真なる闇
●登場人物
・ナル…生命の能力者となった異星の青年。植物や動物を意のままに動かす事ができる。加工された材木でさえも彼の指示のままに動き出す
・ジェイ…重力の能力者となった女性で、やはり異惑星から仲間になった。重力の発生源や強弱を自在に操る事で物体を宙に浮かべる事ができる
・フヨウ…土着信仰の神の巫女として地上で千年を生きる神の国の住人。見た目は十歳ほどの少女の姿をしている
・クロム…魔族が手駒として生み出した機械人間であるエクスヒャニクの統括を一任されている幹部の一人。常に銀色に輝く仮面をかぶり、氷を操る
●前回までのあらすじ
クロムの圧倒的な攻撃を前にナル、タテガミ、キバは次々と倒れていった。そんな彼らを称して「弱い」と発言するクロムに対し、遂に我を取り戻したジェイが立ち上がる。
仲間を愚弄された怒りに燃えたジェイは思いもよらぬ強さでクロムを追い詰めていく。数々の技を駆使して空中戦を繰り広げる二人に、ナルとフヨウは手も出せずにただ見守ることしかできずにいた。
猛烈な冷気を武器に抵抗を見せるクロムに対し、遂に今持てるすべての力をもって挑もうとするジェイの重力の能力は、巨大な岩をも宙に浮かびあげるのだった。
地震のような振動と落雷のような大音響の中、地面は割れ崖の縁が崩れ落ちる。濛々たる土煙の向こうで巨大な岩がそそり立つ光景は、草原の景色を一変させた。
「まずいの…」
「え?」
フヨウの呟きにナルが顔を向ける。見ればフヨウは眉間に皺を寄せ難しい顔をしていた。
「この騒ぎを聞きつけ、町の連中が様子を見に来るやもしれん。この勝負、これ以上長引かせる訳にはいかんぞ」
その言葉にナルも焦燥の色を浮かべた。
一方、エクスヒャニクに助けられ辛くもジェイの最大奥義から逃れたクロムは茫然とした顔で未だ宙に浮かぶ敵を見つめていた。
「これでもまだ、あたし達が弱いって、あんたそう言うかい?」
ジェイが空の上から静かに問いかけて来る。その言葉に歯を食いしばったクロムは突然右手を払うように動かした。
「フェングラスエール!」
クロムの叫びと同時に地面から突き出た湾曲した氷柱がナルとフヨウの二人を包み込んだ。それはまるで氷の牢だった。
「しまった!」
閉じ込められたと悟ったナルは慌ててその巨体で自分を囲む氷の柱に体当たりをしたがそれはびくともしなかった。
「生命の能力者は捕らえた…」
言いながらクロムはゆっくりとエクスヒャニクの手を離れると地面に立ち改めてジェイを見上げた。
「さあどうする?重力の能力者?」
「ひ、卑怯だぞ!」
ナルとフヨウを人質に取られてしまったジェイは取り乱した声を上げた。しかしクロムは自身の操る氷よりも尚冷たい眼差しでそんなジェイを見つめ言った。
「卑怯?命がけの戦いに、卑怯も汚いもあるものか。私は戦いに勝ち、生き延びねばならないのだ」
「そんな事をしてまで君は何の為に戦うんだ!?君の求める強さって一体何だ?クロム!」
「知れた事、強さとは選ばれし者を守る為の力だ!ステイリアピット!」
クロムの手から巨大な氷の槍が生まれナルとフヨウが捕らえられた氷の牢獄へ迫る。
「ナル君!フヨウ!」
思わずジェイが叫ぶ。風を切って飛んだ氷の槍はナルの足元に突き刺さり動きを止めた。
「うひいやぁぁぁ!」
フヨウが恐怖の余り叫んで尻餅をついた。あと数cmずれていれば直撃していただろう。
「仲間の命は今私の手の中にある。ああ、認めようじゃないか重力の能力者、お前の戦闘力は確かに高い…。だから、どうしても今ここで消えてもらう必要がある」
「ジェイ!僕らに構わず戦って!」
「ナル君…」
「僕の代わりはいる!こいつをこのまま野放しにしちゃいけない!ここで倒さなきゃ!」
「ボラステイリア!」
「うわっ!」
「ナル君!」
クロムの放つ無数の鋭い氷の破片が再びナル達を襲った。皮肉にもクロムの生み出した氷の牢がその攻撃を防いではくれたがそもそもクロムにはナル達を傷つける意思はないようだ。あくまでも人質として生かしておきたいらしい。
「お前は後でゆっくりと始末してやる…。少し黙っていろ」
背中にまで届く長い髪を揺らしクロムがジェイを見上げる。彼女は万策尽きたと言った顔でただ宙に浮かんでいた。
「これが、お前達の弱さだ」
「何?」
ジェイが顔を歪ませクロムに訊き返した。
「一人一人の能力はあると言うのに、群れる事でお前達は弱くなる。仲間の身を按じ、仲間を救おうと自由を失う…。だから私は認めない、決してお前達を認めたりはしない…」
言いながらクロムの体からは再び青白いオーラが立ち昇り始めた。
「お前達の弱さはその甘さだ。お前達の指導者こそがその根源…。あのような小娘に導かれ、お前達はただ滅びの道を進むのみだ。お前達に守れるものなど、何一つありはしない」
「黙れ…」
「そうだな、もう終わりにしよう…。ボラステイリア!」
「ジェイ!」
ナルとフヨウが同時に叫ぶ。その先で光り輝く無数の槍が空中に漂うジェイに向かい迫った。だがジェイはそこに浮かんだまま回避行動を取ろうとはしなかった。
鋭くとがったいくつもの氷の破片がジェイを掠め飛んで行く。それはジェイの服を裂き、頬を破った。傷口から噴き出した血が寒空に散った。
それでもジェイはただ|俯いたままじっと浮かんでいた。クロムの攻撃はジェイに致命傷を与える事はなかった。且つてイーダスタの森でキイタが感じた通り、その殺傷能力に比べ命中率は低いようだった。
「そうかい…」
やがてジェイの口からぽつりと言葉が漏れた。
「それがあんたの言う、強さってやつかい。で?あんたが守るべき者ってのが、人類の敵であるアテイル様って訳かい!?」
見ればジェイの両肩から陰鬱とした暗い色のオーラが浮かび上がっていた。
「あんた今、あたしだけじゃない、ナル君の事も、タテガミやキバの事も、そしてココロちゃんの事までも侮辱したんだ!」
地上から自分を見上げるクロムに向けられたジェイの眼差しは激しい怒りに燃え盛っていた。
「だったらその身で思い知りな!あたし達の強さをさあ!」
そう叫ぶとジェイは突如全身を震わせ低い唸り声を上げ始めた。
「これは…」
ジェイの発する凄まじいエネルギーを感じ取ったクロムが驚愕に目を開く。次の瞬間、その顔を覆う銀色の仮面に小さな稲妻が走った。
「うっ…!」
クロムが苦痛に顔を伏せる。その間にもジェイの体から放出された気は見る見ると大きくなっていった。
(落ち着いてジェイズラーランク!それ以上力を解放しては駄目!)
頭の中でインリーの声が響く、しかしジェイの行動は止まらなかった。
(まずい!)
突然ナルの頭の中でガイアの声が叫んだ。
(ナル!伏せろ!)
ガイアの言葉にナルは咄嗟に傍らに立つフヨウを突き飛ばすとその上に覆い被さるようにして身を伏せた。
「お前の…、その、力は…」
何かに苦しむように顔を歪めたクロムが見上げる先で、ジェイは人差し指を高々と頭上へと掲げた。
暗雲のようにジェイの体を包み込む黒に近いオーラが小さなスパークを起こし始める。
「シュベル様…」
クロムが呟いたその瞬間、ジェイの左腕を包み込んでいた氷の膜が粉みじんに砕け散った。醜く肥大した左腕が瞬く間に黒い靄に包まれて行く。
(やめなさいジェイズラーランク!星が壊れる!)
インリーが珍しく必死の声を上げる。それでもジェイは止まる事なく、やがて天を指した指を地上のクロムに向けて振り下ろした。その指先から真っ黒い球体が生まれ地上へと迫る。
「クロム様!」
一人残ったエクスヒャニクがクロムの前に飛び出した。一瞬後にはエクスヒャニクの腹が音もなくその場から消え失せた。
体の三分の一程を失ったエクスヒャニクは、声もなく壊れたガラクタのように地面に落ちると、そのまま動かなくなった。
エクスヒャニクの脇腹を食い千切った黒い球はクロムのすぐ近くに着弾すると、染みのように広がり、地面を食い尽くしていった。
慌てて飛び退るクロムは、その勢いのまま足場を失い長い髪を振り乱しながら遥か崖下へと落下して行った。
大きく地面を抉り取り、草原を破壊しつくして黒い塊はやがて静かに姿を消した。その途端意識を失ったように脱力したジェイは高い空の上からゆっくりと地面に落ちて来た。
ハッと身を起こしたナルは目を見張った。自分の蹲るすぐ後ろには巨大な穴が開き、そのまま垂直に眼下に広がる海原までそっくりと消え失せていた。
気が付けば自分達を包み込んでいた氷の牢獄も消え失せ、地面から不自然に伸びた一本の太い枝が自分の服に引っかかり彼の体を落下するのを食い止めていた。
半ば宙に突き出た自分の体を慎重に引きずりながら安全地帯まで逃げて来たナルは、そこで仰向けになると息をついた。改めて恐怖が実感された。
「フヨウ?」
ナルは慌てて周囲を確認した。そこには土で顔を汚したフヨウが目を回していた。
「フヨウ!大丈夫!?」
「あ…ああ、儂は大丈夫じゃ。それよかほれ、ジェイの奴を」
フヨウの言葉に顔を向けると遠く地面の上にジェイが眠るように倒れていた。
「ジェイ!」
言う事を聞かない手足に力を籠め、這うようにジェイに駆け寄ったナルは急いでその体を調べた。
クロムの放ったボラステイリアが掠めた擦り傷から鮮血が流れ落ちてはいたが、落下による怪我は見受けられなかった。どうやら体力を使い果たし、気を失っているようだ。
ナルは大きく息をつくとその場に尻を着き空を仰いだ。漸く落ち着きを取り戻し、改めてジェイの寝顔を見つめる。
フヨウを庇い身を伏せていたナルには何が起こったのかよくわからなかった。だが、苦し気に呻くクロムの声は聞こえていた。
(シュベル様…)
確かにクロムはそう呟いていた。シュベルと言えば魔族を復活させ、この宇宙のすべての人間を抹殺しようと目論む最大の敵の名だ。
この場面に於いてクロムは何故シュベルの名を口にしたのか、ナルにはさっぱり理解ができなかった。
ふと顔を巡らせると、そこには変わり果てた草原の姿があった。ジェイの生み出した黒い球体の、その形のまま抉られた崖。地面に突き刺さるように聳える巨大岩。
そんな光景を茫然とした表情で見つめるナルを癒すように、残った草を揺らし、優しい風が吹き渡って行った。
「あれは、何だったんだ…」
ナルがポツリと呟く。一体ジェイはクロムに対して地形を変えてしまう程の何をしたと言うのか。
(こんなの、暴走よ!)
腹立たしげな声と共にふわりとインリーが姿を現した。
「インリー…」
(まったくこの娘ったら、飛んでもない事をしでかしたわね!)
「ど、どう言う事?」
(あのね、ナル坊)
「君までそう呼ぶんだね…」
(ANTIQUEの能力の中で最強は火の能力って、聞いた?)
「あ、ああそう言っていたね、キイタは随分戸惑っていたみたいだけど…」
(確かに地上で戦う戦闘力としてはその通りなのよ。敵を倒す力では火が最も効果的だわ)
「う、うん…」
(でもね、破壊力って意味では違うのよ)
「どう言う事?」
(重力の能力は破壊力で言えばANTIQUEの中で最強なの)
「ん?」
ナルはよく意味がわからないと言った具合に怪訝な表情を浮かべた。
(ああん、もう!だからね?ジェイズラーランクが能力を全部解放なんかしてごらんなさい、敵も味方もなく、星を一つ消してしまいかねないのよ!)
「ええっ!?本当に?」
(本当よ。あの穴を見て)
インリーに言われ後ろを振り返ったナルは、失われた地面を再び目にした。
(あれはね、小規模だけどブラックホールを生み出して相手にぶつけたの。あの無くなった部分はどこに行ったと思う?別に砕け散った訳でもなんでもないのよ、超重力に取り込まれて、歪んだ時空に向かっておっこちていったの)
「嘘…」
(嘘なもんですか!この調子でジェイズラーランクが自分でコントロールできないまま重力の能力を爆上げしてみなさい。いつかこの子、大質量ブラックホールを生み出しかねないわよ?)
「そんな事をしたら…」
(生まれた瞬間このプレアーガを飲み込むでしょうね)
「そんな…」
(それだけじゃないわ)
「まだあるの!?」
(あの大岩。あれは重力の向きを変えて宙に浮かした後、質量を乗せて地面に叩きつけたのよ。あれだって調子こいて力の限りやっていたら…)
「や、やっていたら?」
(プレアーガの軌道を変えていたでしょうね)
「何だって!?じ、じゃあ惑星質量の二倍の圧力を生み出せるって事?」
(できちゃうのよ私、その位。そうなったらもうみんな仲良く全滅ね。まあ魔族は一掃できるだろうけど)
「じ、冗談じゃないよ!それじゃあ何の意味もない!」
(だからねナル坊)
「ぼんいらないってば!」
(ジェイズラーランクが能力をコントロールできるようにしっかり鍛えてあげなきゃ。見てよこの腕…)
「あ…」
言われて目を落とせば、横たわったジェイの肩から長々と悪魔の如き青白い腕が伸びていた。
(まだ闇の力が抜けきっていないのね…。ココロちゃんやナル坊を馬鹿にされて怒ったジェイズラーランクは、能力の暴走を始めた。感情の昂りに併せて闇の力は目覚め、彼女の体を変化させる…。悪しき闇の力と重力の能力は相互作用を起こし破壊的な力を生み出す…。未熟なこの子が持つには余りにも危険な、過ぎた力なのよ)
「おい、ナル坊」
背後から声を掛けて来たのはフヨウだった。
「あにを独りでぶつくさ言っておる?頭でもぶっつけたんか?」
「い、いや、独り言って訳じゃ…今ここにインリーがいるんだ」
「ほお、そうかい。そりゃあ気持ちの悪い」
(何ですって!?)
「やめなよフヨウ、インリーが怒ってる」
「見えんし聞こえんから痛くも痒くもないわ。それよりジェイの様子はどうじゃ?」
「うん…。大きな怪我はないようだけど…。体力の消耗が激しいのと、あと…」
「見てくれの悪い厄介な腕か…」
フヨウは倒れているジェイを見下ろしながらため息をついた。
「こうまでして僕達を守ろうとしてくれたんだ…。ただでさえこの前にはゼクトゥムと戦ったって言うのに…」
「まあそうじゃの。ジェイが生き延びる為には、まだこの闇の力に頼る外ないのじゃからの」
フヨウの言葉を聞いたナルは力なく項垂れてしまった。
「また僕は、守られるばかりだった…。ギルザードにも、クロムにも勝つ事ができなかった…」
自己嫌悪に落ち込んだ様子のナルの肩をフヨウが優しく叩いた。
「それでもお前は、今日お前の成すべき事をしたんじゃ。儂はお前さんを少しばかり見直したぞ?」
「フヨウ…」
「さあジェイの腕を隠して、おんぶしちゃり。町へ行って少し休もう。取り敢えずここがどこらなのかわからん事には、ココロ達と合流する事もできん」
ナルは無言でジェイの顔を見つめた。確かにフヨウの言う通り、ジェイを見つけ出し、再びANTIQUEの能力者として取り戻す事はできた。
反省すべきは多々あれど、今はその事に満足するべきだろう。エクスヒャニクにもギルザードやクロムと言った幹部と呼べるような者がおり、その実力は折り紙付きであると知る事もできた。
これ以上の事は、彼らの旅を正規のルートに戻してから、仲間達と共にどうすべきか考えればいい。
ナルは痛む体に鞭を打ちジェイの肩掛けを引き下ろして膨らんだ腕を隠すと、その身を起こそうと手を掛けた。その時、自分達に近づいてくる複数の足音に気が付いたナルとフヨウは同時に顔を上げた。
「あ…」
そこには、手に手に棒や農具を手にした街の人らしい男が十人ばかり、恐る恐ると言った様子でこちらを見ている姿があった。




