第102話 停滞の迷宮と、最適化の陣形
第102話 停滞の迷宮と、最適化の陣形
常闇の極北に建設された白亜の要塞『絆紋亭・極北出張所』。
外では猛烈な吹雪と赤黒い瘴気が吹き荒れているが、精霊樹の枝と魔導結界が展開する『絶対浄化結界』の内部は、アシュタル本国と何ら変わらぬ、春の陽だまりのような温もりに包まれていた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
出陣の朝。要塞の広間で装備の最終確認を行っていた俺の足元へ、最古参の相棒である銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、空色小竜の『ソラ』が飛び込んできた。
それに続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移の銀狐ギンをはじめとする数多くの家族たちも一斉に集まってくる。鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライ。
さらに、極北での進軍中に仲間となった氷牙の白虎ビャク、吹雪の妖精ユキ、霜結びの蜘蛛シモ、オーロラの精霊アウラ、氷晶の鹿ルカ、雪豹のマシロたちも、要塞の心地よい空気にすっかり馴染み、闘志に満ちた瞳で俺を見上げていた。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め、力強い鳴き声で応えた。
背後では、漆黒の竜ノヴァ、紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグ、砂塵の魔蠍ゼットといった大型の魔物たちも、静かに闘気を練り上げている。
「レイン様、朝食をお持ちしましたよ!」
エリスとセシルが、巨大なワゴンに山積みの料理を乗せて運んできた。
今日のメニューは、魔力小麦の『こんがりチーズブレッド』に、極北の寒さを吹き飛ばす『特製スパイスの激辛炎竜スープ』、そして『厚切りオーク肉のスタミナステーキ』だ。
「ガハハ! 今日も飯が美味い! だが……昨日は流石のアタシも少し骨が折れたね」
女戦士のアイラがステーキを豪快に頬張りながら、少しだけ疲労の色を見せて笑った。
「ええ。初日は五十階層、二日目は三十階層と順調に下層へ進んでいましたが、三日目となる昨日は、第八十一階層から第百階層までの『二十階層分』を進むのがやっとでしたわ」
少女魔導士のルウも、スープを優雅に飲みながら表情を引き締める。
「階層を下るごとに、ダンジョンの空間が異常なほど横へと拡張されています。一つの階層が、まるで一つの巨大な国家のように広い。これでは、いかに我々の武力が圧倒的であろうと、物理的な移動と殲滅に時間がかかりすぎます」
剣聖シルヴィアも真剣な表情で剣の柄を握り直した。
朝食の席には、アルベルト国王、ギルドマスターのバルカン、首席文官エレナ、特級密偵シオンに加え、フロスティアの第一騎士団長アイリス、そして『魔境鎮圧部隊』のリーダーであるクロードたちも同席し、昨晩行われた対策会議の確認を行っていた。
「レイン様。昨晩の会議で決定した新陣形、すでに全軍への通達と編成を完了しております」
エレナが分厚い資料を広げ、眼鏡を押し上げた。
「うむ。昨日までの『全軍で一丸となって殲滅しながら進む』という戦術では、無限に湧き出す変異魔獣の処理に時間を取られすぎている。そこで今日からは、部隊を『攻略メンバー』と『サポートメンバー』に完全に二分する」
アルベルト国王が力強く宣言する。
新戦術はこうだ。
ダンジョン内での戦闘において、時間のかかる大群の処理や複雑な罠の解除、地形の安定化などは全て『サポートメンバー』が引き受ける。その間に、機動力と突破力に特化した『攻略メンバー』がボスの部屋や次の階層への階段へと一直線に突き進む。
さらに、各階層の環境(氷雪、火山、毒沼など)や出現する魔物の特性に合わせて、クランメンバーと鎮圧部隊の原石たちを階層ごとに最適化してシャッフルするのだ。
「この戦術の肝は、階層ごとの『環境分析』と『人員の最適配置』です。それを担うのが、今回新たに指揮系統に引き上げた彼です」
シオンが紹介すると、一人の小柄で神経質そうな青年が前に出た。
「は、初めまして。アシュタル辺境国軍、地形戦術科のシドと申します。ニーナの『魔力反響』のデータをリアルタイムで解析し、各階層の環境と敵の弱点を割り出し、レイン様たちに最適な人員配置を提案させていただきます!」
シドは元々、後方で地図を描く地味な文官だったが、その驚異的な情報処理能力と戦術眼をシオンに見出され、急遽この極北攻略の頭脳として抜擢されたのだ。
「頼むぞ、シド。君の分析が、この遠征のスピードを決定づける。今日からは、毎日確実に『二十階層』を突破し、深淵の底へと迫る!」
俺の言葉に、全軍が地鳴りのような雄叫びを上げた。
最適化の陣形と、第百一階層への突入
要塞の地下から続く転移陣を抜け、俺たちは昨日到達した第百階層のセーフエリアへと降り立った。そこから続く巨大な扉を開き、第百一階層へと足を踏み入れる。
「シド、状況は?」
俺が通信魔道具越しに尋ねると、後方の安全地帯でニーナのデータを解析しているシドから即座に返答があった。
『第百一階層から第百十階層までは、極寒の環境から一転し、灼熱のマグマが流れる「火山地帯」です! 敵は炎と毒を操る変異魔獣が主体。物理装甲が極めて硬い「変異溶岩亀」の群れが道を塞いでいます!』
「了解した。人員のシャッフルを行う!」
俺の指示で、部隊が瞬時に再編成される。
「サポートメンバーは、魔法盾のアリス、氷結士のセリス、広範囲制圧のルウ、そして足止めの即効罠師リアム! お前たちで押し寄せる雑魚の群れと溶岩の熱を食い止めろ!」
「「「了解!!」」」
アリスとセリスが『絶対零度の防壁』を展開し、マグマの熱を相殺する。そこにリアムが氷結属性の起爆札をばら撒き、ルウが『氷結地獄』の魔法で変異魔獣の群れを一網打尽にしていく。
「その隙に、攻略メンバーは前進する! 重装甲を砕くために、アイラ、ルーク、カイル! そして機動力のクロードとエララは俺に続け!」
「ガハハ! 任せな! 硬い甲羅ごとぶっ叩き割ってやるよ!」
「俺の大剣の錆にしてくれる!」
サポートメンバーが作り出した一本の道を、攻略メンバーが疾風の如く駆け抜ける。
立ち塞がる巨大な変異溶岩亀の群れに対し、アイラの戦斧と、重剣士ルーク、大剣使いカイルの圧倒的な質量攻撃が叩き込まれる。装甲が砕けた隙を突き、クロードの槍とエララの双剣が急所を貫いた。
「フェル、ピコ! 水豹のリン、吹雪の妖精ユキ、霜結びの蜘蛛シモ! お前たちはマグマの海を凍らせて道を作れ!」
「ウォォォンッ!!」「キュイッ!!」
魔物たちも環境に合わせて完璧な連携を見せる。リンの水魔法とユキの吹雪がマグマを冷却し、シモの絶対零度の糸が安全な橋を架けていく。
無駄な戦闘を極限まで省き、弱点を突く人員配置による一点突破。
この『最適化の陣形』により、昨日までは数時間かかっていた広大な階層の突破が、わずか数十分で完了していく。
第百五階層、第百八階層と、俺たちは驚異的なスピードで深淵へと歩みを進めていった。
灼熱の迷宮で出会う新たな原石たち
第百十階層へと続く巨大な溶岩の洞窟を進んでいると、シドから緊急の通信が入った。
『レイン様! 右前方のマグマの滝の裏側に、変異魔獣とは異なる、純粋な魔力反応を三つ検知しました! 何かに追い詰められているようです!』
「生存者か、あるいは浄化を求める魔物か。……クロード、前線の指揮を頼む! 俺は少し寄り道をする!」
「はっ! お任せください!」
俺は空間転移のギンを肩に乗せ、一瞬でマグマの滝の裏側へと跳躍した。
そこには、赤黒い瘴気を放つ数百体の『変異ファイア・ドレイク』の群れに囲まれ、絶体絶命の危機に陥っている三匹の魔物の姿があった。
一匹は、全身が透明な水晶で覆われ、マグマの熱を反射している巨大な亀――『水晶の亀』。
もう一匹は、闇に溶け込むような漆黒の羽を持ち、超音波でドレイクの動きを攪乱しているコウモリ――『幻影の蝙蝠』。
最後の一匹は、全身から青白い冷たい炎を放ち、必死に威嚇している美しい狐――『白炎の狐』だ。
彼らは明らかにこの火山地帯の過酷な環境と瘴気に抗い、自らの純粋な魔力を保ったまま、果てしない絶望に立ち向かっていたのだ。
「シャァァァッ!!」
ファイア・ドレイクたちが、弱り切った三匹に止めを刺そうと一斉に炎のブレスを吐き出した。
「させない! フェル、ピコ、ソラ!」
「ウォォォンッ!!」「キュイッ!!」「きゅるるーっ!!」
俺の号令と共に、絆紋の光を纏った魔物たちがマグマの洞窟へと雪崩れ込んだ。
フェルの雷光がドレイクの群れを痺れさせ、ピコの浄化の蹴りが炎のブレスを相殺する。ソラの神聖なブレスが、周囲の瘴気を一掃した。
「これで、終わりだ!!」
俺は右手の甲の『絆紋』の光を長剣に限界まで纏わせ、一閃する。
ズバァァァンッ!!
翠色の極限の浄化の光が波紋のように広がり、変異ファイア・ドレイクの群れは、一瞬にして光の粒子となって浄化された。
戦闘が終了し、静寂が戻った溶岩の洞窟。
傷だらけになった三匹の魔物は、突如現れた俺たちに警戒し、身を寄せ合って震えていた。
「大丈夫だ。もう敵はいない」
俺は武器を収め、ゆっくりと近づいた。右手の甲の『絆紋』の光を灯し、そっと彼らの体に触れる。
翠色の温かな波紋が、三匹の魔物の傷ついた体を優しく包み込む。
『万物の調和と極限浄化』の力が、彼らの傷を瞬時に癒やし、極限状態での恐怖と疲労を解きほぐしていく。
(……あたたかい。この光……。あなたたちが、俺たちを助けてくれたのか?)
水晶の亀から、重厚で穏やかな思念が伝わってくる。
「ああ。俺はレイン。お前たち、こんな深いダンジョンの瘴気の中で、よく自分を見失わずに戦い抜いたな」
俺が微笑みながら、水晶の甲羅を撫でると、亀は心地よさそうに目を細め、俺の手のひらに頭をすり寄せてきた。
幻影の蝙蝠も、俺の周囲をパタパタと飛び回りながら、感謝の超音波を鳴らしている。この能力は、ニーナの『魔力反響』と組み合わせれば、さらに完璧なマッピングが可能になるだろう。
白炎の狐も、警戒を解いて俺の足元に丸くなり、青白い冷たい炎で俺の体を心地よく温めて(冷やして?)くれた。
「俺たちは、このダンジョンの底を目指している。もしよかったら、俺たちの家族にならないか? 美味しいご飯と、絶対に裏切らない仲間がいるぞ」
俺の誘いに、三匹は嬉しそうに大きく頷いた。
「よし。亀はお前『クリス』だ。蝙蝠は『バット』。白炎の狐は『ホムラ』だ。よろしくな、みんな」
「キュオッ♪」
「キィッ♪」
「コンッ♪」
新たな家族を迎え入れ、俺たちは本隊との合流を果たした。
第一二〇階層の到達と、迫り来る深淵の影
サポートメンバーと攻略メンバーの完璧な役割分担、そしてシドの環境分析とニーナ、バットの索敵能力。
それらが完璧に噛み合ったアシュタル辺境国と絆紋公国の合同軍は、その後も驚異的なスピードで階層を突破していった。
毒の沼地では解毒と浄化に特化したメンバーが道を切り拓き、巨大な迷路階層では幻術士リリアとシオンが幻影を打ち破って最短ルートを導き出す。
そして、突入から十数時間後。
俺たちは、本日の目標である第百二十階層のセーフエリアへと到達した。
「よし、本日の進軍はここまでとする! 全員、完璧な動きだった!」
俺の号令に、部隊の面々は歓喜の声を上げ、互いの肩を叩き合った。
昨日と同じ二十階層分の攻略だが、その疲労度は全く違った。最適化された陣形により、無駄な戦闘を避け、それぞれの得意分野を活かすことで、部隊の士気と体力は十二分に保たれていたのだ。
「お疲れ様でした、皆様! すぐに野営の準備と、温かい食事を用意しますわね!」
エリスとセシルが、手際よく魔導コンロを展開し、豪華な食事が振る舞われる。
「シド、君の分析のおかげで、被害は皆無だ。見事な采配だったぞ」
アルベルト国王から派遣された騎士団長レオンが、シドの肩を叩いて褒め称える。
「ひぃっ! い、いえ! 僕はただ、ニーナたちのデータを整理しただけで……皆さんの武力があってこその戦術です!」
シドは恐縮して顔を真っ赤にしているが、彼の戦術眼が新たなアシュタルの武器となったことは誰の目にも明らかだった。
こうして、第百二十階層のセーフエリアに和やかな空気が流れる中。
俺は一人、さらに深くへと続く大穴の縁に立ち、底知れぬ闇を見下ろしていた。
ズンッ……。
昨日よりもさらに強く、魂を直接揺さぶるような不気味な重低音がダンジョン全体を震わせた。
『…………近ヅク……。光……。早ク……喰ワセロ……』
悪意と飢餓。
最深部で胎動する『究極の変異体』の思念は、もはや言葉としての輪郭を持ち始めていた。俺たちが階層を下るスピードに呼応するように、奴の成長もまた加速しているのだ。
「待っていろ。明日も、明後日も、俺たちは止まらない」
俺は剣の柄を固く握りしめ、深淵の闇に向かって静かに宣言した。
最適化された陣形と、増え続ける頼もしい家族たち。
絆紋公国の最強の矛は、世界を食い破ろうとする絶望の心臓へと、確実な歩みを進めていた。
閑話:他国の静観と、極北への畏怖
アシュタル辺境国と絆紋公国が、極北の超深度ダンジョンへと突入してから数日が経過していた。
世界各国の指導者たちは、通信魔道具を通じて断片的に送られてくる『絆紋亭・極北出張所』からの報告に、ただただ息を呑むばかりであった。
「一日で二十階層……だと? あの魔王軍の瘴気が凝縮された超絶望の迷宮を、散歩でもするかのように踏破しているというのか……!」
南方の豊かな商業国家の王は、報告書を持つ手を震わせていた。
「しかも、彼らはダンジョン内で新たな魔物たちを次々と従え、さらに軍の最適化を行って進軍速度を上げているとのことです。……もはや、アシュタルの軍事力は、人間の理解を超えています」
側近の宰相が、青ざめた顔で言葉を継ぐ。
かつてアシュタルの忠告を無視し、自国の武力を過信して滅んだザウエル帝国などの惨劇は、未だ記憶に新しい。
もし、アシュタルがその気になれば、この極北のダンジョンを制圧した部隊をそのまま南下させ、世界中の国家をたった数日で制圧することも可能なのだ。
「我々は、絶対にアシュタルに逆らってはならん……。民を慈しみ、良心的な統治を徹底するのだ。それが、この新たな世界で生き残る唯一の道だ」
世界中の王や貴族たちは、極北で戦い続ける若き英雄たちと、彼らを率いる『絆紋公王』の圧倒的な力に平伏し、かつてないほどの平和で公平な統治を心がけるようになっていた。
極北の地下深くで、世界を滅ぼす怪物が口を開けて待っているというのに、地上の世界は、皮肉にも有史以来最も穏やかな平和を謳歌していたのである。
全ては、あの極北の闇を切り裂き続ける、一つの光を信じているからこそ。
絆紋の光がもたらす調和の奇跡を、世界中が固唾を呑んで見守っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!
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