君という星が、獅子を導く
昨夜までの戦いが嘘のように、王国に平和が戻っていた。兵士たちは戦場の処理を終え、王妃アサンリアが功績を成した者たちに勲章を授与していた。しかしその中にアルバートの姿は無かった。
「やはり…王国には残らぬのか。」
国王ヴァロウは、目の前に立つ騎士アルバートに言った。
「俺を迎え入れてくれる気持ちはありがたい。だけど俺にはこの生き方があってるみたいだ。」
アルバートは迷うことなく答えた。二人は王国の南にある港に来ており、アルバートの後ろにはルナーの海賊船があった。それを聞いたヴァロウは「そうか。」と一言答える。
「祖国が生きていたら、戻りたかったんだけどな。」
アルバートは寂しそうに言った。統べる者も魔術師も失ったアンシャント王国は民も散り散りになり、国としては完全に滅んでいた。
「俺があの国で守りたかったものは、全てあの夜に失った。」
その顔には喪失感と、過去に見切りをつけた清々しさもあった。
「それにあんたがこの国を守ると決めたように、俺にも守るべき人ができたからな。」
「アルバート!早くしないと置いてくよお!」
海賊船の上からルナーが呼びかけてきた。
「すぐに行く!」
ルナーの声にアルバートは明るく返事をした。そのやり取りをヴァロウは切ない目で見ていた。
(そなたとルナーのように、儂とシャルリーナももっと理解し合えていれば、お前やミラが苦悩する事も無かったのだろうか……)
「ヴァロウ王。俺はそろそろ行くよ。」
「分かってるとも。さあ行け。」
「そのつもりだ。」
ヴァロウとの別れの言葉を終えると、アルバートは背を向け、停泊する船へと歩きだした。
「達者でな。息子よ。」
だがその時、ヴァロウは自然と口が開いた。
「……あんたもな。」
今までと違う、父性のある声にアルバートの足が一瞬だけ止まる。しかし振り返らず、一言だけ返して船に乗り込んだ。
「よーし!お前たちぃ!面舵いっぱーい!」
ルナーの掛け声に船員たちが大きく声を上げる。帆が張られた船が、海に向かって進みだす。徐々に遠ざかる海賊船を、ヴァロウは黙って見届けていた。
「お主は共に行かなくていいのか?」
いつの間にか隣に居た人物にヴァロウは問いかける。そこに立っているのは太陽の魔女サンだった。
「それも考えたけど、太陽が近いこの国が気に入っちゃった。魚くさいのも無理だし。」
サンは潮風に当たる髪をいじりながら話す。
「それに……」
サンは急に髪をいじる手を止めて笑った。
「彼が心から信じ合える人が、もう彼の傍に居るから。」
その笑顔には、今までの妖しい感じとは違う、どこか大人びた顔だった。
◇
一つの戦いが終わった。数日間の戦いも、アルバートにとってはとても長く感じた。悪夢のような事もあれば、生きる理由を見つけた時もあった。船の上でアルバートは胸に手を当てる。その手は鎧に付けていたブローチを取った。赤、青、紫の宝石はいずれもひび割れていながら儚い光を見せていた。ブローチを握りしめ、アルバートは目を閉じる。目を閉じていると、色々な思い出が頭の中で思い返されていった。
(母よ、妹よ。どうか安らかに眠ってくれ。皆の想いを胸に、俺は生きる。)
そして目を開けた時、アルバートはブローチを海へと落とした。ちゃぽんという水面の音だけがその場に取り残された。顔を上げると、さっきまで近くにあったヘイムダル王国が遠くに見えていた。
「アルバート♪」
突然アルバートをルナーが背後から抱きついてきた。アルバートはびっくりして転びそうに
なった。
「い、いきなり何すんだよ!?」
「だってずーっと辛気臭い顔してんだもん。あたしの相棒ならもっとかっこよくて強い感じでいてくれないと!」
一方的な事を言うルナーを見て、アルバートはため息をついた。しかし不思議と悪い気はしなかった。
「それでルナー。次の行先は決まっているのか?」
「うーん。特に決めてないかなー。」
「決めてないって、お前なあ……」
能天気な返事にアルバートは呆れる。しかしルナーは「まあでも。」と笑いながら話を続けた。
「あんたが一緒なら、どこへでも行けるよ!」
「まあ……そうだな!」
二人を乗せた船は夕暮れの海を進んで行くのだった。
「もはや何も言う事は無い!お前たちが真の…マッスルだ!」
遠ざかったハズのヘイムダルからサムソンの声が聞こえた気がした。
「どうせなら、一戦交えたかったのう。」
戦いの中で生きた騎士ファルティウスの哀愁が風に乗ってきた。
「場所が違くとも、私たちは同じ世界で生きている。だからさようならは、言わないわ。」
ビリーブという月のように気高い騎士の言葉が胸の中に響き続けた。
「己が見出した道を信じて進め。儂がこの国で新しい生き方を見つけたようにな。」
そして、背中を押すような力強い父の声が最後に聞こえてきた。それらはあの王国から聞こえてきたのか、それともアルバートの思い込みなのかは分からない。だが彼は振り返らず、ルナーとどこまでも続く大海原を見つめていた。
「さあ行こう!アルバート!」
「どこまでも一緒だ!」
二人を乗せた海賊船は新たな航海へと旅立った。遠くに見える二つの星が、二人の行く末を静かに照らしていた。




