ストーンハース家の諍い
次回更新は4/26です
『それにしても凄い服の量。一着ぐらい貰ってもバレないんじゃない?』
そう言うと、フランは部屋の服の品定めを始める。
『言えば貰えそうだけど…なんか行儀悪いからやめなよ』
『なんでよ。服は美しいものを飾り立てるモノでしょ? 私達に着られた方が服も喜ぶって』
そう言うと、フランは黒い服の前に立って見上げる。
『黒はフランに合わないって。せめて緑にしなよ』
『いやよ。緑じゃあの娘と被るじゃない』
…あの娘ってマーガレットさんのことか。
「ねえ、このドレス着てみたいんだけど」
そう言ってカラリリの使用人を振り返るフランに私はほくそ笑む。
『無理無理! 無理だって!』
案の定コルセットの装着に手こずる様子に私は笑う。
「止めなくていいよ。『だって、服は美しい者の為にあるんだから』」
『いや、こんなの絶対おかしいって…! 人間ってやっぱおかしいって…ぇ!』
長い奮闘の末、なんとか黒いドレスを着たフランは微妙そうな表情で鏡の自分を見ていた。
なんか…お葬式? お人形? ゴスロリみたいな…。フランもこの服ダサいって思ってるのかな?
『どうかしたの?』
そう聞くと、フランは呆然とした表情で言った。
『んー? いやアタシって…こんな顔してるんだなーって』
ああ…そういえば集落に鏡ってないもんな…。
『こんなキツイ服より、この鏡の方が欲しいんだけど?』
『ああ…まあ…言えば貰えそうだけど…私達が持っててもしょうがない気もするけどな…』
そう言うと、満足したのかフランは使用人たちにドレスを外すように合図した。
『そんな事よりルリコ。紙とかじゃなくて服を作ってよ。こんなキツイ服じゃ移動するのも大変だし』
それは私も思ってたんだよなぁ…。
『考えてみるけど…直ぐには無理だからちょっと待っててよ』
『うん。ていうかあのフクダンチョーって人遅くない?』
そう言われて使用人を見て今何時かと聞くと「そろそろ中天にさしかかる所です」と教えてくれた。
えー。フランに服着せるだけで一時間も…? ってそんなことより…。
「なんかあったのかもね」
そう言って外に出ると、キャンプの入り口にシュラに乗った副団長さんが見えた。その足元にはデサさんが立っている。
なんでデサさんが副団長と一緒に?
そう思っているとテントを守っていたアキレアが私達に近づいて言った。
「マーガレット家で小競り合いがありました。副団長が鎮めましたが、農民たちは屋敷の周囲に留まっています」
「ええ…? な、なんですか…?」
もしかして物価高騰のせいでクーデターとか起きたのかな…?
「詳細は不明ですが、副団長はルリコ様とマーガレット様が一度話された方が良いとおっしゃっています。行きましょう」
私達が副団長に近づくと彼女はシュラから降りて言った。
「報告いたします。地主マーガレット殿が、道路の件について協議を求めております。」
「道路の件?」
「カラリリ殿の指示による者が、マーガレット殿の敷地にて道路工事を行った件について、彼女は異議を示されております」
げ、カラリリの言ってた道路ってマーガレットさんの土地だったの!?
「わ、わかりました行きましょう!」
ど、どうしよう。もしかしてカラリリの兵隊とマーガレットさんの兵隊がぶつかって戦争起きたりして…。
そんなことを考えながら私はフランとアキレアと一緒に鳥車に乗り込んだ。
『外交官は国の顔です。失敗すれば、戦争になりますよ』
私の頭の中をアキレアの声が響く。
い、いやでも…普通こういうのって本当に戦争になったりしないじゃん…。
そう考えていると、アキレアの手が私の手に重ねられる。
「ご安心くださいルリコ様。何があろうとこのアキレアが御身を守ります」
アキレアは私と目を合わせるとその真っすぐな瞳で頷き返して来る。
ありがとうアキレア…。でもなんかそれ…死亡フラグっぽいんですけど…。
そう思って私は窓の外を見ると、小高い丘の上にあるマーガレットの館が見えた。手前の森の木々の向こうに外壁に囲まれた石造りの西洋風建物が見える。
なんか思ってたより…パリに普通にありそうな一軒家と言うか…質素だな…。
『人間の家って広そうで良いよねぇ。ねえ、アタシたちもああいう家に住もうよ』
そう言うフランに曖昧に頷き返す。
そりゃ住めるならあんなこじんまりとした家に住みたくはないけども…。あんな森の中じゃあんなでかい意味は無理だろうなぁ…。
手前の森が開けて館の前の道路を陣取ってカラリリの傭兵と農民兵達が待機していた。その両陣営の間にシュラに乗った騎士が一騎あった。その騎士はオレンジ色のウェーブがかった長髪を風に揺らしながら傭兵達の方をずっと見ていた。対して傭兵の方は短髪黒髪の毛を毛を逆立てた男がその場に座り込みながらオレンジ髪の騎士を睨んでいる。
怖そうなお兄さんだなぁ…。
不安な気持ちのまま、鳥車がマーガレットの館の前に着いて降りると黒髪のお兄さんが怒ったような表情で近づいて来た。
「おい、近づくな」
アキレアが男から私を隠すように身を呈して立ちはだかると、男の人の足音が止まった。
「俺の名前はオルド! ヴィヴィセプルの者だ。エルフのお偉いさんに聞きたい! アンタ等が…」
オルドさんその先を言おうとしたら突然アキレアが飛び出す。
それに驚いたオルドが横に飛びのくとアキレアは避ける先を読んでいた様に追随して彼を蹴り上げた。アキレアに蹴り上げられたオルドはそのまま地面に叩きつけられると動かなくなった。脚を上げたまま降りたんだたアキレアは直立すると、男の背後にいた工事の作業員を見渡すと言った。
「エルフ様は高貴なお方。お前らの様な者達が口を聞くことは許されない。話があるならカラリリ本人を連れてこい。わかったな?」
アキレアのどすの効いた声に作業員たちはその場にひれ伏す。
あ、アカン!
私は咄嗟に前に出ると言った。
「あ、アキレア! い、いきなりの暴力はいけませんよ! まずは相手の話を聞いてあげないと…。誰か介抱してあげなさい!」
私がそう言うとアキレアは「は! まことに申し訳ありませんでした!」と膝間づいた。しかしそのアキレアの表情に迷いの表情はなく、私に頷き返した。
う、うん。やっぱりアキレアはわざとオルドさんを痛めつけたってことだよね…。よ、よかった…。これで合ってた…。いや、良くはないんだけど…。
「アキレアちゃん凄いねぇ…。彼、ちゃんと気絶してるよぉ…」
いつの間にかシュラから降りてたオレンジ髪の女騎士は倒れたオルドさんを覗き込みながらのんびりとした声で言う。そして私の方に膝間づくと「ここは私に任せてください」と言った。
「うむ。よしなに頼む!」
そう言うと私はそそくさと館の開かれた門の中へと進んで行く。
オルドさん…恨まないでくれぇ…。
外壁の門を越えて庭に入ると、そこには頭に兜をかぶったハットガードさんがぼんやりと立っていて私に片手を上げて挨拶をしてきた。それに私は小刻みに頭を下げながら進んでいると後ろからアキレアが小声で話しかけて来た。
「勝手な行動をしてすみません。しかしルリコ様はお優しいお方。奴らにそこを付け込ませるわけにはいきません」
私はアキレアを振り返らずに頷いた。
「わかってる。ありがとう」
そう言ってアキレアは館の扉に近づいてそれを叩いた。すると中から閂が外れる音がして扉が開かれた。そこにはジャケットの下に着物を着た男の使用人が立っていた。見るとその両脇には槍を持った女性の使用人も立っている。
「お待ちしておりました、エルフのルリコ様。中で当主マーガレットがお待ちです」
「うむ。案内いたせ」
その言いぐさがおかしいのか後ろでクスクス笑うフランの声に冷や汗をかくが、そんなこは気にしてられない。館の板の廊下を歩いていると、庭を一望できる縁側の渡り廊下に出た。庭を一望するとそこには一面の紅葉とその下に流れる池に白い砂利が敷かれている和風の庭園が広がっていた。
うわー。これは奥方の庭園と違ってまた豪華だなー。
そんなことを思いながら離れに通されると狭い部屋の中でマーガレットさんが立って待っていた。その部屋は壁一面は和風なのだが、床は色鮮やかな絨毯で、その中央には丸い小さい立ち机というなんともミスマッチな内装だった。その机の前でマーガレットさんは緑の和服と濃い緑のマントを羽織ったまま両の手を太ももに当てて、しなりとした様子で立っていた。その垂れ下がった金髪の三つ編みと垂れた優しそうな目と微笑は先日と同じく柔和な印象を与えた。
「遠いところ御足労いただきありがとうございます」
そう言ってお互い頭を下げた後、私の目を見つめた彼女は「早速ですがよろしいでしょうか?」と言った。その言葉に私は頷くとアキレアを横目で見て言った。
「アキレア、下がって居なさい」
「承知しました」
やけにバカ丁寧だけど…。さっきのアキレアの所業をどこかで見てたのかな…?
アキレアが離れの扉まで下がると、マーガレットは話し始めた。
「では早速ですが単刀直入に申し上げます。ラヴェルヌ家による道路工事は、我がストーンハース家の領域を侵しております。…この件につきましては、エルフ様方から工事の見直しをお命じいただくのが妥当かと存じます」
そう言うと、彼女は私をじっと見つめた。
い、いやー。そう言われてもなー。もうカラリリと契約しちゃったしなぁ…。
そう逡巡していると彼女はあっさりと視線を外した。
「そうですか…。では条件を変えましょう」
「え?」
「当家としましては、ラヴェルヌ家による工事自体は認めましょう。ただし、この道路を通行する者からの徴税権は、我がストーンハース家に帰属するものとします」
いやーそれも…。カラリリに通行税取らないって約束しちゃったしなぁ…。うーんこうなったら通行税はエルフ負担ってことにして…。それで…戦争になるよりかはマシだし…。いいか…な?
そう思って答えようとすると後ろからフランが私の肩を引いた。
「その前に、一ついいかしら?」
マーガレットはそれに無言で応えるとフランは言った。
「さっきの表の人達は何? …偶然集まったって感じには見えなかったけど」
「彼らは、この地を案じて集まった者たちです。…秩序を乱す動きに対しては、相応の対応が求められるでしょう」
それを聞いたフランは私の前に出て言った。
「…少し気になってて。ラヴェルヌはちゃんと取引して道を通してるよね。…じゃあ今回の話って、それと同じ感じってことでいいの?」
そう言うとフランは髪の毛先をいじりながら言う。
「それに、マーガレットはズバイダ様に命を助けてもらってるよね? その上で工事はやめてほしい、税も欲しいって…ちょっと釣り合ってない気がする」
マーガレットはフランの言葉を穏やかな瞳で見つめながら頭を下げて言った。
「釣り合い、ですか。…もっともなご指摘です」
そう言うとマーガレットは一瞬だけ沈黙し、ゆっくりとフランに視線を戻した。
「ただ、この件はその尺度だけでは測れません」
「尺度? どういうこと…?」
そうフランが首をひねると、マーガレットは更に続けた。
「つまりこの道は、誰が“通らせるか”ということです」
そう言うとフランは腕を組むと顎に手を当てた。
「成程ね…。つまり“責任の話”ってこと?」
そう言うとフランはお手上げといった感じで肩をすくめた。次はフランに代わって私が聞いた。
「それでマーガレットさんはカラリリとはどうするつもりなんですか?」
その言葉にマーガレットは答えた。
「争うつもりはありません。ですが、ここと交易するにはあの道を通すしかありません」
そう言うとマーガレットさんは私を見た。
「ならば、当家が関わるのは当然でしょう」
たしかに。
私は頷いた。するとマーガレットさんは机の上に手をついて私の目を覗き込むと言った。
「その代わり。エルフ様の取引に関する品については、当家は課税いたしません」
フランが私を振り返る。
「ただし、この地を通る流れの管理は…当家にお任せいただきたい」
それを聞いたフランは笑う。
「名案よ。マーガレット」
うーん…でもそれってマーガレットさんが損しすぎじゃない?
そう思って私はマーガレットを見て言った
「あの、その条件だと、マーガレットさん側の取り分がほぼ無いですよね? それで本当に良いんですか?」
それを聞いたフランは両手を軽く上げて言った。
「いや、ルリコ。マーガレットは確かに税は取らないけどさ。でも権利は得られるからそれでいいんだよ」
そう言われて私を横目で見て言った。
「うん。意図はわかってる。でも良くないじゃん。だって損しているんだから」
それを聞いてフランとマーガレットはお互いの顔を見合わせる。私は机に目をとして言った。
「…このままじゃダメだと思うので…マーガレットさんが損しない形、考えます」
――。
暫くの沈黙の後、フランが口を開いた。
「違うって。そんなのマーガレットは求めてないじゃん」
その言葉に私はドキッとした。
あれ、フラン…。怒ってる…?
「…ゴメン。フランはそういうの嫌いだっけ…?」
そう言って笑うとフランはカッと目を見開いて言った。
『はあ? 私は関係ないでしょ?』




