夢の代償
「何やってんの…二人して…」
頭を抱えるフランを尻目にアキレアは「ご安心ください」と短く答えて前を見ると言った。
「たかが盗賊。カーミラ姉さま一人でも事足ります」
そのカーミラが幽閉されている螺旋の石階段を下った先がヴァルドの居る地下牢らしい。アキレアのランプの光を頼りに下っていくと異様な汗臭さが鼻をついた。
「…なんかに臭わない?」
フランの鼻声に頷く。その臭いが強くなるほどに異様な熱気で肌に汗がにじむ。
「カミーラ姉さまの鍛錬の臭いでしょう。合宿時代を思い出します。懐かしい…」
「ああ…。アタシこれムリかも…。吐きそう。先に戻ってる…」
階段を下れば下る程強まる部活動っぽい臭いにフランは踵を返して戻って行く。
「ルリコ様は平気なんですか…?」
そう軽く振り返るアキレアにぎこちなく頷く。
「いや…平気じゃないけど…。我慢できるよ…」
「ありがとうございます」
いや、何のお礼?
階段を下りた地下牢の鉄格子が並んだ通路の先から何かがきしむ音が断続的に聞こえてくる。その音からアキレアを盾にするように進むと鉄格子の格子に足を引っかけてぶら下がりながら腹筋をする浅黒い肌の女性の姿が見えた。
「カミーラ姉さま!」
近づくと鉄格子の床には水たまりと見まがうほどの汗が滴っている。
「アキレアか」
そう呟くとヴァルドは上半身を折り曲げて格子を手で掴むとY字を横に倒すかのように格子にぶら下がるようにして足を引き抜くと地面に立たせた。そして私に頭を下げると彼女は言った。
「とんだお見苦しいところをみせてしまいました。ご容赦を」
そう跪く彼女の体躯には全身くまなく光輝く筋肉が盛り上がっていた。
「姉さま!」
「うむ。アキレア。丁度いいところに来た。私に掴まれ」
「承知!」
はい? 何が?
小首をかしげる私を横目に、彼女は微笑んで言った。
「いや、お恥ずかしい。この一週間、自分の体重だけで懸垂しておりまして。どうにも負荷が足りなくて……。よろしければルリコ様も、私に掴まりますか?」
「…ごめん。後にして?」
地下室から出た彼女は地下階段の前室で自分の裸体を布で清めると清潔な服着てから再び私達の前に跪いた。
「申し訳ありません。いささかトレーニングハイになってまして…とんだ失礼を」
「いえ…こちらこそ一週間も幽閉したままで…。大義であった…」
その言葉にカミーラは重々しく頷く。そのはるか後方でフランは微笑んだまま微動だにしない。
「あかえりカミーラ」
「待ってたぜ」
ヴァルナの重装甲の鎧を着付けしながらノクティスとヴァルナは微笑む。それに「ああ」と短く答え優しく微笑む。
「盗賊の掃討ですか」
前室の扉から出たカミーラは重装の鎧の音を静かに立てながら城の外へと向かった。
「うん。できそう?」
「容易いことでございます」
城のホールで男の使用人三人がかりで運ばれて来た重槍を片手で持ちあげながら彼女は頷く。
でしょうね。
そう思いながらも彼女を見上げながら言った。
「貴方の作戦遂行能力は疑わないけど…。今回は混成の少数精鋭で行って欲しいの」
「成程」
「私の友達が盗賊のアジトを探してくれてるけど…。最悪その捜索から始めることになるかも…」
カミーラは私達の部屋から持ってきた地図を見上げて言う。
「森狩りならば、むしろ数を揃えるべきかと」
「…最悪商隊の一つを囮にするから…。貴方達は商人に扮して欲しいの」
「その方が効果的かもしれません。では編成は私が?」
「ちょっとちょっと。なんであんたが仕切るの? オバサン」
そう言って扉の壁の影からヘアバンドの少年セリスと眼帯の青年イグナス。そして以前アキレアに昏倒させられた逆毛の男オルドだった。
「この件はウチの団長の仕切りって聞いたんだけど…」
そう言ってこちらを見ようとするマルコの目線を私はそっと避ける。
「ほう。確かにこの子等のように線が細ければ盗賊も恐れをなすことはないだろう。エルフ様の流石の慧眼です」
カーミラの言葉にオルドは舌打ちすると、顎を上げて見下ろした。
「おい、女。ちっとばかし剣が振れるからって調子乗んなよ。くだらねえ真似してねえで、女は家で飯でも作ってろ」
その言葉にカーミラの後ろに居た女騎士達は一斉に笑う。その中でフワフワ髪のオルフェリアがクスクスと笑いをこらえながら言った。
「失礼。そんな可愛らしい顔で言われたものでつい。なんだかウチの弟を思い出してしまいました」
オルフェリアの笑いに呼応するように赤毛のヴァルナも頭の後ろで腕を組んで笑う。
「そっちの眼帯の奴は怪我人か? 足手まといはごめんだぜ?」
その言葉に顔を上げたイグナスはカーミラの方に口を開く。
「ずいぶん鼓動が速くなっていますね。…怒っていらっしゃるんですか? 声だけなら、ずいぶん落ち着いて聞こえるのですが」
「おい、よせ。侮辱は騎士のすることじゃない」
カーミラはセリスたちと騎士達の間に立つと騎士達をいさめた。そしてセリスたちを振り返るとフッと無骨に笑う。
「すまなかったな。私の部下が無礼を働いた」
そう言うとカーミラさんは頭を下げた。その様子に傭兵達は眼を剥いた。
「へえ…。高潔なキシダンが簡単に頭を下げて良い訳?」
その言葉にカーミラさんは頭を下げながら少年たちをギョロリと見た。
「任務成功の為なら私の頭一つぐらい軽いモノだ。指揮も君たちの団長が納得する指揮をするなら従おう」
「はあ…? そんなに媚びたって信じられないね」
マルコはやれやれ肩をすくめる。
「そうだろうな。だが、お前達は必ずやり遂げる。金とコネがかかっている時は…そうだろう?」
カーミラの言葉に少年たちは閉口する。
「それに確かにもう私も年だ。一心不乱に槍を振り続けていたらとっくに婚期を逃してしまった。後は老いさらばえるのみだ。だからかな…。私は美しいモノの為に戦いたい」
そう言うとカーミラは私達を横目で見て、視線を元に戻した。
「それはお前達もそうだろう?」
その言葉にオルドがまた舌打ちをする。隣の眼帯の青年のイグナスはため息をつく。
「…美しいモノなんて…あったってしょうがない。どうせ老いて消えるんだから…」
そう言って自分の眼帯の位置を正す彼に、部屋は静まり返る。
「…僕たちは団長について行く。それだけさ」
「おう。団長を邪魔するなら…。エルフだろうが騎士だろうが…潰す」
その言葉にカーミラは頭の後ろの手を解く。
「その言葉…流石に聞き捨てならねぇな。その団長とやらが…エルフ様を害そうってんなら…。見逃せないんだが?」
ヴァルナの言葉に他の騎士団も自分の武器に手をかける。それを見たマルコは両手を上げて言った。
「団長は…王様になりたいんだ…」
その言葉にカーミラは口元をヒクつかせた。
「…スマン? 何て?」
「団長は俺達の為に…国を作るって約束してくれた…」
その言葉を聞いた途端カーミラは大きく息を吐き出すように笑った。その様子に他の女騎士達も笑う。オルフェリアも口元隠している。
「静まれっ!」
笑い声が止んだ。
「何がおかしい。でかい夢じゃないか」
その言葉にマルコはやれやれと肩をすくめる。
「ご機嫌取りは別にいいよ。僕も初めて聞いたときは同じだったし。でも…そんな大馬鹿がいなきゃ、国なんてできないだろ。最初に国を作った奴だって、きっとみんなに馬鹿だって笑われたんだ」
その言葉に眼帯の青年が続く。
「僕たちは欲しいんだ。家が。帰る場所が」
その言葉にカーミラは頭を下げる。
「失礼した…。もしよかったら聞かせてくれ。故郷はどこなんだ…?」
その言葉にイグナスは首を横に振った。
「ない。私達の故郷は墓標に置いて来た。私達はヴィヴィ・セプルクリ(墓生きる者達)だから」
その言葉にカーミラは大きくうなずいた。
「そうか既にお前達は夢の為に殺された犠牲者なのだな。だがその夢の為に更に一体いくつ追加の墓を建てる気だ?」
そのカーミラの言葉に私の心臓はドキリと鳴った。
「その夢の為に一人犠牲になった。だから退けない。もう一人、また一人。それが一体どれだけの他者の夢を犠牲にするのか。わからないのか?」
「ちゃんちゃらおかしいね。夢とか関係ないじゃん。アンタ達の大義だって犠牲を産んでるんだから」
「私達は大義の為に戦う。犠牲の清算などしない」
「その失われた国土を回復するという大義の為に、僕たちは殺されたんだ」
ヒートアップする二人の口論にフランは両手をあげた。
「ストップ。そこまでにして。いい? 貴方達は協力して盗賊を倒す。これは命令なの。従って。それにカーミラ。暫定とはいえリーダーの貴方が部下と諍いをおこしてどうするのよ?」
それを聞いてカーミラは深く頭を下げた。
「申し訳ありません…。少々熱くなってしまいました…。以降は改善に努めます」
それを見てセリスたちも一歩引く。
「まあ…別に命令とあればやるけどさ…いや、やりますけど…」
次回の更新は8/23です
書き溜め分を使い切ってしまったので今回はこの分量です。
現在今まで書いた話の修正やカットを同時並行で進めています。
カーミラ(ヴァルド)の名前やエルゼワードの大幅な変更。他多数の修正を行う予定です。
セレナイカについても期日までに間に合えばと思っています。
引き続きこの作品を楽しんでもらえるよう努力します。




