重結界を展開しながら叫ぶ。
「ウォォォンッ!!」「キュイッ!!」
フェルの雷光とピコの浄化の蹴りが放たれるが、それらも暴食者の『絶対捕食領域』に阻まれ、届く前に消滅してしまう。ノヴァやガエンのブレスも同様だった。
どんな絶大な火力も、どんな神速の連撃も、全てが『無』へと帰してしまう圧倒的な絶望。
『……終ワリカ……? ナラバ……次ハ我ガ……喰ラウ番ダ……』
暴食者の巨大な口が、限界まで大きく開かれた。
その奥底に、周囲の空間ごと全てを飲み込む超極大の虚無の渦が形成されていく。
「マズい! 全員、俺の背後に集まれ!!」
俺は仲間たちを背にかばい、右手の甲の『絆紋』の光を限界まで解放した。
光の胎動と、囚われし星の精霊たち
「全てを無に帰す虚無が相手なら……俺の光で、全てを繋ぎ止める!!」
ズバァァァァァァァァァンッ!!!
俺の右腕から放たれた翠色の極限浄化の光が、巨大な防壁となって虚無の異空間を照らし出した。
暴食者が放った全てを飲み込むブラックホールのような渦と、俺の『絆紋』の光が真正面から激突する。
ギィィィィィィィィィィッ!!!
空間が悲鳴を上げ、相反する二つの究極の力が火花を散らす。
『……グォォォォッ……!? コノ光……!!』
暴食者が初めて苦痛の声を上げた。奴の絶対的な『虚無』の力が、俺の『調和』の光に触れた部分から、パラパラと灰のように崩れ落ちていく。
「いける! レイン様の光なら、奴の装甲を剥がせる!」
ルークが大剣を構え直して叫ぶ。
俺は絆紋の光を剣に纏わせ、暴食者の懐へと一気に踏み込んだ。
「お前の腹の中身、全部吐き出させてやる!!」
光の剣が、暴食者の漆黒の巨体を斜めに深く切り裂く。
『ギャアアアァァァァァァァッ!!!』
暴食者の体が大きくひび割れ、その裂け目から、凄まじい光の奔流が溢れ出した。
それは、暴食者がエネルギー源として飲み込み、体内に囚われていた『純粋な精霊たち』の姿だった。
魔王の瘴気と虚無の力に対抗するため、この星そのものが生み出していた、莫大な魔力を持つ星の核の化身たち。
裂け目から飛び出してきたのは、三体のまばゆい光を放つ存在だった。
一体は、純粋な光の魔力で構成された、天使のような姿を持つ精霊――『光芒の精霊』。
もう一体は、星の核そのもののような超高密度のエネルギーの塊を背負った、獅子のような獣――『星核の獣』。
最後の一体は、無限の生命力を内包し、枯れることのない緑の葉を茂らせた小さな樹木の精霊――『生命の樹精』。
彼らは暴食者の体内から解放されたものの、虚無の瘴気に蝕まれ、今にもその光が消え入りそうに明滅していた。
「ピロロォォ……」
「グルルルゥ……」
「サワワワ……」
三体の精霊が、俺の放つ絆紋の光に引き寄せられるように、力なく足元へと舞い降りてくる。
『……逃ガサン……。ソレハ……我ガ餌ダ……!!』
暴食者が切り裂かれた体を瞬時に再生させ、逃げ出した精霊たちを再び飲み込もうと、巨大な虚無の腕を振り下ろしてきた。
「やらせるかッ!! クジラ! カマ! 時間を稼げ!」
「クォォォッ!!」
「シャッ!!」
時空の鯨クジラが周囲の時間を極限まで遅延させ、暴食者の腕の動きをスローモーションに変える。その隙に、次元の螳螂カマが空間を切り裂く次元の刃を放ち、暴食者の腕を一時的に切断した。
「今だ!」
俺は武器を左手に持ち替え、右手の甲の『絆紋』の光を三体の精霊たちへと注ぎ込んだ。
翠色の温かな波紋が、ルミナス、コア・ビースト、ライフ・エントの傷ついた体を優しく包み込む。
『万物の調和と極限浄化』の力が、彼らを蝕んでいた虚無の瘴気を完全に浄化し、星の核から湧き出る本来の絶大な魔力を呼び覚ましていく。
(……あたたかい……。この光……。あなたは、星の導き手……)
光芒の精霊ルミナスから、鈴の音のような神聖な思念が伝わってくる。
「よく耐えたな。もう大丈夫だ。俺はレイン。お前たちの力、この世界を救うために貸してくれないか?」
俺が微笑みかけると、三体の精霊は眩い光を放ちながら、心からの感謝と共に深く頷いた。
「よし! ルミナス、お前は『ルミ』だ。星核の獣は『コア』。生命の樹精は『ジュジュ』だ。よろしくな、みんな!」
「ピロッ♪」
「ガァゥッ♪」
「サワッ♪」
新たな家族、そして星の力の結晶とも言える最強の精霊たちを迎え入れた瞬間。俺の右手の『絆紋』が、これまでとは比較にならないほどの激しい輝きを放ち始めた。
絆の共鳴と、反撃の狼煙
「ルミ、コア、ジュジュ! 俺たちに力を!」
三体の精霊が、俺の言葉に応えて一斉にその能力を解放した。
生命の樹精ジュジュが根を張ると、虚無の空間に緑の波紋が広がり、アシュタル軍と絆紋亭の全員の体力が限界を超えて回復し、さらに絶対に枯渇しない『無限のスタミナ』が付与された。
星核の獣コアが咆哮を上げると、圧倒的な星のエネルギーが仲間たちの武器と魔法に宿り、攻撃力がこれまでの数十倍へと跳ね上がる。
そして、光芒の精霊ルミが俺の背中に光の翼として融合し、絆紋の浄化の力を『絶対領域』として空間全体に展開した。
「す、すごい力だ……! 体中から力が溢れてくる!」
クロードが、黄金に輝く長槍を構え直して歓喜の声を上げる。
「これなら、奴の虚無ごと全てを砕けるわ!」
ルウの杖から、太陽のような極大の炎が吹き上がる。
『……小賢シイ……! 光ゴト……全テ喰ラッテヤル!!』
虚無の暴食者が激怒し、空間の全てを飲み込む超巨大な『絶望の顎』を形成し、俺たちに向かって襲い掛かってきた。
「みんな、行くぞ!! 奴の絶対捕食領域を、俺の光で切り裂く! そこに全火力を叩き込め!!」
「「「オオォォォォォッ!!!」」」
俺はルミの光の翼を羽ばたかせ、虚空を蹴って暴食者の顎の真正面へと飛び出した。
「消え失せろ!!『絆紋・極限調和の剣』!!」
翠色と純白の光が混ざり合った神々しい巨大な光の剣が、暴食者の放つ絶望の顎を真っ二つに両断し、奴の分厚い『虚無の装甲』を完全に切り裂いて、コアを剥き出しにした。
「今だッ!!」
「ガハハ! 一番槍はアタシだ!!『極大旋風・星砕き』!!」
アイラの戦斧が、コアの力を受けて流星のような一撃となり、暴食者の胸を抉る。
「燃え盛れ!『超新星爆発』!!」
ルウの魔法が、虚空で本物の星が爆発したかのような熱量を生み出し、暴食者を焼き尽くす。
「我が奥義、見切れますか。『神速・絶空の剣』!」
シルヴィアの剣閃が、空間の歪みごと暴食者の体を千切りにする。
「俺たちの絆の力、思い知れ!!『極星・剛槍突撃』!!」
クロード、ガレス、ルーク、アリスたちアシュタルの精鋭たちが、一丸となって放った究極の連携攻撃が、剥き出しになった暴食者のコアへと直撃した。
『ギィィィギガァァァァァァァッ!!!』
かつてないダメージを受けた虚無の暴食者が、空間を揺るがすほどの絶叫を上げる。
奴の巨体が大きく後退し、漆黒の粘液が宇宙空間に撒き散らされた。
「やったか!?」
ルークが叫ぶが、俺はすぐに警戒を強めた。
「いや、まだだ! 奴の底はこんなもんじゃない!」
暴食者は傷ついた体を震わせながら、六枚の黒翼をさらに巨大化させ、その体色を漆黒から、全てを焼き尽くすような『赤黒い混沌の色』へと変貌させていく。
『……許サン……。我ガ虚無ヲ……傷ツケタ光……! 真ナル絶望ヲ……見セテヤル……!』
深淵の決戦は、絆紋の圧倒的な光の覚醒と、星の精霊たちの加入により、ついに反撃の糸口を掴んだ。
しかし、世界を食い破る究極の化け物もまた、その真の力を解放しようとしていた。
極北の地下深く、虚無の異空間で繰り広げられる神話の如き激闘は、さらに激しさを増して第二幕へと突入していくのであった。
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