34 解体ショー
地上では原人たちが狩りで仕留めた獲物を火で焼いていた。
そして何故か神の部屋の庭では焼肉パーティーが開催されていた。
日が登りきるお昼の少し前の時間、さんさんと日差しの照りつける草原に、いつもの三人が集まっていた。
シアは半袖Tシャツとデニム地のショートパンツ、ラヴィーは半袖Tシャツと五分丈のスパッツで、二人共スポーティーな格好になっている。
ちなみにルナはいつものメイド服だ。
「私達も焼くわよー!」
「……楽しみ……!」
「……どうしてこんな事になったんですかね?」
「いや、なんか見てたら食べたくなっちゃって!」
「……食べたくなっちゃって……!」
「ラヴィーちゃんも食べたいなら仕方ありませんね」
焼き肉で使用する機材は一般的なバーベキューセットだが、熱源は炭でも最高級の備長炭だ。
燃焼時に余計な煙と炎が出にくく、温度が高いので遠赤外線効果と相まって調理に適しているのだ。
無機物扱いなので能力で無制限に生成できる備長炭だが、燃焼時間が長いためそこまで量は必要ない。
備長炭をセットして準備を進めていくシアとラヴィー。
少し離れたところではルナが脚立を使って、トムソンガゼルのようなあの偶蹄目をS字フックで吊るしていた。
シアは原人たちが切り分けた状態の肉を生成しようとしていた。
しかし『肉の処理が甘いです』とルナに止められ、原人たちが仕留めた絶命直後のものを、一体まるまる能力で生成してルナが下処理を行なってくれているのだ。
狩りで仕留めた肉はクセが強いなどといわれるが、それは処理の甘さが一因でもある。
俗に言う『クセ』とは『臭み』であり臭いの素となるガス成分は血中に多く含まる。
そのため仕留めた獲物は血抜きという工程を行うのが常だが、それだけでは不十分なのだ。
全身に行き渡った毛細血管の全てから血を抜くことは不可能に近く、それら毛細血管は内臓に多く張り巡らされている。
そう、血抜きだけでなく内臓まで迅速に処理することで臭みの少ない肉本来の味を楽しめるようになるのである。
内臓の処理についても消化器官や膀胱を傷つければ内容物が溢れ出して可食部を汚染してしまうので充分に注意しなければならない。
鉄棒のような台にS字フックで獲物の両方の後ろ足を吊るしたルナは、下にタライ、近くに台を生成した。
台の上には三種のナイフとノコギリがのっている。
手術でも始まりそうであるが、これから始まるのは文字通りの解体ショーである。
「ルナの方はそろそろ始まるのかしら?見学しようかしら」
「……火はいつでも大丈夫……」
「見ててもいいですが、あまり気持ちの良いものではありませんよ?」
「まぁ私も地球ではスーパーのお肉ぐらいしか見たことなかったけどね。でも命をいただくってことがどういうことかちゃんと知っておきたいなって思って」
「……私は……恐竜そのまま食べてたから平気……」
「そういうことでしたら……そろそろ始めますね。ご覧あれ」
そういうとルナは軽くスカートの縁を持ってお辞儀をした。解体作業の始まりである。
「最初に毛皮を剥いでいきます」
まず手に持ったのは、刃が後ろに湾曲して切っ先が丸くなっており刃と柄の長さがほぼ同じナイフだ。
吊るされた両方の後ろ足から首元まで軽く切れ目を入れていき、バナナの皮をむくように上から皮を剥いでいく。
毛が肉につかないように捲りながら、剥がしきれない膜などをナイフを使い切り離していく。
すべての毛皮を剥がし終わったところでルナはシアへと問いかける。
「シア様。この毛皮は使いますか?」
「こ……今回は遠慮しておくわ」
「ではこれはタライに……」
「覚悟はしてたけど、すごい見た目ね」
「……全身お肉色になった……」
毛皮を剥がれた姿は筋肉や脂肪が露出したグロテスクなものになっていた。
肉単体ではここまで嫌悪感を示さずとも、それがいざ生き物の形になって目の前に現れると途端に拒否感をもってしまうのは、自分が食べている肉がどうやって加工されているか実感が無かった故だろう。
「では次の工程へ参ります」
そういってルナは二本目のナイフへと持ち替える。
先程のナイフと形は似ているが、切っ先が尖ってよく刺さりそうな形状をしている。
ルナはそのナイフを獲物の首へと突き刺しゴリゴリと首周りを切断していく。
途中で頸動脈を切断したのか、色気の黒い紫色の血が首から頭を伝ってタライへと流れ落ちる。
ルナは一度ナイフを台に置くと獲物の頭を左手で軽く横に持ち上げた。
切込みを入れた箇所が広がり、血に濡れた骨までがはっきりと露出していた。
その反対側の首が曲がっている内側に、ルナが右手をのせて力を込める。
『ボギリッ』と嫌な音が響いた直後、タライから『ゴトッ』と重くて硬いものが落ちる音がした。
タライを見てみれば獲物の首だけが横たわっており、未だ滴り落ちるどす黒い血液がその顔を濡らしていった。
ルナは血で汚れた手をタオルで拭って再びナイフを手に持った。
獲物の喉から胸にかけて切り込みをいれ、そのまま内蔵を傷つけないように注意しながら腹部を切り開く。
支えを失った内臓が、重力に引かれてビタビタとタライに落ちていき、肛門とつながる直腸を始点に伸び切った腸がぶら下がる図になってしまった。
肛門の周りへと切り込みを伸ばしていき、切り離した衝撃で可食部を汚染しないように直腸部分を押えながら丁寧に切り離す。
次に肋骨を開きながら残った肺と心臓を取り出し、能力でだした冷水で内側の血や汚れを洗い流しながら肉を冷やしていく。
足首から先を切り離し、ルナはさらに道具を持ち替える。
手に持ったのは三本目のナイフではなくノコギリだ。
大上段にノコギリを構えたルナはそのまま獲物を右半身と左半身へと切り離す。
「あっ枝肉だっけ? お肉屋さんの冷蔵庫で吊るされてるやつ!」
「……すごく食べやすそうになった……」
「本来はさらに冷やして菌の繁殖を抑えた状態で加工するのが最善なのですが、『星の願いを』ですと無菌状態で生成されるのでこのまま加工してしまいますね。とりあえず半分はしまっておきましょう」
ルナが軽く目を閉じて念じると、枝肉がまるまる入りそうなクーラーボックスが生成された。
中には氷水の入ったビニール袋が入っており、枝肉の保存にもってこいだった。
片方の枝肉をクラーボックスにしまったルナは、台の上に残りの枝肉を移すと部位分割へと取り掛かった。
ここで活躍するのは、短かいながらも厚みがあって頑丈な三本目のナイフだ。
部位の境目に隣接する筋肉を手でベリベリと剥がしていき、剥がしきれない膜を切り離すのだが、その細かい作業に刃の短い三本目のナイフは適任であった。
そして枝肉はまたたく間に、モモ、バラ、ロース、肩肉の四大部位へと分けられた。
ルナはナイフを逆手に持ち替えると、骨に沿ってナイフを入れていく。
厚い刀身は頑丈で刃こぼれをおこしにくく、硬い骨を相手にするこの作業に適している。
しかし流れるようなルナのナイフ捌きは、肉にも道具にも余計な負担を与えない熟練の技であった。
各部位の骨、スジ、リンパ節を切り離したところでルナの解体ショーは終演を迎えた。
「お粗末さまでした」
「いやいや、すごかったわ。それに立派なお肉になったわね!」
「……骨がなくてすごく柔らかそう……!」
「ありがとうございます。後はお皿に切り分けるだけですので火の準備をお願いします。」
「わかったわ。たしか備長炭は火がつきにくいんだっけ? 普通の炭を着火剤にしましょうか」
「……よくわかんないけど……がんばって燃やす……!」
お皿とまな板、そして肉切り包丁を生成し肉を一口サイズに切り分けはじめるルナ。
なかなか火がつかない備長炭に悪戦苦闘するシアとラヴィー。
焼き肉が食べられるのはもう少し後になりそうであった。
食べるという行為は、食べられる相手から見れば最大級の暴力だ。
ましてや食べやすく『加工』されるなど、尊厳を踏みにじる陵辱の極みともいえる。
だがそれらは『生きる』ために必要な行為であり、この世界でいままで何度も繰り返された極々自然なことなのだ。
加工でさえも人間の特権というわけではない。
雛が食べやすいように親鳥が半分ほど消化したものを与える行為さえ原始的な加工である。
他の生き物の犠牲の上に成り立つからこそ『命』は大事にしなければならないし、食べ物となる命には相応の敬意と感謝を持たねばならないのだ。




