第六章「魔術の女王」二節
闇の権化となり果てた女王をアルバートは静かに見つめていた。そして震える心を強く持ちながら口を開いた。
「まず謝らせてください。あなたと妹と、祖国を裏切った事を。」
アルバートは自責するように話す。しかし返事はこなかった。
「王子でありながら俺は……あなた方を見捨てて逃げてしまった……」
風が吹き、舞い上がった砂埃がアルバートを責めるように彼の背中に当たった。
「だけど、これだけは聞かせてください。」
アルバートは地面を踏みしめ、女王に一歩近づいて言った。
「母上の中に、俺という存在はまだありますか?」
それは王子としてではなく、息子としての問いだった。どれだけ冷たくされようと、母を尊敬していた息子としての言葉だった。だが女王はゆっくりと錫杖を掲げる。すると、闇の魔力が渦巻きながら収束していく。それはまるでアルバートへの返事にも見て取れた。
「……やはりそうなるんですね。」
アルバートは諦めにも感じる息を吐いた。その手には獅子飾りの兜があった。彼はそれを決意と共に被った。
「ならば俺は、祖国最後の騎士としてあなたを討つ!」
その言葉と同時にアルバートは雷鳴と共に地面を蹴り上げる。二つの剣には既に雷の魔力が宿り、真っ先に直剣の雷の刺突が高速で放たれた。だが女王はそれを見据えていたように収束した闇から黒曜の結晶を散弾のように撃ってきた。
(レンディエルのよりも凄まじい闇だな……だが!)
雷の一太刀は黒曜結晶を散弾よりも早く斬り砕いた。アルバートは魔力も魔術の才能も乏しかった。だからこそ誰よりも剣の技を磨き続けた。二刀の剣は結晶を斬り裂き、雷の刃は
闇の魔力を破りながら女王へと一歩一歩と近づいていった。
(ここだ!)
間近まで来たアルバートは稲妻を纏う大剣を振り上げ、放たれる黒曜結晶を直剣で受け流した直後、大剣が雷光と共に垂直に振り下ろされた。大剣の刃から放たれる雷光は眩しく、いかなる闇も照らす一撃だった。
「くっ!」
アルバートの刃は確かに女王の脳天に振り下ろされた。しかし大剣から何かを斬った感触がこなかった。そして刃に血がついていないのを見た時、離れた場所に女王の姿が見えた。
「やはり、そう簡単に死ぬ人ではないか……」
アルバートは分かり切っていたかのように言った。そして彼は雷の魔力を直剣に集中させ、下段の構えをとった。それと同時に女王も錫杖から闇の魔力の塊を空に浮かべる。更に錫杖を掲げると、塊は黒い光を纏いながら漆黒の雷となって降り注いだ。普通の人間なら脅威になりえる魔術の猛攻を、アルバートは自身も雷を纏って走り出した。串刺しにする勢いで降り注ぐ闇の雷を、体に駆け巡る黄金の雷が撥ね付けていき、アルバートは一気に再び女王の目の前へ迫った。今度は遠心力を活かした直剣で斬り上げを狙った。案の定というべきか、女王の足元に空間転移の魔法陣が出現していた。
「させるか!」
空間転移をしようとした瞬間、女王の視界が凄まじい光に覆われた。そこから追撃するように間近で雷が爆散した。
「!」
繰り出された激しい雷撃がもろに直撃し、女王は地面に倒れた。その前にはアルバートが静かに立っていた。
「はぁ…はぁ……」
アルバートは息を整えながら倒れた女王へと歩み寄る。その手には雷を帯びた大剣が構えられていた。そして雷の大剣は力強く振り下ろされた。
「……!」
一瞬だけ女王が息を漏らした。その瞬間、硬い金属音と赤い火花が散った。振り下ろされた大剣の目の前には女王が立ち上がり、錫杖を黒曜の剣に作りかえて鍔迫り合っていた。
「まさか、剣術を用いてくるとは……!」
追撃が来る前にアルバートは距離を取った。女王も追い詰めるように黒曜の剣から闇の結晶の刃を飛ばしてきた。だがアルバートも二刀の剣を振り回し、襲い掛かる闇の刃を斬り伏せていった。
「ぐっ…!」
突然アルバートの右腕に激痛が走った。避けきれなかった闇の刃が彼の腕を抉るように斬りつけて消滅した。傷口からは黒い亀裂が走り、指先が痺れる。シルリアから受けた傷も重なり、痛みは更に増していた。だが激痛に苦しむアルバートを追い込むように女王は錫杖に魔力を集中させる。それは結晶の魔力を交差させた青い彗星となって、アルバートを狙って一直線に飛来した。アルバートは急いで避けようとした。しかし闇の魔力が腕に浸食した痛みで動くのがわずかに遅れてしまった。
(しまった……!)
そのわずかな瞬間、彗星はアルバートの体に直撃した。続けて結晶の魔力が刃のように飛び散り、魔力と斬撃の二重の痛みが彼を襲った。
「ぐはぁぁっ!」
吹き飛ばされたアルバートは、衝撃と激痛で倒れこんだ。彼の兜の隙間からは赤い血が流れ出していた。
「うう……」
それでもアルバートは剣を杖にして立ち上がった。
「やはり……母上は強いですね……」
女王の力を目の当たりにしたアルバートは畏敬の意を示しながらも、二刀の剣に稲妻が走っている。
「だが俺も、退くわけにはいかない!」
アルバートは二刀の剣を一つに重ね合わせる。すると交差した刃から雷の魔力が融合し、雷鳴轟く巨大な雷の巨剣が作られた。それに対し女王は錫杖を地面に突き立てる。すると地面の砂が周囲から去り、地面から闇の魔力が沸き上がった。それは全て錫杖に収束し、闇の魔力が渦巻く巨大なレイピアが女王の両手で構えられた。闇と雷。二つの強大な力が世界を揺るがすように反目し合った。
「!!」
次の瞬間、距離を取っていたはずの女王が空間転移の魔法で一瞬で距離を詰めてきた。レイピアはアルバートを貫かんとする勢いで前に出ていた。
「来たかっ!」
しかしアルバートは怯まず、漆黒の刃が迫ったと同時に巨剣を振り下ろした。巨剣から繰り出された雷の刃は闇の魔力を斬り払い、放たれた黄金の真空波は稲妻をなびかせながら女王を断ち斬った。斬られた胴体から闇の魔力が血しぶきのようにあふれ出る。そのまま女王は声も出せずに膝から崩れ落ちた。
「やったか?」
剣を構えたままアルバートは女王を見つめていた。もう女王は力尽きたと思っていた。
「………」
一瞬だけ女王の指がピクリと動いた。そう思った瞬間、女王の周囲に残っていた闇の魔力が蛆のように蠢き始めた。それは全て女王の体に集まり、崩れ落ちていた彼女の体を包んでいった。
(これは一体?)
アルバートが不思議そうにしたその時、静かだった大地が大きく震え出した。空の星々も不気味に脈動し始める。その星たちに共鳴するように闇の魔力に飲み込まれた女王の体が宙に浮かんだ。
「!!!!!」
そして闇の蛆たちを取り込んだと同時に、声にならない叫びが蛆たちを解き放った。髪が多き伸び、禍々しさと神々しさを兼ね備えた魔女の姿が現れた。
「母上?」
世界を揺るがす圧倒的な魔力に、アルバートは剣を握る力が強くなる。ゆっくりと開いた赤い瞳には、アルバートの知る母の姿はどこにも無かった。彼の目の前に居るのは、この世界の破壊する存在そのものだった。女王はゆっくりと右腕を空に掲げる。その瞬間闇の魔力が空から集まり、彼女の周囲で黒曜の嵐となって飛んできた。
「はぁぁっ!」
空気を断つ黒曜の嵐に対し、アルバートは雷の大剣を振り抜く。放たれた雷光の一閃が嵐を斬り裂き、彼はその隙を縫うように身を滑り込ませた。
(痛みが増している……!闇の魔力が強くなっているのか?)
黒曜石の破片がアルバートの腕の傷口を抉るも、彼は食いしばる。そして闇の魔力に満ちた女王が見えた時、アルバートは雷の大剣を真っ直ぐ構え、力強い踏み込み突きを放った。しかしその刃は女王の肉体を貫けず、彼女の結界によって跳ね返された。
「嘘だろ…?」
結界を貫通した稲妻さえも、強大になった闇の魔女によって消滅した。先程よりも明らかにおぞましくなった闇の魔力を前にして、アルバートは初めて膝を屈しそうになる。
(いや…まだだ!)
しかし気持ちを強く持ち直し、大剣に雷の魔力を集中させる。そして再び巨大な雷の剣を作り出し、女王の結界諸共叩き伏せようとした。
「!」
その時、女王は自身の背中に闇の魔力を集中させると、黒い翼を形成した。その翼が大きく羽ばたかれ、黒曜の羽が鋭い刃となってアルバートに放たれた。
「ぐあああああっ!!」
無数に飛んでくる羽を避けれず、アルバートの体に剣山のように突き刺さっていく。当然彼の攻撃が届く事は無く、アルバートは一方的に蹂躙されていく。四肢が貫かれ、鮮血が地面へと散りながらアルバートは転がり倒れた。倒れたた所も彼の傷口から溢れる血で赤くなっていた。
「まだ…だ…」
アルバートは四肢から血を吹き出しながら立ち上がり、もう一度大剣を握り締めた。女王は彼を憐れむ様子もなく再び右腕をかざす。すると今度は空の星々が一点に集まり、巨大な魔法陣が形成された。見上げるアルバートは直感する。これは最後の必殺であると。女王は感情の無い瞳でアルバートを見下ろしたまま右手を振り下ろした。
(来るっ!)
空の魔法陣から、アルバートの予感を上回る魔術が放たれた。それは結晶の彗星よりも暗く、邪悪な闇の漆黒の彗星。矢のように鋭く、重圧感を併せ持っていた。
(だが、まだ終われない!)
アルバートは剣を両方振り上げる。そして全身の力を振り絞って落ちてきた漆黒の彗星を迎え撃った。眩しい雷光と禍々しい闇がぶつかり合い、空間が歪む程の衝撃が大地に走った。
「え……」
だがその覚悟は無慈悲にも砕かれるのだった。盾になれなかった剣は雷の魔力と共に砕け散った。邪悪な鋭い彗星はアルバートの体を貫き、そのまま彼を大地へ突き刺した。
(俺は…死ぬのか…)
折れた剣がアルバートの手から落ち、彼の体もゆっくりと地面に倒れ伏した。その心臓の鼓動はほとんど止まっていた。
(家族も……祖国も……大事な人も守れずに……)
体から流れる血を見ながら、アルバートは完全に心が折れてしまっていた。
(これが…報いなのか……)
目の前にある剣を拾う力すら彼には残っていなかった。
(ルナー……)
力の無い声で大切な人の名を呼ぶアルバート。そしてそのまま彼の視界は暗く、消えていった。
__お兄ちゃん。
絶命の境目に陥った時、アルバートの胸の奥から声が聞こえてきた。かつてよく聞いた妹の声に、アルバートの指が少しだけ動き出す。
(ミラ?)
__生きて。お兄ちゃんが正しいと信じた道を。
(俺が…信じた道……)
突然アルバートの体を青い光が包み込んだ。
__そして、今守るべき人の為に。
(……ああ。そうだな!)
力尽きたハズのアルバートの体が徐々に起き上がる。同時に全身に限りない活力が漲っていた。彼を支えていたのは直剣でも大剣でも無かった。その手には友狼の形見の槍が握られていた。死んだはずの人間が蘇ったのを見て、女王は戸惑っていた。
「俺はまだ……死ぬわけにはいかない!!」
その言葉と同時にアルバートは槍を逆手に構えて駆け出した。対して女王は態勢を整えて闇の魔力の結晶を流星と成して、アルバートに向けて一斉に放ってきた。さっきまでのアルバートなら確実に死んでいた。しかし今のアルバートは超人の如く倒れず。ものともしなかった。
__俺の角を折った奴が、ここでくたばるタマじゃねえだろ?
牛角の肩当が流星を全て受け止め、やがて砕けて落ちた。アルバートは勢いを崩す事なく、稲妻の一閃を突き放った。
「……!」
女王は空間転移で避けようとした。だが魔術を発動しようとした直前にアルバートの槍が女王の脇腹を深く刺した。貫かれた脇腹から黒い血と闇の魔力が流れ出す。女王は脇腹を押さえながらアルバートを睨んでいた。その血と闇の魔力すらも手に取るとゆっくりと空に解き放ち、星々と混ざり合い、血の結晶の流星群がアルバートに向けて降り注いだ。あらゆる方向から放たれ、アルバートは退路も死角も封じられていた。
「頼む……!」
アルバートは瞬時に腰に備えていた弓を手に取る。取り出した矢を弦で引くと、雷の魔力が矢へと込められた。
__王子。王たる心を捨てないでください。叡智の為ではなく、時代を生きる人々の為に。
弓に残るブリューナクの思念と共に、雷の矢が空に向けて撃たれた。雷の矢は空の遥か高い場所で拡散し、無数の雷槍となって流星群を全て撃ち砕いた。
(今だ!)
その隙にアルバートは一気に女王との間合いを詰めていき、槍で大きく薙ぎ払った。薙ぎ払いの連撃は大槍とは思えない速さと鋭さで女王へと斬りかかる。女王も咄嗟に闇の結晶魔術を幾度も放ち、槍をっ防いでいく。背中の翼からも黒曜の羽を螺旋に撃ち続けた。だがアルバートは槍を大きく振り抜くと、刃から稲妻が放たれ、漆黒の螺旋を消し去った。そのまま縦横に斬り払い、柄尻で打ち、再び刃で斬り上げていった。
「…!」
そして最後の一文字斬りを決めようとした瞬間、女王が錫杖を持ち直し、暗い闇の霧を広範囲に放ってきた。
「ぐわっ!」
アルバートが霧に怯んでいると、段々と彼の視界を黒い闇が包んでいった。」
(何も見えない……いや、あれは……!)
黒い霧の間から赤い目が見えてきた。その直後、魔法の矢が幾つも飛んできた。アルバートは咄嗟に槍で弾き、矢が飛んできた方向を見ると、祖国で死んだハズの魔術師たちが彼を包囲していた。
(倒すほか無さそうだな。だが…)
たとえ幻術であってもかつては祖国の人間。偽物だと分かっても刃を向ける事ができなかった。
「王子……」
「よくもおめおめと…」
幻影から聞こえてくる声の中は、アルバートへの怒りで満ちていた。自分への怒りの声にアルバートは後ずさりをしてしまった。
「ん?」
その時、アルバートのポーチから紫色の光が溢れてきた。ポーチを開けると、それは折れたヴァルヴァの杖の光だった。取り出した瞬間、光から五人の幻霊が現れた。その姿はアルバートと共に祖国で戦った王国の兵士たちだった。
「既に一度死んだ身……王子の為ならば、何度でも…!」
兵士たちの幻霊は剣を引き抜くと、一斉に魔術師たちに斬りかかった。魔術と剣撃が交差し、力差は五分五分だった。
「ここは我らに、お任せください!」
兵士の一人が振り返りながら言った。
「どうか女王様を…頼みましたぞ!」
その言葉を皮切りに、兵士たちは魔術師を抑え込み、暗闇を切り開いていった。
「……ありがとう。」
兵士たちが切り開いた道をアルバートは一直線に駆け抜けていった。しかし霧を抜けた先では、女王が闇の魔力の大槍を撃ってきた。
「はっ!」
アルバートは槍を頭上に突き上げて大槍を真っ二つにし、そのまま跳躍して槍を真下に向けて急降下していった。
「……」
女王は錫杖から闇の魔力を解き放ち、黒曜の魔剣へと作りかえて迎え撃ってきた。その直後槍と魔剣がぶつかり合い、雷と闇の光が激しく交差した。それでもアルバートは雷の魔力を流し込んだ。
「!」
更に魔力と力を入れた時、雷鳴を轟かせながら凄まじい雷光が炸裂した。その雷撃は黒曜の魔剣ごと女王の錫杖を粉々に破壊した。女王は衝撃で後方へと吹き飛ばされた。
「これで結界も張れないな!」
破片が散らばる地面の上でアルバートは構え直す。女王は何も答えず、血と闇に濡れた体をゆっくりと起こした。その目にはただ殺意だけが感じ取れた。
「この感じ……本気で殺しにくるな……」
アルバートが邪悪な魔力を感じ取っていると、女王はその血と魔力を周囲に放つ。すると血だったものから魔法陣が幾つも作り出されていった。
「!!!!」
女王の声にならない呻き声に喚ばれるように、呪われた闇の魂が無数に溢れてアルバートに喰らいつくように飛来した。
「ならば俺も全力でいくぞ!」
アルバートは槍を頭上で回転させ始めた。一周、二周と回す度に空気が震え始める。そして闇の魂が間近へ来た瞬間、回転する槍から雷の衝撃波が放たれ、闇の魂を次々と消し去っていった。更に闇を払うほどに槍に宿る雷の魔力が強くなっていく。やがて全ての闇の魂を消し去った時、槍は輝く白金の槍となった。だが女王はそれすらも上回るかのように全身から闇の魔力を限界まで引き出し、その上で両手を重ね合わせると、これまで以上に禍々しく巨大な魔法陣が作られた。禍々しい魔法陣からは無数の闇の魔力が今にも暴れ出そうとしていた。
(死ぬわけには……いかないんだ!)
恐ろしい闇の力を受けながらも、アルバートは攻めの体勢を崩さなかった。互いに力を限界まで引き出し、最後の攻撃を仕掛けようとしていた。
「……!」
女王が目を大きく開いた瞬間、魔法陣から闇の魔力がとてつもない奔流となって解き放たれた。大地を削り、空を裂き、怨嗟響かせる恐ろしい闇の凶星だった。
「闇に堕ちた皆の魂も……」
アルバートは槍を強く握り締める。
「妹の想いも……!」
槍の先刃で交差する雷光が輝きを増していった。
「全てを背負って、俺は生きる!」
迫り来る漆黒の奔流に対し、アルバートは一歩も退かなかった。その覚悟に応じるように白金の雷光が槍全体を覆った。
「一度は折れど、二度と朽ちぬ事の無い我が心が!!」
稲妻雷光を轟かせる槍が、女王に向けて水平に構えられた。
「その闇を貫く!!」
アルバートは地面を大きく蹴り上げた。更に蹴り上げた地面から雷光が沸き上がり、アルバートの体を空高く打ち上げた。アルバートは空中で体を翻し、押し寄せてくる漆黒の奔流に向けて槍を大きく振り抜き、白金の雷光と共に奔流へと一直線に突進していった。全てを押し通す雷光と禍々しい闇が激突し、天地を揺るがす轟音が響き渡る。奔流という名の凶星が白金の雷をも飲み込もうと押し寄せる。だがその時、闇の魔力でも雷の魔力でもない、純粋な魔力が槍の穂先から溢れてきた。
(ミラ……分かってるさ!)
流れる魔力が闇を内側から破壊し、青白い稲妻を散らしながら奔流を突き破っていった。
「うおおおおおっ!!」
アルバートの全身に力が滾り、一撃また一撃と闇の魔力を突破していく。次第に闇の奔流も勢いが弱くなり始めた。
「!?」
女王の顔が初めて歪んだ。触媒にしていた邪悪な結界に大きな亀裂が生じた。そこから稲妻が入り込み、闇の魔力が制御できなくなっていった。
「俺の中の後悔よ……」
槍が奔流の中央まで切り込んでいく。アルバートは最後の一撃を決めんと重心を槍に乗せて全面へと押し出した。
「さらば!」
その直後、水晶が割れたような静かな音が響いた。闇の奔流を打ち破った白金の雷槍が、魔法陣諸共女王の心臓を貫いていた。全ての力を使った反動で、アルバートの兜が割れて地面に落ちた。
槍から放出された雷の魔力が、女王の体の闇の魔力を焼き尽くし、漆黒の闇に染まっていたドレスは深紅へと変わり、赤かった瞳は鮮やかな水色の瞳へと戻っていった。闇が抜け落ちた女王の姿を、アルバートは静かに見つめていた。
(終わって…しまったんだな……)
「バート……」
その時、シャルリーナの口がわずかに動いた。
「アル…バート……?」
「……母上?」
ずっと呼ばれなかった名前を呼ばれ、アルバートは聞き返した。
「まさかこんな形で…不義理の息子と会うだなんて……」
瀕死でありながら、シャルリーナの息子に向ける目は冷たかった。その上すぐに目を逸らした。
「だけどそれは私も同罪…完全に封じたと思っていたヴァンに深くをとっただけではなく…死んだこの身も…傀儡として利用されるだなんて……」
シャルリーナは息を震わせながら声を出していた。
「ああ…ミラ……」
その震えた声でシャルリーナは娘の名前を呼んだ。
「あの娘を守れなかった……私を信じた…叡智ある魔術師たちの事も……」
「……母上。」
槍を握る腕が震えたままアルバートは話しかけた。
「俺を嫌いになるのはいい。だけど一人で背負わずに、もっと俺を頼ってほしかった。」
アルバートの声に責めるような雰囲気は無かった。長い間胸の奥にしまっていた悲しみが出ていた。
「……夫を追放してから…あなとどう向き合えばいいのか分からなくなった……」
シャルリーナの脳裏に国王として傍に居た夫の姿が浮かんだ。
「魔力の無い所も……裏切りそうな目つきも全部、あの人に似ていて……」
シャルリーナはアルバートから目を逸らしながら言った。
「だから貴方の事を避けてきた…私自身の為にも…跡を継ぐミラの為にも…」
「…」
話を聞くアルバートは、苦しそうに伏せていた目を開けた。
「俺は、妹や母上を守れるならそれで良かった。妹が女王になっても、俺は妹の剣でありたかった。」
「……」
「名誉も玉座もいらなかった。俺は家族を守りたかったんだ。」
その言葉を聞いたシャルリーナの瞳が大きく揺れた。指先が少しだけ震え出した。
「それなのに俺は、二人を置いて逃げてしまった。俺が二人を守ると言っておきながら、最後には何もできなかった……」
「…どうして。」
シャルリーナのかすれた声が漏れた。
「どうして貴方は……優しかった所まで似ているの…?」
シャルリーナは震える手をアルバートへ伸ばそうとしていた。
「辛い思いをしながら…貴方はずっと…娘や私を守るために……」
シャルリーナの頬を一筋の涙が伝った。それは女王としてではなく、母親としての後悔の涙だった。
「ああ……私は……なんて愚かな事を…」
初めてシャルリーナはアルバートの顔をしっかり見ていた。その顔は涙だけが頬を伝っていた。
「いいんだ。」
アルバートは首を横に振った。その表情には怒りも憎しみも無かった。
「母上が、俺をミラと同じ目で見てくれた。それだけで俺には…十分だった。」
その言葉を聞いたシャルリーナの目から涙がまた溢れ出した。自分がどれほど猜疑心に囚われていたか。裏切られた事へのやり場の無い怒り自分の息子に向けていたか。そして、自分や娘を守ろうとしてくれていた息子の手を何度も振り払ってきたか。シャルリーナの心は後悔に刈られていった。
「ああ……もっとちゃんと…貴方やヴァロウと向き合っていれば……」
シャルリーナが後悔を口にした時、彼女の体が青色に輝き始めた。深紅のドレスを纏うその姿を柔らかな青い光が包み込んでいった。
「母上!?」
アルバートはシャルリーナの魔力だとすぐに気づき、彼女の手を摘もうとした。しかし既に指先から消えかけえており、アルバートの手はそのまま空気に振れていた。
「そろそろ……お別れみたいね…」
消えていく指先を見ながらシャルリーナは呟く。
「ごめんなさい…親子として……居ていられなくて……」
「母上…!」
シャルリーナの言葉に、アルバートも悲しみを抑えられず、涙が止まらなくなっていた。その顔を見たシャルリーナは消えていく手でアルバートの顔を優しく撫でた。
「私は既に死んでいる身…何も悲しむ事は無いわ…」
そう話すシャルリーナの顔は微笑んでいた。それは権威に満ちた女王の顔ではなく、我が子を見つめる穏やかな母親の顔だった。
「アルバート……」
体が消えていく中、シャルリーナはもう一度息子の名を呼んだ。
「貴方が私の息子で、本当に良かった。」
その言葉にアルバートの瞳がシャルリーナよりも揺れた。それはずっと、母から言われる事が無かった褒め言葉だった。
「愛してるわ。」
最後にそう言うと、シャルリーナは青い光の中に消えていく。やがてその光は無数の星となって天へと上っていき、夜空の中で小さく輝いていた。
「……さようなら、母さん。」
闇の魔力か消えた純粋な星空を見上げながら、アルバートは一言だけ別れを告げる。だがその時、地平線の先に小さな光が一つだけ残っていた。その光は段々と広がっていき、彼自身も包まれていった。
◇
「アルバート!アルバート!」
聞き慣れた声がし、アルバートは思わず目を開けた。無意識に上半身を起こすと、そこにはヴァロウ、サムソン、ビリーブ、ファルティウス、そして目の前には涙をボロボロと流すルナーが居た。
「ルナー?それに、皆も……」
「サンから話は聞いた。軍勢の長が居る場所に飛ばされたそうだな。」
ヴァロウが心配した様子で言った。それを聞いたアルバートはハッとして周囲を見渡した。今彼がいる場所は闇の軍勢と戦っていた戦場は、青空が広がる美しい砂浜に戻っていた。異形たちの姿はどこにも無かった。
「化け物共ならもうおらんぞ。まるで岩が風に吹かれて砂になるように消えていった。」
ファルティウスが物足りなさそうに説明してくる。サムソンも横で余った体力で腕立て伏せをしていた。
「で、残兵が居ないか歩いていたら、貴方が倒れているのを私が見つけたの。」
横に座っていたビリーブが言った。
「そうだったのか。けど俺はどうやってここに?」
アルバートが疑問を抱いていると「それなんだけどね。」とビリーブが話を続ける。
「私は良く分からないけど、「闇の魔力が消えたからアルバートを連れ戻しとくわね。」ってサンが言うから何なのかしらって思ったら、まさかの砂浜に放置とはね。当人は怒られる前に居なくなったし。」
「まあ、既に怒ってそうな者がおるが。」
「あ……」
ファルティウスの言う通り、ルナーは泣いているだけではなく、赤くなったその目からは無茶をした相棒への怒りも感じ取れた。
「ルナー。その、悪かったよ。お前の事も考えずにしに行くような事をしたのは・・・」
ルナーの事だからきっと殴る蹴るの刑が待っているとアルバートは覚悟していた。だがアルバートに待っていたのは拳でも罵声でも無かった。
「ルナー?」
いきなり抱きついてくるルナーに、アルバートは戸惑いを隠せなかった。
「アンタって奴は、本当に…!」
ルナーの涙がアルバートの鎧に零れ落ちる。怒り、悲しみ、そしてアルバートが生きていた嬉しさが涙を通じて彼に伝わった。
「……」
アルバートはそっとルナーの背中に手を回した。こんなにも自分を待ってくれる人が居てくれた。今の彼にとって、それだけで十分だった。




