#26 弁明
「リテルです。ストウ村のリテルです」
「そういうことを聞きたいんじゃない。存在理由だなんて言葉、ただの村人のガキがどうして覚えるんだ? ボクは、お前の正体を明かせと言っている」
リテルの体に利照が宿っていることを、見抜かれているっぽい。
でもまあ、冷静に考えればそうだよな。
俺はこの世界について、リテルの記憶を確認すれば思いだすことができはするけれど、経験が浅い。
数の数え方や、お辞儀の方法、さっき首を縦に振るか横に振るかだって、身に染み付いてはいない。
利照はきっと、「この世界の村人」としては、不自然なところがちょいちょいあるのだろう。
もしかしたら、カエルレウム師匠ほどの人ならば、それに気付いていらしたかもしれない。
俺の魂が二つ近くあるって教えてくださったのもカエルレウム師匠だし。
長く生きてきた中で、俺以外にもこういう転生者に会ったことあるのかな……。
なんにせよ、この人たちには隠す必要はないだろう。
ルブルムもディナ先輩もカエルレウム師匠の身内だし、ウェスさんも信用できる人だと感じている。
「多分、カエルレウム様はご存知だと思うのですが……俺は」
普通の猿種に偽装していた寿命の渦を、本来の形へと戻す。
∞の形をした渦へと。
「魔術特異症か」
「二つ近くある魂の片方がリテル。もう一つ……昨日の朝、リテルから自意識が移ったほうの俺がトシテル。こことは違う世界で生きた記憶が残っています」
「リテル……トシテルは、異世界の生まれなのか?」
ルブルムの質問。
「カエルレウム様に教えていただいた異世界……地界や天界とは異なるまったくの別世界……だと思う」
「おい、お前……トシテルのほう。トシテルのいた世界の記憶とやらを話してみろ」
ディナ先輩はルブルムをしっかりと抱きしめながら俺を見つめている。
何から話せばいいだろうか。
「俺が居た世界では、魔法という言葉は存在していたけれど、それは伝説や作り話の中だけに存在するもので、実際に使える人は見たことがなかったです。代わりにカガク……物理的な事象をつきつめた学問が、発達していました。カガクを使うと、火や水や風やセキユ……セキユというのは、大昔の生き物が地面に埋まって、長い時間をかけて石や液体へと変わったもので……それら自然のものからデンキという力を作り出して、生活を支えていました。デンキというのは、雷とか、セイデンキ……乾燥した冬に生き物や金属に触ろうとするとバチッとなるアレとかと同じ種類の力で、光や熱を作ったり、遠くの人と連絡を取り合ったり、たくさんのものを運ぶ乗り物を動かしたり、人よりも計算が得意なキカイを作ったり」
「キカイーだとっ?」
ディナ先輩が話を遮った。
また怖い目に戻っている。
「い、いえ、キカイーではなくキカイ、です」
リテルの記憶にない言葉は、こちらの言葉に変換されず、元の世界の響きだけが発せられるみたい。
日本語の中に入ってきた外来語がカタカナのまま残っているのに似ている。
リテルが知らない何か禁句的な言葉に似ているのだろうか。
「キカイというのは、人たが作り出した道具をまとめて呼ぶ名前です……斧とか弓とか剣とかをまとめて武器って呼ぶように。とてもたくさんの種類があって、そのうちの身近な一つがスマートフォンというキカイです。俺たちの世界では、このくらいの年齢以上になるとスマートフォンを持っている人が多くって、スマートフォンを使って音や姿を記録したり、時間を知ったり、音楽を聴いたり、遊びをしたり、世界中とつながって連絡や調べ物をしたり、いろんなことを楽しんでいます」
「そのスマートフォンとやらの構造を説明できるか?」
「残念ながら……こちらの世界で、魔法品を作れない人でも使うことができるのと同じ状況で、専門の作る人がいて、俺たちはそれを買って使う感じです」
「わかっているのか、トシテル。トシテルの世界の話をしている理由を。証明しなければならないんだぞ?」
確かに。
身の回りの話をしても、証明できなければ単なる空想物語と一緒だ。
何なら再現できるだろうか……こっちと違うもの……違うもの……。
「あ、俺の世界では、十は……九のあとはすぐに十です。こちらの世界にあるクエインとミンクーがなくて……俺たちの世界ではそれをジュッシンホウと言います。猿種の両手の指の数を数えたら、桁が一つ上がります」
ディナ先輩はやれやれという表情になる。
あちらの意図をちゃんと汲み取れていないというか、求めている情報を出せていないというか。
「ウェス、右から三つ目の本棚の、上から二段目、左から五番目の本を、机の上に」
「はい、ディナ様」
広げられた本には天体図のようなものが記されている。
「ウチュウ……空のもっと上の……星々の地図、ですね。俺の世界とは、星の配置が異なります。ああ、あと、月は一つです。それと、俺の世界では、ロケットと呼ばれる乗り物があって、それに乗って何人かは月まで行って戻ってきています。大地には、それを覆う空気の層があって、その層を抜けるとシンクウ……空気がない世界です。このシンクウの世界も、俺たちが立っているこの大地もひっくるめて全部をウチュウと呼んでいます。人がウチュウへ行く時は、空気を逃さない服で全身を覆い、ぎゅっと詰め込んだ空気を閉じ込めている容器をつなげて、それでなんとか死なずにすみます。ウチュウの景色は、ちょうど……森の中で周囲の寿命の渦をすべて見たときのような、美しい景色です」
「トシテルはウチュウでその景色を見たのか?」
話に加わってきたルブルム。
その表情からは「心配」が消えていて、代わりに好奇心に満ち満ちた顔になっている。
「俺が見たのは……ウチュウまで行かなくともウチュウを見ることができる道具があって……」
あ、望遠鏡なら、俺の知識と技術でも再現できるかもしれない。
「レンズというものを使ってウチュウを観察できるんです。レンズは遠くのものを大きく見せることができる道具で……えっと、もしかしてこの世界にもあったりしますか?」
眼鏡ができたのは中世のイタリアだけどレンズ自体はもっとずっと昔からあった……って教えてくれたのは丈侍のお父さん。
丈侍のお父さん、眼鏡フェチを公言してたから。
しかし、こうやって実際に説明をはじめてみると、自分が普段使っているものをいかに理解していないか、自作できないでいるかを思い知らされる。
もっと勉強しておけばよかった。いや本当に。
「つべこべ言わずにとりあえず一つ見せてみろ。材料なら用意してやる。トシテルの言うレンズには何が必要だ?」
ちらりと窓を見るとガラスがはまっている。
ただ、曇っているんだよね。
光は通るけれど景色は見えないタイプ。
だとしたら……。
「本来はガラスを使うんですけれど、このガラスは曇っているので……あの、大きめのスープ皿にお水をいただけますか?」
魔法は、過程をイメージできないものはうまく使えない。
逆に言えば、過程を細かくイメージできれば、現象の再現が可能だということだ。
『発火』の逆をイメージしたら、冷やせるんじゃないか、という予想。
氷は水に比べて分子の動きが遅いってのはなんとなく覚えている。
だとしたら、水に対して、水分子の動きを遅くできれば……俺、イメージできてるよな?
運ばれてきた水に指先で触れ、水の分子の動きを遅く、遅く、イメージしながら魔法代償を一ディエス集中して……『凍れ』!
「トシテル、すごい! 凍ったぞ!」
ルブルムが声援をくれているが、これで終わりではない。
スープ皿の形に凍った水を、レンズの形へと成形しなきゃいけない。
ヤスリの代わりになりそうなのは……ちょっと見回した限りでは部屋の中にはなさそうだ。
……あ、『発火』は使えるかな?
一度に大きな火を起こすのではなくて、弱火で長時間。
『皮膚硬化』の魔法は、魔法代償を増やせば効果時間や硬度の強化ができた。
それならば、『発火』も同じように効果時間や火力の調整をできないだろうか。
例えばさ、今は火力が一で、効果時間が一瞬でしょ。これを、火力を十分の一くらいにして、その分効果時間を何秒とか増やすの。
位置エネルギーが運動エネルギーに変換できるように、『発火』という魔法自体も、その内部のエネルギー比率を変換できてもいいと思うんだ。
いける気がしている状態で、俺は『発火』を使ってみた。
そのままではなく、火力を絞るのをイメージして……火力を絞った分、余ったエネルギーはすべて効果時間へと変換して……きたきた! 人差し指の先に熱を感じる。
これで氷をレンズ型に溶かしていこう!
結局、氷を加工するのに『弱火』を三ディエス分も使ってしまったけれど、それなりに綺麗なレンズ型になったんじゃないかな?
「レンズというのは、本来は透明度の高いガラスで、このように真ん中の膨らんだ形のものをいいます。レンズは光を曲げる効果があるので、レンズを通してものを見ると、拡大されて見ることができます」
レンズを通して三人を見ると、大きく見えている……けど。
「トシテル、お前が今使った魔法はなんだ? 『発火』に似ているが、違うな?」
なんか反応が思っていたのと違う。
「えっと……これはいま『弱火』って名前をつけました。『発火』を構成するエネルギー……エネルギーってのは力です。『発火』の、火力と、効果時間の力の比率について、火力の力を小さく絞って、その分、効果時間を増やしてみたんです。『発火』を構成する力の量自体は変わってません。『皮膚硬化』も、魔法代償を増やせば効果を強化できるじゃないですか。あの逆です。『発火』の効果を減らして、その分また別の効果として増やしてみたんです」
「普通の魔術師にとって、『発火』は基礎だ。魔法代償の最小単位が一ディエスであるように、『発火』も基準にこそなれ、それをさらに分解するという発想は普通、しない」
「あ、俺の世界では、ブンスウというのを小さい頃から習うんです。一ディヴって、一時間を十で割った時間じゃないですか。それを十ブンノ一って言います。こちらの世界では一ディヴが小さい単位ですけれど、俺の世界では、時間の単位はもっともっと小さくて、距離の単位もそうです。一が集まって十になるように、一も何かが集まって一になっている……みたいに」
「魔法というのは解釈なんだ。同じ材料で料理しても、料理した者によって結果が異なるように、料理という過程をどのくらい理解しているかが、結果を大きく左右する。トシテルの解釈は確かに、この世界の一般的な解釈とは異なっている。カエルレウム様が男であるお前を弟子にしようと思われたというのは……これなら、あり得るかもしれん」
信じてもらえたのかな。
でも、ホッとさせといて落とされるっての、ついさっきもやられたばかりだからな。
● 主な登場者
・利照/リテル
利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。
リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。
ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。
魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。
不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種。
フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めている。
異世界から来たことをとうとう打ち明けた。
・カエルレウム師匠
寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種。
肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。
お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。
寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。
リテルの魔法の師匠。
・ルブルム
魔女の弟子。赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種のホムンクルス。
かつて好奇心から尋ねたことで、アルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。
カエルレウムの弟子を、リテルのことも含め「家族」だと考えている。
・ディナ先輩
ルブルムの先輩。フォーリー在住。カエルレウムの弟子。
男全般に対する嫌悪が凄まじいが、リテルのことを殺すのはちょっと待ってくれる気配。
・ウェス
ディナ先輩の使いの馬車の御者。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。
兎よりもちょっと短い耳をしている蝙蝠種。
・丈侍の父さん
元の世界における親友、丈侍の父。
息子と息子の友達が遊んでいる所に乱入して名作SFやら何やらを観せたりする。
眼鏡フェチを公言している。
● この世界の単位
・ディエス
魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。
魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。
・ホーラ
一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ一時間に相当する。
・ディヴ
一時間の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ五分に相当する。
・アブス
長さの単位。
元の世界における三メートルくらいに相当する。
・プロクル
長さの単位
一プロクル=百アブス。
この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。
・通貨
銅貨、銀貨。
十銅貨(十二進数なので十二枚)=一銀貨




