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35  葵へ

 あの日以来、葵の姿が見えることは二度となかった。

「本当に成仏したんだな……」

 俺が呟くのと同時に、携帯が鳴った。美鈴からだ。

 内容は、たった一言。


『夏樹君、いま大丈夫?』


 俺は携帯の画面に向かってほほ笑む。それから


『大丈夫だよ。そっちに行くから待ってて』


 そう返信した。机の横に引っ掛けてある鞄から財布を取り出して、一応中身を確認する。



 マジックテープ式の、けれども真新しいその財布は、葵が俺にくれた最後の誕生日プレゼントだった。






 葵へ


 元気でやってるか。こっちは相変わらず暑いし、父さんは無口だし、母さんはチンジャオロースを作る頻度が高くなったし、だけどまあ元気でやってる。美鈴もな。

 美鈴はたまに、俺の家に来るようになったよ。晩飯も、うちで一緒に食べたり。俺のピーマンをこっそりと美鈴の皿に移してるのは、ここだけの秘密な。

 美鈴、お前に感謝してたよ。いや、してるよ。現在進行形。



 ああ、あと。財布受け取ったよ、ありがとう。お前にしちゃ結構いいセンスしてるな。気に入ったよ、あれ。

 お前さ、俺がお前の部屋に入るって言った時、「見られちゃまずいものがある」って言ってたよな。あれ、この財布(誕生日プレゼント)のことだったんだな。

 妹の見られちゃまずいものがエロ本じゃなくて、兄としてはホッとしたよ。


 財布、大切にする。ついでにあの、「なつきくん」って書かれたミニカーもな。



 

 それから。温泉旅行に行った時に集合写真を撮ったの、覚えてるか?

 俺はすっかり忘れてたんだけど、その写真にさ、写ってたよお前。俺の横に、はっきりと。

 それ見て、父さんも母さんも泣いてた。あの父さんですら泣いてたんだ、信じられるか?


「葵はさ、やっぱり自殺じゃなくて事故で死んだんじゃないかな」

 写真を見ながら、俺は言った。

「じゃなきゃ、こんな顔で写らないだろ」


 そのくらい、そう思えるくらい、お前すっごくいい笑顔してたよ。最上級の笑顔だった。ピースなんかしちゃってさ。


 父さんと母さんも、泣いてたけど嬉しそうだったよ。




 しかし今でも酷いと思うのは、手紙だけ残して行っちまったことだな。なにしてくれてんだよ。言い逃げかよ。だから対抗して、俺もこうやって手紙を書いてるわけだ。だって俺は、成仏するお前に何も言えなかったんだぞ。酷すぎるだろ。




 今まで本当に、ありがとうな。


 お前が俺の妹で、本当によかった。




 で、この手紙。どうやったらお前に届くんだろうな。






 ぴーえす。


 とりあえず、「正しい恋のしかた」の本はもらっておきました。サンキュ。


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