第41話 学園編② 1-F組、茜と珊瑚
「朱殷 茜です。よろしくお願いします!」
「珠樹 珊瑚です。よろしくお願いします。」
「挨拶はふざけることなく無難にすること。最初から目を付けられると行動に支障がでる。いいか無難にだぞ。」
伊勢ママからの忠告を思い出し無難な挨拶を実行すると、中央最後尾の隣どうしの机に着席する。
理事長との絡みがあり、2時限目からの教室入りになってしまったことで、自己紹介は省かれた。
数学の授業がはじまり、今日は小テストを行うと中年男教師から発表されると、少しざわつくがすぐに収まる。
(なるほど、お嬢様方は動揺を隠すのがお上手なのね。
これがあたしら底辺育ちばかりだと大騒ぎになっていたはず。)
珊瑚は教室を見まわし感心した。
隣の茜を見ると机に肘をつき、シャーペンを鼻と唇に挟んでいる。
(お行儀が悪いのは仕方ないか、最後尾で良かったわ。)
前の席からテスト用紙を裏向きで渡される。
目が合うと少女はニコリとほほ笑む。
珊瑚も微笑み返した。
開始の合図でテスト内容を読むと、自然に答えが導きだされる事に驚く。
(ええ!どういうこと!何で問題を読むだけで答えが分かるの!これがトレーニングの成果なの!凄いわぁ!)
10分もしないうちに解答欄を全て埋め、ちらりと茜を見ると机に突っ伏して、手をもぞもぞと動かしていた。
(よかった、居眠りはしていないみたいね。)
終了時間になるまで茜は突っ伏したままごそごそとしていた。
「最後尾の人、テストを裏向きに回収して来てください。」
珊瑚と茜が立ち上がりテストを回収している最中、茜の方から「ぎゃあ!」と悲鳴が聞こえた。
「あ、悪ぃ!急に足が出たからうっかり踏んじまったよ!ごめん!」
少しも反省した素振りを見せない茜が、何事もなかったかのようにテストを回収して教師に手渡す。
教師は何事もなかったかのように平然と受け取った。
チャイムが鳴り、教師が退出すると2人のクラスメイトが、茜の前に立ちはだかった。
「あなた、どういうつもり?人の足を踏んで謝罪も無いなんて非常識でなくて?」
縦カールの長髪を手で払うと、机の上に片手を置いて茜に詰め寄る、ベタな悪役令嬢に珊瑚はプッと噴き出した。
「そこのあなた!何がおかしくて!」
怒りの矛先が珊瑚に変わろうとした時、茜が悪役令嬢の手をはたく。
悪役令嬢はバランスを崩して派手に転倒した。
「きゃあ!西園寺様!」
ショートボブの女子がすぐに西園寺を助け起こした。
「財前さん、ありがとうございます。」
2人が見つめ合うと背景に百合の花が見えた気がする。
西園寺は茜に向き合うと、腕を組んで怒鳴りはじめた。
「この私に暴力を振るうなんていい度胸ですわ!あなたのお父様の勤め先をおっしゃいなさい!」
「おとうさま?あっ父親の事か!オレに父親はいないぞ!」
「まあ、そうでしたの失礼いたしました。では、お母さまの勤め先ををおっしゃいなさい!」
「ミツコは派遣だぞ。いろんな倉庫に行ってるから分からん!」
「派遣?フリーの実業家ですの?」
「いや!フリーターだな!」
「財前さん、フリーターとは何ですか?」
「はい、定職に就かずにアルバイトで生計を立てる人々でございます。」
西園寺が困惑の表情を浮かべた。
(底辺労働層の娘が何故この学園にいるのか、この学園の生徒は最低でも一部上場企業の取締役だったはず。
更に高度な教育を受けていなければ、入学試験を突破できないレベル、もしかしてとんでもなく頭脳明晰な特待生?この学園にそんなシステムあったかしら?でもF組は学力レベルは底辺の集まり。
何か裏があるのかしら?もしかして学園側の密偵?私達の普段の生活を監視して学園に報告している?
は?!もしかして私は虎の尾を踏んだのでは?!
ならば、この子達の行動に辻褄が合う!
不味いわ!この子達に関わってはいけない!)
3秒でここまで想像すると、茜に向き直りニコッと笑い語りかけた。
「朱殷様、珠樹様、どうやら私達、誤解あったようですわ。
この度のことは水に流していただきたいと思います。
よろしいでしょうか?」
「オレはどうでもいいよ。」
「よく分かりませんが、騒ぎが大きくならないのなら構いません。」
「ありがとうございます。では失礼いたします。」
西園寺は財前の手を引きそそくさと席に戻っていった。
「なんだあれ?」
「さあ、私達と思考回路が違うから理解不能ね。」
始業のチャイムが鳴り、2人は次の授業の教科書を取り出した。
昼休みになり、ほとんどの生徒が食堂に向かうなか、2人は教室に残り、狼牙のお弁当に舌鼓をうった。
終礼の時間になり、担任の多湖(男32才、担当教科:歴史)が、改めて二人の紹介をする。
2人は就学環境テスト生という名目で選抜されたと説明された。
「要するにだ!普通の家庭の女子がこの特別な環境で、普通に学校生活を送れるかをテストするための特待生だな!先生は君らが差別・偏見なく接してくれると心から信じている!よろしく頼んだぞ!」
多湖は体全体で気持ちを表現して生徒に熱弁をする。
俗にいう熱血教師であるが、生徒の反応を見るに嫌がられていない様であり、むしろ熱心に聞き入っている生徒が多いことから、好かれているようでもあった。
「朱殷、珠樹!クラブ活動は決まったのか?!」
挨拶が終わり、他の生徒が退出した後の教室に残っていた二人に、多湖が声を掛けて来た。
「先生、わたし達クラブ活動をする気はないのですが。」
珊瑚の返答に多湖の表情が曇った。
「何と悲しいことを言うんだ珠樹!勉強だけが学校生活ではないぞ!部活動を通して上級生と交流することで、新しい発見も生まれる!そうだ運動はいいぞ!運動=青春だ!君達の美しい青春の1ページを運動で埋めようじゃないか!」
多湖は剣道の素振り動作を繰り返し、部活動の意義を熱く語る。
2人は多湖の熱意に負け、部活動の見学をすることにした。
「先生は剣道部の顧問なんですね。」
「何故分かった珠樹!」
「だって、ずっと素振りしてたじゃん!」
「朱殷!よく見てたな!剣道をしていたのか?!」
「してないよ!」
「そうか!興味はあるか!」
「ないよ!」
「残念だな!」
茜と多湖は気性が合うのか、二人してわははと笑いながら先を進む。
エレベーターで44階「運動施設フロア」に踏み込む。
「この学園の部活動は他の学校と違い少々特殊だ!理事長の方針で武術に重きを置いている!
剣道部、柔道部、空手部、合気道部、薙刀部、弓道部、少林寺拳法部、レスリング部と同好会扱いでムエタイ、サンボ、ボクシング、カポエイラなどがあるな。」
エレベーターホールの正面の通路の最奥に「美須架斗爾玖道場」と書かれた大看板が掲げられた大門戸が見える。
多湖がIDをセンサーに当てると、大扉の脇の通用門がスライドして開かれる。
「ええ!このでかい扉が開くんじゃないのか!」
「ははは!この門戸は飾りだ!」
多湖はがっかりした茜を通用門に押し込み、珊瑚を招き入れた後から入室した。
「すっげー!」
中の景色に茜が感動の声を上げる。
奥行、幅共に優に50mはありそうな畳と木の2面の床と、ガラス張りの壁の向こうに都心を一望できる大パノラマが広がっている。
道着、防具、運動着を着た生徒達が体を動かしているのが見えた。
「中を自由に見て回っていいぞ!私はこれから指導だ!」
片手を上げると、のしのしと剣道部員の元へ歩いていった。
「こいつら体操してるのか?」
「まだわたし達が中学生の頃が上だったね。」
2人は畳道場を見て周りのレベルの低さにガッカリする。
次に木床道場に足を運ぶ。
見たことの無い武具を使い練習する少女達が新鮮で長く見続けていた。
「薙刀で攻撃されたらどう対処する?」
「薙刀の上に乗る。」
「はあ、まあ茜ならできるか。」
真剣に答える茜の参考にならない対処を聞き、半ば呆れて剣道部に向かう途中、ヒュンと風切り音が聞こえ2人は床の上を転がる。
珊瑚が矢を手に握り、立ち上がった。
「キャア!ごめんなさい!大丈夫ですか!」
弓道着と体操服を着た女子2人が、慌てて駆けてくるのが見える。
珊瑚は手にした矢を後ろ手に隠し茜に渡す。
茜は矢が2人に見えないように木床に突き立てた。
「何かあったんですか?私達、足を滑らせてしまって。」
とぼけて答える珊瑚に茜が笑いを堪えていた。
「ごめんなさい!初心者のこの子が、あなた方の方に矢を射ってしまったの!本当に大丈夫だった?!」
上級生だろうか袴姿の女子が青い顔をして、二人の様子を確かめた。
「あ!こんなところに矢が刺さっている。」
茜が大根役者よろしく棒読みで矢を指差した。
「良かった!当たらなくて本当に良かった。」
上級生は安堵してヘチャッと座り込んだ。
矢を射った少女は一瞬イヤそうな顔をしたが、直ぐに申し訳なさそうな顔になり頭を下げた。
騒ぎに気付いた多湖が軽快に走ってくる。
各々から事情を聴き、後ほど弓道部顧問に事案を説明することで、この場は解散となった。
「この矢、どうやって床に刺さったの?それもこんな深く。」
弓道部の主将と副主将が2人がかりでやっと矢を引き抜く。
矢の先は切り落とされていて、鋭角な部分は全く無かった。
「災難だったな!朱殷、珠樹!矢が当たらなくて本当に良かった!」
心の底から安心をしたようで、声の調子で気持ちが伝わってくる。
2人は多湖の後ろに着いて行き剣道部エリアを訪れた。
「あ!西園寺!財前!」
茜が練習着を着て正座している2人を見つけ声をかける。
西園寺と財前は茜と珊瑚の姿を見ると顔をひきつらせた。
「なんだ!もう2人と友達になったのか!朱殷!」
多湖がははは!と笑い茜の頭をポンポンと叩いた。
「ちげーよ!こいつらに因縁つけられたんだよ!」
「そ、そんなことはございませんわ!何をおしゃるのですか!
朱殷さんはもう私達のクラスメイトですわ!ね!財前さん!」
「は、はい!そうです!西園寺様のおっしゃる通り!
因縁だなんて滅相もございません!」
2人の慌てぶりに何かを感じ取った多湖が脳筋提案をした。
「よし、細かい事は聞かん。こういう時はとことん拳で語り合うのが一番だ。朱殷、先生が立ち会うから「決闘」をするか?」
「いいのか?!泣かすぞ!弱い者いじめする奴は嫌いだからな!」
茜はやる気まんまんで提案にのった。
「西園寺はどうする。この先3年間、モヤモヤした気持ちで学園生活を続けたいか?」
西園寺は苦虫を噛み潰したような顔になり俯く。
(西園寺家長女の私が、「決闘」から逃げたとあっては家名に泥を塗る。この後入学してくる妹の学園生活に影響が出るかもしれない。
敬愛するお父様、お兄様に軽蔑されるような事になったら、私の心が壊れてしまう。やるしかないのね!)
1秒で考えをまとめると、茜を睨みつけながら「やります」と答えた。
「よし!この多湖が西園寺、朱殷の正式な「決闘」を承認し、立ち合い人として見届ける!」
多湖の「決闘」の口上が道場全体に響き渡ると、場内が大きくどよめき生徒達が一斉に集まってきた。
「双方、得手は自由だ!何を選択するか!」
「私は剣術を!」
財前が西園寺に2m近い長さの木刀を手渡した。
「へー!なんでもいいのか!ならオレに竹刀を貸してくれ!長いのと短いの2本!」
「ほー!朱殷は剣道をしたことが無いのでは?」
「したことは無いけど見たことはある!宮本武蔵!ビデオでな!」
生徒から竹刀を受け取ると両手をビュンビュンと振り回した。
「朱殷は小さいのに腕力があるんだな!」
竹刀といってもそれなりの重量はあるが、それを2本とも軽々と振り回す腕力に、周りの生徒達が驚きの目で見る。
西園寺は茜が剣道未経験と聞き、侮辱された気持ちになると闘志が沸き起こるのを感じた。
(佐々木小次郎の「岩流」を修めた私と二刀流の宮本武蔵。まるで巌流島の決闘のようでわ。)
「両者前へ!」
多湖の前へ茜と西園寺が歩み出る。
「この決闘は両者のわだかまりを払拭するためのものである。決闘後はどちらかの勝敗に関わらず、以後良き友として接することを誓うか?」
「誓います!」
「誓う!」
気迫の篭った声で西園寺が先に、茜が元気よく宣誓するの聞き、多湖の右手が上がった。
「両者、離れ!」
2人の間隔が5m程離れた事を確認すると右手を振り下ろした。
「はじめ!」




