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「こんなに綺麗に星が見える屋上が近くにあるのに、どうしてあんな狭苦しい部室で自殺なんかしたんだろう」

よん


 わたしは、実は星について詳しくない。


 自称天文部な上に愛読書は『星の王子さま』なので勘違いされるだろうが(今のところは勘違いをさせてしまうような友達もいないが)星座の場所や逸話なんて、ほとんどわからないと言ってもいい。何というか、そういう問題ではないのだ。星を見上げること、それがわたしには重要であってそこに余計な知識はいらない。知識は、知識を大事にしている人が知っていればいいことだし、披露する場がないわたしには必要ないものだ。


『わたしは星を見ると笑いたくなる』――――『星の王子さま』に出てくる飛行士が抱えた悲しみを、一緒に星を見上げて笑うことで少しでもわかったふりをすることがわたしは大好きで大好きで仕方がないのだ。


 北校舎三階の一番奥にある部室を出たわたしは、ブレザーの前ボタンを留めて南校舎へと向かった。平日の昼間なのに生徒の声も授業をしている先生の声もないというのは、少しだけいけないことをしているような気持ちになる。北校舎と南校舎を繋ぐ渡り廊下を足音を響かせながら渡りきると、目的の屋上へ続く階段が見えてくる。つまり、将棋部も見えてくるということだ。完全に将棋部が視界に入る前に足を止める。部室の前にはやはり人の姿が見えたからだ。警察か、顧問の先生か、鑑識か。誰にしろ部室の前を通り過ぎないと階段に向かうことは出来ない。

 考えなしにここまで来たのでどうしようかと今さらながら悩んでいると、部室の中から誰かの声がして、扉の前にいた人は将棋部へと入っていった。

 

 ――今だ。

 ひきこもり渾身の駆け足で将棋部の前を通り過ぎ、南階段を駆け上がった。タンタンタン、リズミカルに階段を上りきると、情けないことにわたしの息はすっかりあがっていた。

 息を整えている間に誰かが上ってきやしないかと不安になり、深呼吸を数度しただけで屋上への扉に手をかける。あっさりとドアノブが回り、扉は開いた。

 

 本格的に秋に入ったことを知らせる肌寒い風がわたしの髪をなびかせる。息のあがった今のわたしには丁度良い風だ。ついでにあまり短くもないスカートもなびいたが、誰に見られるわけでもないので押さえることはしなかった。高めのフェンスでぐるりと囲まれている屋上は、生徒にも一般開放されているため、いくつかのベンチがあってそれなりに綺麗である。その一つに腰掛けて、わたしは快晴の空を見上げた。


 このベンチは昼休みや放課後なんかは絶対に座れない。通称『カップルシート』と呼ばれており、まあ、簡単に言えばカップル共が我が物顔で座っていちゃいちゃするために使われているらしいのだ。だから生徒達は卒業までに片思いの相手とこのベンチに座ることを目標としている、と新聞部が発行している有里新聞にそう書かれていたのを思い出した。考えただけで気持ちの良いものではない。わたしが座っているベンチに座ってきたカップルで、今現在も良好なお付き合いを続けている男女はどれだけいるのだろうか。


 思わずブレザーのポケットに入っていた携帯を取り出して、この学校の八割は登録しているSNSを開く。『有里 カップルシート』で検索をかけると思った以上の量がひっかかってきて、呆れた。アイコンが自撮り写真だったり、最早別人レベルのプリクラだったりと、この子達は本当に馬鹿じゃあないのだろうかと思えるものがずらり。試しに一人のプロフィールにとんでみると、『ありさと*にのに*ばすけ部』なんて特定してくれと言わんばかりの自己紹介がされていた。ひとつ溜息をつく。例えこの子がストーカーにあったとしても、加害者にだけ責任があるとは言えないだろうな、なんて少し本気で考えてしまって頭をぶんぶんと振った。違う違う、今はそんなことを考えるために走ってここまで来たわけではないのだ。


「こんなに綺麗に星が見える屋上が近くにあるのに、どうしてあんな狭苦しい部室で自殺なんかしたんだろう」


 誰もいないことを良いことに、わたしは疑問を口にする。一人暮らしをすると独り言が多くなると聞いたことがあるが、わたしの場合もそれに近いのだろう。一人でいる時間が長すぎて、何かを整理したい時にはつい口にしてしまう。


 わたしならきっと、ここから飛び降りて死んでしまいたいと思うに違いない。だってわざわざホームセンターでロープを買って、それで狭い部室の天井にくくりつけて、椅子か何かを踏み台にして、意識が無くなるまでずうっとそうしているくらいなら、えいっとここから飛び降りた方がずっと楽だ。


 そしてどうせここから飛び降りるなら夜中がいい。星が沢山見える時に、笑いながら飛び降りたい。どうして三井くんは夜中に死んだのに、飛び降りなかったのだろうか――――昨日は折角、星が沢山見える最高の飛び降り日和だったのに。


「あれ?」


 どこか、ひっかかった。

 昨日は確かに、星が沢山見える日だった。わたしはそれを家の窓から見ていた。でも、本当は違う場所で見るはずだったのではなかっただろうか。部屋で食べた金平糖効果も切れたぼんやりとした頭で考える。屋上、星、約束。……約束? そうだ、約束。わたしは、確かここで誰かと約束をしていた気がする。誰だったっけ、いつだったっけ。


 ベンチから立ち上がり、屋上をくるくると歩き回り考えていると、こつんと右足に何かあたった。黒くて、薄くて、手のひらに収まるくらいの小さなプラスチックの何かだった。


「――――あ、」


 それが何か分かった瞬間、わたしは約束を思い出した。


 約束だけじゃない、わたしが何故三井くんの死についてもやもやとしていたのか、どうしてわざわざ屋上に来たのか、信じたくないが分かってしまった。そのままわたしは携帯を取り出して、もやもやを確信に変えるための検索をかける。見たことを包み隠さず書く馬鹿な高校生の呟きは、馬鹿だからこそ真っ直ぐで信憑性は確かだ。彼らは自分が一番最初にそれを呟くことを生き甲斐としているし、彼女らは学校という小さくて絶対な世界の中で自分が優位に立つためにその情報にしがみつく。


 わたしが予想していた内容の呟きがいくつか見つかり確信に変わったと同時に、携帯の画面が揺れて酷い吐き気が襲った。ぐるん、と胃の中がひっくり返る感覚。思わずえずくが、今日はさっき飲んだミルクティーと金平糖しか口にしていないので、胃液の不快感だけを感じ取って力が抜ける。その場に座り込んでしまい、手から携帯電話がずり落ちた。ピンクと水色の金平糖モチーフのイヤホンジャックが床とぶつかってカシャンと音を立てる。



「あーあ、……しんどいなあ」



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