21.蒼穹の夢―4
機体をグライドパスに乗せる。
ああ、もうおしまいなのか……。
胸の中がやるせない気持ちでいっぱいになるけど、とにかく残燃料の警告音がど喧しくって感傷にひたるどころじゃない。
わかったわかった、わかりましたよ。基地に帰ればいいんでしょ~。
せいぜいスネた気分でそう思うしかない状況なんだよな。
一路、『進入禁止』マークな滑走路に向けて飛ぶ。
天気もいいし、別に完全機械まかせのフルオートでだって着陸はこなせるけれど、まぁ、これも訓練飛行の一環だ。
事前にそう指示されている事でもあるし、昔ながらの手動でおこなおう。
俺は操縦席にながなが寝そべった姿勢――その状態で、両脇に、自然に両手がふれる位置に取り付けられてる操縦装置の上で手指をうごかした。
操縦桿じゃあないんだよね。
俺の一〇〇式のそれはラグビーボールを野球のボールサイズに小さくした感じと言えばいいのかな。
従来の棒状をした操縦桿とはまったく異なる形をしてるんだ。
掌にすこし余るサイズのそれを右掌と左掌その双方に俺は握り込んでいる、と言うか、装置の上に掌を置いている。
身体の右側にあるのは操縦桿。
左側にあるのがスロットル。
そのそれぞれの手指の側には各種のスイッチが組み込まれてあり、操縦士はそれらスイッチを鍵盤楽器のキーのように操作し、機体にそなわる各種機能を操作。
飛行そのものについては操縦桿とおなじく操縦装置を前後左右に向けて圧をくわえることで上昇下降、旋回動作を実行する。
ことさら『圧』と言ったのは他でもない。
俺の一〇〇式の操縦系統は完全に光化――フライ・バイ・ライト式化されているため、操縦操作に物理的な『力』は必要なくなっている。
上昇も下降も、はたまた旋回も、指先で触れるスイッチ操作でおこなえるようになっている。
だけど、だからと操縦装置を固定してしまうと理屈はともかく、訓練された操縦士の、その『訓練』の部分が納得しない。
それが咄嗟のことであればあるほど頭で考えるより早く、反射的に身体が動く。
機体をねじふせ、状況に対処しようとしてしまう。
すなわち、適正値以上の入力をおこない、機体に過度の反応を引き起こしてしまう。
すべては操縦装置が自分の操作に反応しない――固定されているが為。
これはフライ・バイ・ライトの前身であるところのフライ・バイ・ワイヤの頃からの問題(?)で、だから、操縦装置の本体は操縦士の無意識下の反応に配慮し、わずかながらあそびがもたされている。
チョンチョンと触れるだけじゃあなくて、上下左右に、ぐいッと力をこめる動作が許容されてるようになったのだった。
スロットルを絞り、速度を徐々に落としてゆく。
高揚力飛翔体としてデザインされてはいるものの、極超音速領域の速度発揮を求められている機体は低速域の挙動がナーバスだ。
ちょっとしたミスが、即・失速につながってしまう。
お家に着くまでが遠足です、じゃないけれど、任務飛行を実行し、目標を無事達成したって基地に到着するその直前で墜ちたりしたらマジ洒落にならない。
状況開始より以降の行動が、たとえ99パーセント成功していようと任務は失敗に終わってしまう。
だから、万が一に備えて機械に頼らない着陸操作をさらっておくのはけっしてムダな事じゃない。
視覚モードを調整し、着陸作業にはジャマな画像をカットしてゆく。
地上から空にむけて放射されてるグリーンやイエローの炎の帯。
視覚化された様々な波長、意味合いのレーダー・エネルギー。
露出した、あるいは地中に隠顕された施設から放射されてる、超巨大であり、しかし、その実、実体の無い天地真逆の円錐形。
水平線の向こうにいた時分から確認できたサーチライトの光束のようなそれらをフィルタをかけて視認対象から外してゆく。
別に見えてるままでも支障はないけど……、あ、ホラ。
俺が映像を無効化するより早く、レーダー波のグラフィックパターンのひとつがグルリと旋回してきて俺をとらえた。
うわ、眩し……!
一瞬だけど、視界がピカッとフラッシュし、視野を緑一色に染め上げた後、また元に戻る。
まぁ、この程度のことで操縦をトチったりはしないが、でも、やっぱり煩わしくはある。
〈アルゴス〉のおかげで見えすぎることの弊害と言えば弊害だろう。
何事もなかったかのように、来た時同様ぐるりと天に味噌すりしながら離れていく緑色したロードコーンは、俺がイメージを無効化すると幻のようにかき消えた。
よしよし、これで視界がだいぶん単純になった。
〈アルゴス〉は捨てがたい、と言うか捨てられないけど、昔ながらのこうした視界もいいもんだ。
と、
〔CLICK〕
ウス明ルイ?
ソレトモ、ウス暗イ?
鈍イ赤色デ塗リ潰サレテイタ世界ニ『光』ガフイニ現レタ。
埃ノ粒子ガ舞ウヨウニ、蝶々ガヒラヒラ飛ブヨウニ、イクツモノ光ノ点ガ視界ノ中デ明滅スル。
ヤガテ、
目ノ前デちらちら踊ッテイタソレラ光ノ点ハ意味ヲ持チ始メ、急速ニ意味アル画像トナッテユク。
こんぴゅーたーヤ実験装置、白衣ヲマトッタ技官、技師――研究施設ノ情景トシテ、ソレラハ形ヲナシテユク。
〔CLICK〕
(…………?)
また、だ。
また、ワケのわからない――現在の状況とはまったく関係のない情報が投影されてきた。
先のそれと同じく〈アルゴス〉の不調だろうが、チとひどい。
いくら完品じゃないといっても、今みたいに神経を集中させなきゃいけないデリケートなタイミングでこういうエラーが出るのは困る。
電子回路の設計ミスか、それともソフトウェアのバグなのか。
いずれにしても最優先的に直してもらわないことには安心できない。
おちおち俺の一〇〇式を操縦することも出来やしない。
〔CLICK〕
幽霊ニナッタラ、キットコンナ気分ナンダロウ。
遮ルモノトテ何モナク……、部屋カラふろあ、ふろあカラ建物。ソシテ屋外ヘト――スリ抜ケルヨウニ視覚ノ範囲ガ拡大スル。
自分ノ視野ガ、膨張シテユク球形トナッテ拡ガッテユク……。
自由?
コレガ自由?
らいぶらりデハ見タ。
言葉ノ意味スルトコロハ知ッテイル。
デモ……、
コノ光景カラ感ジルモノガ、デハ『自由』ナンダロウカ……。
〔CLICK〕
えぃ、畜生!




