第69話 女神の祝福
長めです。
「「ああっ!」」
誰が叫んだか。確かめる一瞬でも目を離すなと心が叫ぶ。
そう本能で思うほどに幻想的な光景であった。
空から真っすぐに落ちる。
白き花へと光が差す。
白き花々が内から光を発し、変化する。
黒から灰色、青から薄紫、刹那の白を経て、薄紅色から朱色へ暁へ。
空での変化そのままに。
それは波紋になり池全体へと広がる。
広がり、広がり切った瞬間。
池が眩しく光り輝いた。
<今よ!!>
金の髪を高く結い上げた花の妖精の合図。
そうだ。ぼうっとしている場合ではなかった。
この瞬間なら、花までの道筋を作れる。そう告げられていたのだ。
クローディアの前に、ほんの少し色が違う光の筋が白い花まで伸びていた。
本当に大丈夫だろうか。
池にどぼんと落ちたりしないか。
<早くしなさいよ!! 時間ないわよ!!>
「は、はい!!!」
その声にクローディアは反射的に池の中央へと歩き出した。
落ちない。
ほっとしたクローディアは足早に進む。
<何やってんのよ! ばか! 早くなさい!!>
そう花の精に促されてままに、クローディアはそっと、花に触れた。
まだ暁色に光る花に持ってきた小さな瓶口にそっと花を傾ける。
瓶は大人の指の長さ、太さはその半分くらいだ。それにいっぱいになるほど蜜は豊かだった。
かざしてみたそれは、とろりとした黄金色に輝いている。
<またぼうっとして! 早く瓶を締めて!! 引き返して! 池に落ちるわよ!!>
「は、はい!」
確かに光が弱まってきている。
急がなくてはならない。
クローディアは慌てて皆のいる岸へと引き返す。
クローディアが地面に戻ったところで、ちょうど池から光が失せた。
「間に合った~!」
クローディアは安堵のあまりぺたりと座り込んだ。
<またのんびりしてる! 早く黒い布で蜜を覆って!>
「は、はい! サーラ様! 黒い布袋を!」
「ここに!」
サーラが素早く差し出した黒い布袋に蜜の瓶を入れて、ミッション終了である。
うまくいってよかった。
あらかじめ指示されていたのに、花の妖精の指示なければ、失敗ていただろう。
「ありがとうございます。指示がなければ、失敗していたかもしれなかったです」
<そうよ! 黙ってたら、きっと蜜はとれなかったわよ! 何、ぼうとしてんのよ!>
「ごめんなさい」
それには返す言葉がない。
しゅんとしたクローディア。
それに花の妖精は、焦ったように付け足す。
<まあ、しょうがないわ! 私たちにはいつもの事だけど、女神エーレフィア様からの恵みを初めて見たら、ぼうっとなるのはしょうがないわよね>
「ええっ! あの光は神様から恵みだったのですか!?」
<そうよ。それ以外に何があるのよ?>
「えっと、自然の不思議現象かと」
<そんな訳ないでしょ。細々とここで生きている私たちに女神エーレフィア様からの祝福よ。これがあるから、私たちは何とか消えないでいられるし、森もそうよ。あの一瞬の光でも、森は少し浄化されてるから>
「その神の祝福は毎日あるのですか?」
<いいえ。曇りや雨の日はないわね。晴れる日だけ。晴れてもあるとは限らないわね>
「そうなんですのね。では、では、もしかしたら、今日も起こらなかった可能性もあったと?」
<そうね。でも! ここのところなかったから、確率は高かったわよ? 春は頻度高めなのよ>
「そうなんですね」
<まあ、外れたら、またチャレンジすればいいでしょ?>
軽く言ってくれる。
クローディアは冷や汗をかいた。
なんと、この不思議現象は不定期だった。
それはそうか。このような現象が早々起きる訳がない。
後から知ってよかったのか。もしかしたら、王子に空振りをさせるところだったなんて、笑えない。
王子をちらりと見ると、目がばっちりあった。
モノクルを着けているからか、どうやら花の妖精の声も聞こえるらしい。
すごいね! 王子! アンテナの精度があがっているね。
クローディアはぎぎと音がするような笑みを浮かべた。
それににやりと返す王子。
うん。見なかった事にしよう。王子の黒い笑みなんて。
「クローディア様? どうかなさいましたの?」
サーラが心配そうにクローディアの顔を覗き込んだ。
「いいえ、何でもございません。さあ、上手く蜜も手に入りましたから、引き揚げましょうか」
クローディアは立ち上がり、花の妖精に深々と頭を下げた。
「本当にお世話になりました。そして貴重な蜜を分けていただき、ありがとうございました」
<ふん! 約束しちゃったからね! 仕方ないわ!>
改めて礼を言われた花の妖精は頬を赤らめて、そっぽを向く。
可愛すぎる。
「あの、これよろしければ、みんなで食べてください」
そう言って、今日も背負ってきた背負子から、クッキーが入った包みを取り出す。
<貴女が作ったクッキーね!>
<まあ>
<まあ!>
<まあ!!>
いつの間に来たのか、クローディアの周りに花の精が飛び回っていた。
包みを開いて下にそっと置くと、花の妖精たちが我先にと群がる。
「ゆっくり食べてくださいね」
クローディアは立ち上がると、金の髪を高く結い上げた花の妖精に挨拶をする。
「それでは、本当にありがとうございました」
<またきなさいよ!! クッキーや水あめ持ってね!!>
「かしこまりました」
クローディアは軽く手を振ると、踵を返した。
「さあ、参りましょうか!」
王子が花の妖精と話したそうにしているのなんて無視だ。
そんな気力は残ってないからね!




