異世界で休息
太めの枝の上で、『隠密』を使いながら寝るという器用な技を披露している獣人の青年
獣の元は……何獣人だこれ?頭についてる獣耳は、イヌ科ともネコ科とも判別のつかない、丸っこい耳だ。といっても、タヌキともクマとも言い切れない、微妙になんか違う耳
髪の色は結構特徴的で、薄茶色の地に黒の斑点模様がある。どっかで見たことのある配色なんだけど……
あっ、わかった。ハイエナだ!
「………おっと、お客さんかな?」
頭の後ろで手を組んでスヤスヤ寝ていた青年が、片目だけ開けてチラリとこちらを見てくる
どうやらバレてしまったらしい。高レベルの『索敵』持ちか、『魔力感知』を持っているのだろう
まあバレてしまったものは仕方がない。仕方がないついでにちょっと尋ねてみよう
「危害を加えるつもりはねぇ。少し聞きたいことがある」
「物々しいねぇ、もっと気楽に行こうぜニイちゃん?なんてったってこの世界は《アナザーワールド:レスト》。題名通り「異世界で休息」しようぜぇ」
……どうやら警戒されているようだ。そりゃそうだ、気配を消した存在が間近まで来てるんだもんな。俺だって警戒する
あと、《アナザーワールド:レスト》の訳は「異世界で休息」じゃないぞ?接続詞が違ってる。まあミスリードの意図もあるから、間違えてもしょうがないけど
正しくは………今はいいか。今はまず警戒を解かせることからしよう
「すまん、威圧するつもりはなかった。本当にただ聞きたいことがあるだけだ」
「本当にぃ?姿も見せないんじゃ説得力ねぇなぁ」
「これは失礼したな」
そう言われてしまったので、『隠密』を解いて木の影から身体を出す
俺の姿を見た青年は一瞬驚いたかのように目を見開いたが、すぐに余裕そうな顔に戻る
「こいつぁ驚いた!今話題の「コオロギ」様じゃあねぇですかい」
「なんだ、俺のこと知ってるのか」
「そりゃあ知ってますとも!「影の情報屋」、「環境クラッシャー」、「魔術師範」、「バケモンを倒すバケモン」、いろいろ言われてんぜ?異邦人で知らんやつはいないんじゃねぇかな?」
俺の知らん内に知名度が結構上がってるらしい。嬉しいやら恥ずかしいやら
でも、けっこう尾鰭がついてるのが気になる。なんだよ「バケモンを倒すバケモン」って……
たしかに現状の初心者だらけの環境じゃ、俺は頭ひとつふたつ飛び抜けてるかもしれないけど、それでも真のバケモン共には勝てないんだよ……
勝手に期待されて、失望されたら流石に落ち込むぞ?
俺の実力なんて、この時代でも上の中がいいとこだろうよ。上の上連中には敵わない
「………それに、今おいらが一番警戒してる相手でもあるんだけどな」
「ん?なんか言ったか?」
「いやこっちの話。んで、聞きたいことってなんだい?」
おっとそうだった、早く盗賊の場所を見つけなきゃいけないんだ。無駄にナーバスになってる場合ではない
「ああ、ここらで盗賊を見かけなかったか?10人前後で、そこそこ腕のたつ奴らなんだが」
「あー………それっぽいのならさっきまでここにいたぜ?8人で、どいつも手練れ揃いの奴らが」
「本当か!?だけど今はどこに……」
「それなんだがなぁ、この場所があまりにも昼寝に最適な場所すぎてな?ちょいと譲ってもらったんだわ」
「ま、まじか……」
「譲ってもらった」ってのはちょっとした言い回しなんだろう。つまり、俺の探していた盗賊共は彼によって狩られてしまったというわけだ
なんてこった……。盗賊も一応NPCだが、れっきとした敵性存在。勝手に倒してしまわれても咎められることではない
他のプレイヤーがいるなんて便利!なんてさっきは思っていたけど、こんな弊害もあるなんてな……
にしても、結構強めの盗賊なはずなのに、それを1人で片付けるなんて彼もなかなか強いんだな。しかもそれを「昼寝」ポジションを確保するために振るうとか、結構マイペースなのかな?
「あ〜〜………なんかまずっちまったか?」
「いや、別に構わねぇんだ。ただ、ちょいと俺の予定が狂っただけさ」
「予定?その盗賊共に用事でもあったのか?」
「盗賊っつうか、そいつらが襲う予定の馬車に用事があったんだわ。盗賊が襲ってる隙に、ちょいとくすねたいもんがあってな……」
……しまった、喋りすぎた。これは「コオロギ」の信頼が下がってしまうかも
どうしよう。奪う対象が悪い奴だって話せば、義賊的な行為だと思ってもらえるかな?……盗る目的は私利私欲だけど
「………へぇ、あんたもおいら達みたいなことやってんだな」
「おいおい人聞きが悪いな。俺が盗む相手は……ん?」
おいら達みたいな…?
「なぁなぁコオロギさんよぉ、その盗賊の役、おいらでもできねぇか?」
「……え?」
「おいらが盗賊のかわりに馬車を襲うんだよ。おいらが勝手に盗賊をヘコましちまったから、罪滅ぼしさ」
まさかの盗賊役を買って出てくれるとは
たしかに馬車を襲うやつは盗賊じゃなくてもいい。馬をびびらせて横転させ、ついでにしばらく視線を引き付けてくれるのなら誰でもいい
でも、そんなこと彼にさせるわけにはいかない
彼は悪いことをしたわけじゃない。ゲーム的にはむしろ良い行いをしている。それなのに、多少とはいえカルマ値を上げさせるようなことはさせたくはない
「そんなことしなくていい。俺がやろうとしてることは、相手がどうあれ犯罪だ。お前にその片棒を担がせるわけにはいかん」
「へぇへぇ犯罪ねぇ、むしろおいらの十八番さ。ドーンと任せてくれや」
「……なんだと?」
そう言いながら、不敵な笑みを浮かべて見せる青年。腰につけていた短剣をスラリとぬけば、紫色の液体が滴る刀身を見せつけてくる
え、ま、まさか………
「へへ、おいらこう見えて、PKしたことあるんだよねぇ」
こいつ、プレイヤーキラーだ………!?
 




