明日の朝は星の上
オマケです。ある女の子のお話。
「槐〜、お父さんが車に荷物積むって。支度はできてるのー?」
「はーい、お母さん。今、行くー」
荷物といってもほとんどのものはもう先に送ってあるから、あとは手荷物程度だ。私は忘れ物はないかと、がらんとした自分の部屋を見回してから、一番大事な"手荷物"を持ち上げる。……軽い!?
「あ、ヤダ。こんな時に脱走?」
猫用の旅行ケースの中身は空だ。
私は慌てて、しなやかな黒い尻尾を探す。
「お母さーん、そっちにミストフェリーズいない〜っ?」
「あなたより先にここに来ていい子で待ってるわよー」
「え〜っ?捕まえといてー」
急いで玄関に行くと、黒い仔猫は母に撫でられて喉を鳴らしていた。
「こんな調子で大丈夫なのかしらね?うちのエンちゃんは。お前、よく面倒見てあげてね」
「もー。猫に娘の世話を頼まないでよ」
母は私に仔猫を渡しながら「だって心配だもの」と笑った。
「若い娘が一人と猫一匹で遠いところに行ってしまうのよ。親としては気をもむわ」
「一人じゃないわよ。叔母さんもメンバーだし。ちゃんとした大規模な開拓移民船なんだから。それに若いのは星間移民の必須条件よ」
恒星間航行には長期間のコールドスリープが必須だ。惑星間移民で基礎技術は確立して実用化はされているが、安全係数を考えると、体力があって健康であることが望ましい。現地に着いてからの生存期間という観点でも若さは必要だった。
「住むところなんてちょっとがんばればまだまだ太陽系内にたくさんありそうなものなのにねぇ」
「そういう問題じゃないのは知ってるでしょ」
「だからといってうら若き乙女が……」
「ちゃんと専門課程の学位も取り終わっているし、お父さんからも初期開発のノウハウは教えてもらってるから大丈夫だって」
「お母さん、あの促成詰め込み学習マシン好きじゃないわ」
「高速深層学習システム!もう、古いんだから」
「古くて結構。少女文化史の専門家として女の子の時間はつまらないことで浪費しちゃいけない貴重なキラキラした唯一無二の時間だって胸を張って主張するわ」
歴史学者の母の専門は、古典の女性文化だ。残念ながら私の趣味は父に似てしまって、母のいうところの"乙女"も"かわいい"もさっぱりだったが、多少は母の言わんとするところもわかる。
「ごめんね。キュンキュンする恋とか欠片もできなくて。でも私が選んだ学びはけして無駄な時間の使い方じゃなかったから安心して」
「ホントにもうどうしてこんな色恋沙汰に疎い男前な娘に育っちゃったんだか」
母はいつもどおりわざとらしくため息をついた。この掛け合いも今日で最後だ。
ちょっと淋しくなった私の顔を見て、母はニッと笑った。
「でも、あなたは私の娘よ。間違いないわ」
「……うん」
「恋は星空の彼方で見つけなさい」
「わかった」
この人の娘でよかったと思う。
「こっちはこっちで気楽にやっていくわ。グロールタイガーもいるし」
「お父さんとも仲良くね」
「まかせて!」
ぐっと親指を立ててウインクした母は「そうそう」と言って、小さな包みを私に渡した。
「向こうでの暇つぶしにコレあげるわ」
「なにこれ?イースターエッグ?」
「乙女の夢とロマンの詰め合わせ」
小さな半透明の卵型の容器の中にはデータチップが入っている。聞けば母の研究素材のおすすめ傑作選だという。水色のリボン付きでラッピングしてあるところをみるとわざわざ用意してくれていたらしい。
「船のデータベースには絶対に入っていないわ。あなたが向かう新天地の人類文化を豊かにするための宝石箱よ」
母の愛を受け取って!と言われれば、受け取るよりしょうがない。人類の腐の遺産とか入っていないだろうな?コレ。
「このままセンターで眠ったら、次に目覚めたときはアッチだし、暇つぶしなんてしばらく必要にはならないわよ」
「でも、無駄と遊びは文化の華よ」
「はいはい。粋と息抜きは心の呼吸ね。わかってる。わかってる」
「あなたはお父さんに似て趣味が偏ってるから、いつかお母さん色にも染ってくれないかなって悪あがきよ」
「もう十分染められてると思うわ」
私は黒い仔猫の白い胸元の毛を軽くくすぐってやってから、そっとケースに入れた。この先、一緒に生きていく大事な相棒だ。
「おい、もうそろそろ行くぞ」
「はい。お父さん」
私は父に荷物を渡したあと、母を抱きしめた。
「どんなに時間と空間で隔てられても愛してる」
「親の愛は超空間波なの。いつだってどこだってあなたに送るわ」
「彼氏を見つけたら遠慮して」
「OK。まかせて」
「俺は遠慮しない」
「お父さん、そういうとこだぞ」
「覚えておけ。父の教えは星の涯でもお前を支えるだろう」
「お父さんの無駄知識は私の精神の血肉であり骨髄です。残念ながらきっと生涯こんな性格です。こんちくしょう、ありがとう」
私達は笑いながら別れを終え、私は居住可能な環境が確認されている近郊星系に向かう恒星間航行移民船に乗るべく旅立った。
目覚めた時に一体どんな世界が私を待っているのか、正確なところはわからない。それでもどこに行ったって大丈夫。私はきっとやっていける。
楽観と臨機応変は親譲りだ。
さあ!明日の朝は星の上。
どんな未来でもどんとこい。
思ってた未来とはちょっと違ったけど
「やりようってのは何かしらあるのよ」
お読みいただきありがとうございました。
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