ゾンビを啜る ※ホラー系ファンタジー
公園の噴水に頭から突っ込み、こびりついた汚れを洗い落とす。
俺の周りの水が真っ赤に染まってゆく。噴水の水が染まれば染まるほど、赤黒くなっていた俺の髪は元の栗色に戻っていった。
「あぁ、気持ち悪りぃ……」
公園の惨状を見て吐き気を催す。
辺り一面には肉片が飛び散り、街灯に照らされる遊具は真っ赤に染まっている。数年前に植樹された大木には臓物が飛び散っており、趣味の悪いクリスマスツリーのようだ、
"カサッ"
奥の茂がかすかに揺れ、草がこすりあった音を出す。
「新手かっ!!」
直ぐ手の届く位置に置いていたライフルに手を伸ばす。
「ゴアぁぁぁ」
嫌悪感を感じさせる雄叫びを上げ、人だったモノが飛び出して来た。
「1匹か……」
冷静に照準を定め、ライフルを放つ。両手を襲う反動に顔をしかめるが視線は外さない。
目の前のモノは脳漿を飛び散らせながらゆっくりと崩れ落ちる。
--この世界はたった一週間で変わった。
今までの平和が嘘だったかのように、突如発生した動く死体--ゾンビ。映画の題材としてよく用いられる存在が現実の物となった。
ゾンビに襲われた者はゾンビになる。鼠算式にその数が増える……等と言うことは事はなかった。
ゾンビを認識した政府の対応は早かった。警察や自衛隊が出動し、希望者には適性検査の上で重火器の所持が認められた。
そして俺たちのような者が生まれた。ゾンビを狩り、得た報奨金で生計を立てる者【ゾンビハンター】だ。
「……ピッ……ガー……時間となりました。清掃班入ります。
ハンターの皆さんはレコーダーを提出し、検査を受けてください」
インカムから聞こえてきた声に従い、公園入り口に向かう。
討伐数を確認する為、ハンターは常にレコーダーを携帯する。もちろん不正は厳罰だ。
その後にゾンビウィルスに感染していないかの検査を受ける。これも法定で定められている。
ウィルス保有者は専用の施設で相応の処置を受けることになっている。……まぁ、施設に行って帰ってきたって話は聞かない。そう言うことだろう。
公園入り口前にある仮説テントに並んでいる同業者の最後尾に並ぶ。
「今日も派手にやったみてぇだな?」
前に並んでいた壮年の男性が声をかけて来た。
この商売、個人経営のようにみえるが横のつながりは大切だ。愛想良く返事を返す。
「ああ」
……あまり白い目で見ないで欲しい。これでも俺としては精一杯愛想を振りまいているつもりだ。
「ったく、いつも無愛想にしやがって。そんなだからいつまでたってもソロハンターのままなんだぜ?」
……すまん、ちょっと嘘ついた。個人経営は結構少ないんだ。大抵のハンターは3、4人でパーティを組んでいる。
「だが、生き残ってる」
「ははっ、違いねぇ。いつも見てるがあんたは危なげなく狩ってる。余計な気遣いだったな」
男性はくしゃくしゃと頭を撫でる。
「ちょっ!?」
検査前の接触は危険だ、ウィルスが移るかもしれない。慌てて手を払いのける。
「おっとすまねえ。息子に重ねちまった」
男性も分かってはいたのだろう。直ぐに謝って列に戻る。
「次の方どうぞ」
丁度いいタイミングだったようで前の男性が呼ばれる。
「おぅ。……じゃ、また今度な」
男性は軽く声を掛けると受付にレコーダーを提出し、採血所へと向かう。ウィルスは専用の液体に血を垂らすだけで判る。溶液が青く発光するのだ。と言ってもウィルスに感染されるハンターなど訓練の段階で振り落とされる。滅多にいないだろう。俺も見たことは無い。
男性の血液は発光することもなく即席シャワールームへと向かう。
次は俺の番か。
「次の方どうぞ」
受付にレコーダーを提出し、採血所で血を抜かれる。発光しないことを確認し、次は……と考えているとあたりに警報が鳴り響く。
「なんだ?」
警報の発生源を見る。……溶液が緑に光っていた。
瞬く間に辺りが騒然とけたたましくなる。職員の何人かが慌てて何処かへ立ち去る。代わりに防護服に身を包んだ男達が駆けて来て俺の周りを囲んだ。
「大人しくご同行願えますか?」
息を飲んで頷く。
きっと何かの間違いだ。そうに違い無い……発光だって青じゃ無く緑だった……ならば暴れるのは悪手だ。大人しくついて行こう。
「--あいつは……」
「マジかよ……」
連行される間、他のハンター達にが遠めに眺めてくる。あれはさっき前に並んでいた男か……
「すぐに消毒してくれっ!! 検査は問題なかったがあいつに触られちまってる!!」
自分から触って来た癖に職員に消毒をせがんでる。……所詮誰もが自分が一番……そんな所か……
そのまま俺は白いバンに乗せられ、何処へともなく連れて行かれた。
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検体55号、それが俺の新しい名前になって2ヶ月が過ぎた。
あのまま施設に連行された俺は2択を迫られた。
人としての死を選ぶか、実験台としていじくりまわされるかの選択だ。俺は迷わずに後者を選んだ。
家族のためにも金が居る。俺が実験台となればまとまった金が家に入る。それに発光が間違いなら無駄に死なずに済む。ただ、それだけの理由だ。
契約が纏まると手足に変なくだを付けられ、水槽のような物に入れられた。それからは不思議と食欲も排泄の欲求も起こらずに経過観察をされている。
「55号、今日は調子どうかな?」
目の前で俺を観察しているのは……何て名乗ったか……もう忘れてしまった。あっちの話は聴こえるのだが、俺が話そうとしても言葉が出てこない。名前をもう一度聞くことすら出来ない……
「うーん、今日も変化無しかな? 数値は間違いなくレッドゲージを示しているんだが……本当に珍しい個体だ」
どうやら今日も変化はないらしい。変化がないのならさっさと解放して欲しいんだが……まぁ良い。ここに居るだけで家族に金が入る。そう考えれば辛くは無い。ただ、退屈なだけだ……
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更に2ヶ月が過ぎた辺りで変化が起こった。喉が乾き始めたのだ。
やって来た観察係も頭をひねっている。
「おや? 今日はゲージがグリーンに落ちている。安定したと言うことか?
だが見た目に変化はないな……55号、何か変化はあるか? ……と言っても話すら出来ない状態か、本人から報告が聞ければまた違うんだがな」
観察係が水槽のガラスを軽く叩く。伝わらないだろうが言ってみようか……
-喉が渇く-
観察係がびくんと跳ねる。
「今の声は!? まさかっ……55号、君が?」
伝わった?
ならばもう一度……
-飢えるように喉が渇く。水をくれ-
再度、観察係がびくんと跳ねる。
「やはり55号君なんだね。凄い……やはり進化の可能性はあったんだ!!
待っててくれ、すぐに教授を読んでくるっ」
それだけ言うと観察係は走って去って行った。俺は喉が乾くから飲み物が欲しいのだが……
それから俺の周りは騒がしくなった。何人もの男性が様々な機材を水槽の前に設置し、色々な質問や様々な実験が行われるようになった。
だが、喉の渇きは全く治まらず、逆に飢えは大きくなるばかりだった。
「私を食べたいかね?」
何度目の質問だろうか? 必ず一日に一回は聞かれる。
-なんで人を食べたいなんて思う? 人なんて食いたくは無い。水が欲しい、喉の渇きを抑えたいんだ-
「そうか、ありがとう。
だが水はいつも君の周りにあるんだ。口を開ければ入ってくるんだがそれでも渇きが治まらないと言う。原因を探るから何とか渇きを我慢してくれ」
このやりとりを最後に、今日の実験は終わる。
確かに水に囲まれているはずなのに喉は渇く……ならば何が悪いのだろうか?
俺も考えてみるが答えは出ない。ならば原因を見つけてくれるのを待つしか無いな。
それから何ヶ月がたったのだろうか? 繰り返される実験と質問に付き合っていたある日、急に渇きがなくなった。
「私を食べたいかね?」
今日最後の質問だ。いつものように答えようとして食べたくないと答えようとしたが、妙に旨そうな匂いがした。
-喰いたい-
ただ一言。そう答えるとざわめきが起こった。
「そ……それは人を食べたいと言うことだろうか?」
目の前の男が脂汗を流しながら聞いてくる。
人を喰いたい? 自問自答するが食べたいとは全く思わない。だが旨そうな匂いはする。
目の前の男では無く、出入り口を守るように立って居る男……いや、男の中の何かだ……
-人を食う気は起きない。だが、出入り口にいる男の中にある何かが妙に旨そうに感じる-
素直に答えるとまたざわめきが起きた。一悶着の末、旨そうな匂いの男が目の前に来た。
「俺が旨そうと言ったらしいが……喰いたいのか?」
首を振る……事は出来なかったので言葉にする。
-喰いたいとは思わない。だが、お前の中から旨そうな匂いがする-
俺の答えに誰もが首を傾げる中、一人の白衣を来た男が声を上げた。
「まさかっ!? ……所長、彼のウィルス確認を行って宜しいでしょうか?」
彼の言葉にざわめきが起きるが、いつも俺の前に立っていた男が許可を出した。彼が所長だったらしい。
血液反応を見ると……液体が青く光った、間違いなく陽性だ。今迄で一番のざわめきが起きる。男も全く分からなかったのだろう、慌てている。
「55号、聞きたい。彼の中の旨そうなものだけを食べることはできるか?」
所長の言葉に辺りは静まり返る。パニックは収まったが俺にそんな事が出来るのか? 考えて見るが答えが出るわけでない。
-そんな事、判るわけがない-
素直に答えると、また別の質問が来た。
「なら解放した途端、暴れないと約束も出来ないか?」
これには答えられる。否と。
-それは約束出来る。勿論暴れないと-
「そうか……私はずっと君と会話をして来た。
……君を信じよう。彼の中の旨そうなものだけを食べることが出来ないか試して欲しい。」
そう言うと部屋の中から所長と感染した男を残し、他の職員が避難した。そして所長の手が水槽へと伸びる。
けたたましい電子音が響くと水槽の水位が下がって行った。手足に絡みついていたコード類もしまわれてゆく。
体感10分ぐらいだろうか? 俺の体を覆っていた全てが取り除かれた。
久しぶりに感じる外気が懐かしいとさえ思える。
だが、ハシゴが無いと水槽からは出られなそうだな。周りを見るとハシゴがかかっていた。
「あー、水槽から出ていいか?」
俺の声に所長が頷く。
ゆっくりとハシゴに近づき、落ちないようにハシゴをしっかりと握……る? ずっと水に沈んでいたからか、握ったら潰れた……
「……握ったら潰れたんだが」
素直に言うと所長と男が物凄い顔で俺とハシゴを見比べた。
「そのハシゴは鋼鉄製だ。簡単には壊れないんだが……もしかしたら身体能力が上がっているのかもしれない。柔らかく握ってくれ。まぁ、もしかするとジャンプで飛び越えられるかもしれないがな」
笑ながら言ってくる。今までの実験で多少は予測していたのかもしれない。ならば話に乗って飛び越えてみよう。
「ふっ!!……」
軽くジャンプしたら高さ的に飛び越えられそうだった……これは何の冗談だろう?
俺がすっぽりと入っていた水槽はどう見ても高さ2.5m以上はあったと思うんだが……
まぁ良い。水槽を飛び越して所長と男の目の前に立って見る。
「まさか本当に飛び越えられるとは……」
自分で言っておきながら相当驚いている。思わず笑いが浮かんでくる。
「……っくく」
だが、目の前のご馳走に目が釘付けになる。男が本当に旨そうだ……
「ひっ!?」
男は俺を見て悲鳴を上げるが目は逸らさない。
「すっ……好きにしてくれ」
俺の目を見て静かに告げる。例えここで逃げたとしても消されるのが分かっているんだろう。
本能の赴くままに男の頭に手を乗せる。そのまま首筋にかぶりつく。
「うっ!?」
「原君っ!!」
「大丈夫、噛まれただけです」
そんな声を聞きながら血流に流れるウィルスだけを味わう。喉を流れるウィルスが極上の味わいを与えてくれる。
しばらく味わっていると、どうやらウィルスが尽きたようだ。全く味がしなくなって来た。
「ぷはっ」
口を離すと首筋から血が出てくる。
「あっ、止血を」
と思っている間に血が止まって行く。どうやら止血作用もあるようだ。
所長と男、2人と目があってしまった。
「ご馳走様でした」
思わず頭を下げると誰からともなく笑ってしまった。ひとしきり笑った後所長が扉に向かって告げる。
「再検査を」
そうだった……男はウィルス所有者だった。だがすでに旨そうな匂いはしない。その結果がどうなるか……
男は採血され、溶液に血が落とされる。
……発光した、だが水は無色のまま。……どう言うことだ?
「これ……は?」
男のつぶやきが漏れる。
「分からない……だが、色がつかなかったと言うことはゾンビ化の可能性が無くなったかもしれない……
55号、もう旨そうな匂いが無くなったんだな?」
「ああ、もう味がしないな」
「そうか……」
それっきり所長は黙り込んでしまう。
「俺は……どうなるんだ?」
男が呟くと所長が答えた。
「暫くは様子見だが、何も無ければ世界初の完治者……となる」
「つまり?」
「喜べ、生きて帰れる」
その言葉に、しばし黙っていたがボロボロと涙を流しながら雄叫びを上げた。
「うおー!! やったっ!! 生きて帰れるっ!! 帰れるんだーっ!!」
なぜ俺にこんな能力が付いたのかは分からない。だが、これからはゾンビの犠牲者が劇的に減るだろう。
この変化が、これからどうなって行くかはわからない。
まだ未来は続くのだから。




