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#21 本当に、ここに?

 この先輩、本当にただ単に男嫌いなだけ?

 どんなトラウマ抱えているのかわからないけれど、少なくとも個人的な恨みとか怒りとかは相当なもんだよ。


「お前! カエルレウム様にどうやって取り入ったっ!」


「と、取り入ったりはしていません!」


「ならばどうして!」


「村で発生した異常事態を報告するよう村長たちに言われたので、カエルレウム師匠のもとを訪れま」


「お前が師匠などと呼ぶな! おこがましいっ!」


 凄まじい剣幕。

 俺に向けられている剣先も、打ち震えているのはおそらく怒り。

 ほぼ通り魔だな、この人……なるべく刺激しない方が良いのは明らかだ。


「申し訳ありません。カエルレウム様のもとを訪れました」


「それで? 美しいカエルレウム様の無防備なお姿を見て劣情をいだき、媚びへつらい、おべっかでも言いまくって無理やり弟子入りでもしたのか?」


 ねじくれてんな、この人。

 確かに無防備だった。

 でも、俺がカエルレウム師匠に一番感じているのは感謝だ。

 俺は今なら、例え呪詛が消え不能でなかったとしても、カエルレウム師匠をエロい目で見ない自信がある。

 俺は自分の師匠を尊敬し、誇りに思っているからだ。


「俺のことを悪く言うのは我慢できます。でもカエルレウム師……カエルレウム様を悪く言うのは我慢できません」


「……んだとっ!」


「カエルレウム様が、俺みたいな人生経験浅い若造に騙される、みたいな失礼な言い方はやめてください」


 言ってすぐに気付いた。

 昨晩、ケティに酷いことを言ってしまったときとまったく同じ流れだと。

 元の世界で利照(おれ)は、家族に否定されて育ってきた。

 だから自分のことを悪く言われることには慣れている。

 でも、こんなゴミみたいな俺のことを助けてくれた人達を悪く言われることにはどうにも我慢できない……なんて、自分のスイッチの確認をしている場合じゃない。

 俺に向けられた剣先が一瞬、遠のく。

 やけにスローモーションでそれを感じる。

 俺は紳士で居られなかった。だから殺されるのか……でも、ここで逃げたらいけない気がする。


 身構えた俺へ、剣は届かなかった。

 剣を持つディナ先輩の手をルブルムが止めたのだ。

 その後ろで、御者をしていたあの目つきの悪い女の人も止めようとしていたのも見えた。

 ……ということは、ディナ先輩が我を忘れた……カエルレウム師匠の弟子であるディナ先輩が、思考を手放してまで激怒するその理由を、俺は考えなければいけない。

 どれだけ深いトラウマを抱えているのか、を。

 俺はそんなディナ先輩の売り言葉をまんまと買ってしまい、一瞬でも紳士であることを手放しかけたんだ。

 反省しなきゃいけない。

 紳士の道は険しく長い。


「すみませんっ! 先輩に向かってとんでもない暴言を吐いてしまいました!」


 深々と頭を下げる。


「……ああ、ボクに向かってとんでもない口をきいたね? いい度胸だ」


 顔は見えないがディナ先輩の声はいくらか落ち着いたように聞こえる。


「俺は……カエルレウム様に救われました。偉大なカエルレウム様に、弟子だと言っていただけたその瞬間から、栄誉ある地位に恥じぬよう、精進を続けるよう心がけております」


 カエルレウム師匠への感謝を口にすると、不思議と心が少し落ち着く。


「ふぅん。精進できないときは首を差し出す覚悟を見せてるわけ」


 首筋に冷たいものが触れる……あっ。

 リテルの記憶の中には、日本式の頭を下げるお辞儀がないよ。

 この世界のお辞儀は、相手から目線を外さずに片膝をつくお作法。

 これ、俺が首を差し出したってことにされんのか……し、精進すれば大丈夫だよね?


「ルブルム、その見習いを連れて入りなさい」


「はい」


 剣の刃先が離れたはずの首筋に、つーっと冷たいものが走る……汗か。

 慎重に、深く息を吐きながら起き上がる。

 ディナ先輩は既に屋敷の玄関らしき場所へ向かって歩きだしていた。

 例の御者さんは門のすぐ後ろで待ち構えている。

 ルブルムはその横で俺をじっと見つめている。

 これ、俺が入ろうとした途端に門を閉じられるとかないよね?

 そしたら俺はこの門のオブジェとして、力なくぶら下がることになるな……そんな俺の戸惑いに気付いたのか、ルブルムが俺の方へ駆けてきた。


「そうか。私が連れて入る、というのは、そういうことか」


 ルブルムは俺の右手をぎゅっと握りしめると、引っ張りながら中へ入ってゆく。

 そういうとんちを待っていたわけじゃないのだが、俺はとうとうディナ先輩の所有する敷地内へ、一歩を踏み出した。


 すぐさま門が閉められる。俺をかすめるようにして。

 だよな。

 まだ、入ることを許可されただけ。

 理不尽な敵意はまったくもって減っていない。

 元の世界で、体育会系の部活に入っているクラスメイトたちが、先輩が酷いとか愚痴をこぼしていたのに今更ながら共感できる。

 まあ、レベルは全く違うだろうけど……。


 あ、レベルってあるのかな?

 よく見る異世界モノとかだとステータス画面とか出てきて、自分のレベルやらスキルやら見れるよね。

 ……ただ、ここでステータスオープンとか叫べるほど俺の心臓は強くない。

 そのうち試してみよう。


 ディナ先輩のお屋敷は、レンガ造りの二階建て。

 横浜とか神戸とかの観光地で見るような洋館に比べるとかなりシンプルだけど、窓にガラスがはまっている時点で充分に豪華。

 ストウ村では窓にガラスなんて使っていないから。


 馬車の停車場と、そこから玄関まで続く廊下っぽい場所にもちゃんと屋根がついている。

 停車場の横には立派な馬小屋があるんだけど、マドハトの家よりも立派だし。

 さり気ないセレブ感……とかチラ見している俺の手を、ルブルムはぐいぐいと引っ張ってゆく。

 とうとう俺は、ディナ先輩のお屋敷の中にまで足を踏み入れてしまった。


 玄関ホールは二階までの吹き抜けになっていて、床は白いタイル貼り。

 正面には二階へと続く大きく幅広な階段。途中まで昇ると踊り場があってそこから両側へ分岐するタイプ。

 こういうお屋敷は、踊り場のとこに大きな肖像画とか飾ってそうだけど、ここにはそういうアート的なものは何一つない。

 生活感を感じさせない、冷たい雰囲気のお屋敷。


「ルブルム、手を放してこちらへ。ウェス、そいつを地下のあの部屋へ」


 大階段に片足をかけたディナ先輩が俺以外の二人へ指示を出す。

 あのキツイ目の御者さんはウェスさんというのか……ん? ルブルム?

 ルブルムが俺の手を放そうとしない。


「ディナ先輩、リテルは同じ部屋ではないのか?」


「当たり前だ」


 これは確かにディナ先輩が正しい。

 ルブルムの無防備さは、周囲に善人がいなければ保たれない危ういものだとは俺も感じている。

 リテルの記憶を確かめると、結婚も婚約もしていない男女が同じ部屋に泊まることは、この世界においてもあまりよろしくない感じだ。

 そういう商売の人と、以外は……ラビツのことを思いだした。

 ただの村娘だったケティを、そういう対象として扱おうとした、性欲の塊みたいな男。

 魔物退治のお礼っつって「新しい血を入れる」って選択をした村自体にも問題はあるが、ケティは「話し相手」ではなかったんだし。


 俺は、ルブルムの握る手から、自分の手を抜いた。


「ルブルム、結婚も婚約もしていない男女は、普通は一緒の部屋では寝ない。昨日の馬車みたいに、狭い場所に多くの人数で寝なきゃいけないような場合ってのは特殊なんだ。密室でもなかったし」


「そうか、わかった」


 ルブルムがそう言いながらも立ち去ろうとしない。

 まだ何か気になることが、と問いかけようとしたとき、つないでいた手を伸ばして俺の頬に触れようとした。


「ルブルム! そんなやつのためにお前の寿命を消費するんじゃない! お前もお前だ! その程度の傷、自分で治せないのか!」


「はい! 自分で治します!」


 俺が魔法代償を一ディエスだけ集中して傷を治療すると、ルブルムはようやくディナ先輩に続いて階段を昇りはじめた。


 そして俺は……「地下のあの部屋」に案内されるんだっけ。

 一番最初に浮かんだイメージは地下牢。次に思い浮かんだのは幽霊。

 そういやカエルレウム師匠、そういうのが居るっぽいこと言ってたな……。


「こっちだ。ついてこい」


 大階段の左手に小さなアーチがあり、そこを抜けてすぐ右に下り階段が見えた。

 吸い込まれそうな雰囲気の暗い階段。

 傍らにあるテーブルには灯り箱(ランテルナ)と、火口箱とが一つずつ置いてある。

 カエルレウム師匠の持っていたのよりは、もっと質素な作りで、火もオイルランプではなくロウソクを使用するタイプ。

 ウェスさんは、火口箱から火打ち石とおがくずを取り出すと、金属製の皿の上で着火させ、その火が消えないうちにロウソクへ移す。

 揺らめく炎が階段を、ほんの少しだけ奥まで照らす……何か出そうな雰囲気はバッチリです。


「降りるぞ」


「はい」


 足音が変わる。タイルではなく石。

 この「地下牢に続く」感。


 不意に、ウェスさんがフードを外した。

 ぴょこんと可愛い感じの耳が見える。

 兎……よりは短い。獣種は何だろうか。

 とか考えてると足元危険。

 今、危うく踏み外すところだった。

 階段の幅が一定じゃなくて、歩きにくい。


 階段を下りきると、そこは左右に伸びる通路に突き当たっている。

 目はちょっと慣れてきているけど、ロウソク一本って相当暗いんだな。

 しかしウェスさんは気にせず右へと進む。

 左右に扉を一つずつ見逃し、行き止まりの正面にも扉が一つ……おいおい。なにこの扉。

 外側からガッチリ閂かけられるタイプの扉。

 地下牢ってのは、ネタのつもりだったのに。


 ウェスさんはその閂を外すと、扉を開け、俺に灯り箱(ランテルナ)を手渡してくれた。

 受け取る際、ウェスさんの顔がうっすらと照らされる。

 衛兵の詰め所を出たときに比べると、目つきが少しだけ優しくなっている気がしたんだけど、言った言葉はこれ。


「入って」


 あのー、やっぱり外から閉められちゃうのでしょうか。


● 主な登場者


利照(としてる)/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。

 リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種(マンッ)

 フォーリーの街に来てから嫌な思い出しかない。


・マドハト

 赤ん坊のときに取り換え子の被害に遭い、ゴブリン魔術師として育った。犬種(アヌビスッ)の先祖返り。

 今は本来の体を取り戻している。リテルより一歳年下。

 ゴブリンの時に瀕死状態だった自分を助けてくれたリテルに懐き、やたら顔を舐めたがる。

 リテルを助けるためと言ってくっついてきた。

 ゴブリンの魔法を覚えていて、フォーリーの街なかで使ってしまい、拘束されている。


・カエルレウム師匠

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種(マンッ)

 肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔法の師匠。


・ルブルム

 魔女の弟子。赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種(マンッ)のホムンクルス。

 かつて好奇心から尋ねたことで、アルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。

 リテルのことを頼ってくれている様子。


・アルブム

 魔女の家に住む可愛い少女。リテルよりも二、三歳くらい若い感じ。兎種(ハクトッ)のホムンクルス。

 もしゃもしゃの白い髪はくせっ毛で、瞳は銀色。肌はカエルレウムと同じように白い。


・ディナ先輩

 ルブルムの先輩。フォーリー在住。カエルレウムの弟子。

 男全般に対する嫌悪が凄まじい。


・ウェス

 ディナ先輩の使いの馬車の御者。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。

 獣種は不明だが、兎よりもちょっと短い耳をしている。



● この世界の単位

・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間(ホーラ)の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


・プロクル

 長さの単位

 一プロクル=百アブス。

 この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。


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