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#20 先輩ェ

 元の世界の利照(おれ)と違ってリテルは随分体力があるほうだ。

 だが今はとても疲れている。

 手斧や弓矢、旅に必要な装備一式を背負って体感で十分以上、全力疾走させらされたのだ。こちらの単位なら二ディヴってとこか。

 最後の方はもう全力疾走させられた気がする。

 隣を見るとルブルムも肩で息をしている。

 なんなんだ?

 なんで馬車と追いかけっことかしないといけなかったんだ?

 修行なのか?


 ここは随所に衛兵が立っているような高級住宅区画。

 道幅は馬車が余裕ですれ違えるほど広いってのに、道の両側に延々とそびえ立つ高いレンガ塀のせいで閉塞感がハンパない。

 巨大迷路の中に取り残されたような感じ。


 その壁には一応、一定間隔で門がついている。

 それらの門はデザインを見る限り、公共の場所である道に面している部分としては唯一、屋敷の主が個性を発揮して良い場所とされているようだ。

 わずかな隙間もなく重厚な門もあれば、華美な装飾が施された門や、機能性だけを感じさせる無機質な門、門自体はシンプルな鉄柵で中の手入れされた庭園や素敵な屋敷が見えるようになっているもの、両開きではなくスライド式で壁に収納する門など、バラエティに富んでいる。

 そんな数々の門を走り抜け途中に横目で見てきた俺が、ディナ先輩の屋敷の門にあえてタイトルをつけさせてもらうならば、ただ一言……「拒絶」。


 門の形はシンプルで軽そうな鉄柵の門なのだが、その門にはなぜか無数の棘が付いている。

 しかもその棘、どれも鋭利さが凄まじい。

 運悪くよろけたら、場合によっては命を失うレベル。

 俺たちに「門の外で待て」と言い残して馬車ごと中に入ってしまったあの御者さんの冷たい目を思いだすだけで憂鬱になる。

 あの御者さんの雇い主で、この門を持つ屋敷の主……ディナ先輩……笑顔で迎えてくれるような人じゃないよな、きっと。


「リテルはなぜ、あの三人が悪い企みを持っていると、わかったのか?」


 ルブルムが突然、尋ねてきた。

 何と伝えたものか。

 怪しいとは感じていたんだけど……それを言葉で説明する……のは、どうしたものか。

 海外経験あるのはリテルじゃなく利照(おれ)だし、しかも元の世界の話だし。


「うーん。わかっていたわけじゃない。ただ、用心していただけ。本当に親切なんだったら、こちらが不要だという素振りを見せたら引いてくれるはずだと思うんだな。しつこく絡んできたということは、親切や笑顔というのは表面上だけで、その裏で荷物を盗んだり……ルブルムが綺麗だから連れ去ろうとしたり、そういう悪いことを企んでいるかもってね。あくまでも可能性だけど」


「私は、綺麗なのか?」


 え、俺、綺麗とか言ったっけ……あー、うん。言ったね。言っちゃったね。


「う、うん。綺麗だと思うよ」


 なんか気まずい沈黙。


「私が……綺麗……」


 そう何度も繰り返さないでほしい。

 照れるし、それとは別にケティに対する罪悪感みたいなのも感じるし。


「綺麗というのは、陽の光や星の光、草花のみずみずしさや、鹿の王や狼の王の毛並みや、そういうもののことを言うのだと思っていた。ホムンクルスの私が、あのような綺麗なものと同じ形容をされるなんて、身に余る気がする。本当に綺麗、なのか?」


「綺麗、だよ。綺麗という言葉は、自然の美しさに対しても使うし、魅力的に感じることを表す褒め言葉としても使うんだよ」


「魅力的……リテルが、私に魅力を感じているのか? ホムンクルスなのに?」


 ルブルムの表情を見ていると、疑問に対して質問をしているというよりも、必死さを押し殺しているように感じてしまうのは、リテルの記憶の中にドッヂとの幾つもの会話がちゃんと残っているからかもしれない。

 ルブルムはホムンクルスという存在であることをとても気にしている。

 ドッヂがストウ村の中では唯一の先祖返りだったことを気にし始めたときのように。


「ルブルムは、魅力的だよ。ホムンクルスかどうかというのは関係なく、ルブルムはルブルムだ。少なくとも俺は、ルブルムがホムンクルスかどうかなんてことにこだわらない。大丈夫だよ、ルブルムは、ホムンクルスである前に、ルブルムという一人の存在なんだから」


 口説いているわけじゃないんだ。

 本当に、そういうわけじゃ。

 でも、ルブルムはもう少し自分を肯定してもいいはずなんだ。


「ボクの可愛い後輩をかどわかそうだなんて、それ相応の覚悟はあるんだよね?」


 声がした方へ振り向こうとして、体が固まる。

 魔法とか強制的な力によってではなく、恐怖と緊張によって。

 俺の喉元へ、細い剣の切っ先が突きつけられているから。

 というか、この人、今なんて言った?


「か、かどわ?」


「とぼけるな」


 剣先が勢いよく揺れて、その刃が俺の頬に触れた……しばらくして頬が熱くなる。


「リテル!」


 ルブルムが駆け寄ってきた。

 その手をかざし、魔法代償を集中……って、おいおい!


「ルブルム、魔法を使うな!」


「そうだぞルブルム。君はこんな男なんぞのために寿命を消費してはいけないし、ここはまだボクの敷地の外側だ。ルブルム、君は騙されているんだ。男なんてものはね、例外なく自分の欲望を満たすことしか考えていないんだから」


 なんだこの人?


 フードを目深に被っていて、顔の半分以上は隠れているが、見えている部分だけではかなりの美少年。

 ルブルムよりも、もしかしたらアルブムよりも小柄かもしれない。

 「男なんぞのために」とか言っているあたり、女性なのかも。

 この世界では、服装のみで性別が判断できるようなことは、少なくともリテルの記憶の中にはない。

 そもそもスカートというものを見ない。

 シャツにズボン、外出時はその上からワンピースみたいな上着。

 ストウ村だけじゃなく、フォーリーに来てからも基本的には服装は一緒だった。

 裕福そうな人が、鮮やかな色や、フリルっぽい装飾をつけてたり、帽子を被っていたりするぐらいで。


 それにしても、いきなり決めつけて攻撃してきて……確かに、俺の言い方も紛らわしかったとはいえ、顔に斬りつけてくるとかヤバいにもほどがあるよね?


「誤解させてしまったのならば、すみません」


 まずは謝っておく。

 そしたら次に向こうが傷つけてきた非礼を侘びて……。


「そうだ。お前が悪い。ルブルムを止めなかったならば、ルブルムに公共の場所で魔法を使わせ犯罪者にしようと企んだ悪人として斬り殺していた」


 は?

 その原因を……傷をつけたのはあんたでしょうが。まるっきりその筋の人の理屈。

 え、この人が噂のディナ先輩?

 弟子溺愛系の危ない人?


「だが、まだ済んでいない。なぜルブルムに甘言を囁いた? ルブルムを騙して手篭めにでもしようと考えているんじゃないのか? 男なんて暴力で女を支配しようとするクズしかいないからな!」


 ディナ先輩はきっと女性で、男性から酷いことをされた過去というかトラウマがあるのだろう……というのは想像つく。

 だからって人を傷つけて謝りもしないのか?

 この世界の、世界中の男性すべてに会った上で男はクズって判断している? 違うよね?

 たまたま自分の経験の中にそういう男が多かったってだけで、「男はクズ」ってもはやそれ先輩の願望だよね?

 自分の願望を暴力で相手に押し付ける、つまり支配したがるって、それ先輩が言っている「男」の定義まんまイコールなんだけど。


 とまあ、ここまでは頭に浮かんだ。

 で、俺はどうするか、だ。

 カエルレウム師匠がここに行けとルブルムに告げたのであれば、俺がこの先輩とトラブルを起こすわけにはいかない。

 そしたらカエルレウム師匠にもルブルムにも迷惑をかけてしまう。

 それに、マクミラ師匠の「紳士たれ」という教えにも背くことになってしまう。

 もしかしたら俺は試されているのかもしれない。

 後輩として、人として、耐えるべきところを耐えられるのかどうか、常に思考を手放さずにいられるのかどうか。

 だいたい小さな傷ならば魔法で治すことができるこの世界で、このくらいの傷でカッとなるくらいじゃきっとダメなんだ。


「俺は……ルブルムの自己評価が低いことが気になっていて……正しい評価というものは、この世界を見る目を曇らせないことにつながると思うから、正しい評価を知っておくべきだと考えて……ただ、今、あなたの言動で学ばさせていただきました。俺は、自分の考えを相手に押し付けていたのかもしれない、と。自分の決めつけた価値観を相手に無理やり押し付けておきながらそれに気づけていないのかも、と。反省しました。ルブルムにも、周囲の人にも、誤解を与えないような、より良い表現を探すべく精進いたします。今の言い方は、俺が間違っていました。すみません。そしてそのことを教えていただき、感謝します」


 先輩はあからさまに不機嫌そうな表情。

 だが、理不尽を黙って受け止めるだけでは紳士ではない。

 違うものは違うと言える勇気があってこその紳士。


「ディナ先輩、私は、リテルを頼りにしている。リテルの伝えてくれる評価は嬉しかった」


 ルブルムが味方してくれるのは俺も嬉しい。

 だけど、それが先輩の何かを刺激しちゃったっぽい。


「お前っ! ルブルムに何をした? まさかもう手を出しのかっ?」


 剣先が今度は俺の左目へと向けられる。

 目も魔法で治せるの? 視力って魔法で戻せるの?


「出してません!」


「ならばどうやって騙した? どこの蟻ともわからない男ごときが!」


 この場合の蟻は、元の世界の言葉でいう、馬の骨、的なやつだな。

 テニール兄貴から、お嫁さんのお父さんに言われたって話を聞いたことがある。

 冷静でいるために、向けられた刃に気持ちを持っていかれないために、あえて違うことも考える。


「騙してはいないし、騙すつもりもないです」


「リテルは私を騙してはいない」


 ルブルムの加勢は、気持ち的には嬉しいんだけど、ディナ先輩の気持ちを逆撫でしかしていないような気がしてる。


「じゃあ、なぜこんなゴミのような男をかばう?」


「リテルもカエルレウム様の弟子になった。ディナ先輩の後輩だ」


「なん……だと?」


 うわ、ディナ先輩のあの顔……後輩を試すとか、新入りイビリとかその線は消えました。


● 主な登場者


利照(としてる)/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。

 リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種(マンッ)

 フォーリーの街に来てから嫌な思い出しかない。


・マドハト

 赤ん坊のときに取り換え子の被害に遭い、ゴブリン魔術師として育った。犬種(アヌビスッ)の先祖返り。

 今は本来の体を取り戻している。リテルより一歳年下。

 ゴブリンの時に瀕死状態だった自分を助けてくれたリテルに懐き、やたら顔を舐めたがる。

 リテルを助けるためと言ってくっついてきた。

 ゴブリンの魔法を覚えていて、フォーリーの街なかで使ってしまい、拘束された。


・カエルレウム師匠

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種(マンッ)

 肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔法の師匠。


・ルブルム

 魔女の使いの赤髪で無表情の美少女。リテルと同い年くらい。猿種(マンッ)のホムンクルス。

 かつて好奇心から尋ねたことで、アルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。

 リテルのことを頼ってくれている様子。


・ディナ先輩

 ルブルムの先輩。フォーリー在住。

 男全般に対する嫌悪が凄まじい。


・御者さん

 ディナ先輩の使いの馬車の御者。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。



● この世界の単位

・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間(ホーラ)の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


・プロクル

 長さの単位

 一プロクル=百アブス。

 この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。


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