第99話 極北の進撃と、絆紋亭出張所の設立
第99話 極北の進撃と、絆紋亭出張所の設立
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点であり、今や『絆紋公国』の中心地となったこの場所は、極北での激しい戦いが続いている最中であっても、変わらず奇跡のような調和と優しさに満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、深淵の邪神を浄化した光をたっぷりと吸収し、もはや一つの森と見紛うほどの巨大な神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、出陣の準備を整えて縁側に立つ俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』と、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
それに続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスであるルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライ、氷牙の白虎ビャク、吹雪の妖精ユキ、霜結びの蜘蛛シモも一斉に集まってくる。
さらに、この数日間の極北での進撃中に保護した新たな家族たちも、すっかり俺たちに懐いて元気な姿を見せていた。
極北の夜空を彩る光の帯から生まれ落ちた、温かな光を放つ妖精『オーロラの精霊』であるアウラ。
美しい氷の結晶でできた立派な角を持ち、吹雪を浄化する力を持つ『氷晶の鹿』のルカ。
そして、真っ白な毛並みと鋭い爪を持ちながらも、ひどく甘えん坊な『雪豹』のマシロだ。
「キュルルンッ♪」
「プルルッ♪」
「ニャァンッ♪」
アウラが俺の頭の上でふんわりと光を放ち、ルカが鼻先を俺の手にすり寄せ、マシロが足元にゴロンと寝転がって腹を見せる。
「おはよう、みんな。今日もみんな元気だな。マシロ、そこはお前の指定席じゃないぞ」
俺が苦笑しながら彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細めて尻尾を振った。
庭を見渡せば、漆黒の竜ノヴァ、紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグ、砂塵の魔蠍ゼットといった大型の魔物たちも、すっかり朝の日差しを浴びて気持ちよさそうにしている。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスが元気な声を上げた。
ダイニングルームには、元宮廷料理人のセシルが腕を振るった極上の朝食が並べられている。今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのハチミツと胡桃のパン』に、農学者セリーヌが育てた新鮮な根菜をふんだんに使った『心温まるホワイトシチュー』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『香ばし厚切りベーコンのグリル』だ。
「ガハハ! 今日も飯が美味い! 極北の寒さの中で暴れた後は、セシルの温かいシチューが五臓六腑に染み渡るねぇ!」
女戦士のアイラが、厚切りベーコンを豪快に頬張りながら大笑いする。
「ええ。私たちの魔法と剣で、あの極北の薄汚い闇も随分と綺麗になってきたわ。でも、まだまだ気は抜けないわね」
少女魔導士のルウも、うっとりとした表情でシチューを口に運びながら言う。
「氷雪の公国フロスティアを拠点とした進撃は順調ですが、敵の数と質は日に日に増しています。我が剣も、さらに研ぎ澄ませねばなりません」
剣聖シルヴィアも静かに頷き、満足げに紅茶をすすった。
支援の明暗と、愚者たちの連鎖
朝食を終えた俺たちは、アシュタル辺境国の領主の館、その大広間へと向かった。
そこでは、アルベルト国王、首席文官エレナ、開拓村総代官ウィリアム、特級密偵シオン、そして氷雪の公国フロスティアの第一騎士団長アイリスが集まり、今後の極北への対応と各国の状況についての会議が開かれていた。
「レイン様、おはようございます。まずは、北方諸国への支援状況からご報告いたします」
エレナが分厚い書類の束を広げ、眼鏡を押し上げた。
「アイリス団長の祖国であるフロスティアをはじめ、我がアシュタルの提示した『民を第一とする統治』の条件を呑み、誠実な対応を見せた良心的な国々に対しては、クロードら魔境鎮圧部隊を派遣し、完全な防衛体制を構築しました。結果として、これらの国々ではスタンピードによる被害は皆無であり、物資の供給も安定しております」
「それは素晴らしいことだ。我が祖国の民も、アシュタルの皆様の慈悲と圧倒的な力に、心から感謝しております。レイン様、アルベルト陛下、本当にありがとうございます」
アイリスが深く頭を下げる。
「いや、君たちが自らの民を守ろうとする強い意志があったからこそだ。俺たちはその背中を押したに過ぎない」
俺が微笑みかけると、アイリスは感極まったように目元を拭った。
「しかし、問題は我々の忠告を無視した国々です」
シオンが影から進み出て、北方の地図の数カ所に赤い印を置いた。
「我が国の軍事支援の条件である『特権階級の解体と民衆への食糧解放』を拒否し、自国の軍事力のみで変異ダンジョンに対抗しようとした国家や貴族たち……彼らの末路は、悲惨なものでした」
シオンの報告によれば、極北周辺に存在していた複数の小国や大貴族の領地で、いわゆる『ざまぁ』の連鎖が起きているという。
「例えば、フロスティアの東に位置していた『ガレオン商業国』。彼らは富裕層だけを巨大な城塞都市に匿い、一般市民を囮にして魔獣の群れをやり過ごそうとしました。しかし、極北から溢れ出した魔獣の力は彼らの想定を遥かに超えており、城塞の防壁はわずか半日で粉砕されました」
「自業自得とはいえ、愚かなことだ」
アルベルト国王が渋い顔で唸る。
「はい。ですが、我々アシュタルの救出部隊は、事前に城塞の外に取り残されていた一般市民を全て空間転移と飛竜部隊で救出済みでした。結果として、魔獣の餌食となったのは、金貨の山を抱えたまま逃げ遅れた強欲な指導者層のみです」
さらに、西部の『バランド侯爵領』では、領主がアシュタルからの支援物資を不当に独占し、高値で売り捌こうとした。しかし、それに激怒した領民たちが蜂起。タイミング悪く変異ダンジョンからのスタンピードが発生したが、アシュタルの魔境鎮圧部隊が介入し、領民だけを鮮やかに救出して離脱した。取り残されたバランド侯爵とその私兵たちは、魔獣の群れに飲み込まれ、その領地は地図から消滅した。
「自力で何とかしようと足掻き、民を見捨てた者たちは、例外なく滅びの道を辿っています。我々が定めた『平和の強制』は、着実に世界から腐敗を取り除きつつあります」
エレナが冷徹に告げる。
「民を救う体制が確保できているなら、それでいい。愚かな権力者たちの自滅に付き合って、俺たちの兵を危険に晒す必要はないからな」
俺が言うと、会議室の全員が深く頷いた。
極北の進撃と、果てなき深淵
会議を終えた俺たち『絆紋亭』の本隊は、アイリスの案内でフロスティア公国の国境最前線へと空間転移で移動した。
そこから先は、かつて魔王城が存在した『元・常闇の極北』へと続く、死と氷の荒野である。
数週間にわたる俺たちの進撃により、フロスティア国境から極北の中心部へ向けて、すでに三分の一の領域が完全に浄化され、安全地帯へと変貌していた。
俺の『絆紋』の光が放つ極限の調和の力が、赤黒い瘴気を清らかなマナへと還元し、凍てつく大地に緑の芽すら吹かせ始めている。
しかし、残る三分の二の領域は、未だに濃密な闇と狂暴な変異魔獣の巣窟だった。
「行くぞ、みんな。今日も一気に戦線を押し上げる!」
「ウォォォンッ!!」
「キュイッ!!」
「きゅるるーっ!!」
俺の号令と共に、フェルの雷光、ピコの浄化の蹴り、ソラの神聖なブレスが、立ち塞がる変異魔獣の群れを次々と粉砕していく。
ノヴァの漆黒の炎とガエンの紅蓮の炎が雪原を溶かし、ゼットのハサミが巨大な氷のゴーレムを両断する。新しく加わったアウラ、ルカ、マシロたちも、それぞれの力を発揮して俺たちの進撃を完璧にサポートしていた。
「オラァァァッ!! 邪魔だ邪魔だぁ!!」
アイラの戦斧が旋風を巻き起こし、変異した巨人族をミンチに変える。
「燃え尽きなさい!『インフェルノ・バースト・極』!!」
ルウの放つ極大の炎魔法が、数百の魔獣を一瞬で灰燼に帰す。
「我が剣の前に、立つことすら許しません」
シルヴィアの神速の剣閃が、空間そのものを切り裂くように魔獣の急所を穿つ。
圧倒的な力による蹂躙。
俺たちは、文字通り「散歩」のようなペースで、着実に極北の闇を削り取っていった。
数時間後。
俺たちはついに、かつて魔王城が存在したグラウンド・ゼロ――巨大なクレーターの縁へと到達した。
そこから見下ろす景色は、この世のものとは思えないほどのおぞましさを孕んでいた。
「……こいつは、想像以上だな」
俺は思わず息を呑んだ。
クレーターの底には、ぽっかりと巨大な『穴』が開いており、そこからドクドクと脈打つような、吐き気を催すほどの濃密な瘴気が溢れ出していたのだ。
「レイン様、ニーナからの『魔力反響』の解析結果が出ました」
後方支援で同行していたシオンが、蒼白な顔で報告書を差し出した。
「この穴……変異ダンジョンの入り口ですが、内部の構造が異常です。通常のダンジョンとは異なり、階層が下にいくほど拡張されており、その深度は……現在確認できるだけでも、二百階層を優に超えています」
「に、二百階層!?」
ルウが驚愕の声を上げる。
「しかも、最深部には測定不能なレベルの魔力溜まりが存在し、今もなお周囲の魔力を吸い上げ続けています。このダンジョンは、自らを巨大な『培養槽』として、何か途方もない怪物を育てているようです」
シオンの言葉に、アイラも戦斧を握り直して舌打ちをした。
「チッ。魔王の野郎がいなくなったと思ったら、もっと厄介な時限爆弾が残ってたってわけかい」
「二百階層か……。流石に、一日や二日で踏破できる規模じゃないな」
俺はクレーターの底を見つめながら、思考を巡らせた。
アシュタルやフロスティアから毎日ここまで通って攻略するのは、効率が悪すぎる。それに、これほどの瘴気が常に漏れ出している状態では、いつ予測不能なスタンピードが起こるかも分からない。
「決めた」
俺は仲間たちを振り返り、力強く宣言した。
「このダンジョンの入り口を完全に封鎖し、前線基地を構築する。ここに『絆紋亭出張所』を設立し、ダンジョン攻略の絶対的な拠点とする!」
絆紋亭出張所の設立と、魔導の城塞
「出張所の設立ですか! それは素晴らしい提案ですわ!」
ルウが目を輝かせる。
「ガハハ! 最前線に俺たちの家ができるってわけだ! こりゃあ気合いが入るね!」
アイラも大賛成のようだ。
「俺の『絆紋』で、この周囲の瘴気を完全に浄化し、土地を安定させる。バラン、クロム、出番だぞ!」
俺が通信魔道具で呼びかけると、空間転移によって建築技師のバランと、魔導技師のクロムが即座に駆けつけてきた。
「おおっ! ここが極北のグラウンド・ゼロですか! レイン様の浄化のおかげで、地盤は驚くほど安定しています。これなら、最高の砦が築けますぞ!」
バランが図面を広げ、興奮気味に叫ぶ。
「私にお任せください! アシュタル本国の防衛システムと連動した、最新鋭の魔導結界発生装置を設置します。これで、内部からどれほどの魔獣が溢れようと、一歩も外には出させません!」
クロムも、自身の持つ全ての魔導技術を注ぎ込む覚悟で目を輝かせている。
「よし。ドロ、ゼット、ダグ! 基礎工事を頼む!」
「キュッキュッ!」
「ギチチッ!」
「ゴオオォォッ!」
土精の土竜ドロが大地を掘り起こし、砂塵の魔蠍ゼットと岩砕の巨獣ダグが巨大な岩石を切り出してブロック状に加工していく。俺の絆紋の光がそれらの素材の強度を極限まで引き上げ、バランの指示に従って瞬く間に巨大な城壁が組み上がっていく。
さらに、クロムが設置した魔導装置に、俺の魔力と精霊樹の枝を核として組み込むことで、出張所全体を覆う『絶対浄化結界』が完成した。
この結界内では、いかなる瘴気も無効化され、俺たちと魔物たちの疲労が急速に回復する、まさに『絆紋亭』そのものの環境が再現されたのだ。
「完成しました……! これが、極北を制圧するための前線基地……『絆紋亭・極北出張所』です!」
数時間後。
かつて魔王城があったクレーターの縁に、白亜の堅牢な城塞がそびえ立っていた。
ダンジョンの入り口は完全に城塞の内部に封鎖され、これから先、どれほどの魔獣が湧き出ようとも、この出張所が全てを食い止める防波堤となる。
「すごい……。たった数時間で、これほどの城塞を築き上げるなんて……」
フロスティアのアイリス団長は、信じられないものを見るような目で、完成した出張所を見上げていた。
「これで、ダンジョンの奥深くに潜る準備は整った」
俺は、城塞の中心に開いた巨大な大穴――二百階層を超える深淵のダンジョンの入り口を見下ろした。
「待っていろよ、地下でふんぞり返ってるバケモノ。俺たちが、お前の目を覚まさせてやる」
最強の仲間たちと、愛すべき魔物たち。
そして、新たな前線基地を手に入れた俺たちは、世界を食い破ろうとする絶望の根源を絶つため、ついに前人未到の深淵ダンジョンへと足を踏み入れるのであった。
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