デートは初めて
卜部季武に伴なわれて正門までやって来た源鈴子は、そこでウロウロしていた渡辺遥と鉢合わせすることになった。
「あ」と短く声を発した遥に対して、鈴子が、済まなさそうに手の平を合わせる。遅れてゴメンという意思表示だが、遥からしたら、抜け出して来れたというだけで、もう、ホッと一息、上出来、御の字という感じである。
時刻は午前10時40分を、さらに10分ほど回ってしまっていた。
────それにしても、何で季武さんが一緒に?
遥は疑問に思ったが、答えは出ない。
「遥くん、君、凄いこと考えますね……」
季武が、不意に遥に顔を近付け、小声で話しかけてきた。
「バレたら────っていうか、絶対バレます。タダでは済みませんよ?片棒かついだ、私もですが……」
「季武さんの名前を出すなんて、そんな事、絶対しませんって。これは全て、僕が彼女をそそのかして仕組んだことです」
「……君を日本へと呼び寄せたのは、間違っていたかもしれませんね」
おだやかに言ってから、少し済まなさそうに季武は笑った。声には、軽い後悔めいたものが滲んでいた。
「え?」
「いや、何でもないです」
遥の問いを遮るように、季武は鈴子のほうへと向き直った。
「それより、いずれ君達の居所は嗅ぎつけられてしまいます。けれど、そうなるまでには多少の時間はかかるでしょう。だから、せめてそれまで、思いっ切り楽しんでおくことです」
「ありがとう、季武さん」
鈴子に礼を言われて、季武は意外そうに目を丸くした。「へぇ」という感じ入った一言が、つい、口をついて出そうになる。
季武の知る限り、鈴子が「ゴメンね」ではなく、誰かに面と向かってお礼を言ったのは初めてのことだ。
「気をつけて……」
季武は呟くように言って、走ってゆく二人の後ろ姿を見送った。
* * * * * *
電車やバスを乗り継いで、二人は、それなりの規模を持つ遊園地へとやってきた。
ここなら「お城」や「UFO」までは無理でも、お化け屋敷ならある────という、啓太の御墨付きだ。
チケットと、一日遊べるフリーパスを購入して中に入る。いきなり目に入ってきた地上100メートルの大観覧車に、鈴子が、文字通り目を丸くしている。
「ねぇ、あれ……」
鈴子が、急に怪訝そうな顔で話しかけてきた。
「?」
見ると、鼓笛隊か何かと一緒に、ぬいぐるみキャラによるパレードが行なわれている。
「縫いぐるみが、歩いてる……」
「うん……」
「あれは、いったい何なのでしょう?」
「え?」
「何だか、怪しくないですか?」
鈴子は、いくぶん遥に肩を寄せるようにしながら呟いた。
それを聞いて、遥は思わず吹き出してしまった。
何で遥が笑うのか、鈴子には、よくわからない。わからなくても、鈴子も釣られて、一緒に笑い出してしまう。
音楽を鳴らしながら、パレードが過ぎてゆく。
迷路のような雑踏は、ザワザワと目まぐるしく入れ替わる。
鈴子は堰を切ったようにはしゃぎ始め、まるで、初めて来た遊園地の一部になってしまったかのようだった。
「私、これに乗りたい!」
鈴子は、最初から混んでいる行列には目もくれなかった。彼女が指差したのは────
「メリー……ゴーランド?」
「いいでしょ?私、これに乗りたいの」
鈴子の顔に、子供のような笑みが差している。
「いいけど……周り、小さい子ばっかりだよ?」
正確には、親子連ればかりである。
遥が周囲を気にしている間に、鈴子は入り口の係員にパスを見せて、子供達に混じり、白馬や馬車、そして、なぜかあるピンクの子豚などの中から、スタンダードな一頭に腰を下ろした。
ブザーが鳴り響き、ゆっくりと、回転木馬が回転を始める。
普段は決して目立つタイプではない鈴子だが、小さな子に混じってメリーゴーランドに乗っている姿は、かなり周囲の目を引いていた。
彼女は、正体不明の何かが自分を迎えにやって来るという境遇を、一体どんな気持ちで受け入れたのだろうか……
そんなことを、遥はボンヤリと考えていた。
本来なら、源家の男子を筆頭に、渡辺、坂田、碓井の合計4人で、やって来る鬼を迎え撃つのが定石である────のだという。
1人足りない状態で、万全の迎撃体制なんてとれるのか……?
終了のブザーが鳴って、鈴子が、子供たちと昇降口から降りてくる。
鈴子だけ途中で立ち止まって、名残惜しそうな視線を背後のメリーゴーランドに送っていた。
「もう一回、乗る?」
遥が訊くと、鈴子は首をブンブン振って答えた。
「時間が無いよ!これから、幽霊にもお姫様にも、宇宙人にも会わなくちゃ!」
 




