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惑星戦線 -beyond the universe-  作者: 烏悔糸柳
Prologue-01 月 -the Moon- 1
3/8

剣、鏡、勾玉

 カレーがあらかた片づけた理駆斗の視界に新たなメッセージが到着する。中を開いて内容を確認すると、用件があるので至急ロビーまで来て下さいという旨の物だった。


「あれ……わざわざ呼び出す程の内容があったかな……」


 とはいえ、上の人達の考えていることなんてよく分からないし時間の指定も特にない。ある程度準備をしてからでも怒られはしないだろう。

 理駆斗は椅子から立ち上がってキャリーバッグを持つとロビーとは別方面の住居スペースへと歩き出す。

 まずは部屋に荷物を置いてから、ロビーに行くとしよう。



「よし、入ってみるか」

 理駆斗が部屋の前の端末に手を翳すと、ユーザー認証が完了し、ドアが自動で開く。

 今の時代ではARIVSの管理システムに登録されている自分自身の体が鍵や財布などの道具へと変化する。物理的な紙幣や端末が意味をなくし、全てを手や網膜で担うことが可能となっている。慣れれば便利だが、自分がいつも誰かに見られているようで理駆斗は少し不満を感じていた。


 中に入ると、ごく普通のワンルームだった。キッチンや何やら全てあるのだが、食材をを持ってきているはずないのだから調理出来るはずもなく、使うことはないだろう。


 理駆斗はベッドの上に巨大なキャリーバッグを投げ捨てると、部屋を出る。特にやりたいこともないのだから、ここでゆっくりしている意味はさほどない。

 理駆斗がロビーに位置を合わせると、再び矢印が現れる。今度は周りに気を付けて人にぶつからないようにしなければ。


 この町は白い。内壁も、明かりも、地面も、天井そらも。

 窓は無く、人の声と生活音以外は無音に近い。指向性音声によって賑やかにする事も出来るが、切ってある理駆斗の思考には最低限の音しか聞こえていない。


 月、地球人類の技術の粋であり、人類にとっての最後の砦だ。

 強化され、金属の数倍の硬度を持った炭素繊維を使った外部装甲、重力、気圧の調整によって限りなく地球近づけられた環境。地球の周りを囲うように浮かぶ人工衛生兵器群『AEGGISイージス』には、長年の研究によって開発された幻想子の動きを阻害する特殊な装置と様々な兵器が搭載されており、他人類の地球への進入を許さない。

 それこそが、月が地球防衛の主戦場となった理由だ。地球へと進行するためには少なくとも月を占拠し、糸口を掴まなければならない。それをしないままでは、何人散った所で、他人類がまとまった形で大気圏に突入することなど叶わないなのだから。


 他の惑星が侵略し、攻撃する意味。それが何なのかは正直な話、理駆斗には全く理解出来なかった。しかし、そんなことを考えれば地球の人間だって同じようなものだ。

 人が他人を認識した時からずっと、真に物事を解決するのは暴力だった。人間は感情的であるとともに機械的だ。それ故に、最短の解決策に走ろうとする。その結果、他人が血を流し、傷付くと知っていたとしても、僕らはそれを止めることは出来ない。なにせ憎しみ合うことだって、先代より押し付けられた人間の感情の一つなのだから。


 矢印の示した場所に行き着いた理駆斗は、1時間半前にいた場所に戻ってきていた。いくつかのベンチとカウンター以外は何もないロビーはこれからの発展で彩りが加えられていくのだろうか。

 まあ、そんなことは考えず、さっさと用事を済ませて部屋でゆっくりしたいところだ。

 カウンターの前で端末に認証を行うと、砂時計が視界に現れる。少し待てという意味なのだとしたら、この社会の中で既に使われないメディアと化した砂時計というものが何かを理解出来るものは何人いるのだろうか。


「りっくん!」

「えっ!?」


 不意に女性の声が聞こえ、驚く間もなく後ろから視界を隠される理駆斗、そのまま何も出来ずにおろおろしていると、視界を塞いでいたものは外され、無理矢理後ろを向かされる。

 理駆斗の前に立っていたのは彼と同じ黒髪を肩にかかるかかからないか程度の位置で切りそろえ、満面の笑みをたたえた女性だった。少し大きめな目が特徴的な彼女の顔は、美しいというよりは可愛いといった感じだが、出る所がしっかりと出ている体型は、正直目のやり場に困ってしまう。


「久しぶり、りっくん! 元気にしてた? ちなみにお姉ちゃんは元気だったよ」

「ま、まあ、ちなみに沙夜姉はお姉ちゃんじゃなくて従姉弟だよね……って、そんなことより、どうしてここにいるの!?」


 理駆斗が慌てて聞くと、沙夜姉こと黒鉄沙夜くろがねさよは首を傾げて不思議そうな表情をする。


「あれ? 言ってなかったんだっけ? 私も去年から連合軍特殊戦闘部隊コードホワイトのオペレーターに配属されてたんだけど……」

「いや、そんな話、一言たりとも聞いていないんですけど……」


(ちゃんと自分の行動くらい管理して欲しい……っていうかもしかして用事ってこれだけ?)


 理駆斗は心の中で呟き、軽く溜め息を吐く。


「それにしてもりっくんは全然変わらないね~」

「……いや、そこはしっかり大きくなったね、って言ってもらいたいところなんだけどな……」


(何処か抜けているところを見てると、沙夜姉の方がよっぽど変わってないように見えるよなあ)


 理駆斗は再び、ため息を吐く。


「そういえば」


 理駆斗が呆れていることを知らないのか、沙夜姉はそのまま話を続ける。


「りっくん、明日百合香と戦闘訓練をするんだよね」

「あれ!? 何でそれを知ってるの?」


 理駆斗は沙夜姉の口から出てきた意外な名前に驚く。彼女の名前をどうしても沙夜姉と結び付けることが出来なかった。


「何でって私、百合香の作戦補佐担当だもの」

「そういうこと……」


 理駆斗は何となく状況を理解する。

 作戦補佐担当のオペレーターの中には訓練の日程などまで管理するものもいると聞く。沙夜姉ならやりかねないことだと思った。


(僕のオペレーターは何をやっているのだろうか。こっちに着いてから連絡一つ来てないな……)


 まあ、特に用事がある訳でもないから問題はないのだが。


「百合香、強いよ」


 沙夜姉が少し口調を変え、告げる。これがオペレーターとしての沙夜姉なのだろうか。そうだとしたら、予想に反してずいぶんと変わってしまったのかもしれない。


「今は准慰だけど、まだ上に行ける可能性があるって言われているわ。もしかしたら、貴方も本気を出さざるをえなくなるかもね」

「本気、か……」

「うん、もしかしたらだけどね」

「もし本当をにそうなるんだとしたら、僕は負ける方を選ぶかな……」


 理駆斗は静かに上を見上げる。白い天井と沢山の情報だけが、彼の視界に映る。


「そういえば、お父さんもこっちに来てるらしいよ」


 小夜姉が少し気まずそうに話題を変える。


「父さんも?」


 その話題もあまり話したくないものではあったのだが、しかたなく僕はそれにすがる。


「うん、研究所にいるみたいだから、もしよかったら今度会いに行ってみたら」

「そうしてみるよ……」


「それじゃあ、私はそろそろ仕事に戻るから」

「また今度、どこかで」

「またね、りっくん」


 小夜姉はそれだけ言うとカウンターの裏へと消えて行く。理駆斗はそれを見送ると静かに息を吐く。


「父さんか……」


 口から漏れた言葉が、理駆斗以外誰の耳にも触れず、消えた。



「そっかぁ、やっぱり覚えてないんだね……百合香のこと。少し、寂しいかな……」


 そのすぐ傍で漏れた言葉も、誰の耳にも触れず、消えた。

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