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「刑事さんはわたしがいないと駄目駄目ですね」

さん



 人がいなくなった学校というのは、少し様子が変わる。


 いつもはどうも思わなかった水飲み場を少し怖く感じたり、ただ広いだけの体育館にドリブルの音を求めたり。廊下には誰かの笑い声が必須だし、教室には居眠りをして怒られる生徒が必要不可欠。学校という大きな箱は、そこで生活をする生徒がいて初めて成立するのだ。故に生徒が完全下校を強いられて教師しかいない今、ここは学校ではなく大きな会議室だし、警察が現場検証をしているここは、事故現場か事件現場だ。最早、学校とは呼べない。


「じゃあ、三井くんは誰かに殺されたってことですか?」

「いや、状況的には自殺の線が濃厚だそうだ」

「足元に踏み台でもありました?」

「ああ、それと争った形跡がない」


 わたしと刑事さんはピンクと黒のマグカップを持ちながら物騒な話をする。勿論わたしがピンクで刑事さんが黒。中身は両方とも甘いミルクティー。東京といえども十月も中旬を過ぎると寒い日も増えてきて、温かい飲み物が欲しくなるものだ。


 首を吊っていた将棋部の三井くんは、成績も良好、特に苛められていたという話もなく、自殺する理由は今のところ見当たらないという。ホームセンターで売っているどこにでもあるロープで首を吊っていた彼には、抵抗した跡も見つからなかったらしい。誰かに無理矢理首を吊られた場合、意識があって抵抗する意志があるのなら普通はもがいたり両手で首のロープを少しでも緩めようとするものだ。


「遺書が部室にあるとは限らないですよね。自宅は?」

「当然調べたさ。だが三井の部屋からは何も見つからなかった。両親も心当たりがないっていうんで、これはもしかしたらって思ったんだ」

「まるでわたしが首を吊ろうとして欲しかったみたいな言い方ですね」


 刑事さんと初めて出会って以来、何度か、いや何度もこういったことがあった。その中の何度かは確かにわたしが死に損なったことが原因だったし、あまりにもわたしの周りで事故が多発するので、刑事さんはわたしの嘘みたいな体質を認めざるを得なくなったのだ。理由の見つからない自殺をわたしとイコールで結び付けることが出来るのは、全世界を探しても刑事さんだけ。それが少し、どうにも嬉しくなった。


「何笑ってんだ」

「いいえ、刑事さんはわたしがいないと駄目駄目ですねって思ったら嬉しくて」

「馬鹿言うな。俺がいなくて困るのはお前だろうが」

「全然困りませんよ。いっそあっさり死ねて万々歳です」

「さっき俺がいないところでは死なないって言ってたじゃねーか」

「言いましたっけ?」


 反論しようとする刑事さんにわたしはまた金平糖を投げつけた。甘いミルクティーを飲みながら食べる金平糖は格別なのだ。そうしてわたしは刑事さんへの気持ちを誤魔化す。わたしが勝手に死んだら泣いてくれますか、なんて当分聞けそうにない。


「とにかく今回わたしは関係ありません。なので、血なまぐさい話とか、面倒臭いアリバイとかはぜーんぶ警察が頑張って下さいね」

「言われなくてもそうするつもりだ」


 刑事さんは立ち上がって部屋から出ていこうとする。コップは水道で軽くゆすいで横の棚に逆さまにして置いた。


「一つ変なところがあってな」

「何がですか」

「三井の死亡時刻だ。まだはっきりとした時間はわかっていないが、十時半頃に見つかってから十時間ほど経過していたそうだ」


 つまり、深夜の十二時頃に三井くんは学校にいたということになる。有里高校の完全下校時刻は午後八時なので、確かにそれはおかしな話だ。もし昨日の部活後に自殺したにしろ、計算が合わない。夜中に自殺を思い立っても、警備も入る学校にわざわざ忍び込んで死ぬ必要もない。


「ま、ほたるには関係ない話だったかもな」


 じゃあな、と右手をひらひらとさせて今度こそ刑事さんは出て行った。コンコン、コン。規則正しいノックを出ていく時にも当然のように響かせながら。


 わたしは空になったマグカップを机に置いてソファに沈んだ。目を閉じても廊下からは何も聞こえてこない。教師と警察しかいない今、職員室から最も遠い場所にあるこの天文部に誰かが入ってくることもそうないだろう。わざわざこの部屋まで来て説教でもしてくれる先生がいるならまだ捨てたものでもないかもしれないが、あいにくこの学校にはそういった熱意に溢れた人材はいないようだ。お陰さまでわたしは天文部登校が黙認されているので、一概にどっちが良い悪いとは言えないのだが。


 このまま眠ってしまいそうなほど睡魔が襲ってきたが、折角学校に刑事さんがいるなら少しさっきの話について考えてみようと思う。わたしが好きなのは『星の王子さま』であってミステリはそこまで読まないのだけれど、自殺かどうか、なら。しにたがりのわたしにはぴったりなのかもと思考をクリアにさせながら寝返りを打つ。


 前に少しだけかじったミステリ小説曰く、『犯人は必ず物語の中に登場している』という。つまり、今まで全く出てこなかった被害者の小学校時代の同級生とか、不在通知を入れに来た宅急便の兄ちゃんとか、そういう人が犯人では決してないらしい。理由は簡単、『そんなの分かるわけない』からである。確かに犯人を見極めながら小説を読み進めていて、最後の最後で今まで一度も話題にすら上がっていない人間が出てきたら拍子抜けというか、どうにもすっきりしないだろう。怒って本を投げつける人もいるかもしれない。今回の事がもしミステリ小説に題材とされるのであれば、今までに登場した人の中に犯人か、もしくは三井くんと関係の深い人物がいるということになる。……当然、いないかもしれないが。事実は小説よりも奇なりとは言え、わたしには小説に頼るくらいしか出来ない。だってわたしは警察でも探偵でもない、ただのどこにでもいるしにたがりなのだから。


 全校生徒、将棋部の部員、第一発見者の生徒、教師、家族、はたまたわたしか刑事さんか。最後の選択肢は冗談にしろ、とりあえず登場人物はこれくらいだろう。ぐるぐると考えながら、わたしは金平糖を口に含んだ。疲れた時には甘いもの、考え事をする時に糖分は必須。ぼんやりとする頭が金平糖によって徐々にはっきりとしていくのがわかる。


 一日の半分以上をこの天文部で過ごしているわたしだが、将棋部の場所はよく覚えている。三階の南階段横にある小さな部屋だったはずだ。何故覚えているのかと言えば、その階段は学校唯一の屋上へと続く階段だからである。屋上はこの辺りで一番星空を見るのに適した場所なのだ。周囲に光を放つ大きな建物が無く、交通量も少ない静かで澄んだ場所。将棋部の部室が将棋部として使われていなかったら、是が非でもあの部屋を天文部として使いたかった。まあ、実際にはわたしがこの学校に入学した時からそこは将棋部だったし、更に真下が職員室だったので叶わぬ夢となった。階下の先生たちの声をBGMにひきこもるなんてごめんだ。


「行ってみようかな、屋上」


 口にすると不思議と、体が動いた。

 きっと将棋部には警察がいるだろうし、職員室にも先生たちと警察の人がいるだろう。それを潜り抜けて南階段を上って屋上まで行くなんて面倒なこと、普段だったら絶対に頼まれてもやらないのに、わたしは既に立ち上がってプリーツスカートに出来てしまった皺を直していた。


 自分の代わりに誰かが死ぬことに対して今までは「運が悪かったんだな」としか思わなかったわたしだが、死のうとしていないのに身近で人が死ぬと、こうももやもやとするものなのか。


 どうも、不思議な感覚だ。



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