87 決着
波打つ鎖が地を這いながらこちらに迫ってくる。
鎖の先端に付いた刃物がまるで意思を持ったかのようにせわしなく動き回っていた。
「『蛇魂の鎖』から逃れられるものなど居ない!これで君の動きは封じられる!」
後ろに飛びのき距離を取る、迂闊に攻撃したら絡め取られそうな雰囲気を感じた。
セルヴの手には先程取り出した鎖と同じものが握られている。鎖に向かってなにやらボソボソと呟いた後、手を離し鎖を床に放り投げた。
床に放り投げられた鎖は、もう一つの鎖と同じようにうねうねと動きながらこちらに向かってくる。
「この鎖たちが君を捕らえる、どうする?今降参して魔道具を全て置いていけば許してあげるよ」
「うるせえ」
「復讐なんて止めなよ、そんな事しても虚しいだけだよ」
迫ってくる鎖とセルヴの声が相まって不快な気持ちになる。
今もジャラジャラと地面を這う鎖の音が反響して耳まで届く。
今までセルヴの問いを完全に無視していたが、思わず言葉を返してまった。
「俺は誰かの為にこうしている訳じゃないんだ、ただ俺が気に食わないからこうしているんだよ」
一度喋りだすと言葉を止める事が出来なかった。
今まで我慢していた思いが溢れ出すのを止められない。
「お前等が頭をよぎるとイライラする、普通に暮らしていても不意にハウゼントゥルムの事が頭を過ぎるんだ、その度に自分の中の怒りが抑えられない!」
後方に飛びのきながらセルヴに向かって言葉をぶつける。
セルヴは表情を変えることなく黙って聞いているようにみえる。
「復讐とか、ましてやストーク君の為とかそんな理由でこうしているんじゃない!俺がどうしても気に入らないからお前を殺すんだ、だから死ね、俺の為に死ね!死ね!」
腕に巻きつこうとうしている鎖から手を引き抜き、即座に『深淵狼の短剣』で鎖を両断する。
迫るもう一つの鎖を飛び越えセルヴに向かって一直線に突っ込むことにした。
「……ただの頭のおかしい人だったみたいだね、話は通じなさそうだ」
セルヴの右前方のが歪んでいる、新しく魔道具を取り出しているようだ。
セルヴが取り出したのは小さな小瓶だった。
小瓶の中には小さな砂粒のような物が収められているのが見える。
取り出した小瓶の蓋を開け、周囲に中に収められていた砂粒を撒き散らした。
セルヴが砂粒を撒き散らした瞬間、頭上に巨大な岩の固まりが複数浮かび上がる。
頭上に隙間無く巨大な岩が浮かぶ、あれの下敷きになったらタダではすまないだろう。
「鎖で捕らえてこれで潰すつもりだったけど、この量ならどのみち躱すことはできないよね」
セルヴが小瓶を床に叩きつけると、岩の擦れる音が聞こえ始める。
そうして音を立てながら頭上の岩が落ちてくるのが見えた。
「神の収納箱のスイッチは頑丈だからこれくらいでは壊れないよ、君が死んだ後、ゆっくりと回収させてもらう」
セルヴはもう勝ったつもりでいるようだった。
確かに岩を躱す隙間などない。
だが俺の『神の収納箱』の中にはストーク君から引き継いだ大量の魔道具が眠っている。
この状況を打破することができる魔道具はある。
収納箱から先程と同じ魔道具『蜘蛛の格子』をとりだす。
取り出した『蜘蛛の格子』を構え、前方に向かって粘着液を吐き出させる。
そして粘着液が着弾するのを見届けず、すぐに次の行動へ移った。
「またそれか、それは効かないんだよ」
セルヴの右腕には先程と同じく再び黄金の鉤爪が装備されている。
セルヴは右腕を振りぬき、火の粉を発せさせ粘着液を燃やし始めた。
だがそれでいい、目的はセルヴを捕らえることではないのだから。
『蜘蛛の格子』を使ったときに吐き出される粘着液、その粘着液を今とある魔道具に付けることに成功した。
粘着液をつけた魔道具は『滑空舞羽』。
『滑空舞羽』を頭上にある大岩に投げつける、粘着液のついた『滑空舞羽』は大岩に張り付き、周囲の大岩と違い、ゆっくりと下降してくるようになった。
即ち今俺が居る場所、セルヴの所へと続く空間のみ岩が落ちてこない。
「なっ」
セルヴの前へと飛び出し、『深淵狼の短剣』を突きつける。
『深淵狼の短剣』はそのまま吸い込まれるようにセルヴの左胸へとその切っ先が向かっていく。
当たる瞬間セルヴは少しだけ後ろに身を引いた、だからかもしれない、少し浅かった。
だがセルヴは胸を押さえて倒れこむ、口の端からは血が流れているのが見えた。
周囲では高所から落ちた大岩が砕け、土煙が上がっている。
セルヴの姿は良く見えない、移動しようにも周囲には大岩が降り注いでおり、セルヴと俺がいる僅かな空間でしか動けなかった。
そのまま数刻その場で警戒する。
次第に土煙が収まってきた。
土煙が晴れた後、目に入ったのは床に倒れ付すセルヴの姿だった。
動けないのかセルヴは目だけ動かし、周囲の様子を伺っている、そしてこちらと目が合うなりゆっくりと口を開き始めた。
「……僕は死ぬのか、このまま死んでしまうのか」
セルヴは自身の服の裾をゴソゴソと漁り始め、一つの金属製のボタンを取り出した。
「君、そうだ君だ。僕の魔道具を持っていてくれ、僕が死ぬ前に、僕の魔道具を引き継いでくれ」
そう言ってこちらに向かってスイッチを差し出し始めた。
「もし、このままこの魔道具が喪失するようなことがあれば人類にとって大きな損失だ、だからこの魔道具を引き継いでくれ」
ずいぶん勝手な言い草だった。
大体俺が憎い相手のいう事を聞くと思っているのか。
「なんで俺がお前の魔道具を引き継ぐがなければならない、俺がお前の願いを俺が聞くと思うか?」
「この中には、ストークから献上された魔道具も入っている、ストークの生きた証とも言える魔道具が」
そう言われると拒否するのを躊躇ってしまう。
どうするべきか、短剣を握り締めながら考える。
そうしながら次の言葉を待っているのだがセルヴは何も喋らない。
「おい」
返事は無かった
セルヴが言葉を発することは二度と無かった。
長くなりましたが次話で八章は最後です。




