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第8話

 悪意で汚れたそのポスターは、紛うことなきツムギへの嫌悪を示していた。もしかすると魔法少女全般に対してもかもしれない。

 すぐさまゴミを机の奥に押し込んで、ツムギは周りの目に映らないようにした。どくん、どくん。心臓の血の巡りが早い。心做しか指先が冷たい。ツムギは自分が動揺したことにどこか驚いていた。


 (わかってたはずでしょ、これくらい)

 (私があのときラストを倒せてなかったから、ラストが蘇ったから、みんな不安になってるんだ)

 (その矛先が魔法少女の象徴に向けられるなんて、当たり前でしょ。予測できる範囲内)


 けして声にも顔にも出さず、真面目な優等生のフリをしてモモコ教諭の話を聞く。感情と行動を切り離す並行思考。

 窓の外は相変わらずマスコミの喧騒で落ち着かない。警備員が対処に当たっているがそれもいつまでか。


 『ここにキラリブルーさんが通っているとお聞きしたのですが!』

 『彼女の普段の学校生活を教えてください!』

 『ラストを取り逃したことについてはどう弁明するつもりで!?』


 誰かがカーテンを閉めた音がした。ツムギが顔を上げれば、その正体はノノカだった。目の前の席に座る彼女に、エールを貰ったような気がした。


 「――――ひとつ大きな話があります。皆さん心休まらない中、五月雨式だけど大事なことです」


 躊躇いがちな声が真剣さを帯びた。新任ながらキラリブルーの担任を任されたものとしての強さがあった。


 「日花里ツムギさんと狂瀬ココロくん、それから矢見コトリさんがハピネス学園を転校することになりました。急ですが、明日からは別の高校へ転学することになります」


 ――――ラストジ・エンドを滅ぼしたあとの魔法界をご存知ですか?


 『勿論だとも。それは転学先の魔法少女養成学校で教えていることだ』


 WMO局長たるミヤビはその権限をもってツムギを転学させた。ミヤビはアメリカ軍より大きな兵器を操っている自覚があった。我ながら恐ろしいとも思う。しかし、それよりも血を被る覚悟があったから。


 「待っているよ。日花里ツムギ」


 同日同時刻、バルコニーで学校を見下ろすミヤビの銀髪が揺れていた。

 

 嘘でしょ、と誰かが言ったのを皮切りにどよめきが一年A組に広がった。ツムギとココロに集まる視線、けれど二人が平然とした顔をしていたので事実として認めること他ないクラスメイト。


 「国に選ばれた特別な魔法少女は転学する、そういう通達が教育機関から発表されました。

 それ以上の詳しいことは先生も伝えられてないけど、きっと大事な決まり事です。皆さんで応援してあげましょう」


 養成学校一斉編入の本命は魔法少女全員の戦力強化ではない、とミヤビは語る。彼女たちは全てキラリブルーのカモフラージュだった。キラリブルーという兵器を徹底的に支配下に置きたいがための最も堅固な策。


 「日花里さんたち、最後にみんなに挨拶してくれますか。数日の付き合いだったけど、きっとみ」

 「結構です」


 冷たい汚泥のような、嫌悪感の籠った声だった。一斉にココロに視線が集まる。差別的な目もあった。

 でもそれがなんだ。こちとら元悪役、そんな悪意は慣れっこだ。どうでもいい。ココロはツムギのためなら串刺しになって死んでもいい。


 「俺たち時間ないんで。じゃ行くぞツムギ」

 「えっ」

 「そうね、私からも特に言うことはないので失礼するわ」


 颯爽と教室から去っていったコトリの背を呆気にとられた目で見たツムギの手を掴むココロ。そのまま彼女の荷物をとって引っ張ろうとしたけど、石像のように動かないツムギにココロが疑念を抱く。どこか体調でも悪いのか、と声をかけようとしたとき。


 「あ、の⋯⋯⋯わたし⋯⋯⋯⋯」


 普通の女子高生に、なれないの?

 

 ちいさなちいさな、ココロだけが聞こえた声だった。キラリブルーとして台頭して、初めて外に出た本音だった。ニュースではひっきりなしにキラリブルーのニュース、街のディスプレイにはキラリブルーの笑顔、街に巻かれるビラにはキラリブルーの信仰が描かれて。

 キラリブルー、キラリブルー、キラリブルー。

 世界が青色に染まっていく。本音と虚像の境目が無くなっていく。貼り付けた仮面が剥がれなくなる。


 (あ、まずい)

 

 時が止まった錯覚。ココロはぶわっと冷や汗をかいた。ツムギがバッと顔をあげて見回す。その顔はけして仮面などではなかった。愛してるよ、大好きだよ、あなたが大切だよ、そんな思いが溢れる笑顔だった。

 虚空から愛が溢れることなどない。しかしツムギはそれが出来てしまった。否、成ってしまったというべきか。


 「みんな短い間だったけどありがとう! これから新しいところでもっと強くなるから! たくさん応援してくれると嬉しいな。じゃ、テレビでまたね!」


 口早に答えて、最後に鮮やかに一礼。こんな情けない顔誰にも見せないように、下を向いて教室を去っていく。ココロが慌ててそれを追いかけて、ツムギの肩を掴む。コトリとミツルは既に廊下の奥で待っていた。


 「おい、お前⋯⋯⋯⋯!」

 「ねえココロ」


 「私、笑えてる?」


 ヒーローはいつだって笑顔じゃなくちゃね!

 魔法少女になってすぐ、意気揚々と語ったかつての己。毎日鏡の前で練習してる癖のないスマイル。

 目はやわらかく細まって。口端は弧を描き。愛の溢れるその笑顔は、完璧の2文字で表すことができた。


 (今の私は、キラリブルーと日花里ツムギのどっちだろう)

 

 



 ◇◇◇





 「本当に、行っちゃうの?」

 「こらこらカエデ、お兄ちゃんを引き止めないの」


 スラックスをくちゃっと掴む薄い手を、ココロはやわらかく剥がした。妹の目が潤んだのを見て兄のココロはわたわた手を動かす。それを見て母と父はおかしそうに笑った。


 「カエデは甘えただなあ」

 「お兄ちゃん、いかないで」

 「ごめんな、行かなきゃ」

 「ううう〜⋯⋯」


 少し下にある揃いの赤毛を慈しむように撫でる。二歳違いの妹は再会して十数年。もう己のことを覚えてないことを覚悟して話したときのこと。

 犯罪者の兄。アンドジ・エンドの兄。そんな肩書きを持つことになる妹。彼女が望むなら家族から離れようと、そう語って。


 『〜〜ッバッカじゃないの!?』


 かくして、妹は激怒した。

 顔をくしゃくしゃに真っ赤にして、涙を流してぎゃんぎゃん喚いた。馬乗りになってぽかぽか殴られたのはもう数ヶ月前。


 『わた、わたしがどれだけ待ってたと思ってんの!? 昔、お兄ちゃんと鬼ごっこしたじゃん! 覚えてないの!? わたしのこと、そんな嫌いなの!? ふざけんなよ!』


 慌てて妹は止めようとする両親を止めたのはココロだった。全部、受け止めなきゃと思った。でも、こんな自分が幸せになっていいのかわからなかった。


 『おれは、お前の⋯⋯お兄ちゃんでいいのか⋯⋯?』

 『最初っから良いって言ってんじゃんド阿呆!!』


 とうとう大声で泣き出したカエデを、ココロは恐る恐る優しく抱きしめた。触れていいのかすら聞くのも怖かった。家族に拒絶されたら、ココロにはもうツムギしかいなくなってしまうから。


 「俺は家族と⋯⋯⋯、を守れるくらい強くなるよ。だから、待っててくれ」


 大きなカバンには少しの衣服と日用品。これから通う養成学校は全寮制のため、必要以上の外出は許可されない。携帯電話の類も回収されるので、実質やりとりは手紙だけになる。ツムギは親を説得するのにかなり苦労したそうだ。博士が担任教師として移動することにならなかったらどうなってたことやら。


 「ココロ、立派になったな」

 「いつでも帰ってきていいんだからね」


 両親が涙混じりに頷く。ココロは微かに笑って応えた。

 覚悟は持った。闘志は十分。ならあとは歩み続けるのみ。


 「いってきます」


 いってらっしゃい、が揃って投げられた。

 隣で見守っていたWMOの黒服の男が頭を下げたの見て、その魔法陣に乗り込む。自動車の類は追跡防止のため使えないから、養成学校直通である。


 みるみるうちに消えていったココロたちの影を見て、そこでようやく母が崩れ落ちた。慌てて支える夫。


 「わた、わたし、またいってらっしゃいって言っちゃった。あの日も、私、いってらっしゃいって言ったのよ。それで、帰ってこなくて、」

 

 悲鳴のようなか細い泣き声に、ココロの父はぐっと歯を食いしばった。

 叶うことなら、どこにも行かないで欲しかった。普通の学校に通って、普通に家に帰ってきて、夜寝てまた起きて。特別じゃなくてよかった。それ、なのに。


 「ああああ、ぁあああ――――!!!」


 カエデは静かに涙を零し、母を抱きしめていた。

 4月10日、魔法少女たちは我が家を去った。





 ◇◇◇





 ベッドは銘木、鏡は光り、窓は大張。けして華美ではなく、見るものが見れば解るクオリティ。部屋はアンティークな調度品で纏められ、局長の品格が滲み出ていた。二人部屋と聞き狭いと思っていたが、十分なスペースがありちょっとしたストレッチもできそう。

 荷解きをしてクローゼットに少しの衣服を掛ける。筆記用具はそれぞれの机に。新しい制服は今着替えてもいいかな、とツムギが服に手をかけたとき。


 「ちょっと日花里さん? なにここで着替えようとしてるのよ」

 「え? だってカーテンとかないじゃんか、ここ」

 「私の目の前は止めてってこと。理解できないかしら」


 ツムギは慌てて部屋の隅でトレーナーを脱いだ。ため息をつくコトリ。何の因果か、同じ部屋になってしまった。そもそも国籍は同じで纏まってるとは予測していたが、地域レベルで相部屋になるとは。

 

 ファースト・マジック・カレッジ。三年制の魔法少女養成学校だ。学年に年齢は関係なく、ツムギたちは記念すべき第一期生のため年齢に関係なく一学年からスタート。戦場にて即戦力として活躍することを目標に、WMOが作った異空間の校舎である。


 (急遽作ったにしてもこんな大規模の異空間⋯⋯維持にどれだけの魔力が必要だろう。私でさえ一年で限界)


 比較するに、並の魔力量だと一秒も耐えられない。つまるところ、この空間を半永久的に持続させるには裏技が出てくる。


 (初代妖精王絡みかな⋯⋯⋯多分そのレベルじゃないとこの空間は作れない)


 ツムギは制服に着替え終わって、全身鏡で姿を確認した。スカイブルーを基調としたジャケットが美しい一着。プリーツスカートとフリルのブラウスが少女らしさを引き立て、指定のソックスは清廉なホワイト。靴は自由とのことなので、ツムギはここぞとばかりにビットの付いたローファーパンプスにした。体幹には自信があるし、そもそも変身すれば靴は変わるからである。


 「矢見さんも着替えれた? 講堂に移動だってさ!」

 「ええ、問題ないわ」


 コンパクトをベルトポーチに入れて、飴色のドアを開ける。その瞬間、廊下の視線が一斉にツムギに向いた。それになんてことないように笑って、ツムギはコトリの手を引いて地図の通り歩き始めた。


 「ちょ、ちょっと! なに勝手に私の手に触って、」

 「さあさあ! レッツゴーだよコトリちゃん!」

 「名前で呼ばないでくれる!?」


 そうボヤきつつも、コトリの顔は微かに喜色が浮かんでいた。高い天井と白い煉瓦の壁が広がっている。謎多きこの異空間、講堂で待ち受けるのは一人の女。


 魔法少女たちの、本当の新生活が始まる。





 ◇◇◇





 「すべて、予想通りだ」


 合成皮革のソファから伸びる、組んだ長い足。爪先まで鈍く輝いた靴、そのまま振るえばギロチンになる。彼の一言が人間の生死を左右した。


 「ありりー? ラストさま、まぁたキラリブルーちゃんのニュース見てるぅ」

 「まったく、ボスの執着ぶりには呆れますね」

 「⋯⋯ま、それがラストさんってもんだよ」


 女の声。男の声。少年の声。滅びた礼拝堂に降りる無邪気な囁き。ラストの首に腕を絡めた女が言った。


 「もぅ妬けちゃうなあ♡ ラストさまったらずるいひと!」

 「⋯⋯⋯おい、ラストさんの首に触るな。殺すぞ」

 「へーえ? それ興味あるかも♡」


 「WMO、常磐ミヤビ⋯⋯上手くやるな」


 ラストの声にピタリとふたりが止まった。彼の声を聞き逃さないためには喧嘩してる場合では無い。悪のカリスマとはラストのことを呼ぶ。


 「まず、魔法少女たちの行方について調べるとしよう」


 チェス盤は動き始めている。舞台が整うまであと少し。

 ラストはテーブルの上にあるツムギの写真を、嘲笑うように見つめた。

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