#24 好きじゃない相手と
「お前はっ!」
同時に叫んだ。
俺と……確か、エルーシ……フォーリーに来たての俺やルブルムに絡んできて、マドハトにお腹が下るゴブリン魔法をかけられたやつ……ん?
こいつ、牢屋から出てきたってこと?
「エルーシ! あんたが悪い!」
部屋の奥に居た羊種のお姉さんが、厳しい声を出す。
「な、なんだよ、姉ちゃん……俺さ、こいつの身内に魔法かけられたんだぜ?」
「その方のお身内が、お前を出してくれたんだよ。本当だったらもうしばらくは牢屋住まいだったろうに」
「え、こいつの……」
そのとき、エルーシは初めてウェスさんに気付いたのか、慌てて片膝をついてお辞儀をした。
「ウェ、ウェスさまのご身内で……」
「私ではなく、ディナさまのご身内だ」
エルーシの表情がみるみる青ざめてゆく……そしてもう片膝も床へつけ、さらには両手両肘まで床へとつけた。
かなり土下座に近いこのポーズ、リテルの記憶によれば、お辞儀ではなく屈辱的な屈服のポーズだ。
「きったねぇよ……田舎もんのフリして俺を騙したのかよ……」
「エルーシ! お前、また旅人を騙そうとしたのかい!」
エルーシはようやく起き上がる。
その目には涙が浮かんでいる。
「俺は! 姉ちゃんとは違う……体を売る商売はイヤなんだよ! 俺は支配する側に回るんだっ!」
エルーシは半泣きのまま、部屋を飛び出してゆく。
「愚かよねぇ。体を売ることと支配されることとは別なのに。技術を磨けばいくらでも支配できるのに」
ソファに座っていた猿種がいやらしい手つきをさせながら鼻で笑う。
「ふーん。技術がお有りなのですねぇ。今月は私の方がたくさん贈り物をいただいてますけれどねぇ?」
小柄な鼠種があごのあたりで両手を握りしめながら可愛い声を出す。
「ま、まだ今月は終わってないわよ」
猿種が鼠種をにらみつけると、鼠種は、笑顔を浮かべる。
「あーら。お仕事のお休み明けはもう来月じゃないかしらぁ?」
「ヴァイオレ! デイジをからかうんじゃないよ……さて、リテルさん。身内が失礼したね。あんたの従者には悪いことした。お詫びってわけじゃないけどね。好きな店で好きな子と遊んでいっていいよ。あたしはロズ。ここいら五軒の元締めだ。もちろん他の店でも、あたしが一声かけりゃぁ」
「あの……俺も、呪詛かかってるんで……お気持ちだけいただいておきます」
「え、じゃあ、私ならいいってことじゃないの?」
牛種が胸を強調する仕草しながら身を乗り出してくる。
隣に居た豚種は、そんな牛種の胸を肘で押し戻しながら、けだるそうに訂正する。
「私たち、でしょぉ?」
「リーリイ! ラークスパ!」
ロズさんの鋭い声のあと、四人はおとなしくなり、また深々とソファへ座り直す。
「リテルさん、あのラビツって傭兵たちを追いかけるんだろ? 明日、馬車を手配しておくから、せめて使っておくれ」
「ありがとうございます」
ロズさんたちへお辞儀をすると、五人に笑われる。
「リテルさん、娼婦相手にお辞儀する人なんて初めて見たよ」
「いえ、でも、お世話になったので……」
「あらあらー? お世話しちゃってもよくってー?」
リーリイさんが、ラークスパさんの膝をまたいで近づいて来ようとするのを、ラークスパさんがまた肘で押し戻す。
「もうすっかり気に入られたな」
笑顔のロズさんたちへもう一度礼を言い、笑いに包まれた部屋を後にした。
建物を出て、俺はようやく深く呼吸をする。
俺はちゃんと笑顔を浮かべていられただろうか。
失礼な振る舞いはなかっただろうか。
ウェスさんに迷惑かけるなと言われていたからではなく、パイアのことを思い出してしまったせいで心の中に勝手に染み出してくる嫌悪感を相手に見抜かれてしまっていないか、それが心配だった。
「あの、ウェスさん……灯りはつけますか?」
「大通りを抜けてからで構わない」
確かにそう言ったはずなのに、ウェスさんは歩き出さずに俺の方をじっと見つめている。
「あ、あの……ご迷惑をおかけしてしまったのでしょうか」
「いや、変なやつだな、と。お前のようなやつは初めて見る。お前の村はみんな、お前みたいなやつばかりなのか?」
「……いえ、多分、俺以外は普通だと思います」
本当だったら、リテルはその「普通」の中に居たはずなんだけど。
申し訳ない気持ちが湧いてくる。
ウェスさんは歩きはじめ、俺もそのあとをついて行く。
昼間は雰囲気変わってしまうかもしれないが、あの大通りからロズさんたちが居た建物までの道をちゃんと覚えながら。
大通りを渡り、灯り箱に灯りを入れると、ウェスさんが前じゃなく、俺の横を歩き始めた。
灯りは一つだから当然なんだろうけれど、行きはそれでも前を歩かれていたんだよな。
「もしもお前が呪詛にかかっていなかったとしても……お前は彼女らの誘いを断ったか?」
歩きながら、ウェスさんが話しかけてきた。
「……多分」
「男色なのか?」
「い、いえ、違います。俺が好きなのは女性の方です」
「ではなぜ?」
「俺は……俺自身は……そういうことは、好きな人とだけしたいと考えています」
そう答える利照は昨日の朝、ケティと事に及ぼうとしてたよな。
ケティはリテルが好きで、リテルはケティが好きで、でも利照は?
利照自身は、ケティのことをそんなに好きなのか?
「好きじゃない相手とすることは、お前の中では罪なのか?」
俺の考えを読んでいたみたいに芯を食ったウェスさんの言葉は、不意打ちだったこともあり、心にけっこう深くまで突き刺さった。
この世界にも「浮気」という考え方はある。
既婚者が浮気をした場合、その相手が未婚の場合は第二、第三のパートナーとして養い、それができるだけの財産を持たない場合や相手も既婚の場合は「命の提出」を行う……ああそうか、ストウ村では「命の提出」って呼んでたあれは、今考えれば魔法代償徴収刑のことだったんだとわかる。
リテルの記憶の中で、ハグリーズさんが一度、「命の提出」のためにフォーリーまで連れて行かれたことあった。
ハグリーズさんの浮気相手だった未亡人の方は、ハグリーズさんの稼ぎの関係で第二夫人とはならず、村に居づらくなって引っ越してしまった。
そういえばこの世界は、財産を持っていれば、一夫多妻や一妻多夫を許可されるみたいなんだよね。
ストウ村には居ないけれど。
複数のパートナー……どんな気持ちなんだろうか。
でも、それでも、どちらもパートナーであるならば、「浮気」とは違う感覚なのかな……いや、そういう話じゃない。
だって、俺はまだ結婚していないし……ケティのことだって。
あのときは童貞がゆえの興奮で盛り上がってしまったけれど、でも、今だったら、きっとケティとはそういうことはできない。
だって、ケティは、リテルが好きな子で、利照はリテルの体を借りてるだけだから。
魂はつながっているけれど、利照とリテルとはやっぱり違うんだ。
「罪……という言い方はしたくないです。それだと、罪だからしない、みたいじゃないですか。罪じゃない場所でならするのか……違うんです。してほしくないから、しない、なのかな。自分がされたら嫌なことは、寂しいことは……ああ、これもいけない言い方ですね。また、自分の考えを押し付ける所でした……こんな俺なんかと、付き合ってくれる人がいたとしたら、その人とたくさん話しあって、何が嫌なことなのか、何が嬉しいことなのか、ちゃんと向き合って二人で一緒に決めていきたいです……えっと、なんか話が変わっちゃいました。すみません。好きじゃない人とは……」
パイアに抵抗していたときのことが、頭を一瞬、よぎる。
「今は相手が居ない状態ですから、俺一人だけの気持ちで決めてよいのでしょうけれど……理由をあえて挙げるとしたら、怖い、です。心を許せない相手に、体を許すことが、怖い、です」
俺は何を言っているんだろうか。
答えになっているんだろうか。
ウェスさんの沈黙が気になる。
長々と自分語りみたいなことしちゃったから、呆れられてしまっただろうか。
「……そうか」
心臓に悪いくらいの時間を空けてから、そう答えたウェスさんの口元は、少しだけ微笑んでいるように見えた。
その後は特に会話もなくディナ先輩の屋敷へと戻ってきた。
棘だらけの門をくぐるとき、戻ってきて良かったのかな、本当は俺だけどこかに宿を取った方が良かったのかな、などと不安が増殖したけれど、出迎えてくれたディナ先輩とルブルムは、二人とも笑顔でホッとした。
ルブルムの笑った顔は可愛い。
ディナ先輩も、笑うと本当に美少女だ。
先輩とはいうけれど、俺やルブルムよりも年下なんじゃないかと感じるくらいに幼さを感じる顔立ち。
夕食には白パンと、カボチャのポタージュ、それからゆで卵が出てきた。
ウェスさんの手作りというが、贅沢なメニューであることを差し引いても、とても美味しい。
そのウェスさんが蝙蝠種だと言うことも教えてもらった。
食後、俺は二階の部屋へと案内される……地下じゃなく!
待遇がここまで変わると逆に不安になるくらい。
ルブルムの部屋とは階段を挟んで反対側だけど、書物がたくさんある書斎のような素敵な部屋だった。
窓際にある机には、皿が置かれ、クッキーのようなものが置いてある。
「労いの気持ちをこめてな、焼き菓子を用意してみた。食後に一つどうかな?」
なんか温泉旅館みたい。
「いただきます」
一つつまんで口へ運ぼうとすると、甘い香りが鼻を刺激する。
こんなことにまで反応してしまうなんて、甘い匂いがもうすっかりトラウマになっちゃってるのかな。
でも、あれだけ嫌悪の嵐だったディナ先輩が、笑顔で勧めてくれたクッキーなんだよ。
食べないわけにはいかないじゃないか。
甘い香りと味を、俺は噛み砕いて飲み込んだ。
「味はどうかな?」
「は……い……」
あれ、何かおかしい。
舌が、思ったように動かない。
「……お……か……し……」
舌だけじゃない。全身に力が入らない。
そして皮膚が鳥肌みたいにざわつく。
「やっぱり、お前、死ね」
ディナ先輩は、満面の笑みのままで、確かにそう言った。
● 主な登場者
・利照/リテル
利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。
リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。
ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。
魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。
不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種。
フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めるつもり。
・カエルレウム師匠
寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種。
肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。
お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。
寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。
リテルの魔法の師匠。
・ルブルム
魔女の弟子。赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種のホムンクルス。
かつて好奇心から尋ねたことで、アルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。
リテルのことを頼ってくれている様子。
・ディナ先輩
ルブルムの先輩。フォーリー在住。カエルレウムの弟子。
男全般に対する嫌悪が凄まじい。
・ウェス
ディナ先輩の使いの馬車の御者。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。
兎よりもちょっと短い耳をしている蝙蝠種。
・エルーシ
フォーリーのスラム出身の羊種。
フォーリーの街についたばかりのリテルとルブルムに絡み、マドハトにお腹が下るゴブリン魔法をかけられ、牢屋で大変なことになっていたが、ディナ先輩が牢屋から出してあげた様子。
体を売る仕事ではなく、支配する側に回りたいと考えている。
・ロズ
このへん五軒の公娼店の元締め。羊種。
エルーシの姉でもある。
・公娼のお姉さんたち
ラビツ一行が遊んだ店の公娼たち。
ウブな男子好きのリーリイは牛種で胸が自慢。
指先テクニシャンのデイジは猿種。
小柄なヴァイオレは鼠種で、貢がせ上手。
いつもけだるいラークスパは豚種。
● この世界の単位
・ディエス
魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。
魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。
・ホーラ
一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ一時間に相当する。
・ディヴ
一時間の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ五分に相当する。
・アブス
長さの単位。
元の世界における三メートルくらいに相当する。
・プロクル
長さの単位
一プロクル=百アブス。
この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。
・通貨
銅貨、銀貨。
十銅貨(十二進数なので十二枚)=一銀貨




