逃げるんだぁ、勝てるわけがないよ!
俺を取り囲む、姿を隠した6人の存在。明らかに友好的な態度ではない。十中八九、俺をキルするつもりのプレイヤーキラーだろう
後ろから近づく存在に『魔力感知』を集中させる。その反応が、地面にめり込んでるのではないかというくらい低い位置にある。この特徴は、『シャドウダイブ』で近づいてきてるんだろう
ど、どうする?どうやって逃げる?
俺はもう慢心を捨てたんだ。既プレイだから勝てるなんて甘い考えはすでに吹き飛んでいる。PKをやるくらい対人戦に自信のあるプレイヤー相手に、正面から挑むなんてことはもうしない
どうすれば、俺はここから生き延びられる?
まず、『シャドウダイブ』で近づいてきてるやつを『フラッシュ』でダウンさせて、その隙に包囲から抜け出す………
……いや、無理だ。PKだとしたら、そのステータスも対人特化ビルドだろう。つまり高AGIだ。そう簡単に包囲から出させてくれないだろう
なら、『フラッシュ』を使いつつアリの巣に逃げ込むか?
……上手くいかなさそうだな。巣の入り口を、自分で『クレイウォール』で塞いでしまった。壁をぶち抜くのに手間取ったら、その間にやられてしまうかもしれない
じゃあ、今目の前にある錬金釜で、あの時みたいに毒煙ゾーンを展開するか?
……これも博打だな。あの時は、アイツに遠距離手段がほとんどないから上手くいっただけだし、そもそも既に至近距離まで近づかれている
…………あっ、『リターンホーム』使えばいいじゃん!まだ戦闘状態じゃないから使えるし!!
いやぁ、こんな簡単なことに気づかないとは。俺も相当パニクッてたな───
「………『強だ──」
「くっ!?『フラッシュ』!!!」
「うおわっ!!?」
や、やらかした!?俺がうだうだしているうちに、真下にまで迫っていた敵が攻撃してきて、つい反射的に『フラッシュ』を打ってしまった…!!
いや、攻撃された時点で手遅れだったか……。戦闘状態に突入し、『リターンホーム』が使用できなくなっている。ぐぅ、判断が遅かった……
後ろを振り返れば、〈ダウン〉状態の黒装備の男の姿が。『シャドウダイブ』を解除し切る前に『フラッシュ』が当たったようだ
もちろん、追撃なんてしてる暇はない。すぐに逃げの体勢に入ろうとし……またも一手遅かった
周囲を囲んでいた5つの反応の内2つが、左右から俺に向かって突っ込んできた!?
「「『ソニックスラッシュ』」」
「『バリア』!ぐぅっ!!」
息のあった同時攻撃をしてきた2人に対し、左は『バリア』で受け流す。そして右の攻撃はナイフで受け止め、ギリギリと鍔迫り合いに持ち込む
ほんの少し拮抗させた後、不意をつくように思考操作で装備を変更
「んえっ!?」
「『スタンガン』!『カウンターフィスト』ォ!!」
「あがっ!!?」
急に抵抗がなくなったことで、一瞬よろける下手人。その隙を逃さず、右手にはめた[雷雲手甲](ミトン型)で『スタンガン』を当てる
さらに、左の相手が一旦距離を取ったことが『魔力感知』でわかっていたので、左手で追撃の『カウンターフィスト』をぶちかます
ひとまず、奇襲をいなすことに成功した。だが警戒は怠らない。まだ姿を現していないやつが3人いるからな
周囲を全力で警戒しつつ、思考操作を使って自己バフを高速でかけまくる
俺の後ろから『シャドウダイブ』で奇襲してきたやつと、左右から攻撃してきた2人が合流し、なにやらヒソヒソ話を始める
「やべぇなこいつ、バケモンかよ……」
「俺の奇襲ソニスラが完璧にガードされるなんて初めてだぜ……」
「あたいなんて、片手でいなされたどころかわけわからんカウンター喰らったんですけどぉ?」
「……んん???」
漏れ聞こえる会話から、予想だにしない内容が聞こえてきた気がする
俺の戦闘力に驚愕してるような様子だったけど…?いや、どうせ聞き間違いだ。俺の中で燻っている自尊心がそう錯覚させただけだ……
正面の3人は相談事が終わったのか、撹乱するかのようにお互いの位置をシャッフルしながらジリジリと間合いを詰めてくる
さらに、姿を見せていない残りの3人も、こっそりと位置を変えているようで、俺の包囲は継続している
それに対し俺は、ひとまず受けの体勢として右手にナイフを、左手にはイベント報酬で出た盾を装備した
膠着状態……いや、6人で同時に来られたらキツくなる。もしそうなったら『フレアボム』や『ウォーターウェーブ』という手もあるが、俺自身もダメージを喰らう。さらに不利になる可能性がある
……そうだ、今の俺は「コオロギ」のアバターだ。一旦会話に持ち込んで、なんとか隙を探し出すってのはどうだ?
「……お前ら、何が目的だ?急に襲ってきやがって」
俺は精一杯の虚勢を張り、PK共に啖呵を飛ばす
それを受けて、正面の3人は小声でボソボソと呟き始めた。おそらく通話機能を使って話し合いをしているのだろう
「……どうする?」
「……無理だな。プランCで行こう」
「了解。それも無理なら……」
「ああ、いつものだな」
二言三言、何事かを話し合った後、『シャドウダイブ』で奇襲してきた男が代表して俺に返答した
「目的ぃ?そりゃあもちろんあんたの命……ってのは流石に冗談だぜ。あんたの強さは十分把握してるからな、コオロギさんよぉ?」
「……ほぅ?俺のことを知っているようだな?」
え?どういうこと?俺だと認識して襲ってきたの?たまたまいたやつを襲ったら俺だったんじゃなくて?え、コオロギって狙われてたの…!?
あーもう決めた。これが終わったらコオロギアバターは封印しよう、そうしよう
「んで……後ろのやつらもお仲間か?」
「へぇ、やっぱりバレてるか。おめぇらも出てこい」
俺が、未だ姿を見せない奴らのことを指摘すると、観念したのか俺の右後ろと左後ろからプレイヤーが出てきた
「やっと姿を現したな。お前ら5人で全員か?」
相手は6人。まだ1人出てきていない。バレていないと思ってるのかわからないが、気づいていないフリをしてみる。情報アドバンテージは大切だからな
「……(チラッ)」
「(コクッ)……あぁ、俺ら5人が相手だ。流石のあんたでもこれはキツいだろ?」
「たしかにキツいな。正直1人相手でも充分キツい。だがあんたら俺の命が狙いじゃないんだろ?何が目的なんだ?」
こいつらには何か目的があるはず。そうじゃなきゃ、集団で俺を付け狙ったりしない
どこぞの幼女みたいに、「たまたまエンカウントしたけど面白そうだから続行」なんて狂った思考はしてない……はず
PKに狙われなきゃいけないようなもの………もしかして、タバコか?マーケットに流した時にアホみたいな値がついてたし。あのタバコと俺が使ってるタバコが同じものだと見抜いて来たのか?
俺は、口に咥えていたタバコを摘んで、PK共に見せつける
「お前らの狙いは、これだったりするか?」
「へぇ、それが例のマナ煙草か。それも魅力的だがな?俺らが欲しいもんはもっといいものだ」
「もっといいもの?」
………隠れてるやつが動き始めた。会話で俺に隙が生じたと判断したのか?
こいつが攻撃してきたのを対処した瞬間に、取り囲んでる5人も襲ってくるかもしれんな。そうなったらまずい
ここは、先に攻撃して出鼻を挫くべきか?だが囲まれてる状況で消耗は避けたい
よし、クールタイムも短いボール魔法の弾幕で牽制しておくか
俺は思考操作で、各属性のボール魔法を出現させる。第三者から見たら、突然俺の周囲に6種類の玉が出現したように見えるだろう
それを、後ろで怪しい動きをしている魔力反応に向け、ノールックで射出する。当たり前のように、『魔力操作』による手動ホーミング付きだ
まあ、本当に牽制程度にしかならんだろうけどなぁ。テトロなんて、弾速の速いアローでやったのに初見で全回避されたし………
「──ちょっ、なっ、なんで、位置がっ!?や、やべっ、避けられ───」
「……え?」
「「「「「はぁぁっ!!?」」」」」
俺がホーミング攻撃を仕掛けたはずの魔力反応が、突然消失する
俺を取り囲んでる奴らからも、驚愕しているような雰囲気を感じる
おそるおそる振り返ってみると………ポリゴン状態になっている人型が、地面に伏しているところだった
あれ?もしかして─────こいつら、そんな強くない?




