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第1話

 少女はまず、後頭部をジグザグに分けた。

 片方を結い上げて縛って、もう片方も櫛で集めながら結ぶ。立派なツインテールの完成に、鏡の中の少女は慣れたように微笑んだ。狸のような丸目がやわらかあく細まる。


 (だって今日から憧れの高校生だもの!)


 ああなにして過ごそうか。まずは挨拶、それから新しい友達とインスタ交換して、放課後部活をして、バイトも始めて⋯⋯!

 真新しい制服に身を包む。翻るスカートに香水を一振、その場でターンしてほどよく霧散させる。


 「うん、今日もばっちり!」


 彼女の名前は日花里ツムギ。新生活に心高鳴らせる、ごくありふれたひとりの少女だ。ツムギは階段を降りてリビングの暖簾をくぐった。


 「おはようママ!」

 「ツムギおはよう。いいわね制服、似合ってる」

 「でしょー!」


 卵焼きの匂いが鼻をくすぐった。 席に着き、いただきます!と味噌汁に口をつけるツムギ。

 朝のニュースのアナウンサーが【魔法少女イエロー! またもや快挙!】という枠組みで着飾った少女にインタビューをしていた。


 『キューティイエローさんは敵と戦う際、何を思って魔法を使っていますか?』

 『皆さんの応援を胸に行使しています。大きな力はより良い世界のために振るうべきです』

 『素晴らしいですね、続いての質問は───』


 「あ! イエローだ。元気してそうでよかった〜」

 「連絡とってるんでしょ?」

 「そうだけど、こうして姿見るのとは違うよ」


 白米を口に運んでツムギは応えた。そうね、と母は返した。

 魔法少女キラリブルー。ツムギのかつての名前だ。世界を絶望に追い込んだ悪の秘密結社アンドジ・エンドを倒し、最強の魔法少女の名前を思うがままにした天才。まあ天才と呼ぶとツムギは調子に乗るので、親しい周りは呼ばないが。


 「ほら、そろそろ時間よ。はやく食べちゃいなさい」

 「え! もうこんな時間!?」


 ツムギは味噌汁を急いで飲み干し、歯を磨き、前髪を整えて通学カバンを取った。

 玄関のドアノブを捻る。白く眩しいセーラー服はハピネス学園高等部の証。


 「いってきます!」

 「はい、いってらっしゃい」


 エプロン姿の母に見送られ、ツムギは自転車に乗り込んだ。ツインテールがばたばたとひらめく。坂をひいひい上がって、桜並木を抜ければほら。


 「おお! これがハピネス学園⋯⋯! やっぱりすごくおっきい⋯⋯」


 学園の門の前でパシャパシャと校舎を連写するツムギ。なぜかこちらに視線が集まることに気がついた彼女は、くるりと振り向いた。

 そのとき。


 「あっあの! もしかして、キラリブルーちゃんですか⋯⋯!?」


 弾ける声と煌めく瞳がツムギを貫いた。声をかけてきた少女の一回り大きな制服。どうやら今日の新入生らしい。


 「もしかして? もちろんだよ! 私は魔法少女キラリブルー! 元だけどね!」

 「えっあの魔法少女の?」

 「たしかに顔とか同じ⋯⋯!」

 「まじかよ、どこどこ」


 いつのまにかツムギを中心に人だかりができ、台風の目はファンサに忙しなく働いていた。職業病である。

 

  握手なんていくらでもしよう! どうぞどうぞ。

  写真だね。ほらもっとこっち寄ろう。

 サイン? いいよいいよ。ノートでいい? あっカバンに? おっけー!


 それから何分たったか。最後のひとりを見送って、ツムギはふいーと額の汗を拭った。


 「やっと、終わった⋯⋯⋯!」


 脱力して肩を落とす。

 遠くでチャイムが鳴っていた。

 ⋯⋯⋯チャイムが鳴っていた?


 「ち、遅刻うぅぅぅぅ!!」


 ツムギは砂埃を立てながら猛ダッシュで講堂へと急いだ。入学初日から波乱万丈である。

 その後ろ姿を、ひとつの影が射抜いていることも知らずに。





 ◇◇◇



 


 何とか無事入学式とオリエンテーションが終わり、各々の下校の支度を始めるとき。

 ぽん、と誰かがツムギの肩を叩いた。


 「ねぇキラ⋯⋯じゃなくて日花里さん、この学校の噂、知ってる?」


 正門の前で最初に声をかけてきたあの少女だ。名前は確か、ノノカといったか。


 「噂? なあにそれ」

 「日花里さんがこの学校に来たって知ってびっくりしちゃった。だって⋯⋯」


 アンドジ・エンド社のひとりが、この学校に通ってるんだよ。


 「え」

 「もっ、もちろん噂だよ!? 同じ顔の人とか、見たことないし」

 「そっ、そうだよねー! あはは! びっくりしちゃった」


 じゃ、私は用事あるから帰るね! とツムギは足早に教室を出ていった。必要以上に居れば正門のときのように質問攻めからのファンサを求められるに決まっている。


 自転車でザーッと傾斜を降りて、住宅街へ入ったそのとき。


 ツムギは目を凝らしてその青年を見た。ルベライトにも似た赤毛。パンキッシュなピンクのツリ目。細い肢体。バチバチのピアス。針のように鋭い雰囲気。

 あれ、あの人、どこかで。


 「ハデス⋯⋯?」


 ばっと振り向いた赤い影。明らかにこちらを射抜いた眼光は、死に物狂いの野犬を想起させた。ツムギはどきん!と胸が痛くなってふらふらした。頭を抑える。あまりに硬いあの目は、かつての死闘で何度も見たものだから。

 悪の秘密結社アンドジ・エンド。その幹部だったハデス。大鎌を奮い人々の希望を刈り取ったあの悪辣さ。そして彼の身に起きた悲劇。

 騙って、語って、語り合って。互いの信念をぶつけ合って、傷つけあって、それでも分かり合えたつもりだった。


 (ハデス、なんであなたがそんな顔をしているの⋯⋯?)


 足が心より先に動いていた。ツムギは焦燥のまま青年に駆け寄った。


 「ハデス! ねぇ、ハデスだよね、私だよ。魔法少女キラリブルー、覚えてる?」


 往く道を塞ぐようにツムギは待ったをかけた。

 意を決して見上げた瞳の濁りと澱みにツムギは震える。しかし怯えるわけにもいかない。拳で語り合った彼を救わない訳にはいかない。

 ひび割れた唇が動く様子をツムギは見た。


 「ああ⋯⋯久しぶり」

 「ど、どうしたの。なんか前と様子が、ちがうけど」


 『なあ日花里ツムギ。もっと早く、お前と出会えていたら』


 一瞬だったかもしれない。けれどツムギに縋る目を向けたあの日の彼を、見なかったことにはしない。ツムギはハデスを───ココロを救わずにはいられない。


 「どうしたの、ココロ⋯⋯!」

 「⋯⋯ひとつ、言いに来た」

 「なあに」

 「もし違う世界で出会えたら、俺は、お前と」


 ピロリロリン。空気を読まない携帯がツムギのカバンの中から鳴っていた。それで話は終わりだった。

 するり、蛇の足運びでココロがツムギとの間をすり抜ける。


 「待っ、」


 ツムギが振り向いた先に、ココロはどこにもいなかった。


 「ココロ⋯⋯?」


 その声は迷子の子供にも似ていた。強ばる手は胸に、足はただココロが居ただろう方向へ向いていた。


 (ねぇ、君はなんて言おうとしたのかな)

 

 いっそ夜だったら悲観に暮れられただろうけど、生憎まだ午後の二時だった。

 少し伸びた影は、透き通った闇色をしていた。



 



 ◇◇◇






 「聞いてよ博士〜〜!! 私絶対に見たんだって! あれはココロだった! だって私だけがあの人の素顔知ってるんだよ!?」

 「はいはい、わかってるわ。あなたの目を疑ってるわけじゃないのよ」

 「うううぅ⋯⋯」


 入学式から数日後。ツムギはバカでかい合皮のソファでごろごろしながら横目で博士を見た。

 博士とはこの秘密の研究所に住むメガネの女性である。魔法少女が使う武器を作ることのできるスゴい人なのだ。魔法界からやってくる妖精さんと連携しているため、その技術はまさにミラクルという他ない。


 そんな博士の良き友人であるツムギはこうして相談事があると押しかけてくるのであった。母に話せないことはないけど、魔法関連なら博士がいちばんすんなりいくので。


 「ただね、ハデス⋯⋯ココロたちアンドジ・エンド社は倒した後魔法界の警察に引き渡したはずよ。この人間界にいるわけないじゃない。脱獄でもしない限りね」

 「むむぅ⋯⋯⋯」


 ツムギは頭を捻って考えた。

  あのココロは本物だった? 私が見間違えるわけない。仮面の下の素顔はまさしくあの顔だった。じゃあなんでこの世界にいるの? まさか逃げ出してきた? それなら、もしそうなら、わたしは。


 「あああぁ!! もうわかんない、ひっちゃかめっちゃかだ!」


 膝を抱えてちいこく丸まったツムギは、ツインテールをダラリと垂らしてしょもしょもした。

 博士がメガネをくいっとあげた。自信ありげな笑み。

 

 「そんなあなたに朗報よ」

 「朗報?」

 「入りなさい───四葉ミツル」


 ミツル? 誰のことだろう。とツムギが起き上がったとき、扉の奥から入ってきたのはひとりの青年だった。

 トパーズを砕いて織り上げた金髪。星の宿るオッドアイ。見覚えのある制服はパーカーを着込んでラフに着こなしている。


 「えっと⋯⋯どちら様ですか?」

 「何を言ってるのよツムギ、あなたは知っているはずだわ」


 にこにこ。青年は話さない。ただツムギひとりを見て蕩けた微笑みを向けているだけだ。

 思えば、見覚えのあるカラーリングだ。例えばその特徴的な瞳とか───⋯⋯ああ!


 「君! ミクルンでしょ!?」

 「せぇいかい! 僕はミクルン改め四葉ミツル! 人間のミツルさ!」


 ミクルン。ツムギの契約妖精だ。いわゆる魔法少女のマスコット。黄色くてふわふわしたボディをしたくま型の妖精さん。

 雨の中道端で倒れていたところをツムギが連れ帰って、丁寧に世話してあげたところから全ては始まった。


 「わーい! 久々のツムギだ! やったあ、これからも一緒だもんね!」

 「嬉しい! 本当に嬉しいよミクルン! ⋯⋯って、なんで人間に!? ていうか帰ったんじゃないの!?」


 ミツルからバッと離れたツムギは慌てて博士の方を見た。いきなり距離を取られたミツルは拗ねたように唇を曲げた。


 「あのあと魔法界も色々あったんだよ。ツムギのおかげで人間界への偏見とかも大分緩和されてる。

 で、僕は世界を救った魔法少女のパートナーとしてご褒美に人間界との行き来を可能にしてもらったってワケ」


 基本的に重鎮以外の魔法界、人間界の行き来はタブーとされている。なぜなら互いの世界へ入り込み悪さをする輩が出てくるからだ。その筆頭がアンドジ・エンド社である。


 「で、でもなんで人間に⋯⋯!?」

 「それは博士に頑張ってもらった! 見て見て」


 ミツルはひとつのコンパクトを取り出した。魔法少女が変身する時に使うものに似ている。


 「これこそ! 『妖精から人間に変身しちゃおうコンパクト』よ! 恐慄きなさい!」

 「な、名前がヘン⋯⋯⋯」


 ガーン! と衝撃を受けたらしい博士。ツムギはそれをほっぽってミツルの手を握った。


 「まあ何はともあれ⋯⋯また会えて嬉しいよ、ミクルン」

 「ッうん、僕も! 会えてよかったよ、ツムギ」


 涙を浮かべ鼻をすするツムギに、ミツルも目頭が熱くなった。もう二度と会えないと思っていたのだ。あの日の今生の別れが脳裏によぎる。

 ありがとう、さようなら。君に出会えてよかった。ありがとう、本当にありがとう! そう見送った妖精の後ろ姿。


 「本当に、うれしいな⋯⋯⋯!」


 じわ。

 あ、まずい。これは歯止めが効かなくなる。ぼろりと一粒零れた涙。どんどん溢れる。水滴が止まらない。

 

 「うう、うわああぁん!」

 「ッ、ツムギ!」


 とうとうふたりは抱き合ってわんわん泣いた。よかった、よかった、また会えた。もう会えないかと思っていた。

 この世の誰にも、英雄たちを切り裂く権利などなかった。

 深い林のなか、レンガ造りの家ではふたりの子供の泣き声だけが響いていた。




 


 ◇◇◇





 ミツルはこの世でいちばん大切な少女の赤い瞼をなぞった。泣き疲れたツムギはすうすうと寝息を立てている。

 それを見つめるミツルのオッドアイが歪んでいるのを見て、博士はゾッとした。


 「()()なってまで、ツムギのそばに居たいのかしら」

 「もちろんだよ。僕の存在意義はツムギだからね」

 「まったく⋯⋯ツムギが可哀想」

 「? ツムギは僕が世界一幸せな女の子にするよ?」


 ミツルが当然の顔でそう答えるので、博士は鳥肌が湧いた。この人外はこれだからそうだ。無自覚に利己的で高慢な世界の裏側の生き物。これだから人と相容れないのだ。愛を注がれているツムギが鈍感なだけで、その実他人になど興味無いくせに。


 「あなたが人間になるために払った代償。それは妖精の姿を捨てるということ」


 ミツルはツムギに毛布を掛けて、うっそりと笑った。

 かわいいかわいい我が愛し子。絶対に離れない。絶対に手放さない。彼女の隣に立つのは絶対に僕。


 「安い対価だよ。あのまま妖精の姿だったら、あの子は僕を男として見ないだろう?」

 「妖精も人間に性愛を抱くのだな。これを次の研究題材にしようか」

 「ぜひとも協力するよ」


 冗談に決まってるでしょう。気色悪い。そう口に出ることは無かった。

 ツムギの青い髪を撫でて、その毛先にキスをするミツル。そんな物語の王子様は、博士にとっては悪魔に見えた。


 「ツムギは僕のものだ。他の人間にも妖精にも神にすら渡すものか。僕らを切り裂くものは絶対に許さない」


 ミツルは夢を見ていた。人間になって、ウェディングドレスのツムギとキスを交わす夢だ。泣きたくなるほどうつくしいその光景はいつしか憧れになった。

 彼女の隣は最初から僕だった。他の誰でもない、僕だった。


 毛布に包まったツムギを横抱きして、ミツルは奥の部屋のベッドに寝かせようとした。


 「手を出したら殺すわよ」

 「まさか! 僕はそこらの人間とは違うよ」


 笑いながら去っていくミツルの背中を、博士は睨みつけていた。

 まったく、食えない人外だ。






 ◇◇◇





 「日花里ツムギ、ツムギ、ツムギ⋯⋯⋯」


 室内はコンピュータのブルーライトだけが頼りの真っ暗な部屋だった。パソコンの履歴にはびっちりと【魔法少女 キラリブルー】の検索がかけられている。壁には天井までびっちりとキラリブルーの写真が貼ってあった。どれも視線はこちらを向いていない。


 「ツムギ、愛してる⋯⋯⋯」


 それはもはや執着の域だ。愛執だ。偏愛だ。

 目深に被ったパーカーから除く赤毛。


 「なあ。俺、お前の隣に立てるかな」


 そう彼女の前で言える世界だったら、よかったのに。

 ブツン。コンピュータの電源が暗闇に落とされた。

初投稿です!ここまで読んで下さりありがとうございます! よければ高評価・感想くださると飛んで喜びます⊂( i ꒳ i )⊃♡

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