#27 力になる
「おい、トシテル。それともう一つ、水を氷へと変えた魔法。あれはどう考えたんだ?」
ルブルムが口を挟む間もなく、ディナ先輩の次の質問が飛んでくる。
「えっと、水が氷になるには、水の動きを遅く……」
「遅く? 水の流れが止まったところで、水は水じゃないか」
「確かにそれは水なんですけれど、水、ではなく、水を構成するブンシというか……」
「ブンシ? さっき言っていたブンスウとかブンノとかいうのに似ているな」
そう言われてみれば……同じ漢字使うから、だけど。
「『凍結』という魔術は、北の山々の凍える風を運んでくる過程を思い描いて使用する。だがそれはかなり大掛かりな魔術だ。今、お前は一ディエスしか魔法代償を消費しなかった。そんな簡単に『凍結』を使うなど、あり得ないんだ。解釈で? そこまで変わるものなのか? おい、トシテル!」
「は、はいっ」
俺がどもったのは、ディナ先輩が近かったから。
ディナ先輩は、いつの間にかルブルムを抱きしめるのをやめ、ウェスさんの手を外し、俺の目の前に立って……あろうことか、その右手のひらを俺に向かって差し出していた。
「トシテルの、その魔法をボクに教えろ。普通ではあり得ないほどわずかな魔法代償で、水を氷へと変えた、その秘密を」
「……あの、いいんですか? 男に触れられるのは」
俺が言い終わらないうちに、ディナ先輩は俺の左手をとり、ぎゅっと握りしめる。
しかもこれ、指と指とが絡まって……伝説の恋人握りってやつじゃ。
「ボクはどんなことをしてでも強くなる。その覚悟があるし、今までも実際にそうしてきた。それにお前は……トシテルは、この世界のゴミみたいな男とは違うのだろう? トシテルは、命を懸けて、ボクを裏切らないのだろう?」
「はいっ。俺は、ディナ先輩を、カエルレウム様を、ルブルムも、アルブムも、ウェスさんも、命の限り守りま」
「そういうのは要らん。さっさと魔法と、その考え方を教えろ」
言い終わらないうちに遮られてしまった。
これ以上、無駄に時間を浪費したらまた刺されるかもしれない。
うまく説明できるかわからないけれど、とにかく話しはじめよう。
「はい。元の世界の考え方では、世の中のすべてを構成するのは、目では見えないほどとっても小さなゲンシという存在です。ゲンシには種類があって、それらがいくつか集まってブンシというものを作ります。それらのゲンシやブンシが集まって、ようやく俺たちが認識できる世界のすべてが構成されているんです。水も、ブンシが集まってようやく、水の一滴よりも小さな水になります。一滴の水ですら、ものすごいたくさんのブンシで構成されているんです。で、この水ですけれど……空気の温度が今くらいだと、普通は水の状態です。寒くなれば凍り、火で温めれば空気と同じような状態になります。そのとき、水のブンシがどういう状態かというと、凍っているときはブンシの動きが遅くなり、空気みたいになっているときはブンシの動きが活発なんです。なので、触れている水に対して、水を構成するブンシの動きが遅くなれ……という想いで『凍れ』という魔法を作ってみたんです」
ディナ先輩に握られている手から、人差し指を一本だけ立て、魔法代償を一ディエス分、集中する。
ディナ先輩も同じように人差し指を一本だけ立てて、俺の指先へそっと重ねる。
さっきまでいろんな意味でドキドキしていたけれど、今の握りしめた手の形がカンチョーの手の組み方だと気がついたとき、緊張を俺の中から追い払うことができた。
レンズを作るために溶かして出た水は、さっきのスープ皿に戻してある。
その水の表面へ二人の指先を触れさせ、呪文を使う。
「『凍れ』!」
キン、と澄んだ音が、室内に響き渡った気がした。
次の瞬間、部屋の中を、無数の小さな煌めきが舞った。
え、何、この効果……?
「なるほど……トシテルの認識では液体も固体も気体もすべて同一の水と考えているからこそ、使用した『凍れ』の魔法の消費魔法代償に対して対象の水が少なすぎる場合、対象の液体である水の周囲にある気体の水をもひとつながりの水として認識して……空気中に含まれる細かな水分をも凍らせた、と。なるほど。この認識はすばらしい。ボクの力になる。よくやったぞトシテル」
俺が理解できていない部分を簡単に理解しちゃうあたり、さすが先輩とは思いはするけれど……。
喜びに打ち震えるディナ先輩の笑顔が、俺にはなぜか禍々しく見えた。
その後、俺とルブルムは、ディナ先輩から魔法の考え方についていろいろと講義を受けた。
魔法を使うタイミングで触れている相手には、相手が魔法というものを理解できる場合は、その魔法の解釈を相手が学習できる場合があること……については特に注意された。
カエルレウム師匠に教わった魔法の覚え方の二つ目のやつだな。
実際、パイアの毒を解毒した魔術は、実際に使われたときのを覚えていたわけだし。
触れないか、触れた場合は殺すか、そのどちらかだ、と言われたけれど……俺は、人を殺すなんてこと、できるんだろうか。
さらに魔法を使われたときの対抗魔法の講義が始まって、悩む時間はなくなってしまった。
対抗魔法には、大きくわけて『魔法打消』と『魔法防御』とが存在する。
前者は魔法を使われたタイミングに合わせて用いるカウンター魔法。
接触しなければならない条件は『魔法転移』を使い、相手に触れている位置まで魔法を動かすことでカバーできるけど、『魔法打消』を成功させるには、相手が魔法に使用した魔法代償と全く同ディエスの魔法代償を追加消費しなければならないのが難しい。
まず一致させることができなければ『魔法打消』は失敗する。
そして一致させることができたとしても、相手は魔法に抵抗する可能性がある。
寿命を持つ者全てに備わる「魔法抵抗力」というもののせいで、素の成功率は半々ぐらいのようだ。
成功率を上げるには、相手の使う魔法を特定する必要がある。
使用されている魔法をすべて特定できた場合は必ず打ち消せるらしい。
カエルレウム師匠が呪詛を打ち消す魔法を準備するのに、使われた魔法をすべて把握しようとしたのはこのためらしい。
後者の『魔法封印』は、特定の魔法のみを封じる魔法。
これもまた抵抗される確率はあるけれど、寿命がなく魔法抵抗力がない物質を起点に範囲空間を対象にでき、効果時間の設定もできるおかげで、カウンターではなく罠のように使うことが多いのだそうだ。
例えば遠距離戦の場合、『魔法転移』を『魔法封印』する魔術を矢とかに『魔法付与』して射掛ければ、その矢の近くに居る敵は魔法を接触でしか使えなくなる。
相手が『魔法封印』に気づかずに『魔法転移』を含んだ魔術を実行した場合、『魔法転移』のみが封じられているために、相手は自爆することさえあり得るという。
ただ難点は、『魔法打消』に比べて『魔法封印』のそもそも消費する魔法代償がやたら多いこと。しかも封印したい魔法の基礎魔法代償の六倍の魔法代償まで追加消費しちゃうんだって。
そういえば、魔法抵抗力は、攻撃的な魔法や、状態異常を引き起こす魔法だけではなく、筋力を増強したりする支援魔法や、傷を癒やす魔法に対しても発揮されるという。
魔法効果が肉体に定着することを拒む本能のようなものらしい。
魔法抵抗力の強さには個人差があって、それは意思の強さに比例するけれど、意識を失っていると、魔法抵抗力は下がるとのこと。
逆に、強い意思で拒むと魔法抵抗力は上がる。
それから魔物……地界や天界などの異世界から来た生命体は、総じて魔法抵抗力が高い。
そういう相手に魔法効果を与えたい場合、『抵抗突破(種族特定)』を併用する必要があるそうだ。
これを獣種に用いる場合、『抵抗突破(猿種)』や『抵抗突破(犬種)』など、細かく特定する必要があって、これを使ってくる相手への対抗策としては、寿命の渦で他獣種の擬態をするのは有効なんだって。
ウェスさんが自分の獣種を教えてくれたのは、傭兵たちの間で信頼を示すやり方なんだということも教えてもらう。
なんだかとても嬉しい。
魔法の使用には寿命を消費するため、無駄撃ちをしたくない……だからこそ、使うときは一撃必中の準備をしたうえで魔法を使ってこられると覚悟しなさい、と、繰り返し言われた。
ルブルムの盾であり続けるために、簡単には意識を失うな、と。
俺は結局『魔法封印』だけを伝授される。
ルブルムは『魔法打消』も『魔法封印』も知っていて、『抵抗突破(種族特定)』だけ教わっていた。
これは二人の知識量の差を考慮に入れたためであって、決して俺が虐げられているわけじゃあない。
反復練習して覚えるにはあまり数が多くない方がいいんだ。
俺は『魔法封印』、それから『凍れ』と『弱火』を何度も練習して、自分の意識にしっかりと刷り込んだ。
練習を終えた俺たちは、それぞれ指示された部屋へと移動する。
俺にあてがわれた部屋は一階奥にある客間。
今度こそちゃんとした部屋。
ベッドがあり、小さなテーブルと椅子、空のクローゼットまであって……シンプルだけど上等な家具。
ここって高級住宅区画だし、改めて考えるとディナ先輩ってお金持ちなんだな……そういえば公娼のお姉さんたちも、ならず者のあのエルーシさえも、ウェスさんやディナ先輩へとっても敬意を払っていた。
もしかして、ディナ先輩って相当なご身分なのかな……男を何人殺しても罪に問われないくらいの?
自分の行動を思い返して背筋が寒くなるのは、冷静に動けていない証拠。
その時々で気付いて行動修正できないといけないんだ。
俺はまだまだ紳士には程遠い……。
「利照くんっ。今、帰り?」
あれ、この声……なんでここに沢地が?
「俺、気を使えるいいやつなんだぜ」
え、この声、丈侍? って、おい待てよ。丈侍、何で遠ざかるんだよっ。
丈侍には話したいこといっぱいあるのに。
「気、つかわれちゃったねぇ。これはもう一緒に帰るしかないよね?」
「なんでそうなるんだよっ」
「えー。忘れたの? 今日は利照くんの愚痴聞き大会で利照くん家に初訪問の予定だったじゃない?」
そうだっけ?
でもなんか忘れたとは言い出せないまま、俺は沢地を家まで連れ帰ってしまう。
「ね、ここ、利照くんの部屋?」
「うわっ、リビングで待っててって言っただろ。そこ姉さんの部屋だから、ぜっーーーーーたいに入るなよ」
「ふーん。じゃあ、ここかなぁ」
「そこは英志の……弟の部屋だから。頼むからリビングに戻っててって」
「つれないんだねぇ」
ドキドキしちゃうような笑顔を浮かべてリビングへと戻る沢地の後ろ姿を見送ってから、自分の部屋へと入る。
なんか今日は特に馴れ馴れしくないか?
俺、家に誰も居ないからって言ったよね?
それでも来るって……ど、どういうことかな?
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
動揺してんじゃねぇよ、俺。
まだ、告白だってしていないのに。
● 主な登場者
・利照/リテル
利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。
リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。
ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。
魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。
不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種。
フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めている。
異世界から来たことをとうとう打ち明けた。
・カエルレウム師匠
寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種。
肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。
お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。
寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。
リテルの魔法の師匠。
・ルブルム
魔女の弟子。赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種のホムンクルス。
かつて好奇心から尋ねたことで、アルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。
カエルレウムの弟子を、リテルのことも含め「家族」だと考えている。
・ディナ先輩
ルブルムの先輩。フォーリー在住。カエルレウムの弟子。
男全般に対する嫌悪が凄まじいが、リテルのことを殺すのはちょっと待ってくれる気配。
・ウェス
ディナ先輩の使いの馬車の御者。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。
兎よりもちょっと短い耳をしている蝙蝠種。
・姉さん
元の世界における利照の実姉。
才能に恵まれた完璧主義者だが、才能がない者の気持ちはわからない。
コンクール前でピリピリしているときは利照を言葉責めしてストレスを発散している。
・沢地怜慈奈
元の世界において、可愛くて男子人気も高いのに利照にかまってきた。
女友達……だと思っていたが、実はそうではなかったっぽい。
・幕道 丈侍
元の世界における利照の親友。
小三からずっと同じクラス。頭が良い。
実家に居場所がなかった利照は、学校帰りはしょっちゅう丈侍の家に入り浸っていた。
● この世界の単位
・ディエス
魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。
魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。
・ホーラ
一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ一時間に相当する。
・ディヴ
一時間の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ五分に相当する。
・アブス
長さの単位。
元の世界における三メートルくらいに相当する。
・プロクル
長さの単位
一プロクル=百アブス。
この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。
・通貨
銅貨、銀貨。
十銅貨(十二進数なので十二枚)=一銀貨




